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―2人の治癒魔術講師―

236話 治癒魔術(回復魔術)講師 シベル

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「そういえば、あの謎の鉱物って何だったんですか?」

魔界から帰還し、次の登校日。さくらは思い出したかのように竜崎に問う。現魔王に反乱を起こした者達が持っていた謎の液体入り鉱物、確か賢者ミルスパールが土の高位精霊の元に聞きに行ったらしいが…。

「あー…あれね。うーん、なんというか…」

言い淀む竜崎。普段ならじれったいとネタバレをするニアロンも、今回は黙っていた。

「とりあえず結果から言うと、鉱物じゃなかった。いや、鉱物ではあるんだけど、正しい鉱物じゃないというか…」

「? どういうことですか?」

「ログ先生でも賢者の爺さんでもわからなかったからおかしいと思ったんだよね…。あれ、何かの生き物の肉片を特殊な方法、多分『禁忌魔術』で結晶化させたものらしくて…」

―清人、もうちょいオブラートに包め。ほら、さくら引いているだろ―

ニアロンに諭され、竜崎はしまったと言うように口を押さえた。

「あ、ごめん…とりあえずこの話は口外しないようにしてね」

ブンブンと首を縦に振るさくら。そんなこと絶対に言う気がしない。



と、竜崎はこの話はおしまいと言わんばかりに無理に話題を変えてきた。

「そうそう、さくらさん治癒魔術習いたいと言ってたよね。実は治癒魔術には二種類あって、身体を魔術で活性化させて治癒する『回復魔術』、魔神に祈ることでその加護を受け治癒する『聖魔術』というのがあるんだ」

―さくら、お前元の世界で神様を信じてたか?―

「え、えっと…」

ぶっちゃけ、あまり信じてない。確かお祖父ちゃん家がなんとか宗の仏教だったが、なんだったか忘れた。あとはお正月とかテスト前とかに神様に祈るだけである。

―その顔は駄目そうだな。清人も同じだったから気にするな。要は『祈る』ことがどれだけできるかだ―

「祈る…」

出来るかどうか微妙に不安なさくらの心を見透かしたように、竜崎は彼女を宥めた。

「まあとりあえず、『回復魔術』の方から受けてみようか。ちょっと顔が怖いって言われる先生だけど、根は優しい人だから安心してね」





「では魔導書の51頁を開いて。回復魔術の術式は基本的に同一だ。傷の深さや部位によって回復能力強化の術式が多岐にわかれているが、理論的には基礎の回復魔術で全ての傷が治る。最も、実際は治る前に失血死や魔力切れを起こすがな」

竜崎から貰った治癒魔術の魔導書を開き、さくらは授業を受ける。

「ねえ、さくらちゃん。シベル先生の顔って怖くない…?」

と、たまたま同じ授業を受講していたネリーがひそひそと話しかけてきた。さくらも小声で返答する。

「怖い、といえば怖いかな…?」

「えー、私かなり怖いんだけど…!」

治癒魔術講師、名をシベル。竜崎に『顔が怖いと言われている』と聞いていたから覚悟してきたのだが、さくらにとって怖さのベクトルが違った。

彼は獣人。だがモカとは違い純血種に近い獣人のようで、顔まで毛深い。そしてその顔毛の模様は目元やおでこをまるでシベリアンハスキーのよう黒く染めていた。恐らく、これが怖がられる所以であろう。慣れれば結構可愛い…?

「そこ、私語厳禁だ」

「「は、はい!」」




「さて、実習に移る。皆、ネズミ入りの籠は受け取ったか」

授業は進み、さくら達の前にはそれぞれ籠が置かれる。中には一匹のネズミが入っており、大人しくフスフスと鼻を鳴らしていた。よく見ると体の一部は毛がそられ、丸く円が描かれていた。

「今からその子達の印の位置に別途配ったナイフで傷をつけろ。くれぐれも深くは切るなよ。ほんの少し軽く当て、僅かに引くだけでいい。出来た者からその傷を治していけ」

「―!?」

シベルの言葉にさくらは硬直する。だがネリーや他の受講生達は気にすることなく作業を始めた。ネズミたちは暴れることなくナイフを受け入れた。

「ど、どうしよう…」

さくらは慌てて周りを見渡す。どうやら同じく躊躇している子は幾人かいるらしく、震える手でナイフを掴んでいた。と、そんな子達を見たシベルは再度声を張った。

「ネズミを傷つけるのが嫌な者は自分の腕や指を切れ。悪いが、回復魔術は他の魔術よりも実践が重要となる。聖魔術もそれは変わらない。諦めてどちらかを選べ」

それもまた、選びにくい選択肢。どっちにするか決めかねるさくら。すると、そこに…。

「刃を入れるのが怖いか」

さくらがハッと顔を上げると、そこにいたのはシベル。間近で見ると顔の怖さの迫力が増す。その威圧感に、彼女は正直に答えるしかなかった。

「は、はい…」

「痛みを知らねば治癒魔術は使いこなせない。実践を拒み、いざという時に失敗をし命を落とした者はごまんといる」

シベルなりの忠言なのだろう。だがそれでもまごつくさくらを見て、シベルはハア…と小さなため息をついた。

「どちらがいい?ネズミか、自分の腕か」

「え…ど、どちらかというと自分の腕で…」

何の罪もないネズミを傷つけるぐらいなら、そう考えた末の結論。それを聞いたシベルは軽く頷いた。

「わかった、腕を出せ」

恐る恐る腕を出すさくら。するとシベルはナイフを拾い上げ…

「ちょっと痛いぞ。我慢しろ」

チッ

「つっー!」

紙でほんのちょい切れた際の、独特の熱さを感じるさくら。見ると、腕には僅かな傷がつき、微量の血が出ていた。

「治癒魔術の詠唱をしろ。傷を見ても平常心をできる限り保ち、治すということに注力するんだ」

さくらは急ぎ魔導書と見比べながら詠唱をする。

「――。」

ジュウウ、と音が聞こえた気がし、血は止まる。そしてポコリとかさぶたができた。

「フン…初めてにしては上出来だ。そこから傷跡が完全に無くなるまで繰り返せ」

怖い顔を少し緩め、シベルは他の生徒の元へ向かっていく。

「ナイフは一回使うたび新しいのに取りかえろ。授業内で傷を治しきれないものは俺が治してやる。いいか、常に心に余裕を持て。治癒魔術はそれが要でもある」

そう生徒達にアドバイスしながら。
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