【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

文字の大きさ
上 下
238 / 391
―2人の治癒魔術講師―

237話 治癒魔術(聖魔術)講師 マーサ

しおりを挟む
「では、皆さん。お配りしたロザリオを手に、祈りを捧げましょう」

教師役の合図に、さくら含む生徒達は目を瞑り祈る。教室は静まり返り、衣擦れの音すらほとんどしない。

「私達が祈りを捧げる方は、『神聖国家メサイア』に御座おわします『聖なる魔神』、『メサイア』様です。彼女は祈りある全ての者に祝福を授けてくださいます」

そんな中、さくらは薄く目を開け前を見る。黒板に張られているのは大きな一枚の絵。そこに描かれているのは純白の衣を纏い、白き翼を幾枚も背に宿し、神々しく輝く天使の輪の様なものを頭上に浮かべた女性の姿。その美しさはどんな遠くからでもわかるほどで、もし元の世界ならば有名美術館の目玉にでもなっていたであろう。

その絵に視線が惹きつけられ、思わずぼーっと眺めてしまうさくら。と―。

ぺんっ
「あうっ…」

さくらのおでこが優しく押される。そして優しく叱る声が。

「めっ、ですよさくらさん。メサイア様が美しいのはわかりますが、今は集中して頂かないと。聖魔術は『祈り』こそが全ての核なのですから」

「ご、ごめんなさい…」

それで我に返ったさくらは、改めて教師の顔を見る。先程受けた回復魔術のシベル先生は男性獣人だったが、彼女は人間の女性であった。

見た目を一言でいえば、シスター。教会で神に祈るあの人々である。敬虔な乙女という言葉がぴったりの風貌の彼女は、さくらが謝るのを聞くと微笑みを浮かべた。

「とはいえ、さくらさんにとって初めての聖魔術の授業。興味を持っていただけて嬉しいです」




そしてやはりあるのが実習。ただし、回復魔術の授業と違うところがある。それは、渡されたのがナイフと水が入った小瓶ということである。

「では、実習に移ります。その小瓶の中身は『聖水』です。熟達した聖魔術使いにしか作れない物ですが、これに少しの聖魔術を付与して使うことで回復薬や解毒薬、消毒薬といった様々な効果をもたらします。もし傷が治らない場合はこれをお使いください」

軽く説明を挟んだマーサはそこで一呼吸置く。そしてゆっくりと、少し申し訳なさそうに口を開いた。

「皆さん毎回お辛いでしょうが、これも聖魔術を学ぶため。メサイア様を信じて自らの身体に傷をおつけください」

どうやら、この授業は自身の肉体だけで実習を行うようだ。とはいえ有難いことに、さくらは先程そのやり方を少しだけ学んだ。それでも自分の腕に刃を入れることはかなり抵抗があるが…。

「うっ…!」

ほんの僅か、チッと腕は切れる。自分でやるのは初めてだったが、この状態を見るのは二度目。痛くはあるが上手く行ったようだ。落ち着いて、聖魔術を詠唱するが…。

「あれ…!?」

ところが、傷が塞がらない。さっき回復魔術は上手く出来たのに…!焦るさくらを煽るように、腕の上の血はぷっくりと小さい半球を作る。それを見てさらに動揺してしまい―。

「まずはゆっくりと深呼吸を。そして、あの絵に描かれたお方に治癒の加護をお祈りください」

と、マーサの声。さくらは指示通り息を深く吸い、祈る。どこかにいるメサイア様。どうかこの傷を治してください―!

すると、怪我の位置にどこからともなく光が差す。ジュウウと音が聞こえた気がし、傷はかさぶたへと変わった。

「その調子ですよ、さくらさん」

にこりと笑い、マーサは他の生徒の元へ。さくらはそんな彼女を目で追う。丁度、生徒の1人が彼女を呼び止めた。

「あ、あの…マーサ先生…」

「どうしました?」

「やっぱり切るのが怖くて…」

ナイフを手に震える生徒。当然であろう。誰もかれもが自身に刃を当てることを良しとするわけがない。どう対応するのか気になったさくらが見ていると―。

「そうですか。わかりました」

軽く返事をしたマーサはナイフを受け取ると、迷うことなく自分の手の甲を切った。

「それでは、この傷を治してもらってよろしいですか? …そうです、メサイア様を思い浮かべて…段々痛くなくなってきました。上手ですね」

自らの身体を差し出し、痛みをおくびにも出さない。そして慈愛を湛えた表情で生徒を宥め励ますマーサ。そんな彼女の姿はまさに聖母の如く、であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スローライフとは何なのか? のんびり建国記

久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。 ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。 だけどまあ、そんな事は夢の夢。 現実は、そんな考えを許してくれなかった。 三日と置かず、騒動は降ってくる。 基本は、いちゃこらファンタジーの予定。 そんな感じで、進みます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...