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―獣人の里『モンストリア』―

246話 物置の中

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監督役のシベル達からは離れ、入ってしまった場所は竜崎から「絶対に入るな」と言われた『獣母信奉派』の建物。しかもその本拠地であろう教会が1つである。事態の深刻さに気付いたネリーは震え声。

「事情を説明したらわかってくれるよね…?」

「わからない…。あの人達は『獣人こそ最良の種』という考えを持っていて、他の種族を毛嫌いしているから…」

「間違えて入った奴をボコボコにして追い返したって話もある。皆、ケモ耳は外すなよ…!」

モカとワルワスの警戒する声を聞き、さくら達は思わず頭に着けているケモ耳をぎゅっとつけ直す。今はこれだけが頼りである。

「とりあえずバレないうちにここから出よう!」

抜き足差し足忍び足。そろりそろりと出口に向かうさくら達。だが…。

「誰だ…」

突然聞こえたしわがれ声に全員がビクッと身体を震わす。最も獣母像に近い長椅子から立ち上がったのは腰の曲がった獣人の老爺だった。

「すみません、間違えて入ってしまいました。すぐに帰ります」

ワルワスが皆を庇うように前に出る。だが獣人の老爺はフン、と鼻を鳴らした。

「これの持ち主だろう。観光客だな」

杖を突きながら近づいてきた彼は先程ここに入っていった地図を手渡す。モカやワルワスから聞いた、街のおすすめポイントを沢山書き込んだそれを見られてしまえば終わりである。いくらケモ耳をつけて変装していても、バレてしまうのは道理。

「ここは我らの聖域。痛い思いをしたくなければさっさと出ていけ」

「「「「「ごめんなさい…!」」」」」

さくら達は急いで踵を返す。だがそれと同時に大量の足音が聞こえてきた。どうやら信徒達が礼拝に来たらしい。

どうしようと惑うさくら達。この老爺は見逃してくれるみたいだが、他の人はどう対応してくれるかわからない。

一方の老爺もわかっているらしく、ため息を1つつき入口近くの大きな物置を指差した。

「礼拝が終わるまで隠れていろ。ただし、物音を立てるなよ」

でなきゃどうなっても知らんぞ。そう脅されさくら達は物置に駆け込んだ。



「うえっ…!ここ埃っぽい…」

「静かに、ネリー!」

それぞれ自分の口を塞ぎ、息を潜める。どやどやと入ってきたのは沢山の獣人鳥人。流れるように椅子についた。先程の老爺…どうやら神父だったらしい。彼に続いて信徒たちは祈りを捧げはじめた。

『我らの祖、獣母よ。我らの優秀なる血を守り給え、我が物顔で歩く他種族に天罰を与え給え―』

(こわ…)

ネリーは小さくボソリと呟く。他の面子も内心で同意していた。



と、祈り文句が終わったのか誰かが喋り始める。しかしその口調は怒りに満ちていた。

「クソッ…腑抜け派の奴らめ…。獣母を盗んだのは俺達じゃないのに…!昨日もあれだけ問い詰めてきやがって…!」

腑抜け派、というのは獣母を信奉していない他獣人のことだろう。その言葉に続き、他の獣人達もわいわいと話始めた。

「私達だってご神体が無くなったのは悔しい…!憎き勇者一行にわざわざ頼み込んで返してもらった大切なものなのに…」

「もし獣母を生き返らせてもらえるなら話は別だけどね。喜んで差し出すよ」




(少なくともこの人達は獣母の墓荒らしに関係なさそうだね)

(なんか危ない事言ってるけどな…)

ひそひそ声で話し合うさくら達。と、僅かに開いた扉の隙間から外を見ていたアイナが口を開いた。

(ねぇ…今なら逃げ出せるかも…)

信徒達は皆座っており、入口の方を向いている人は全くいない。神父の老爺も目で早く出ていけと教えてくれている。

「では讃美歌を謳おう。皆、本を手に」

しかも隙を作ってくれもした。絶好の機会、音が出ないようゆっくり扉を開け…。

ドタドタドタ…!

運の悪いことに、誰かが教会内に走りこんでくる。信徒達の視線は一斉に入口に集まり、さくら達は慌てて物置の奥に引っ込んだ。

「どうした?熱心な獣母信奉教徒のお前が遅れてくるなんて珍しいな」

「外が騒がしいけど、何かあったの?」

バレないように再度外を覗きながら、さくら達は耳を澄ます。確かに教会の外が騒がしいような…。今しがた来たという獣人は呼吸を整えながらゆっくりと口を開いた。

「ヘッヘッヘ…やってやったぞ…ざまあみろ腑抜け派の連中め…」

何処か様子がおかしい。信徒達も訝しむが、その獣人は構わず言葉を続けた。

「長い間音信不通だったあいつがいたんだ…昔からムキムキな奴だったが、なにか魔術でも使ったんじゃねえかってぐらい獣人離れした体躯だった…」

「あいつ…?誰の事だ?」

神父の老爺はそう問うが、様子のおかしい獣人はそれを無視した。

「あいつと、妙な魔術士は俺達に復讐の機会をくれた。沢山の人獣と魔獣をくれたんだ。俺はそれを街に引き込んだ。今頃街の至る所で腑抜け派が襲われているだろうよ!痛快だ!」

「!!? なんてことを…!」

驚愕する神父達。だが一部の信徒は驚きながらも一つ問いかけた。

「それって私達獣母信奉派は狙われるの?」

「いいや、俺達は襲わないと約束してくれた」

その答えを聞くや否や、その一部の信徒達は嬉々とし始めた。

「良いじゃないか、腑抜け派にはムカついていたんだ」
「きっと獣母の怒りよ。信じない者達への天罰よ」

狂っている…戦々恐々とするさくら達。思わず物置内で後ずさったのが災いした。

カランッ!

(あっ…!!)
(ヤバっ!)

立てかけてあった箒が倒れ、乾いた音が響く。当然、信徒達の視線は物置へと。

「何者だ!」

神父の老爺はツカツカと物置に近寄りガラっと扉を開ける。そして中にいたさくら達を無理やり引っ張り出した。

「ガキ共!何をしていた!」

「か、かくれんぼしていて…」

ネリーが適当に嘯く。と、信徒の1人が近くにあった棒を手に歩み寄ってきた。

「神父様、どうします?痛めつけてしまいますか?」

「いや…。外では人獣達が暴れているのだろう?そいつらの餌にしてしまおう」

老爺のファインプレー。何はともあれ教会からは出られそうである。嫌がるフリをしながら扉へと向かっていくさくら達だったが…。

「おい待て!そいつらの服、『学園』の制服じゃないのか!?」

「なんだって…もしかして、調査隊!?」

誰かの指摘が飛び、正体がバレてしまった。こうなれば獣人だろうが関係ない。

「「「「「逃げろ!!!」」」」」

回れ右して全速力、さくら達は一気に教会を脱出した。しかしただの子供ならいざ知らず、調査隊となれば話は別である。

「捕まえろ!」

様子のおかしい獣人の号令に、信徒達は一斉にさくら達を追いかけ始めた。
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