【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

文字の大きさ
上 下
157 / 391
―賢者は語る―

156話 預言の一行結成④

しおりを挟む
そして武術大会当日。

「ほれ、始まるぞい2人共」
ミルスパールは隣に座る寝ぼけ眼な2人、竜崎青年とソフィアを揺すり起こす。装備の調整や魔術の授業などで、彼らは残された時間を忙しく過ごしていた。つい先日は2人して工房に籠りきりとなり、竜崎青年でも使える杖を作り出したらしい。

その疲れは目に見えて溜まっている。まだ出発もしていない現状、ゆっくり休ませたいミルスパールだったが、竜崎青年達は「『勇の者』が決まる試合を見逃すわけにはいかない。引きずってでも連れて行って欲しい」と依頼をしてきたのだ。その結果が椅子に座りながら揃って船をこいでいる状況である。

「「むにゃ…」」

起きているんだか寝ているんだかわからない声を同時に発する彼ら。困ったミルスパールの代わりに、竜崎青年に憑りついている霊体ニアロンがふわりと現れた。そしてキンキンに冷やした氷水を作り出し、2人の顔にぶっかけた。

―起きろ―

バシャア!

「「ひゃあ!」」




「『闇を秘めた鋭俊豪傑たる勇の者』、それが我が国の祈祷師に降りた予言の一節だ。この武術大会はその『勇の者』、即ち『勇者』を決めるための闘いとなる!この世界を救わんとするものよ、力の全てを奮い『我こそは勇者』と証明してみせよ!!」

「「「うおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!」」」

王の言葉に、闘技場内を埋め尽くす参加者達は猛り声をあげる。純粋に世界を救いたいと正義感から来ている者もあれば、勇者になりさいすれば将来安泰、好き放題遊んで暮らせるといった邪な考えの者まで千差万別。だがその者たちの考えは今だけは一つ。「勇者になる」ただそれだけである。

その様子を見て、竜崎青年はボソリと一言。
「私も勇者になりたかったな…」

「なんじゃリュウザキ。『勇の者』に憧れていたのかの?」

「いえ!そうじゃないんですけど…。やっぱ元の世界でも『勇者』の称号は皆の憧れですから。ゲームとか漫画の中でですけど」




剣戟の音が響き合い、魔術が轟く。一対一で進んでいく試合をソフィアと竜崎青年は食い入るように見ていた。血が吹き出し、骨が折れ、肌が焼かれるような闘いも当然発生する。ただの街娘であるソフィアもそうだが、剣や魔術が横行していない世界から来た竜崎青年にとってもこの凄惨な絵面は見ていて気分の良いものではない。観客の熱狂の中、2人は顔をしかめながらも、どの人物が自分達と共に世界を救うのか見極めようと堪えていた。

その横でミルスパールはとある資料を捲っていた。それは「危険人物リスト」。この大会は曲がりなりにも世界の行く末を左右するもの。事情を聞きつけた魔王軍が伏兵を仕込んでいる可能性も大いにある。

それに、あくまで「勇の者」を見出すのが最優先のため、この大会は参加者に如何なる過去や経験があろうが不問として受付をしている。つまりは犯罪者や粗暴者も参加している状態だ。賞金が無いこの試合、終わった者達が暴れ盗みを働くこともあるかもしれない。それを事前に把握するためにミルスパールは兵を使いリストを作成したのだ。

それを見ながら眼下の闘いを見やるミルスパールだったが、内心気になることがあった。先日脱走した2人の消息が掴めないのだ。彼らの目的は大会参加であると踏んで見逃すことにしたが、いざ試合開始となっても姿が見えない。外の森で魔獣に襲われ命を落としたならば仕方の無いことだが…。

「そして…このダークエルフかの」

もう一つ。受付最終日に参加表明をした女性についてである。見た目は特段奇異な様子は無かったらしいが、その名前が「アリシャ」。国名と一致しているのはただの偶然の可能性もあるのだが、どうもそうではないらしい。自らの名をその場で決めたかのような反応だったという報告がなされている。

「考えられるのは、偽名か元から名無しだったか、か…」
名前が無いことについては、珍しくはあるが普通に有りうることである。親が名前を決める前に亡くなり、周囲にそれを案じる者がいない状況ならば仕方の無いこと。もしそういうことなら別に問題はない。

だが、危険なのは偽名の場合である。つまり、名前を隠す必要がある経歴を持っているということ。それこそ魔王軍の息がかかっている可能性がある。

「要注意、じゃの」

とはいえ現状は決め手になる情報はない。彼女が闘技場に現れるのを待つしかなかった。




「…東の方角、流浪の戦士『アリシャ』!」

そして、とうとうその人物が現れた。鎧兜を一切装備せず、着の身着のまま。手には国が一応用意しておいた市販の剣。つまりは持参した武器が無いということ。彼女は緊張した様子もなく、平然と準備線に立った。

「西の方角、オーガの里オグノトスより『シェルシマ』!」

反対側から現れたのは、超巨大な大槌を携えた身長3mはある巨漢。ズシンズシンと力強い足音で悠然と線に立った。

「シェルシマだと? おいおい、優勝候補の1人じゃねえか。裏賭けのオッズはかなり低かったよな」

「オーガ族の『英雄』、その親戚だろ? 可哀そうにあの子、潰されちまうかもな」

そう観客達が話し合う中、ミルスパールは顔をしかめていた。あの女性が『アリシャ』? とても魔王軍からの刺客には思えない。そんな思考を巡らせていると、隣に座っていた竜崎青年と霊体が声をあげた。

「あっ、この間の…」

―そんな名前だったのか。良かったな清人、名前が知れて―

「もう…」

その会話はまるで以前に会ったことがあるかのよう。気になったミルスパールは事情を聞いてみることに。

「顔見知りかの?」

「実は…」




「そんなことがあったのか」

「はい。あの時は助かりました。優しい人でしたよ」

青年が語った精霊石の一件を聞き、ミルスパールは顎に手を置く。ならばそう不安がることもないのか、ただ名前が無かっただけなのかもしれないと考えている間に、試合開始のゴングは鳴り響いた。


「よう、嬢ちゃん。お前もここにいるということは覚悟が出来ているんだよなぁ。本気でいくぜ」

シェルシマの言葉にコクンと頷く女性。それを見て、オーガ族の優勝候補は大槌で勢いよく薙ぎ払った。

「うおりゃああ!」

その勢い、凄まじき。並みの相手ならば全身の鎧ごと骨が砕かれたであろう。観客も一斉に歓声を挙げた。だが、おかしい。異変に気付いたのは大槌を振ったシェルシマ本人だった。

「!? 手ごたえが無い…」

何かが触れた感触はあったが、グシャリと肉が潰れた様子がない。避けられた―。どこに行ったかと辺りを見回していると…。

「こっちだよ」

女性の声。その方向をハッと振り向く。

「嘘だろ…!」

巨大な槌の先、そこにアリシャは乗っていたのだ。

「降りろ…!」

勢いよく振り回し、跳ね飛ばそうとするシェルシマ。しかし彼女は離れない。あらゆる方向に動かそうが、地面に叩きつけようが、ダメージを食らっている様子はない。しかもあろうことか―。

「えい」

ガキィン!

柄の部分を切断しようと剣を振っていたのだ。そのことに気づいたシェルシマは呆れた顔。

「何をしてんだ…?」

「壊せないかなって」

落ち着き払った様子で答え、再度剣を振り下ろす彼女。しかし―。

バキィ!

「あ、こっちが壊れちゃった」

無惨にも剣は砕け散る。

「そう簡単には壊せねえよ。ドワーフ達に鍛え上げてもらった特注品だからな!」

再度力を籠め、力強く槌を振り上げる。すると女性はストンと地面に降り立った。

「貰った!」

そんな彼女目掛け、渾身の一撃を振り下ろす。その刹那、シェルシマは見た。彼女の片腕に輝き始めた魔術紋を。

(なんだ、あれは…?)

その考えを纏める前に、大槌は勢いよく彼女の頭の上へ。そして彼女は、その大槌に思いっきり自分の拳をぶつけた。

「はっ!」

ドグンッ!

奇妙な音が会場に響く。そして次の瞬間。

ビキキ…バキ…ゴトンッ!

大槌は真っ二つに割れ転がった。

「はあああ!?」

何が起こったかを数瞬後に気づいたシェルシマは思わず目を見開き叫ぶ。槌が不良品だった?いやそんなわけはない。何度も使ってきている。手入れ不足?それも違う。つい先日信頼できる職人に整備をしてもらったばかり。そんな愛武器が今は無惨な姿。信じることは出来ない。そんな中、相手の女性はスタスタと歩いて近づいてきていた。

「終わり」

「―!? しまっ…!」

思わず隙を晒してしまった。それでも彼は歴戦の戦士。反射的にガードを固める。しかし…。

ドゴォ!!

「かはっ…!」

魔術紋輝く拳の一撃は巨体なる彼を壁まで吹き飛ばしたのだ。当然、彼の意識もそれで飛んでしまった。

「し、勝者…『アリシャ』!!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スローライフとは何なのか? のんびり建国記

久遠 れんり
ファンタジー
突然の異世界転移。 ちょっとした事故により、もう世界の命運は、一緒に来た勇者くんに任せることにして、いきなり告白された彼女と、日本へ帰る事を少し思いながら、どこでもキャンプのできる異世界で、のんびり暮らそうと密かに心に決める。 だけどまあ、そんな事は夢の夢。 現実は、そんな考えを許してくれなかった。 三日と置かず、騒動は降ってくる。 基本は、いちゃこらファンタジーの予定。 そんな感じで、進みます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...