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―追悼式―
205話 迎え撃つ⑩
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ラヴィにより解呪がなされた竜は二回りほど小さくなり、暴れることなくその場に身を沈ませる。最も、それでも大きいが…。いなくなった巨大種とはこの竜のことで相違ないであろう。
賢者達による拘束は解かれているはずだが、竜がその身体を起き上がらせることはない。かといって白蛇のように眠っているわけでもない。息も絶え絶えに力なく倒れていたのだ。それは、死が目の前まで迫っていることを指していた。
「ニアロン、リュウザキ、ミルスパール。手を貸してくれ」
召喚姿を人間大へと変更してもらったニルザルルは竜崎達を従え伏している竜の元へと。周囲に迫る魔獣達を勇者達に任せつつ、彼女達は竜の容態を調べる。
「わらわがわかるか?」
「―――。」
人型とはいえ、自らの高位存在であるニルザルルの姿を見た巨大竜は一声鳴こうとする。しかし、やはり声が出ないらしく口を少し動かすだけ。その僅かな動作をするだけでも、竜は苦悶の表情を浮かべた。
「そうだな、苦しいな…。 辛いだろうが、聞かせてくれ。お前の身に何が起こったのかを」
「――――。」
竜の額に触れるニルザルル。記憶を読んでいるのか、目を閉じ集中している様子。一方の竜の方も、彼女に全てを委ねていた。
「―そうか…。感謝する、貴重な情報だ」
「――――。」
「…あぁ。ほんの少しだけ待て、今調べて貰っている」
掠れた呼吸音しか聞こえない竜と会話を交えたニルザルルはそこで一旦切り、後ろを向く。と、丁度竜の体を調べていた竜崎達がスタンと着地した。
「どうであった?」
ニルザルルは彼らにそう問うが、竜崎達は無念そうに首を振った。
「障壁にぶつかった勢いで全身の骨が悉く砕けている。相当な痛みのはずだ」
―体内に精霊を送り込んでみたが、どの器官も治療不可能なほどに焼け爛れ、壊れている。恐らくさっきの火焔の一部が逆流しただけじゃないな―
「全身の内外問わずに数多の実験痕跡があるのぅ。ざっと見ただけではあるが、それだけでも幾つかの術式が傷を蝕んでいるのがわかるほどじゃ。簡単な治癒魔術は弾かれてしまった」
続々と挙がるは、絶望的な検査結果。ニルザルルは少し大きく溜息をついた。
「やはり、手遅れだったか…」
先程の暴走っぷりから薄々察してはいたのだろう。ニルザルルは再度竜の方へ向くと、哀憐の情を籠めた手つきでもう一度優しく竜の額へと触れた。
「汝の申し出通り、わらわの力で安らかに眠らせてやる…」
ニルザルルの手はポウッと暖かく光る。その淡き輝きは竜の全身を包み込んだ。
「――――。」
「あぁ、必ず伝えよう」
「――――。」
竜の眼は微笑むように優しく曲がり、その後ゆっくりと瞼が落ちていく。完全に閉じ切ると同時に、淡い光は空へと立ち昇る。光の一欠けらまでが消え去った後、その場に残されたのは苦悶の表情から解放された竜の遺体であった。
「そんな…」
魔王と共にその様子を見ていたさくらは言葉を失っていた。ラヴィの技により救うことができた、そう思っていた。しかし、時すでに遅し。血にまみれた竜の体は治癒不可能なほどに傷み、既に命を手放すしか道は無かったのだ。
呆然とするさくら。だがそれ以上に心を痛ませ、責任を感じているのは技を使ったラヴィであった。
「申し訳ありません、ニルザルル様。私の腕及ばず…!」
跪き、謝罪をするラヴィ。だがニルザルルは優しく首を振った。
「汝はよくやってくれた。汝の技が無ければ、この子は苦しみながら命を落としたであろう。寧ろわらわから礼を言わせてくれ。それと、この子からだ。『苦しさから解き放ってくれて有難う』とな」
ラヴィを立たせ宥めたニルザルルはその場にいる全員に聞こえるよう、威厳ある声で語り始めた。
「この子がまず見たのは人の姿。顔や姿こそ不明だが薄汚れたローブを着こんでいたそうだ。それを最後に意識は遠のき、次に気がついたのは暗き地下に縛り付けられている時。そこで全身を弄られ、目を覚ますとわらわ達と戦っていた。これが遺された記憶の全てだ」
そう言い切ると、彼女は魔王へと顔を向けた。
「魔王よ。汝が送ってくれた兵、有難く借り受けるぞ。わらわも警戒を強めよう」
「あぁ、そうしてくれ。この竜は手厚く葬らせてもらう」
その言葉に頷き、ニルザルルはすっと姿を消す。どうやら帰っていったらしい。だが感傷に浸る暇など許さず、獣達の雄叫びが響いた。
「グルゥウウウウウウ!!」
強化された獣達は竜の遺体を乗り越え迫りくる。その数、まるで残りの戦力を全て投入したかのよう。即座に竜崎達は臨戦態勢で迎え撃つが…。
ヒュルルルルル…ポンッ!
「あれって…!」
獣達が走ってきた方向、その遠くで何かが打ちあがる。それは信号弾。その色は意味するのは…。
「犯人達の確保完了、か」
切り札であった竜すらも倒され、戦力が無くなったところを捕らえられたのだろう。ほっと息をつくさくら。それとほぼ同時に、馬に乗った兵や空を飛んできた幹部幾人かが駆け付け報告をする。
「各地に潜んでいた狙撃犯の確保、完了いたしました。不思議なことに一様に肩や足を打ち抜かれていましたが…」
「周囲の村や街、そして慰霊場に一切の被害はございませんでしたわ。流石ですこと」
懸念事項も全て解決し、魔王軍の勝利は確定。魔王は労いの言葉を報告兵達にかける。
「皆、よくやってくれた。さて、あとはこの魔獣達だけか」
今までで一番の土煙をあげ、迫りくる魔獣達。その圧倒的な数を前に、魔王は竜崎の肩を叩いた。
「あとはリュウザキ。お前に任せたぞ」
「あぁ」
賢者達による拘束は解かれているはずだが、竜がその身体を起き上がらせることはない。かといって白蛇のように眠っているわけでもない。息も絶え絶えに力なく倒れていたのだ。それは、死が目の前まで迫っていることを指していた。
「ニアロン、リュウザキ、ミルスパール。手を貸してくれ」
召喚姿を人間大へと変更してもらったニルザルルは竜崎達を従え伏している竜の元へと。周囲に迫る魔獣達を勇者達に任せつつ、彼女達は竜の容態を調べる。
「わらわがわかるか?」
「―――。」
人型とはいえ、自らの高位存在であるニルザルルの姿を見た巨大竜は一声鳴こうとする。しかし、やはり声が出ないらしく口を少し動かすだけ。その僅かな動作をするだけでも、竜は苦悶の表情を浮かべた。
「そうだな、苦しいな…。 辛いだろうが、聞かせてくれ。お前の身に何が起こったのかを」
「――――。」
竜の額に触れるニルザルル。記憶を読んでいるのか、目を閉じ集中している様子。一方の竜の方も、彼女に全てを委ねていた。
「―そうか…。感謝する、貴重な情報だ」
「――――。」
「…あぁ。ほんの少しだけ待て、今調べて貰っている」
掠れた呼吸音しか聞こえない竜と会話を交えたニルザルルはそこで一旦切り、後ろを向く。と、丁度竜の体を調べていた竜崎達がスタンと着地した。
「どうであった?」
ニルザルルは彼らにそう問うが、竜崎達は無念そうに首を振った。
「障壁にぶつかった勢いで全身の骨が悉く砕けている。相当な痛みのはずだ」
―体内に精霊を送り込んでみたが、どの器官も治療不可能なほどに焼け爛れ、壊れている。恐らくさっきの火焔の一部が逆流しただけじゃないな―
「全身の内外問わずに数多の実験痕跡があるのぅ。ざっと見ただけではあるが、それだけでも幾つかの術式が傷を蝕んでいるのがわかるほどじゃ。簡単な治癒魔術は弾かれてしまった」
続々と挙がるは、絶望的な検査結果。ニルザルルは少し大きく溜息をついた。
「やはり、手遅れだったか…」
先程の暴走っぷりから薄々察してはいたのだろう。ニルザルルは再度竜の方へ向くと、哀憐の情を籠めた手つきでもう一度優しく竜の額へと触れた。
「汝の申し出通り、わらわの力で安らかに眠らせてやる…」
ニルザルルの手はポウッと暖かく光る。その淡き輝きは竜の全身を包み込んだ。
「――――。」
「あぁ、必ず伝えよう」
「――――。」
竜の眼は微笑むように優しく曲がり、その後ゆっくりと瞼が落ちていく。完全に閉じ切ると同時に、淡い光は空へと立ち昇る。光の一欠けらまでが消え去った後、その場に残されたのは苦悶の表情から解放された竜の遺体であった。
「そんな…」
魔王と共にその様子を見ていたさくらは言葉を失っていた。ラヴィの技により救うことができた、そう思っていた。しかし、時すでに遅し。血にまみれた竜の体は治癒不可能なほどに傷み、既に命を手放すしか道は無かったのだ。
呆然とするさくら。だがそれ以上に心を痛ませ、責任を感じているのは技を使ったラヴィであった。
「申し訳ありません、ニルザルル様。私の腕及ばず…!」
跪き、謝罪をするラヴィ。だがニルザルルは優しく首を振った。
「汝はよくやってくれた。汝の技が無ければ、この子は苦しみながら命を落としたであろう。寧ろわらわから礼を言わせてくれ。それと、この子からだ。『苦しさから解き放ってくれて有難う』とな」
ラヴィを立たせ宥めたニルザルルはその場にいる全員に聞こえるよう、威厳ある声で語り始めた。
「この子がまず見たのは人の姿。顔や姿こそ不明だが薄汚れたローブを着こんでいたそうだ。それを最後に意識は遠のき、次に気がついたのは暗き地下に縛り付けられている時。そこで全身を弄られ、目を覚ますとわらわ達と戦っていた。これが遺された記憶の全てだ」
そう言い切ると、彼女は魔王へと顔を向けた。
「魔王よ。汝が送ってくれた兵、有難く借り受けるぞ。わらわも警戒を強めよう」
「あぁ、そうしてくれ。この竜は手厚く葬らせてもらう」
その言葉に頷き、ニルザルルはすっと姿を消す。どうやら帰っていったらしい。だが感傷に浸る暇など許さず、獣達の雄叫びが響いた。
「グルゥウウウウウウ!!」
強化された獣達は竜の遺体を乗り越え迫りくる。その数、まるで残りの戦力を全て投入したかのよう。即座に竜崎達は臨戦態勢で迎え撃つが…。
ヒュルルルルル…ポンッ!
「あれって…!」
獣達が走ってきた方向、その遠くで何かが打ちあがる。それは信号弾。その色は意味するのは…。
「犯人達の確保完了、か」
切り札であった竜すらも倒され、戦力が無くなったところを捕らえられたのだろう。ほっと息をつくさくら。それとほぼ同時に、馬に乗った兵や空を飛んできた幹部幾人かが駆け付け報告をする。
「各地に潜んでいた狙撃犯の確保、完了いたしました。不思議なことに一様に肩や足を打ち抜かれていましたが…」
「周囲の村や街、そして慰霊場に一切の被害はございませんでしたわ。流石ですこと」
懸念事項も全て解決し、魔王軍の勝利は確定。魔王は労いの言葉を報告兵達にかける。
「皆、よくやってくれた。さて、あとはこの魔獣達だけか」
今までで一番の土煙をあげ、迫りくる魔獣達。その圧倒的な数を前に、魔王は竜崎の肩を叩いた。
「あとはリュウザキ。お前に任せたぞ」
「あぁ」
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