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―没落貴族令嬢の過去―
281話 没落貴族令嬢の救世主②
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先に断っておくが、メストは望まれずにして産まれた娘、というわけではない。むしろ待望の、といっても差し支えなかった。
息子夫婦は寂しかったのだ。憎らしきとはいえ自らの父は知らぬ地で死に、僅かな知り合いも関係を恐れ断絶か知らんぷり。世話をしてくれた召使の一部は領民に殺され、残った者達からも離された。
もはや貴族であった証は心に残る僅かな誇りと身体に染み付いた所作のみ。常に警戒され、監視されているような生活。耐え切れなかった。心がやられかけていた。
せめてもの温かさを求め、彼らは子を成した。自分達を囲む冷え切った世界の中の、唯一の拠り所。そして希望として―。
…だが、息子夫婦は未だ許されぬ暴虐貴族の血を引く者。その彼らが産んだ子は、つまりは暴虐貴族の孫。どんな扱いを受けるのかは火を見るよりも明らかだった。
何故産まれてきた。お前の祖父の責任はお前にもある。詫びろ、詫びろ、詫びろ。昼夜問わずメストに浴びせられたのは領民からの罵詈雑言。新たなる命を祝福するものはほとんどいなかったのだ。一時収まりかけていた怒りが噴出してしまった節すらある。
息子夫婦…メストの親は彼女をこんな只中に産んでしまったことを後悔した。そして事あるごとにメストに謝り続けた。ごめんね、生まれて来てくれたのにこんな思いをさせて、と。
幼いメストはそれらの言葉を一身に受け成長してきた。
時は流れ、戦争終結から10年。アレハルオ家の境遇を流石に不憫に思った一部の領民、そして元召使の人々から僅かな支援こそ受けていたが、メストの一家は街で暮らす人達よりもはるかに貧乏な生活を強いられていた。
7歳になったメストは身体こそ支障なく成長したが、彼女の心の状態は良くはなかった。
メストの瞳からは将来への希望の輝きが失われていた。全てを諦め、残された命が潰えるのを待つ生気の無い目。追い詰められ、あらゆることに怯えていたのだ。
そんな彼女を支えていたのは、残せる物がほとんどない親からせめてもの贖罪として教えられた清き貴族の精神だった。
父の、マリウス・アレハルオのようになって欲しくないという思いから授けられたものだが、残念なことにそれはメストに『祖父の責任は自分の責任』と思い込ませもしてしまった。
そんなある日のこと。メストは親に隠れて街へと降りていた。
10年の月日が経ち領民達のアレハルオ家への恨みは大分収まっていたが、代わりに出てきたのは『都合の良い報復の対象』という概念。…要は虐めてもいいという暗黙の了解である。
アレハルオ家の屋敷跡に入ってはいけないという不文律もあったが、街では陰口を叩き放題。特に子供であるメストに対しては石を投げたり、魔物をけしかける者もすらもいた。
では何故彼女はそんな危険な街へと何故出てきてしまったのか。それは友人へのお見舞いのためである。
そう、そんなメストにも友人はいた。それはかつて祖父派だった人々や元召使たちの子供達。しかし彼らもまたアレハルオ家と同じように領民から睨まれ、困窮した生活を送っていた。
その友達の1人が病気に罹ったのだ。その家が薬も満足に用意できない環境なのはメストも知っていた。それで危険を承知で、裏山から決死の思いで採ってきた薬草を手にやってきたのだ。
「メストちゃんごめんなさいね…。私達のことなんて見放してくれても構わないのよ…」
友人の親は病床に臥した子を看病しながらメストへそう伝える。手助けは心の底から有難い。だが、彼女が不憫で仕方なかったのだ。
メストが着ている至る所を縫い直したボロ服から覗くのは、血が滲んだ何か所もの擦り傷切り傷。薬草を採ってきた際についた傷なのは明白だった。自分達の生活すら大変だというのに…。そう心配する友人の親だが、メストは静かに首を振った。
「いいえ、寧ろ僕が謝らなければいけません。祖父の罪は僕の罪。これしかできなくてごめんなさい…」
「『僕』…」
友人の親はメストの一人称を反芻し唇を噛む。何故彼女がその一人称を使っているか、なぜ短髪か、その理由を知っているからだ。
自らがそれが良くて使っている…のではない。怯えている内心を、少女という弱さを領民達から気取られないための、必死の対策。か弱い女の子ではなく、男の子っぽく装うという子供なりの抵抗であった。
本来ならば貴族の令嬢として敬われていた彼女が、領民から隠れて歩かなければいけない状況。そして自らを偽るかのような行動。居たたまれない。
助けられるならば助けてあげたい。だが、自分では何もできない。友人の親は一礼し去っていくメストをただ見送るしかなかった。
友人の親のそんな思い露知らず、警戒しながら帰路につくメスト。だが…。
「ん…おい、あれ…!」
「アレハルオのガキじゃねえか!」
運悪く見つかってしまったのだ。逃げようと踵を返すメストだが、あっという間に囲まれてしまった。
何十人かの領民にじりじりと壁端に追いやられ、縮こまり怯えるメスト。その様子はただ領民達の嗜虐心を煽るだけだった。
「よくのこのこと姿を現せたわね…!」
「お前の祖父が何をしたかわかってるのか?」
「へっ、地獄にいるマリウスのクソ野郎。テメエの孫で恨み晴らしてやるよ!」
怒り、侮蔑、嘲笑…。内心様々な領民達は揃って石ころを拾い上げ、投げつけ始める。メストはただ目を固く瞑り皆が飽きるのを待つしか―。
と、そんな時だった。突如、謎の人物が身を翻し現れた。メストの元にスタンと降り立った彼は彼女を包み込む。庇ったのだ。
「痛っ…!」
投げつけられた石は謎の人物の額を打ち、血を流させる。領民達は思わずどよめきをあげた。
「え…?」
痛みがこないどころか、妙な声を耳にしたメストは恐る恐る顔を上げる。先程まで見えていた、凶悪な顔を浮かべた領民達は白いローブによって遮られていた。
そのまま彼女がゆっくり顔を上に向けると、そこには謎の霊体をその身に憑りつかせた、僅かな黒髪交じりの白髪男性の顔があった。
息子夫婦は寂しかったのだ。憎らしきとはいえ自らの父は知らぬ地で死に、僅かな知り合いも関係を恐れ断絶か知らんぷり。世話をしてくれた召使の一部は領民に殺され、残った者達からも離された。
もはや貴族であった証は心に残る僅かな誇りと身体に染み付いた所作のみ。常に警戒され、監視されているような生活。耐え切れなかった。心がやられかけていた。
せめてもの温かさを求め、彼らは子を成した。自分達を囲む冷え切った世界の中の、唯一の拠り所。そして希望として―。
…だが、息子夫婦は未だ許されぬ暴虐貴族の血を引く者。その彼らが産んだ子は、つまりは暴虐貴族の孫。どんな扱いを受けるのかは火を見るよりも明らかだった。
何故産まれてきた。お前の祖父の責任はお前にもある。詫びろ、詫びろ、詫びろ。昼夜問わずメストに浴びせられたのは領民からの罵詈雑言。新たなる命を祝福するものはほとんどいなかったのだ。一時収まりかけていた怒りが噴出してしまった節すらある。
息子夫婦…メストの親は彼女をこんな只中に産んでしまったことを後悔した。そして事あるごとにメストに謝り続けた。ごめんね、生まれて来てくれたのにこんな思いをさせて、と。
幼いメストはそれらの言葉を一身に受け成長してきた。
時は流れ、戦争終結から10年。アレハルオ家の境遇を流石に不憫に思った一部の領民、そして元召使の人々から僅かな支援こそ受けていたが、メストの一家は街で暮らす人達よりもはるかに貧乏な生活を強いられていた。
7歳になったメストは身体こそ支障なく成長したが、彼女の心の状態は良くはなかった。
メストの瞳からは将来への希望の輝きが失われていた。全てを諦め、残された命が潰えるのを待つ生気の無い目。追い詰められ、あらゆることに怯えていたのだ。
そんな彼女を支えていたのは、残せる物がほとんどない親からせめてもの贖罪として教えられた清き貴族の精神だった。
父の、マリウス・アレハルオのようになって欲しくないという思いから授けられたものだが、残念なことにそれはメストに『祖父の責任は自分の責任』と思い込ませもしてしまった。
そんなある日のこと。メストは親に隠れて街へと降りていた。
10年の月日が経ち領民達のアレハルオ家への恨みは大分収まっていたが、代わりに出てきたのは『都合の良い報復の対象』という概念。…要は虐めてもいいという暗黙の了解である。
アレハルオ家の屋敷跡に入ってはいけないという不文律もあったが、街では陰口を叩き放題。特に子供であるメストに対しては石を投げたり、魔物をけしかける者もすらもいた。
では何故彼女はそんな危険な街へと何故出てきてしまったのか。それは友人へのお見舞いのためである。
そう、そんなメストにも友人はいた。それはかつて祖父派だった人々や元召使たちの子供達。しかし彼らもまたアレハルオ家と同じように領民から睨まれ、困窮した生活を送っていた。
その友達の1人が病気に罹ったのだ。その家が薬も満足に用意できない環境なのはメストも知っていた。それで危険を承知で、裏山から決死の思いで採ってきた薬草を手にやってきたのだ。
「メストちゃんごめんなさいね…。私達のことなんて見放してくれても構わないのよ…」
友人の親は病床に臥した子を看病しながらメストへそう伝える。手助けは心の底から有難い。だが、彼女が不憫で仕方なかったのだ。
メストが着ている至る所を縫い直したボロ服から覗くのは、血が滲んだ何か所もの擦り傷切り傷。薬草を採ってきた際についた傷なのは明白だった。自分達の生活すら大変だというのに…。そう心配する友人の親だが、メストは静かに首を振った。
「いいえ、寧ろ僕が謝らなければいけません。祖父の罪は僕の罪。これしかできなくてごめんなさい…」
「『僕』…」
友人の親はメストの一人称を反芻し唇を噛む。何故彼女がその一人称を使っているか、なぜ短髪か、その理由を知っているからだ。
自らがそれが良くて使っている…のではない。怯えている内心を、少女という弱さを領民達から気取られないための、必死の対策。か弱い女の子ではなく、男の子っぽく装うという子供なりの抵抗であった。
本来ならば貴族の令嬢として敬われていた彼女が、領民から隠れて歩かなければいけない状況。そして自らを偽るかのような行動。居たたまれない。
助けられるならば助けてあげたい。だが、自分では何もできない。友人の親は一礼し去っていくメストをただ見送るしかなかった。
友人の親のそんな思い露知らず、警戒しながら帰路につくメスト。だが…。
「ん…おい、あれ…!」
「アレハルオのガキじゃねえか!」
運悪く見つかってしまったのだ。逃げようと踵を返すメストだが、あっという間に囲まれてしまった。
何十人かの領民にじりじりと壁端に追いやられ、縮こまり怯えるメスト。その様子はただ領民達の嗜虐心を煽るだけだった。
「よくのこのこと姿を現せたわね…!」
「お前の祖父が何をしたかわかってるのか?」
「へっ、地獄にいるマリウスのクソ野郎。テメエの孫で恨み晴らしてやるよ!」
怒り、侮蔑、嘲笑…。内心様々な領民達は揃って石ころを拾い上げ、投げつけ始める。メストはただ目を固く瞑り皆が飽きるのを待つしか―。
と、そんな時だった。突如、謎の人物が身を翻し現れた。メストの元にスタンと降り立った彼は彼女を包み込む。庇ったのだ。
「痛っ…!」
投げつけられた石は謎の人物の額を打ち、血を流させる。領民達は思わずどよめきをあげた。
「え…?」
痛みがこないどころか、妙な声を耳にしたメストは恐る恐る顔を上げる。先程まで見えていた、凶悪な顔を浮かべた領民達は白いローブによって遮られていた。
そのまま彼女がゆっくり顔を上に向けると、そこには謎の霊体をその身に憑りつかせた、僅かな黒髪交じりの白髪男性の顔があった。
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