【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

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―夜は更け、朝に―

229話 『「術の者」を継ぎし者』さくら

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「いやいやいやいや!!」

突然に名指しを食らったさくらは手と首をブンブンと横に振る。

「無理ですって!! というかなんで私!?」

いくら色々と経験を積んできたとはいえ、この場にいる名だたる面子の実力には遠く及ばないことは考えなくとも勝てる。そも、竜巻を消滅させるなんて芸当、考えたことも…。

そんな彼女を宥めるように、賢者は笑った。

「なに、一口に竜巻を消すと言っても色んな方法がある。今しがたリュウザキがやったように、強力な魔力弾を飛ばして吹き飛ばす方法や、竜巻自体を直接切り割る方法もある」

さらっと恐ろしいことを言ってる…内心そう思うさくらを余所に、賢者は彼女に近づき、周囲の兵に聞こえない声で囁いた。

「そして、ゴスタリアでさくらちゃんがやったように、巨大な属性の力をぶつけるという方法もあるんじゃ」



「それでいけるんですか!?」

「いけるぞい。そうじゃな…あの竜巻、見た目は派手じゃがそこまでの勢力ではなさそうだしの、半回転の風の力をぶつけ拮抗させ、消滅させるのが簡単じゃろう」

いやだからそんな芸当は私じゃ…そう返そうとしたさくら。だが、それよりも先に彼女の身体にひょいと乗り移り、その口を封じたのはニアロンだった。

―勿論私達も手伝ってやるぞ。そう気を揉むな―

「さくらさんなら問題なくできるよ。ちょっとやってみない?」

まさかの竜崎達は乗り気。思わずさくらは視線で近くにいる勇者達に訴える。が…。

「キヨトとミルスパールがいけるっていうならいけるよ」と勇者。

「頑張ってさくらちゃん!応援してるわ!」とソフィア。

「本来なら我が対処しなければいけないが…。託したぞ、さくら」と魔王。

誰も、引き止めてくれない。追い詰められたさくらは最後の抵抗を試みる。

「で、でも…皆さん見ていますし…」

さくらが拒んでいる最大の理由。それはやっぱり周囲からの期待の視線である。先程竜崎に向けられていたものですらかなりの数だったというのに、今はその騒ぎを聞きつけ増えに増えている。しかも、城下町からもそれは感じられた。

そんな状況で、もし失敗しちゃったらどうしよう…。思い悩むさくらの肩を、竜崎はポンと叩いた。

「大丈夫、私も上手く行かなかったしね。それに、万一失敗しても後にはアリシャ達が控えている。気楽にいこう」

優しく微笑む彼に、さくらも覚悟を決めた。

「…はい!」



迫り続ける竜巻に皆が戦々恐々とする中、ふわりと空中に飛び出したのは3人の人影。

「あれは…」

「リュウザキ様と賢者様!でももう一人って…」

「あの子、リュウザキ様が連れてきた…確か『さくら』という子では?」

「おい、あの子…!ニアロン様を背負っているぞ!」



―いいかさくら。やるべきことはゴスタリアの応用だ。巨大な風の塊を作って、その神具で竜巻に叩き入れる。深呼吸をして、始めろ―

「いきます!『我、汝の力を解放せん―』!」

解放呪文を聞き届け、ラケットに取り付けられた限界突破機構は開き、起動する。さくらはそこへ手をかざし、ラケットを掲げた。

シュルシュルシュル―

ラケットの上に形を成すのは、緑色の光を帯びた風の集合体。テニスボールのような形をしたそれは、ニアロンの補助もあり徐々に徐々に大きくなっていく。

「良い調子じゃの。風の向きも問題ないわい、そのまま大きくしていくんじゃ」

「さくらさんの身体は私達がしっかり支えているから、安心して!」

賢者と竜崎の声に目を瞑りながらも頷き、さらにイメージを固めていく。作り出すは竜巻と拮抗するほどの密度を持った風の球。そして…。

「それぐらいで良いじゃろう」

賢者の合図にさくらが目を開けると、そこに出来ていたのは以前ゴスタリアで作り出した火球並みに巨大な緑の球。その内部では風が吹き荒れていることがありありと見て取れる。

―さっきの感覚から…神具の威力を加味すると…こんなものか―

さくらの身体にちょいちょいと強化魔術を付与するニアロン。その間に竜崎も動いた。

「方向良し、と」

簡易的な照準を作り上げ、風の球をセッティング。舞台は整った。

―ようし、さくら。全力で打ち込め!―

狙うは遠くで唸る竜巻。地に落ちないように気をつけつつ腕を引き―。

「はぁぁぁっ!!」

パッカァンッ!!



渾身の力で撃ちだされたその一球は周囲の空気を逆巻かせ、真っ直ぐに竜巻の元へ。そして見事ぶつかると…。

ゴオッ!!

一際強い風が巻き起こる。それは魔王城にまで及び、窓をガタガタと震わせた。思わず目を瞑ってしまったさくらが目を開いた時には―。

「…わぁ!」

立ち込めていた曇天は散り、青空が広がる。竜巻の姿は完全に消え失せて…。

「あれ?」

先程まで竜巻のあった位置に、何かが飛んでいる。目を凝らしてみると、それは二匹の風の上位精霊シルブ。暫くぐるぐると旋回した後、空高くに上がり何処かへと飛んでいった。

「ニアロンさん、あれって…」

―ほう、お前が生んだシルブだ。上位精霊作成の原理は一緒だからな。属性の力が満ちた魔力の塊に、新たな属性の刺激を加え混ぜ合わせる。今回は竜巻が偶然にも上手く混ぜてくれたようだ。しかし、サラマンドに続きシルブまで生むとはな―

シルブが消えた空を眺めながら空中で呆けるさくら。その背を、沢山の拍手が叩いた。

「お見事!」

「あの子、凄い…!」

「ニアロン様を従えて、あの魔術…!リュウザキ様を、『術の者』を継ぎし子だという事か…!?」

魔王城から、城下町から聞こえるのは喝采の声。さくらはほっと胸を撫でおろした。


そんな彼女を見やりながら、賢者は竜崎に囁いた。

「お前さんの狙い、これで大分果たされたじゃろう。『さくらちゃんの存在と実力を認知させ、今後この世界で暮らしていく際の寄る辺を作りやすくする』というな。各国の要人が集まるこの場は実にうってつけじゃった」

「えぇ、さくらさんに竜巻を消す提案をしてくださってありがとうございます。アルサー達も察してくれたおかげでスムーズに行けました。…まあ個人的にはもう少しゆっくりと、自然に名を広めていきたかったんですけどね」

後半の言葉をゴホンと誤魔化し、竜崎は言葉を続けた。

「まあこれで、もし私が死んでもなんとかなるかもしれませんね」

「縁起でもないことを言うのう。どちらかというとワシの台詞じゃないかの?」

「貴方が一番似合いませんよ。あと百年は生きる気でしょうに」

「ふぉっふぉ、そうじゃのう。さて、さくらちゃんを休ませて竜巻の発生源を探りに行くかの」








所は変わり、魔王城から遠く、とある森の中。そこにいたのは小汚いローブを被った男性と、同じくローブを被った巨躯の男性。

2人揃ってどこか遠くを眺めている様子だが、ふと弾かれたように巨躯の男性が勢いよく目を瞑る。

「痛っつぅ…! 便利とはいえこんな短時間の使用でこうも目が痛くなるかね。まるで誰かに思いっきり押しつぶされたようだぜ…。酷えな『千里眼の禁忌魔術』ってのは。『観測者達』はよくこんなもん使っているなぁ」

文句を垂れる彼。と、横にいた小汚いローブの男性は溜息をつく。

「うるさい奴だ。あいつらは他の禁忌魔術を含む幾多の魔術で組み上げた専用の望遠鏡を使っているだけだ。それに、こんなもの大した痛みでもないだろう」

「いやそれはお前があの花を食って感覚鈍らせているだけ…まあいいや」

それ以上のツッコミを放棄し、巨躯の男性は話題を変えた。

「しっかし、残念だったなぁ反乱起こした連中は。せっかく命までもかなぐり捨てて作った竜巻も、城下町に掠ることなく消されちまった。ちょっと可哀そうになるぜ」

しみじみと呟く彼。と、小汚いローブの男性は舌打ちをした。

「お前は頭まで獣か?あぁ、獣だったな」

飛んできた罵倒に顔を顰める巨躯の男性。黙っているのも馬鹿らしいと思ったのか、一応言い返した。

「んだよ。そりゃ確かに嫌がってた連中を無理やり殺したけどよぉ…」

「そこじゃない」

「あ?」

「あの、竜巻を消したガキだ。あれの価値がお前にはわからないのか」

「? すげえ魔術を使うなとは思ったが…」

「そこだ。竜巻を掻き消せるほどの魔術をあんなガキの時分から使えるんだ。よほどの魔術の才を持っているに違いない」

「なるほど…」

「さらにだ。ニアロンの奴が憑りついているのにも関わらず、魔術発動後も疲弊した様子は無かった。桁外れの魔力保有能力がある。そして形状こそ変わっているものの、あのガキが持っていたのは間違いなく『神具の鏡』。あいつを攫えば、生贄と神具、両方がいっぺんに手に入る…!」

小汚いローブ越しでもわかるほど興奮している様子の男性。巨躯の男性が止めようとするのも構わず更に叫んだ。

「ハハッ…!鏡の方は『あの機構』の核となり、ガキの身体は細切れに裂いて生体魔術回路として魔法陣に張り付ければ…一気に『計画』が進行する…!」

その言葉に巨躯の男性は呆れ顔を浮かべた。

「…なんでもいいけどよぉ。どうやって攫うつもりだ? アリシャバージルにはお前の起こした脱獄事件以降、厳重な感知魔術が張ってある。変な魔術を使おうもんならたちまち兵やら学園学院の連中、果ては賢者の野郎共が駆け付けてくるぞ?」

「ならあのガキがアリシャバージルを出たところを、金で雇うか洗脳したクズ共を使って攫えばいいだけのことだ」

自信満々に言う彼を、巨躯の男性ははいはいと受け流した。

「あぁ、そうだな。まだその機構自体がほぼ出来ていない点を除けばいい作戦だな。…たく、今すぐに攫っても持て余すだけだろ。鏡だけならともかくな。 それよりゴーリッチの奴が呼んでいたろ、いくぞ」

のしのしと歩き始める巨躯の男性。それに小汚いローブの男性は続く。

「いつ攫おうか。それまではしっかり守っておけよリュウザキィィ…」

そう下卑た笑みを浮かべながら。
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