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―閑話―

192話 精霊術代理講師 エルフリーデ③

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ナディと別れ、学園へと戻ってきたさくら達。と―。

カンカンカンカン!!

非常事態を知らせる鐘が鳴り響いた。

「練習場のほうか―!」
昼食後だというのにも関わらず、エルフリーデは風のように駆け出していく。さくらも急いで彼女を追いかけることに。



魔術武術の修練を積むための練習場。何かしら問題が起きるのは当たり前のことではあり、度々色んな目にあっている場だが、今回は何が起きたかというと…業火に包まれていた。

「一体何が…」

到着したさくらが火の中を確認すると、至る所にあるのは魔法陣。そこが出火元らしい。そして慌てて避難してきた生徒達。どうやらまた何かやらかしたらしい。

一足先に着いていたエルフリーデは先に逃げおおせていた生徒数人に事情を聞いていた。さくらもそこに合流する。

「どうしたんですか?」

「どうやら難易度の高い術式を試そうとして魔法陣に魔力を籠めすぎて暴走したらしい。ほっといても消えるが…」

「あ、あの!それが…!」
と、エルフ生徒の1人が焦った様子で火の中を指さす。さくらが目を凝らすと、そこには…。

「あれって…!竜!?」

小型竜が数匹、周囲を火に囲まれ逃げ場を無くし右往左往していた。このままではいくら厚い鱗をもつ竜であっても大やけどは免れないだろう。

「消火に移る」
エルフリーデはそう宣言すると詠唱しつつさくら達から少し距離をとる。

「来たれ『ウルディーネ』!」

呼び出したのは水の上位精霊ウルディーネ。しかし驚くべきはその詠唱速度である。竜崎やオズヴァルド並みの速さで召喚を済ませた彼女は何故か矢を番えずに弓を構えた。

「『精霊よ、我が弓に力を』…!」

目を瞑り、術式を追加で詠唱するエルフリーデ。主の声に応えたウルディーネは彼女の弓に青い光を注ぎ込む。弓全体が紺碧の海のように深い青に包まれた。

彼女はそのまま、まるで矢があるかのような手つきで弓に触れる。すると、思わぬことが起こった。

「矢が…!?」

弓を包み込んでいた青い輝きが一か所に収束し、更に深い青となる。そしてあたかも既に番えられていたかのように一本の矢へと形を変えたのだ。

さくらの驚く声を余所にエルフリーデは弦を引き絞り、カッと目を開き詠唱を締めた。

「『我が敵へ矢の雨を』!」

ビュッ!!

空気を切り裂く発射音。しかしエルフリーデが狙ったのは燃えている現場そのものではなく、その上空。勢いよく撃ちだされた青い矢はみるみる内に蒼穹へと飲み込まれ…。

「…増えた!?」

一本だった矢が十本へ、十本だった矢が百本へ、百本だった矢が千本へ…。落下してくる矢は分裂するかの如く数を増やす。その様子にざわつく生徒陣だが、エルフの生徒達やさくらはこの技に心当たりがあった。

「あれって…『幻の矢』?」

エルフ弓術の一つ、「幻の矢」。矢を撃ちだした後、幾多の矢の幻影を作り出すことで敵を視覚的に脅す技なのだが…。

「えっ!水が!?」

広範囲に広がり落ちた矢は着弾と共に消え、その場に水をまき散らす。瞬く間に火は鎮まり、出火元の魔法陣まで掻き消され、先程まで燃え盛っていた練習場は嘘のように落ち着いた。

「すごい…!」

「この技、リュウザキ先生のお気に入りなんだ」

呆けるさくらにエルフリーデは自慢げに笑う。上位精霊の力を弓に籠め、魔力矢として形成。それを「幻の矢」を用いて撃ちだすことで文字通り「矢の雨」を降らせる。精霊術とエルフ弓術、双方をよほど極めてなければ扱えないであろうこの技。流石は竜崎の代理講師である。



「あっ!待って!」

と、エルフの子達が叫ぶ。見ると、先程まで火の中にいた小型竜達が一斉に空高く飛び上がっていた。ようやく逃げ場が出来て、焦って逃げだしたというところであろうか。だが混乱しているらしく、主たちの呼び声に応えず空中でくるくる回り続けていた。

「どうしよう…!」

空を飛ぶことができないため、まごつく生徒達。竜達が落ち着くまで待つしかないが、その間にどっかへ行ってしまう可能性もある。

「え、エルフリーデ先生…」
そんな中、生徒の1人がおずおずとエルフリーデに声をかける。だがそれは他の子に制止された。

「馬鹿、先生は…」

エルフリーデはその言葉にきゅっと唇を噛む。しかし教師として生徒の思いを無下にするわけにもいかず…。

「シルブ!」

彼女は風の上位精霊を呼び出し、空へと飛ぶ。そしてゆっくりと竜達に近づくが…。

「おいで~…」

「「「ギャウウウ!」」」

優しく声をかけたエルフリーデに対し、混乱しているはずの竜達はなんと示し合わせたように攻撃をしかけてきたのだ。引っ掻かれ、尾で叩かれた彼女はたまらずさくら達の元へ降りてきた。

「大丈夫ですか!?」

さくらの案じる声に、エルフリーデは負った傷を治しつつ悲し気に口を開いた。

「…私は生まれつき竜に嫌われているんだ。多分そんな匂いかフェロモンかが体から出ているんだと思う。だから今みたいに近づきすぎると襲われるか逃げられるのが常なんだ…」

竜に嫌われている―。その真意は生まれつきの体質によるものだった。彼女は訥々と過去を語る。

「昔から悲しかった。エルフの国ラグナウルグルは竜使役の本場、弓術を使えない友達ですら竜と仲良く暮らしているのに私は触ることすら碌にできなかったんだ。そのせいで皆に迷惑をかけて…」

さくらも以前エルフの国にお邪魔したことがあるからわかる。あの国の竜の数は他の国とは比べ物にならない。そんな場でそんな体質を持っていたとなるとよほど大変だったのだろう。どう声をかけるべきか悩んでいるさくらに気づき、エルフリーデはにこやかに微笑む。

「でもリュウザキ先生に会ってから全てが変わった。竜使役術の代わりに、精霊術を手取り足取り教えてくださったんだ。おかげで竜を使わずとも空を飛べるようになったし、弓の腕を人一倍鍛えることもできたんだ。先生には感謝しかない」

かつて竜崎に救われた過去を楽し気に話す彼女。その姿はまるで…。
「なんかオズヴァルドさんみたいですね」

「あいつと私を同じにしないでくれ!あんな竜を粗雑に扱うやつと…」

思わずさくらが呟いた言葉に怒りをあらわにするエルフリーデ。少し嫉妬交じりのような口調だが…。



と、そんな時だった。さくら達の頭上をふわりと通過していく影が。さくらが顔を上げると―。

「オズヴァルドさん!」

どこからともなく現れ、空中を自在に飛んでいく彼は未だ混乱している小型竜達の元にすっと近づく。そして…。

「つーかまえた!」

竜の体をガシリと掴み、ひょいひょいと腕の中へ。ぎゅっと抱きしめられた竜達はなんとか離れようと暴れるが…。

「おや、暴れたりないのかい? じゃあ一緒に遊ぼうか!」

オズヴァルドは竜を抱えたまま空中で回転しはじめる。逃げ出すことはできず、強制的に振り回された竜達はぐったり。それを確認し、彼は飼い主たちの元に降りてきた。

「オズヴァルド!お前…!」

降りてきたオズヴァルドに迫り、何かを言おうとするエルフリーデ。だが言いたいことが山ほどあるのか言葉を詰まらす。

「どうしたのエルフリーデ先生? あ、竜触る?」

一方のオズヴァルドは首を傾げながらそう返す。エルフリーデはその提案に少しなびきかけるが、即座に首を振った。

「いや、そうじゃなくて…!お前この間の任務の際、リュウザキ先生に迷惑かけたろう!?」

「そうなんだよ!あの時は焦った焦った。眼鏡をかけたリュウザキ先生に叱られたからいつも以上に怖かったよ!」

「眼鏡のリュウザキ先生…!! あぁもう!調子が狂う!とりあえず竜を離してやれ!全く…なんであんな酷い竜の捌き方なのにこいつは嫌われないんだ…」

苛つくエルフリーデ。彼女がオズヴァルドを嫌う理由は、竜崎への関わり方だけでなく竜の扱い方にも原因がありそうである。
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