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―2人の治癒魔術講師―
238話 喧嘩する2人
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そして昼休み。竜崎と合流したさくらは食堂で昼食を摂っていた。
「治癒魔術の授業、どうだった?」
竜崎の問いに、さくらは正直な感想を述べた。
「なんか、やったことのない授業でした。特に実習が。自分で傷をつけるなんて…」
刃物を使う授業こそ僅かにあるが、それは調理なり芸術なり。わざわざ自分の肌を傷つけなさいという授業、あるわけがない。当然それをわかっている竜崎は頷いた。
「まぁ、そうだよね。因みに聞くけど、元の世界でちょっとした傷を一瞬で治す技術って…そうかまだ無いか」
少しだけ嬉しそうな表情を見せた彼は直ぐに顔を戻し、教師として忠言を行った。
「状況によっては命すら左右する魔術だ。実践は何よりも重要。大変だろうけど、堪えてね」
―まあ別に医者や治癒魔術の専門家を目指しているわけじゃない。そこそこ学べたら辞めてもいいぞ。あの2人にもそのことは伝えてあるからな―
「あ、そうそう。自分で傷をつけるのは基本私が見ている時か授業中だけにしてね。信頼できる先生がいてこそ許されているんだから」
と、ニアロンはそんな竜崎の注意を聞いてへッと鼻で笑った。
―信頼できる、か。あいつら、それぞれ単独でいる際は良い教師なんだがなぁ。2人揃うとなぁ―
それはどういう…。さくらがそう聞こうとした時だった。
「「リュウザキ先生、隣宜しいですか?」」
ほぼ同時に竜崎へかけられた声は二つ。男性と女性の声。片や強面獣人、片やシスター。そう、シベルとマーサである。
だが様子がおかしい。まるで互いを牽制するかのように睨み合っている。
「どうぞ」
「「失礼します!」」
竜崎の了承を合図に、2人は彼の両隣りに腰を下ろした。
明らかなピリピリムード。どういう状況なのかわからないさくらはおろおろしながら様子を窺う。と、先に口を開いたのは回復魔術教師シベルの方だった。
「リュウザキ先生。さくらちゃんのことですが、初めてだというのに傷を即座に治しました。回復魔術の才もかなりあるようです。流石は特待生かつ代表戦選手なだけあります」
するとそれを聞いたマーサも口を開いた。
「さくらさんの聖魔術の才はそれを凌ぐでしょう。確かに回復魔術より術式は複雑ですが、コツをお教えしましたら即座に治癒に成功いたしましたよ」
治癒魔術講師2人の間でバチチ、と火花が散る。まるでそれが開戦のゴングかと言わんばかりに、彼らは舌戦を始めた。
「フン、聖魔術など手間がかかる代物だ。怪我を治すには回復魔術が一番に決まっている」
「あら、その分治癒速度は聖魔術のほうが上回りますよ。それに治癒することしかできない回復魔術と違って、聖魔術は死霊兵や呪い等不浄なるものに安寧をもたらします。戦いに身を投じる際に覚えていて損はありません」
「おいおい、戦いを好まぬ魔神『メサイア』に仕える者がそんなことを言って良いのか?それに戦いながら『祈る』なんて高等技術だ。誰も彼もが出来るわけじゃないだろうが」
「ご心配なく、そのためのロザリオです。あれは杖と同じく聖魔術行使を補助する魔道具だということは当然ご存知でしょう?聖魔術を学べばロザリオは剣や杖に早変わりしますので」
「ハッ、その領域にたどり着くには相当な修練がいる。なら全員が等しく覚えられる回復魔術のほうが良い。戦う方法は別の授業でたっぷり学んでいるしな!」
「2人共、冷めるよ」
竜崎の言葉に2人は休戦。それぞれ食事に手を付ける。だが、ある程度食べ進めたところで急に開戦した。
「大体、授業でネズミを傷つけさせるなんて酷いことをなさりますよね!貴方には人の心がないのですか!」
「何を言うか!あいつらは痛みを感じないように麻酔魔術をかけてある。それに授業後は出来うる限りのケアをしてやっている。お前こそ自分の体を傷つけるしか選択肢がないのはおかしいだろ!」
ぐぎぎ…と睨み合う彼ら。授業中は冷静だったシベルが熱く、聖母のようだったマーサが怒り心頭。なるほど、子供のように喧嘩する彼らに信頼を寄せろと言われても、「え、ちょっと…」となる。周りで食事をしている先生生徒達も「あれさえなければな―…」という視線を送っていた。
と、このままでは埒が明かないと思ったのか、2人はほぼ同時にさくらに呼びかけた。
「「どっちの授業がよかった(ですか)!?」」
「ふえっ!? え、えっと…」
突然飛んできた白羽の矢に、食べていたものをのどに詰まらせかけるさくら。とりあえず飲み込み考えるが、まだ始めての授業を経験したばかり。甲乙つけろなんて言われても…。
「竜崎さんはどっちを使っているんですか?」
逃げるように竜崎に聞くさくら。2人の喧騒の中平然と食事していた竜崎は少し考え答えた。
「んー、私は使い分けているかな。例えば細かな掠り傷とかだったら詠唱で済む回復魔術。深めの傷だったら聖水の補助で早めに治る聖魔術、みたいな。まあでも、二つ合わせると相乗効果でかなり早く治癒が進むから両方学んでおいて損は無いね。でしょう?」
シベル達に言い聞かせるような口調の竜崎。彼らはぐっと押し黙るが、ここまで来て退くことはできないらしく、さくらに再度詰め寄った。
「そうだ、この後時間あるか?授業内容で選べないなら、俺らの授業外の活動を見てどちらが優れているか決めてもらおう」
「珍しく良い提案をしますね。さくらさん、私からもお願いします。是非ご協力を」
揃って立ち上がり、そう頼んでくる2人。困るさくらを見兼ねたのか、ニアロンが溜息をついた。
―はぁ…。清人、いいか?―
「あぁ。そろそろ止め時だ」
許可が得られたニアロンはふわりと空中へ。そして、シベル達を思いっきり殴った。
―毎度言っているだろうが!喧嘩をするな!!―
ゴンッ!
「「ごめんなさっ!!」」
「治癒魔術の授業、どうだった?」
竜崎の問いに、さくらは正直な感想を述べた。
「なんか、やったことのない授業でした。特に実習が。自分で傷をつけるなんて…」
刃物を使う授業こそ僅かにあるが、それは調理なり芸術なり。わざわざ自分の肌を傷つけなさいという授業、あるわけがない。当然それをわかっている竜崎は頷いた。
「まぁ、そうだよね。因みに聞くけど、元の世界でちょっとした傷を一瞬で治す技術って…そうかまだ無いか」
少しだけ嬉しそうな表情を見せた彼は直ぐに顔を戻し、教師として忠言を行った。
「状況によっては命すら左右する魔術だ。実践は何よりも重要。大変だろうけど、堪えてね」
―まあ別に医者や治癒魔術の専門家を目指しているわけじゃない。そこそこ学べたら辞めてもいいぞ。あの2人にもそのことは伝えてあるからな―
「あ、そうそう。自分で傷をつけるのは基本私が見ている時か授業中だけにしてね。信頼できる先生がいてこそ許されているんだから」
と、ニアロンはそんな竜崎の注意を聞いてへッと鼻で笑った。
―信頼できる、か。あいつら、それぞれ単独でいる際は良い教師なんだがなぁ。2人揃うとなぁ―
それはどういう…。さくらがそう聞こうとした時だった。
「「リュウザキ先生、隣宜しいですか?」」
ほぼ同時に竜崎へかけられた声は二つ。男性と女性の声。片や強面獣人、片やシスター。そう、シベルとマーサである。
だが様子がおかしい。まるで互いを牽制するかのように睨み合っている。
「どうぞ」
「「失礼します!」」
竜崎の了承を合図に、2人は彼の両隣りに腰を下ろした。
明らかなピリピリムード。どういう状況なのかわからないさくらはおろおろしながら様子を窺う。と、先に口を開いたのは回復魔術教師シベルの方だった。
「リュウザキ先生。さくらちゃんのことですが、初めてだというのに傷を即座に治しました。回復魔術の才もかなりあるようです。流石は特待生かつ代表戦選手なだけあります」
するとそれを聞いたマーサも口を開いた。
「さくらさんの聖魔術の才はそれを凌ぐでしょう。確かに回復魔術より術式は複雑ですが、コツをお教えしましたら即座に治癒に成功いたしましたよ」
治癒魔術講師2人の間でバチチ、と火花が散る。まるでそれが開戦のゴングかと言わんばかりに、彼らは舌戦を始めた。
「フン、聖魔術など手間がかかる代物だ。怪我を治すには回復魔術が一番に決まっている」
「あら、その分治癒速度は聖魔術のほうが上回りますよ。それに治癒することしかできない回復魔術と違って、聖魔術は死霊兵や呪い等不浄なるものに安寧をもたらします。戦いに身を投じる際に覚えていて損はありません」
「おいおい、戦いを好まぬ魔神『メサイア』に仕える者がそんなことを言って良いのか?それに戦いながら『祈る』なんて高等技術だ。誰も彼もが出来るわけじゃないだろうが」
「ご心配なく、そのためのロザリオです。あれは杖と同じく聖魔術行使を補助する魔道具だということは当然ご存知でしょう?聖魔術を学べばロザリオは剣や杖に早変わりしますので」
「ハッ、その領域にたどり着くには相当な修練がいる。なら全員が等しく覚えられる回復魔術のほうが良い。戦う方法は別の授業でたっぷり学んでいるしな!」
「2人共、冷めるよ」
竜崎の言葉に2人は休戦。それぞれ食事に手を付ける。だが、ある程度食べ進めたところで急に開戦した。
「大体、授業でネズミを傷つけさせるなんて酷いことをなさりますよね!貴方には人の心がないのですか!」
「何を言うか!あいつらは痛みを感じないように麻酔魔術をかけてある。それに授業後は出来うる限りのケアをしてやっている。お前こそ自分の体を傷つけるしか選択肢がないのはおかしいだろ!」
ぐぎぎ…と睨み合う彼ら。授業中は冷静だったシベルが熱く、聖母のようだったマーサが怒り心頭。なるほど、子供のように喧嘩する彼らに信頼を寄せろと言われても、「え、ちょっと…」となる。周りで食事をしている先生生徒達も「あれさえなければな―…」という視線を送っていた。
と、このままでは埒が明かないと思ったのか、2人はほぼ同時にさくらに呼びかけた。
「「どっちの授業がよかった(ですか)!?」」
「ふえっ!? え、えっと…」
突然飛んできた白羽の矢に、食べていたものをのどに詰まらせかけるさくら。とりあえず飲み込み考えるが、まだ始めての授業を経験したばかり。甲乙つけろなんて言われても…。
「竜崎さんはどっちを使っているんですか?」
逃げるように竜崎に聞くさくら。2人の喧騒の中平然と食事していた竜崎は少し考え答えた。
「んー、私は使い分けているかな。例えば細かな掠り傷とかだったら詠唱で済む回復魔術。深めの傷だったら聖水の補助で早めに治る聖魔術、みたいな。まあでも、二つ合わせると相乗効果でかなり早く治癒が進むから両方学んでおいて損は無いね。でしょう?」
シベル達に言い聞かせるような口調の竜崎。彼らはぐっと押し黙るが、ここまで来て退くことはできないらしく、さくらに再度詰め寄った。
「そうだ、この後時間あるか?授業内容で選べないなら、俺らの授業外の活動を見てどちらが優れているか決めてもらおう」
「珍しく良い提案をしますね。さくらさん、私からもお願いします。是非ご協力を」
揃って立ち上がり、そう頼んでくる2人。困るさくらを見兼ねたのか、ニアロンが溜息をついた。
―はぁ…。清人、いいか?―
「あぁ。そろそろ止め時だ」
許可が得られたニアロンはふわりと空中へ。そして、シベル達を思いっきり殴った。
―毎度言っているだろうが!喧嘩をするな!!―
ゴンッ!
「「ごめんなさっ!!」」
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