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―かつての記憶―
223話 レドルブ奪還戦⑫
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先程よりかは数も大幅に減り、もはや残党同然の魔獣達。だが、以外にも竜崎達は苦戦していた。理由は単純。最大戦力である勇者と切り離され、頼みの綱の賢者も先程発動した魔術の反動で上手く戦えていないからである。
「うぐっ…!」
そんな中、賢者が小さく悲鳴を漏らす。竜崎達がハッと見ると、彼は頭から血を流していた。
「不覚を取ったの…。心配するな、掠り傷じゃ…!」
駆け寄ろうとする竜崎達にそう返し前を向く賢者。しかし、そんな彼の顔には明らかに疲労が浮かんでいた。
ここまで来て、魔物達の餌食になるわけにはいかない。だが、つい先日戦いの場に身を投じた程度の竜崎とソフィアでは上手く敵を捌き切ることができないのだ。
どうすれば…。竜崎達の内心を焦りが占めかけた時だった。
「『予言の一行』を守れ!彼らこそが我らの希望だ!」
「「「うおおっ!!」」」
現れたのはアルサー率いる部隊。残った魔王軍の間を無理やり抜けてきたらしく、傷だらけ。だがその士気は一切衰えておらず、竜崎達を囲む魔獣を次々と屠り去っていく。空を飛んでいたヒルトラウトの竜達も追い払われた。
「すまない!無茶をさせた…!」
駆け付けたアルサーはそう頭を下げる。窮地を救われほっとする竜崎達に、彼は続けざまに尋ねた。
「アリシャのやつはどこに?」
その問いに竜崎達が急いで確認すると、先程まで彼女達が対峙していた場所には誰もいない。そんな時だった。
ドゴォ…!
突如響く爆発音。と、ソフィアが一点を指さした。
「あそこ!」
遠く、先程までヒルトラウトがいたはずの尖塔。城の崩壊から逃れていたはずのそれが今崩れ落ちていた。先の爆発音はそこが元らしい。そして、瓦礫が降り注ぐ塔の側面で勇者達は戦っていた。
ヒルトラウトが放つ矢は様々な効果を発動していく。爆発を起こし、鋭い棘を生やし、網を作る。時には大量の矢に分裂し、弾幕を形成さえもする。
普通の兵ならば間違いなくどれかには引っかかり命を落としているだろう。だが、彼女が相手取る勇者は無情にもそれらを全て躱し、弾いていく。
「サモは逃げきったか…!?」
ヒルトラウトの目的は友が逃げるまでの時間を稼ぐこと。それは果たせたのかもしれない。だが、逃げられない。私ではこいつには敵わない―。そんな絶望が彼女の胸中を埋めていた。
「「「ギャウウウウ!!!」」」
そんな折、竜の叫ぶ声が響く。竜崎達の元から逃げ出した竜が主の援護にきたのである。
「お前達…!」
これは好機。彼らと協力すればここから逃げ出すことも…!ヒルトラウトが内心でそう算段した時だった。
タッ
勇者は軽やかに壁を駆け上がり、落ちてくる瓦礫を足場代わりに蹴って竜に肉薄。そして―。
ザンッ!
一刀の元、竜の首を叩き切った。
「なっ…!」
目を見開くヒルトラウトを余所に、勇者は落ちゆく死体を蹴り他の竜へと迫る。
ザンッ!ザンッ!
断末魔すらあげられず、切り落とされる竜の首。それらが地にぶつかると同時に勇者も着地。刃こぼれして使い物にならなくなった剣を近場に突き刺し捨てた。
「ソフィア…。遠い…まあいいや」
武器の補充が出来ないと知るや、勇者は強く地を蹴る。自らの配下だった竜達を一瞬にして失い呆然としていたヒルトラウトは反応が遅れ―。
ドッッ!
「がっ…!」
勇者の蹴りが彼女の体にめり込む。ヒルトラウトは勢いよく吹き飛ばされ、少し離れた廃墟の中へと叩き入れられた。
「う…しまっ…矢筒が…」
壁に激突した衝撃だろうか。彼女の背からは矢筒が取れ、その中身は床にバラバラと散る。拾おうにも、体は動かない。抵抗する手段すら失われたヒルトラウトの前に、勇者が悠然と現れた。落ちていた剣を拾って。
最早猶予は長くない。そう悟った彼女は息も絶え絶えながら勇者にある疑問をぶつけた。
「お前も、ガフッ…ダークエルフだろう…!魔族の血が入っているはずだ…!なぜ魔王様の元に下らない!魔王様の理想が果たされれば、我らは…!」
「血が関係あるの?」
「ダークエルフは中途半端な存在だ…。魔王様による『魔族が支配する世界』が叶った暁には、私達も大手を振って歩けるんだ…!もう、後ろ指を指されることはなくなる…」
ヒルトラウトは必死に訴える。だが勇者は首を捻り、答えた。
「…よくわからない。ごめんね」
「なっ…お前は…ないのか?白い、純血種のエルフ達に笑われたことが。『似非エルフ』と揶揄されたことが…!」
「うん。ない」
「幸せな奴だな…。私もラグナウルグルに生まれていたらまだマシだったのかもしれない…」
過去に思いを馳せ、後悔するように呟くヒルトラウト。それを憐れんだのか、勇者は口を開いた。
「ミルスパールから聞いたんだけど、どんな人だって色んな種族の血が混ざっていて、最も強いのだけが表面に現れるんだって。だから―」
「だから、他のエルフも私達と同じだと? …あぁそうさ。知っているさそんなこと。だが、私はもう引き返せない。あの時、怒りに任せてエルフを殺めてしまった時から…。私はただ、安心して暮らせる場所が欲しいんだ…」
ヒルトラウトはそこで大きく息を吐く。次の瞬間―。
「そして、そのためには死ぬわけにはいかない!」
背に回していた手を引き出す。そこに握られていたのは一本の魔力矢。そう、今までの会話は全てこの矢を生成するための時間稼ぎ。能力上時間は掛かってしまったが、なんとかバレずに作り出せた。
「食らえ…!」
彼女は辛うじて持っていた弓に矢を番え、目の前に立つ勇者の顔へと放った。だが…。
パシッ
「あ…」
間違いなく不意打ちの一撃だったはず。しかしながら勇者は即座に反応し、矢を空中で掴み止めたのだ。矢は無造作にポイと放り捨てられ、チャキと剣が向けられる。
万策尽き、残されたのは死のみ。ヒルトラウトはフッと笑い弓を投げ捨てた。
「一思いにやってくれ。同胞に止めを刺してもらえるのならば本望ではある…」
「わかった」
コクリと了承した勇者は剣を振りかぶる。そんな時だった。
「…あれ?」
勇者の腕はゆっくりと降り、元の位置へ。しかし本人の意思ではないようで、彼女は首を傾げていた。
それと同時に、声が聞こえる。それは女声よりの男声であった。
「ごめんなさいね、勇者ちゃん。その子は殺さないで欲しいの。サモちゃんから頼まれちゃって」
現れたのは魔王軍幹部が1人、グレミリオ・ハーリー。勇者に軽く手で謝ると、ヒルトラウトを担ぎ上げた。
「魔王様からの命令よ。『レドルブを放棄せよ』ですって。既にゴーリッチが術式を編んでいるわ、死霊兵が時間稼ぎをしてくれるでしょう」
「グレミリオ…使役術で動きを止めたのか…。ならあいつを倒してくれ…」
ヒルトラウトはグレミリオの肩に全身を預けながら、そう頼み込む。だがグレミリオは首を振った。
「無理よ。これでも私、あの子に『座れ』と本気で術をかけているのよ。結構腕に自信があったのだけど、まさかここまで通用しないとはね…」
確かに勇者はその場に立ったまま。殺さないでと頼まれたから動きを止めたといった風体である。
「だから、今私達は見逃されているだけ。もし攻撃をしかけようものならあの子は簡単に破ってくるわよ。それに、万一勝ったとしても既に人界軍に囲まれかけているわ。大人しく引きましょう」
そうヒルトラウトを諭し、廃墟から出ていくグレミリオ。去り際に勇者に手を振った。
「じゃあね、勇者ちゃん。また会いましょう」
「うん、じゃあね」
魔獣に乗り込みどこかへと駆けていく魔王軍幹部に、勇者は手を振り見送った。
「うぐっ…!」
そんな中、賢者が小さく悲鳴を漏らす。竜崎達がハッと見ると、彼は頭から血を流していた。
「不覚を取ったの…。心配するな、掠り傷じゃ…!」
駆け寄ろうとする竜崎達にそう返し前を向く賢者。しかし、そんな彼の顔には明らかに疲労が浮かんでいた。
ここまで来て、魔物達の餌食になるわけにはいかない。だが、つい先日戦いの場に身を投じた程度の竜崎とソフィアでは上手く敵を捌き切ることができないのだ。
どうすれば…。竜崎達の内心を焦りが占めかけた時だった。
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「「「うおおっ!!」」」
現れたのはアルサー率いる部隊。残った魔王軍の間を無理やり抜けてきたらしく、傷だらけ。だがその士気は一切衰えておらず、竜崎達を囲む魔獣を次々と屠り去っていく。空を飛んでいたヒルトラウトの竜達も追い払われた。
「すまない!無茶をさせた…!」
駆け付けたアルサーはそう頭を下げる。窮地を救われほっとする竜崎達に、彼は続けざまに尋ねた。
「アリシャのやつはどこに?」
その問いに竜崎達が急いで確認すると、先程まで彼女達が対峙していた場所には誰もいない。そんな時だった。
ドゴォ…!
突如響く爆発音。と、ソフィアが一点を指さした。
「あそこ!」
遠く、先程までヒルトラウトがいたはずの尖塔。城の崩壊から逃れていたはずのそれが今崩れ落ちていた。先の爆発音はそこが元らしい。そして、瓦礫が降り注ぐ塔の側面で勇者達は戦っていた。
ヒルトラウトが放つ矢は様々な効果を発動していく。爆発を起こし、鋭い棘を生やし、網を作る。時には大量の矢に分裂し、弾幕を形成さえもする。
普通の兵ならば間違いなくどれかには引っかかり命を落としているだろう。だが、彼女が相手取る勇者は無情にもそれらを全て躱し、弾いていく。
「サモは逃げきったか…!?」
ヒルトラウトの目的は友が逃げるまでの時間を稼ぐこと。それは果たせたのかもしれない。だが、逃げられない。私ではこいつには敵わない―。そんな絶望が彼女の胸中を埋めていた。
「「「ギャウウウウ!!!」」」
そんな折、竜の叫ぶ声が響く。竜崎達の元から逃げ出した竜が主の援護にきたのである。
「お前達…!」
これは好機。彼らと協力すればここから逃げ出すことも…!ヒルトラウトが内心でそう算段した時だった。
タッ
勇者は軽やかに壁を駆け上がり、落ちてくる瓦礫を足場代わりに蹴って竜に肉薄。そして―。
ザンッ!
一刀の元、竜の首を叩き切った。
「なっ…!」
目を見開くヒルトラウトを余所に、勇者は落ちゆく死体を蹴り他の竜へと迫る。
ザンッ!ザンッ!
断末魔すらあげられず、切り落とされる竜の首。それらが地にぶつかると同時に勇者も着地。刃こぼれして使い物にならなくなった剣を近場に突き刺し捨てた。
「ソフィア…。遠い…まあいいや」
武器の補充が出来ないと知るや、勇者は強く地を蹴る。自らの配下だった竜達を一瞬にして失い呆然としていたヒルトラウトは反応が遅れ―。
ドッッ!
「がっ…!」
勇者の蹴りが彼女の体にめり込む。ヒルトラウトは勢いよく吹き飛ばされ、少し離れた廃墟の中へと叩き入れられた。
「う…しまっ…矢筒が…」
壁に激突した衝撃だろうか。彼女の背からは矢筒が取れ、その中身は床にバラバラと散る。拾おうにも、体は動かない。抵抗する手段すら失われたヒルトラウトの前に、勇者が悠然と現れた。落ちていた剣を拾って。
最早猶予は長くない。そう悟った彼女は息も絶え絶えながら勇者にある疑問をぶつけた。
「お前も、ガフッ…ダークエルフだろう…!魔族の血が入っているはずだ…!なぜ魔王様の元に下らない!魔王様の理想が果たされれば、我らは…!」
「血が関係あるの?」
「ダークエルフは中途半端な存在だ…。魔王様による『魔族が支配する世界』が叶った暁には、私達も大手を振って歩けるんだ…!もう、後ろ指を指されることはなくなる…」
ヒルトラウトは必死に訴える。だが勇者は首を捻り、答えた。
「…よくわからない。ごめんね」
「なっ…お前は…ないのか?白い、純血種のエルフ達に笑われたことが。『似非エルフ』と揶揄されたことが…!」
「うん。ない」
「幸せな奴だな…。私もラグナウルグルに生まれていたらまだマシだったのかもしれない…」
過去に思いを馳せ、後悔するように呟くヒルトラウト。それを憐れんだのか、勇者は口を開いた。
「ミルスパールから聞いたんだけど、どんな人だって色んな種族の血が混ざっていて、最も強いのだけが表面に現れるんだって。だから―」
「だから、他のエルフも私達と同じだと? …あぁそうさ。知っているさそんなこと。だが、私はもう引き返せない。あの時、怒りに任せてエルフを殺めてしまった時から…。私はただ、安心して暮らせる場所が欲しいんだ…」
ヒルトラウトはそこで大きく息を吐く。次の瞬間―。
「そして、そのためには死ぬわけにはいかない!」
背に回していた手を引き出す。そこに握られていたのは一本の魔力矢。そう、今までの会話は全てこの矢を生成するための時間稼ぎ。能力上時間は掛かってしまったが、なんとかバレずに作り出せた。
「食らえ…!」
彼女は辛うじて持っていた弓に矢を番え、目の前に立つ勇者の顔へと放った。だが…。
パシッ
「あ…」
間違いなく不意打ちの一撃だったはず。しかしながら勇者は即座に反応し、矢を空中で掴み止めたのだ。矢は無造作にポイと放り捨てられ、チャキと剣が向けられる。
万策尽き、残されたのは死のみ。ヒルトラウトはフッと笑い弓を投げ捨てた。
「一思いにやってくれ。同胞に止めを刺してもらえるのならば本望ではある…」
「わかった」
コクリと了承した勇者は剣を振りかぶる。そんな時だった。
「…あれ?」
勇者の腕はゆっくりと降り、元の位置へ。しかし本人の意思ではないようで、彼女は首を傾げていた。
それと同時に、声が聞こえる。それは女声よりの男声であった。
「ごめんなさいね、勇者ちゃん。その子は殺さないで欲しいの。サモちゃんから頼まれちゃって」
現れたのは魔王軍幹部が1人、グレミリオ・ハーリー。勇者に軽く手で謝ると、ヒルトラウトを担ぎ上げた。
「魔王様からの命令よ。『レドルブを放棄せよ』ですって。既にゴーリッチが術式を編んでいるわ、死霊兵が時間稼ぎをしてくれるでしょう」
「グレミリオ…使役術で動きを止めたのか…。ならあいつを倒してくれ…」
ヒルトラウトはグレミリオの肩に全身を預けながら、そう頼み込む。だがグレミリオは首を振った。
「無理よ。これでも私、あの子に『座れ』と本気で術をかけているのよ。結構腕に自信があったのだけど、まさかここまで通用しないとはね…」
確かに勇者はその場に立ったまま。殺さないでと頼まれたから動きを止めたといった風体である。
「だから、今私達は見逃されているだけ。もし攻撃をしかけようものならあの子は簡単に破ってくるわよ。それに、万一勝ったとしても既に人界軍に囲まれかけているわ。大人しく引きましょう」
そうヒルトラウトを諭し、廃墟から出ていくグレミリオ。去り際に勇者に手を振った。
「じゃあね、勇者ちゃん。また会いましょう」
「うん、じゃあね」
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