【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

文字の大きさ
上 下
283 / 391
―没落貴族令嬢の過去―

282話 没落貴族令嬢の救世主③

しおりを挟む
誰…!? 幼いメストは目を見開き驚愕する。自分を救ってくれた男性は、間違いなく街に住む人ではない。今周りを取り囲んでいる領民達にこんな人はいなかった。

そう…。誰からも恨まれている自分を、自らが傷を負うのを厭わずに庇ってくれる人なんて。

「ぁ…」

声を漏らすメスト。それに反応しチラリと彼女のほうを見た男性の瞳は、優しく慈愛に満ちていた。領民達の邪悪な目とは違う、清き光を帯びている。

もっとその目を見ていたかったメストだが、残念ながら男性は顔を領民の方へと戻した。だがその代わり、彼の手は頭を優しく撫でてくれた。

親と同じように大きく温かい手を甘受するメスト。と、その顔を突然霊体がひょっこり覗いてきた。

―傷を治してやろう―

「ひっ…!?」

―そう驚くな。ほら、見せて見ろ―

霊体が傷口に触れると、僅かな光と共にシュウウと癒えていく。呆けていたメストは慌ててお礼を言った。

「あ…有難うございます…。 あの…どなたでしょうか…?」

―私はニアロン。そしてこっちは清人。あぁいや、『リュウザキ』といえばわかりやすいか―




一方、ざわつく領民達。そんな彼らに向け、竜崎はメストを庇ったまま口を開いた。

「何故こんな幼い子を、立派な大人達がよってたかって虐めているのですか?」

静かな、それでいて場に響き渡るかのような声。義憤を孕んでいることが明確に伝わるその言葉に、領民達は一時黙りこくる。

しかしいつまでもそうしてはいられない。領民の1人が、なんとか言い返した。

「よ、余所者には関係ないだろう! そいつは憎き貴族の孫だ! アレハルオの孫娘だ! 戦争の時、何人の領民達がそいつの祖父に連れていかれたと思う!」

「そういうことか…全く…」
―酷いもんだな―

竜崎達は溜息を吐く。そして、そうだそうだと湧き立ち始める領民達へ向け、もう一度問うた。

「戦争は10年前に終わっています。この子はどう見ても戦後の生まれ。この子があなた方の愛する者達を連れ去ったわけではありません。 何故、祖父の罪を何も関係がない孫に押し付けるのですか?」

「それは血が…」

「では、あなた方は顔も知らぬ自らの先祖の大罪を、自分の身で償えるのですか?」

「う…いや、それは…」
「く…余所者は黙ってろ…! 関係ない癖に…!」

狼狽し、撥ねつけようとする領民達。しかし竜崎は首を横に振った。

「いいえ。そういうことならば私も関係があるでしょう。私はかつての戦争で人界側の最前線に立っていた身。あなた方の愛する者達の命を奪ったのは私やもしれません」


再度どよめく領民達。竜崎は大きく息を吸うと、ピシリと言い放った。

「罪なきこの子に石を投げることは止めてください。その代わり、私が食らいましょう。さあ!」

「あ…う…そ…そんなに言うなら…!」

後に引けなくなった領民の1人が、思考を捨て去るかの如く石を勢いよく投げつける。しかし竜崎は微動だにせず、それを受け入れた。

ガッという鈍い音が響き、彼の額からはもう一筋の赤い血が流れる。それが眼球を洗っても、竜崎は毅然とした目を浮かべていた。

「う…」

気圧される領民達。と、その内の1人が声をあげた。

「ハッ…!? その御姿、その霊体…。も…もしや…『勇者一行』のリュウザキ様…!?」

ようやく正体に気づいた彼らは後ずさる。それを見たニアロンはやれやれと肩を竦めた。

―そうだ。やっと気づいたか―

「おいニアロン…」

―罪を問えない存在なのはお前も同じだ清人。お前が魔王の兵を仕留めなければ、別の誰かがそいつに殺されていただけのこと。それに、私達が魔王を倒さなければ、その『憎き貴族』にこの場の全員が虐げられたままだったかもな―

「「「……」」」

ニアロンの言葉に、領民達の顔は白くなる。とんでもないことをしてしまった。世界を救った英雄が1人を傷つけてしまったのだ。彼らは一人、また一人と罪から逃れるように逃げ帰る。そして、誰もいなくなった。





―ったく…意気地なし共が。清人も清人だ。あんな石ころわざわざ食らって…―

「それ以上言うなニアロン。彼らも怒りの行き場を無くしただけだ。…だからといって許される行動ではないけど」

領民達を追いかけることなく、額の血を拭った竜崎。そして未だ縮こまっていたメストを優しく撫でた。

「よく耐えたね。頑張った。 私は竜崎清人、君の名前は?」

「メスト…メスト・アレハルオです…」

「そうか、初めましてメスト。おうちはどこ? 連れて行ってあげるよ」

竜崎によいしょと抱え上げられるメスト。親以外の暖かな温もりを感じ、彼女は思わず竜崎の服をぎゅっと掴んだ。離れるのを恐れるかのように。

「…。もう大丈夫だよメスト。よしよし」

察した竜崎はメストをぎゅっと抱きしめ、背中をポンポンと叩いてやる。すると、クスンクスンと泣き声が聞こえ始めた。


石を投げつけられることが怖くないわけなかった。でも、感情を押し殺すしかなかった。ただ耐えるしかなかった。そんな逃げ場のないはずの窮地から救い出され、メストの我慢していたものが一斉に噴き出したのだ。

次々と溢れてくる涙は止まらず、白いローブは濡れてゆく。竜崎はそれを拒むことなく、ただ抱きしめる力を強めながらアレハルオの屋敷へと歩いていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スローライフとは何なのか? のんびり建国記

久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。 ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。 だけどまあ、そんな事は夢の夢。 現実は、そんな考えを許してくれなかった。 三日と置かず、騒動は降ってくる。 基本は、いちゃこらファンタジーの予定。 そんな感じで、進みます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...