【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

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―公爵領下でお手伝い―

274話 狩猟小屋のさくら達

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時同じくして、森の中にひっそりと佇む大きめの狩猟小屋へと視点は移る。


大分前に使われなくなったそこは、今や廃墟同然。それでも魔物や悪人対策として、簡単な保護結界魔術が張られていたのだが…。

よくみると、扉に張られていた魔術札スクロールは無惨に破り捨てられ、建物外周に施されていた魔術式も消去術式により掻き消されている。これでは結界は機能せず、誰でも侵入し放題である。

加えて、狩猟小屋の周囲には狂暴そうな魔物が幾体も。まるで小屋を守護する番犬のように構えていた。


おや…?どこからか現れた5人ほどの一団が急ぎ足で狩猟小屋の中へと。彼らは入るなり、抱えていた暴れる何かを部屋の端へと無造作に放り投げた。

「「むぐっ…!」」

その何かの正体。それは縛られたさくらとメストであった。

彼女達は汚れた布切れを口内に詰められがっちり猿轡。更に腕は後ろ手に回され、指先までしっかりと荒縄で拘束されていた。足もまた固く縛られ、僅かに悶えることしかできない。

(なんで…なんでこんなことに…)

震える身体をメストに寄せながら、さくらは少し前の出来事を思い返していた。




あの時―。さくら達が女の子が落とした人形を見つけた時。馬車の残骸に息を潜め隠れていた盗賊達が一斉に襲い掛かってきたのだ。そこまで戦い慣れていないさくらは当然の如く、魔力の使い過ぎで弱っていたメストも反応が間に合わなかった。

悲鳴をあげようにも、口を塞がれ。抵抗しようにも、武器を引き剥がされ。逃げようにも大の大人の力に敵う訳もなく。まるで初めから人を攫うために来たかのような手際の盗賊達に、さくら達はあっという間に捕まってしまった。

人形が物音を立てるわけがないのだから、警戒を解いてはいけなかった。そんな当たり前のことへの後悔よりも先に、縛り上げられたさくら達はそのまま森の中へ連れ去られてしまったのである。



「ふーっ…ふーっ…」

詰め込まれた埃まみれの布により、じゃりじゃりしている口の中。しかしさくらはそんなことを気にせず呼吸を荒くしていた。否―。そうせざるを得ないほど、彼女は焦燥に囚われていた。

(どうしよう…魔術が…使えない…!)

口を封じられ、手も足も縛られたこの状態。詠唱が出来ないのだ。頼みの綱のラケットも落としてしまった。こうなってしまえばただの非力な街娘と同義である。ただ目の前の下卑た者達に運命が嬲られるのを待つしかできない。


「ひひっ…!しかし、良いモン仕入れられたぜ。危うく準備し損になるとこだった」

盗賊の1人は近場の椅子にどかっと腰かけ笑う。と、他の1人が吐き捨てるように言い返した。

「元はと言えばテメエが馬車を脅す用の魔物を逃がすからだろうが! 公爵のヤロウのとこに行った貴族の帰り際を狙おうという話だったのによ…!」

どうやら、先の馬車の事故は彼らのミスから引き起こされたものらしい。だが怒鳴られた相手の盗賊は飄々としたものだった。

「そう言うなって!結果的にあんな上玉が手に入って良かったろ! 公爵のガキ共を攫えなかったのはちょっと残念だが、あんな村人達よか何十倍も値打ちがあるぜ」

「チッ…! 確かに怪我した村人なんか小銭程度にしかなりゃしねえがよ。それに比べてこいつら、良~い身体してやがるぜ」

その言葉と共に、盗賊達の舐め回すような視線は一斉にさくら達へと集中する。ビクッと身体を竦めるさくらを隠すように、メストは無理に身をよじり彼女の前に出た。その様子を見た盗賊達は醜悪な笑みを浮かべた。


「身代金はたいして取れないだろうが、これなら好事家共にとんでもない高値で売り捌ける。奴ら、美女の召使…と言う名目の奴隷はいつでも欲しがっているから」

「だな。魔物相手にも引けをとらない強さを持っていたし、愛玩用だけじゃなく魔物相手の見世物としても売れそうだぜ。魔物に身体を裂かれ傷ついていく女を見たい奴を集めてな…」

愛玩…見世物…、奴隷…! メスト越しに聞こえてくる盗賊達の会話に、さくらは怖気を振るわす。誰か…竜崎さん助けて…!そう心の中で願う彼女だが、届くはずもない。


「なぁ、お前はこいつらに幾らの値がつくと思う?」

と、盗賊の1人はさくら達とは反対側の端に寄りかかる仲間に声をかける。その人物は他の盗賊と同じく浮浪者のような恰好をしていたが、手にナイフではなく杖を持った中年男性だった。

さくら達の身体が指すらピクリとも動かせないほどに雁字搦めにされているのも、この男性が指示した故。詠唱が出来なければ無力という魔術士の弱点、及び対処法をしっかりと理解している。彼は間違いなく同職…魔術士である。


そんな彼は、仲間の質問に一切答えず眉を潜めた。

「…こいつらのさっきの戦いぶり、どことなく誰かに似ていたような…。おい、お前らの師は誰だ?」

そう問われるが、猿轡をされているさくら達が答えられるわけがない。そのことを他の盗賊仲間に嘲笑され、中年男性は黙りこくった。


と、ひとしきり仲間を笑った盗賊の1人がメストの元へと寄ってくる。しゃがみ込んだ彼はメストの顔をクイっと持ち上げ、にへらにへらと笑った。

「折角の上物なんだ。ちょいとばかり味見を…」

そのまま彼はメストの胸に手をかけ、服のボタンをプチリと…。

ガッ!
「はっ…?」

突如、盗賊の頭を長い脚が挟み込む。そのまま盗賊はグキリと首を捻られ、床に投げ飛ばされた。

「ぐえっ!」

悲鳴をあげ伸びる盗賊。直後、身体を翻し立ち上がったのはメスト。口と手こそ縛られているままの彼女だが、なんと足の縄をいつの間にか解いていたのだ。

(さくらさん、もう少し耐えていて!)

そんな思いが込められた目でさくらをちらりと見やった彼女は、慌てて武器を手にとった盗賊を打倒するため出来うる限りの構えをとった。
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