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―予言者な祈祷師―
288話 身代わり人形
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ディレクトリウス公爵領から帰宅し、数日後。さくらとメストは特に変わりなく学園生活を送っていた。
そう、特に変わりなく。さくら達への印象のためにも、ディレクトリウス公爵家の名誉のためにもあの人さらい事件は口外されることはなかった。なお公爵から、暫くの間兵を護衛につかせようかと打診もされたが、流石にそれはさくらもメストも断った。恥ずかしいし。
とはいえ僅かだが変化したこともある。エーリカは更にメストにべったりになり、ハルムも顔を合わせるたびに調子を心配してきてくれた。そして…。
「さくら、エーリカがお茶に誘ってくれたんだ。君も是非来てだって。一緒に行こう」
「はい、メスト先輩!」
メストがさくらを敬称付けで呼ぶのを止めたのだ。これはさくら立っての頼みだった。彼女は他の子達と同じように呼んで欲しいと常々思っていた。
メストはそれを快諾。その際に聞いたことなのだが、なんでも竜崎と同じ出身だからと内心敬意を払っていたらしい。だが、それも先の一件で打ち解けた。
メストに名前だけで呼ばれると、さくらは奇妙な安心感を覚えた。この世界に溶け込めた実感というべきだろうか。メスト自身が青肌の魔族という、元の世界には絶対にいない人だというのが理由かもしれないが。
ふと、さくらは思う。竜崎さんは何故自分の事を「さん」付けなのか。他の子達にはだいたい名前呼びなのに。はてなと首を捻る彼女だったが、エーリカにどうかしたのか問われその思考をほっぽり出した。
そんなエーリカとの茶会帰り。さくら達の前に竜崎が姿を現した。
「さくらさん、メスト。ちょうど良かった。はいこれあげる」
突然に彼が手渡してきたのは、真っ黒な人型人形。と言ってもちょっと大きいキーホルダーサイズで、紐までくっついている。形もジンジャーブレッドマンのようなデフォルメ型。どこかの商店で売ってそうである。触るとちょっとした弾力がある。
チラリと裏を見ると、後頭部には簡素ながらさくらの花の絵が刻み込まれていた。メストの方には薔薇が。名札代わりであろう。
「先生…!やっぱりこれって…!『身代わり人形』じゃないですか…!」
受け取ったメストは驚愕の顔を浮かべる。そんな驚く物なのかとさくらが問うと、彼女は大きく頷きながら説明してくれた。
「これは『呪魔術』の一つで、どんな外傷でも肩代わりしてくれる特殊な人形でね、ほぼ三日三晩術者の魔力…それこそ血とかを注ぎながら練り上げないと出来ない代物なんだ。先生、最近目の下にクマを浮かべていると思ったら…」
―あの時お前のモノを貰った時から薄々察していただろ。こういう奴だ清人は。ふぁあああ…―
メストにそう返したニアロンは大あくび。彼女もまた協力していたらしい。むにゃむにゃいう彼女に代わり、竜崎はメストにお願いした。
「本当はエーリカやハルムの分も作るべきなんだろうけど、流石に二つが限界でね…。一応効果を確認してもらっていいかな?」
「はい」
そう返事をしたメストは、人形を片手に持ち、もう片方の手を竜崎に差し伸べる。すると竜崎は精霊を呼び出しメストの手を軽く切り付けた。
「わっ…!」
思わず片目をつぶるさくら。すると切り付けたはずの箇所に黒い靄が発生していた。それはすぐに消え失せると、無傷なメストの手が現れた。そして人形の該当する箇所に、ピッと小さな小さな傷が出来た。
「大丈夫そうだね。でもあくまで御守り代わり、無茶は絶対しないように。一応数か月は持つように作ったから」
―即死するようなダメージを負わなければな。逆に言えば、即死する怪我も一回だけなら肩代わりしてくれるさ。清人、私は寝るぞ。後は託した―
「ありがとうニアロン」
竜崎の体の中に引っ込んだニアロンにお礼を言う竜崎。と、彼も欠伸を噛み殺した。大丈夫と言ったのにこんなのを作ってくれるとは、どんだけ心配してくれていたのだろうか。少し申し訳ない気分になったさくらであった。
「よし、さくらさんの分も大丈夫っと。自分で身体に傷をつける分には発動しない設定だから、治癒魔術の授業も普通に受けられるよ」
さくらの分の確認も終わった後。ようやく安心したと言わんばかりに伸びをした竜崎は、もう一仕事と再びさくらに声をかけた。
「さくらさん、これから時間あるかな? 会ってほしい人がいるんだ」
「? はい、大丈夫ですけど…誰ですか?」
さくらに問われ、竜崎はその正体を明かした。
「『予言者』だよ」
そう、特に変わりなく。さくら達への印象のためにも、ディレクトリウス公爵家の名誉のためにもあの人さらい事件は口外されることはなかった。なお公爵から、暫くの間兵を護衛につかせようかと打診もされたが、流石にそれはさくらもメストも断った。恥ずかしいし。
とはいえ僅かだが変化したこともある。エーリカは更にメストにべったりになり、ハルムも顔を合わせるたびに調子を心配してきてくれた。そして…。
「さくら、エーリカがお茶に誘ってくれたんだ。君も是非来てだって。一緒に行こう」
「はい、メスト先輩!」
メストがさくらを敬称付けで呼ぶのを止めたのだ。これはさくら立っての頼みだった。彼女は他の子達と同じように呼んで欲しいと常々思っていた。
メストはそれを快諾。その際に聞いたことなのだが、なんでも竜崎と同じ出身だからと内心敬意を払っていたらしい。だが、それも先の一件で打ち解けた。
メストに名前だけで呼ばれると、さくらは奇妙な安心感を覚えた。この世界に溶け込めた実感というべきだろうか。メスト自身が青肌の魔族という、元の世界には絶対にいない人だというのが理由かもしれないが。
ふと、さくらは思う。竜崎さんは何故自分の事を「さん」付けなのか。他の子達にはだいたい名前呼びなのに。はてなと首を捻る彼女だったが、エーリカにどうかしたのか問われその思考をほっぽり出した。
そんなエーリカとの茶会帰り。さくら達の前に竜崎が姿を現した。
「さくらさん、メスト。ちょうど良かった。はいこれあげる」
突然に彼が手渡してきたのは、真っ黒な人型人形。と言ってもちょっと大きいキーホルダーサイズで、紐までくっついている。形もジンジャーブレッドマンのようなデフォルメ型。どこかの商店で売ってそうである。触るとちょっとした弾力がある。
チラリと裏を見ると、後頭部には簡素ながらさくらの花の絵が刻み込まれていた。メストの方には薔薇が。名札代わりであろう。
「先生…!やっぱりこれって…!『身代わり人形』じゃないですか…!」
受け取ったメストは驚愕の顔を浮かべる。そんな驚く物なのかとさくらが問うと、彼女は大きく頷きながら説明してくれた。
「これは『呪魔術』の一つで、どんな外傷でも肩代わりしてくれる特殊な人形でね、ほぼ三日三晩術者の魔力…それこそ血とかを注ぎながら練り上げないと出来ない代物なんだ。先生、最近目の下にクマを浮かべていると思ったら…」
―あの時お前のモノを貰った時から薄々察していただろ。こういう奴だ清人は。ふぁあああ…―
メストにそう返したニアロンは大あくび。彼女もまた協力していたらしい。むにゃむにゃいう彼女に代わり、竜崎はメストにお願いした。
「本当はエーリカやハルムの分も作るべきなんだろうけど、流石に二つが限界でね…。一応効果を確認してもらっていいかな?」
「はい」
そう返事をしたメストは、人形を片手に持ち、もう片方の手を竜崎に差し伸べる。すると竜崎は精霊を呼び出しメストの手を軽く切り付けた。
「わっ…!」
思わず片目をつぶるさくら。すると切り付けたはずの箇所に黒い靄が発生していた。それはすぐに消え失せると、無傷なメストの手が現れた。そして人形の該当する箇所に、ピッと小さな小さな傷が出来た。
「大丈夫そうだね。でもあくまで御守り代わり、無茶は絶対しないように。一応数か月は持つように作ったから」
―即死するようなダメージを負わなければな。逆に言えば、即死する怪我も一回だけなら肩代わりしてくれるさ。清人、私は寝るぞ。後は託した―
「ありがとうニアロン」
竜崎の体の中に引っ込んだニアロンにお礼を言う竜崎。と、彼も欠伸を噛み殺した。大丈夫と言ったのにこんなのを作ってくれるとは、どんだけ心配してくれていたのだろうか。少し申し訳ない気分になったさくらであった。
「よし、さくらさんの分も大丈夫っと。自分で身体に傷をつける分には発動しない設定だから、治癒魔術の授業も普通に受けられるよ」
さくらの分の確認も終わった後。ようやく安心したと言わんばかりに伸びをした竜崎は、もう一仕事と再びさくらに声をかけた。
「さくらさん、これから時間あるかな? 会ってほしい人がいるんだ」
「? はい、大丈夫ですけど…誰ですか?」
さくらに問われ、竜崎はその正体を明かした。
「『予言者』だよ」
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