【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

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―没落貴族令嬢の過去―

279話 メストの思い

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((マズい…!))

帰ろうとしていたさくらとエーリカは思わずピタリと足を止める。覗きをしていたことがバレたらなんと言われることか。もしメスト様から嫌われたら…!そう考えたらしく、エーリカの顔は引きつっていた。

と、続けて聞こえてきたのは竜崎とニアロンの声だった。

「誰もいないようだけど…」

―警備の兵が外通っていっただけじゃないか?―

堂々と誤魔化す彼ら。するとメストはクスリと笑った。

「先生達、嘘、ついてますね。わかりますよ。きっと正体は…」

彼女はそこで言葉を止めると、詠唱。精霊を呼び出した。すいっと隣の部屋へと入っていった精霊は覗きの下手人たちの正体をしっかり見定めてしまった。

「やっぱりエーリカ、それにさくらさんも。…先生、2人をこの部屋へ招待しても?」

((えっ…!?))

メストのまさかの言葉にさくら達は顔を見合わせる。その提案は竜崎にとっても予想外だったらしく、彼は少し困惑したように問い返した。

「別に構わないけど…無理してない?」

「はい、僕はもう大丈夫です。先生相手に隠し事はしませんよ。それに…駄目ならば、また胸をお借りしますから」

メストは普段通りの、爽やかな声でそう答える。どうやらそれで竜崎達は納得したらしい。竜崎が呼び出した精霊はさくらの指を握り、隣の部屋へと案内した。




「「失礼します…」」

ギイィと扉を開け、おずおずと部屋に入るさくら達。気分は断頭台に登る囚人である。

それを迎えたのはベッドに腰かけた竜崎ニアロン、そしてメスト。竜崎達は呆れた表情でさくら達を睨んでいたが、メストの様子は違っていた。

「恥ずかしいところを見られちゃったね」

普段のイケメンな爽やかさの中に、乙女の恥じらいを内包しているメストの照れ隠し笑顔。その可憐さに、エーリカはおろかさくらまでもがドキッと胸を高鳴らせてしまった。


ここにおいで、とメストに誘われ、さくら達は彼女の両隣りに腰かける。だが罪悪感からカチンコチンになったエーリカは、メストの腕をとることなく姿勢を正したまま。

―今度はメストの尾行か。飽きないなお前達―

少し離れたところに座り直したニアロンの揶揄に、さくら達はビクッと身を縮める。その様子をメストはフフッと笑ってくれた。


「あ、あの…!メスト様…!どうしてリュウザキ先生の元に…? いえ、リュウザキ先生は信頼に足るお方なのは重々承知なのですが…」

メストが怒っていないと判断したのだろう。エーリカは勇気を振り絞り、膝の上に乗った手をギュッと握りしめながらそう質問する。

「あ…! 勿論答えにくい事ならば無理にお答えしてくださらなくとも…。私達、メスト様が心配で…」

直後、しどろもどろになるエーリカ。メストはそんな彼女の硬く閉じた拳に優しく触れ、緩ませた。

「有難うエーリカ、さくらさん。2人共僕を案じて来てくれたんだね」

「ひゃ、ひゃい…!」

エーリカはボッと頬を赤らめるが、すぐに顔を伏せたおかげでメストには気づかれなかった。そんな彼女に代わり、さくらがもう一度問い直した。

「なんで竜崎さんのとこに…?」

「そうだね…」

僅かに表情を曇らせたメスト。だが、さくら達にならば話してよいと考えたのか、他の人達には秘密にしてねと前置きをしてからゆっくりと口を開いた。

「…実はさっきの盗賊達にされたことがちょっと夢に出てきちゃってね。いくら目を閉じようとも浮かんでくるから、先生のところにお邪魔させて貰ったんだ」

やはり先程の出来事が原因だったようだ。何と返せばいいのかわからず黙ってしまうさくらとは対照的に、エーリカはくいっとメストの袖を引っ張った。

「でも何故リュウザキ先生の元へ? 部屋にはマーサ先生がおられましたし、それこそ私に頼っていただければ…コホン! 深夜に男性の部屋に赴くなんてまるで…」

それ以上は公爵令嬢として許さないのか、パシンと手を口に当て塞ぐエーリカ。あはは…とメストは頬を掻き、釈明をした。

「なんて言えばいいかな、リュウザキ先生にお願いしないと癒されない気がしたというか…」

「…羨ましい…」

「? 何か言ったかいエーリカ?」

「いえ!なんでもありませんわ! もう…先生方も最初からそう言ってくださればいいのに…!」

感情のやりどころに困ったのか、今度はプンスカ怒るエーリカ。するとそんな彼女をニアロンが窘めた。

―そもそもお前がメストから離れないからだろうが。メスト恋しいのはわかるが、少しは自重しろ―

「なっ…!? よ、余計なお世話ですわよニアロン様!」

図星をぶっ刺されたエーリカは慌てて言い返す。いがみ合う彼女達は即座にメストと竜崎によって仲裁された。

「ぐぬぬ…」
―ったく…―

少し空気は悪くなる。焦ったさくらはそれをなんとか打開しようと、メストに一つ質問した。

「メスト先輩、竜崎さんだと癒されるって…」

おずおずとしたその問い。するとメストは顔を羞恥に染めながらも答えてくれた。

「えーと…子供の頃から先生にはお世話になっていてね。怖い事があるとさっきみたいに胸をお借りしたんだ。その時からの癖というか…」



「メスト様の過去…」

ゴクリと息を呑むエーリカ。彼女もまたメストの境遇はある程度知っているらしいが、詳しくは知らない様子。と、丁度良い機会だと覚悟を決めたのだろう。メストはとある提案をした。

「そうだね…じゃあ、僕の昔の話をしようか。 先生、構いませんよね」

「勿論、メストが良ければ。だけど…」

「無理なんてしていませんよ。エーリカとさくらさんだから話すんですもの」

にこりとそう竜崎に返したメストは、昔を思い出すかのようにゆっくりと話し始めた。

「あれは今から十年前、僕が七歳の時…。いや、もっと前から話そうか。戦争直後、僕の家、アレハルオ家が没落した時から―」
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