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―竜の魔神の元へ―

139話 イブリートの隠し事

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「なんのことだ?」

心当たりがない、と小首を傾げるイブリート。よほど自信があるのだろう、胸を張りフンと鼻息を吐くほどである。

だがその瞬間、サレンディールが僅かな目配せをニルザルルと竜崎に行ったことをさくらは見逃さなかった。一体何を…。

「我はいつも言っておるぞ、隠し事なぞ…」

「戦士に相応しくない。でしょ?毎っ日、耳が痛くなるほど聞いてるわ」

辟易するかのように兄の言葉の先を奪い取った妹は、そのままにっこりと笑った。

「なら、バラしてもいいわよね?」

有無を言わさぬ様子で続けた彼女は、その場に来ていた人間の一人を指差した。それは…バルスタインだった。

「あの子についてよ」

「チッ…」
何かを察したらしく、イブリートは舌打ちをして炎を纏い始める。どうやら勝手に帰ろうとしているようだ。その時。

ガツンッ!

彼の魔法陣にニルザルルの尾が突き刺さったのだ。

「何をする…」

「何故わらわがなれを直接呼ばなかったと思う?勝手に帰らせないようにするためよ。魔法陣に細工を施せば楽に止められるからな」

「ハァ…。おい、リュウザキ…」

残った頼みの綱である召喚主へ声をかける火の高位精霊。だが…。

「ごめんね」

竜崎は動こうとしない。彼もまた、サレンディール側であるということである。止めと言わんばかりに、その雷の高位精霊は兄の肩にポンと触れ…。

「折角お客さんが訪ねてきているのに勝手に帰るのは『礼』に反しているんじゃない?」

と、プライドをくすぐる一言。とうとう根負けしたイブリートは、

「勝手にしろ」

と一言発し、腕組み目を瞑った。諦めたらしい。

と、今まで笑うのを堪えていたニアロンがとうとう吹き出してしまった。
―兄は妹に勝てないものだな―




「私が関係しているのですか?」
突然に指名され驚いたバルスタインはおずおずと問う。するとサレンディールはにこやかに彼女を褒めたたえた。

「えぇ、そうよ。アンタ達とイブリートの闘い、隠れて見せてもらっていたけど凄かったわ!自分の主を守りつつ、兵を指揮、更に自身も活躍するなんて!」

「サレンディール様からそのようなお褒めの言葉をいただき、痛み入ります。ですが、私は未熟者。成す術もなく鎧を粉々にされまして…。イブリート様に満足していただけたかどうか…」

礼をしつつ自嘲する彼女。だがそれを聞いて少し驚いたような顔をしたのはニルザルルだった。

「ほう、粉々にしていたのか。それは凄いものだ」


どういう意味の感想なのか。さくら達が聞くまでもなく、彼女は語り始めた。
「イブリートは強く、礼を持つ者と闘いたいだけだからな。相手を殺すようなことはしない。そして当然自身が纏う炎が人間をいとも簡単に焼き殺す危険なものだと知っている。耐熱魔術は鎧にも付与されていることが多いからな、下手にこいつに近づいたまま鎧が壊されると中身がその場で蒸発する恐れがある」

とんでもない事実である。聞いただけでさくらは背筋がゾワッとしてしまう。ニルザルルはそのまま言葉を続けた。

「それを案じてこいつは基本的に鎧を壊さない。精々が戦闘中に偶然一部が砕ける程度だろう。だが、粉々にしたとは…。それだけ昂り気を遣うことを忘れたということ。よほど良い敵だったのだな」

すると、今まで聞いていただけのイブリートは思い出すように目を細めた。

「あぁ。良い闘いだった。我に挑む連中は殆どが水やら風やらを用い利を狙おうとする。だがバルスタインは我の炎に自らの火で立ち向かってきたのだ。愚行? いや、そうではない。それは本人の自信と実力の現れだ。小手先の技に囚われず、自らの最大戦力をぶつけてきたのだ。それは我と自分自身に『礼』を尽くしたということ。そのような者達を我は最も好ましく思う」

「バルスタインはそんなに強かったのかい?」

竜崎のわざとらしい、答えを引き出させるような質問に、彼は大きく頷いた。

「強かったとも。我の爆炎を断ち切り、僅かながらも体に傷を負わせた。並みの戦士ならばまず不可能なことだ」

半ば恍惚とした表情のイブリート。サレンディールは笑いながら暴露を行った。

「よっぽど感動したみたいでね、あの後ずっとニコニコしていたのよ。私にも『あいつは良い。友として認めてやっても良い』って何回も言ってきたの」

「そうだ。それだけ感動したのだ、言って何が悪い。別に隠していたわけではないぞ」

(開き直った…)

その場にいるほぼ全員の内心はそれで一致していた。そんな中、唯一バルスタインだけは深々と頭を下げて礼を示してた。




「ならば良いだろう。お前がそこまで言うことは中々にない、受けた礼をここで返せ。リュウザキの提案通り、イブリートがわらわに依頼し、わらわがサラマンドを生まれさせたということで通そう。それで構わんな?」

ニヤニヤと笑いながらニルザルルはそう説得をする。

「ゴスタリアの王に対する評価も良かったし、それでいいじゃないの」

サレンディールにも宥めすかされ、ようやくイブリートは顔を小さく縦に動かした。

「好きにしろ」



「ありがとうございます皆様方!つきましては、心よりの感謝の礼をお渡しさせていただきたいのですが…」
感無量といった様子の姫様。まさか魔神が2人共(正確には3人)裏工作に参加してくれるとは思っていなかったのだろう。思わず立ち上がり机に頭をぶつけるほどに礼を述べる。

「それは、物ということか?」

「勿論それ以外でも。我ら王族の威信にかけて叶えさせていただきます!」

姫様の言葉を聞き、イブリートはほんの少し気恥ずかしそうに吐き捨てる。

「くだらん…どんなものであれ、我が地に持ち寄ればたちまち灰になるだろうよ」

「そんなこと言わずに貰っておけばいいじゃない。なんならニルザルルのところに置かせてもらえばいいでしょ? ところで、私にもくれる?」

そんなサレンディールにもまた、姫様は笑顔で頷いた。



「そうだな…確かゴスタリアは照明も有名だったな。ここは暗くなっても地から漏れる魔力の光で比較的明るい。だが、下からの灯りだと本が読みづらくてな。いちいち自分で光を灯すのも面倒だ。良い照明を幾つか貰えないか?」

「あ、じゃあ私はお茶菓子がいい!ニルザルル宛にお願いね!」

ニルザルルとサレンディールはそれぞれ思い思いの品をあげる。だがそれは一国を助けた暁としては確実に少ない。毎月山のような金品等を所望されることを想定していたため、まさかの言葉におろおろする姫様を竜崎は宥めた。

「大丈夫ですよ。彼らは魔神、人のように深い欲はありません。…とはいえゴスタリアの面子もあります。最初は他の品々にそれらを紛れ込ませ、その後は定期的にその品のみを運べばよろしいでしょう」


そして残るはイブリート。皆の視線が集まる中、彼はゆっくりと望みを言った。
「我は俗物的な物に興味はない。故に、灯りも菓子も要らぬ。その代わり、バルスタインよ」

「はっ!」

「国が落ち着いた後でよい。数年後でも構わん。また闘いに来い」

「はっ!必ずや!」




「よし、この手紙に巫女から判を貰え。リュウザキよ、もしこれで信じてもらえぬ場合はミルスパールにでも協力を仰ぎわらわを召喚せよ。直々に答えよう。後は…」

手続きも粗方済み、ニルザルルは手招きをする。その相手はずっと姫様の周りにいる竜達だった。

「汝ら、あの子が気に入ったのか?」

呼び寄せた彼らにそう問う魔神。

「キャウキャウ!!」

残念ながら竜の言葉はさくら達にはわからない。だが、竜の祖たる彼女にはわかったらしく―。

「そうかそうか。よし、テレーズよ。この子らを汝に預ける。わらわとの友好の証として大切にな」

「―!はい!」




一足先にイブリートとサレンディールは別れを告げ、姿を消す。ニルザルルはまたも一つ手をクルリと振ると、応えるように大きめの竜がさくら達の横に飛んできた。

「もう日も暮れてきた、帰りは竜を使え。リュウザキ、すまないが…」

「あぁ。東屋の建て直しを巫女さん達にお願いしていくよ」

椅子に座りながら手を振る竜の魔神に見送られ、一行は空へ。その場を後にした。



「ところで、どうして王宮でイブリートさんを召喚しなかったんですか?」
街に戻るまでの間、さくらは竜崎にそんな質問をする。今回は事情ありきだったのはわかるが、彼ならばそれが可能であったはずなのだ。

「王様の前で召喚すると私達がやったことを気づかれるかもしれないのが一つ。それと、上位精霊達と違って高位精霊は特別な存在だからね、召喚しても向こうの気分で勝手に帰っちゃうんだ。それとは逆に、もし彼らが怒って暴れ始めた際は無理やり召喚停止させることができる。ゴスタリア王の寝室でわざわざ召喚したのは、もしイブリートが暴れたら止めることが出来るからだったんだよ」

確かに思い返すと、イブリートは今までも勝手に帰っていた。先程に至ってはニルザルルが止めてくれなければ暫くは召喚に応じてくれなかったかもしれない様子であった。頷くさくらに対してニアロンも補足する。

―ついでに言うと、あいつらは召喚する大きさに合わせて魔力の消費量が劇的に増えるんだ。ゴスタリア王の前に小さいイブリートを召喚するわけにもいかないだろう、威厳というものがある。かといって巨大な姿で召喚すると、清人も私も魔力切れで倒れる。因みにニルザルルも私達だけで一応は召喚が出来るが、手のひらサイズが限界だな―

手のひらイブリートは以前見たが、手のひらニルザルルとは。少し見てみたくなるさくらであった。





竜崎達が帰路につき、少し後。そよそよと風を受けながら本を読むニルザルル。と、彼女の前に二つの柱が。片方は炎、片方は雷。それぞれ中から現れたのはイブリートとサレンディールだった。

「来たか。わざわざ一度帰ってもらって済まなかったな」

「気にするな」
「リュウザキ達に気づかれないように再招集をかけるなんて、珍しいわね。何か秘密の話?」

ニルザルルは本をパタンと閉じ、重々しく口を開いた。

「あぁ。聞きたいことがあってな。…あいつのこと、どう思う?」

「…」
「…」

瞬間、沈黙が流れる。それを打ち破るように、サレンディールが問い返した。

「…一応聞くけど、それってバルスタインちゃんやテレーズちゃんのこと?」

「いいや」

ニルザルルは首を振る。

「じゃあ、さくらちゃん?」

「あの子のことも重要だが、それではない」

サレンディールの次の答えにも彼女は首を振る。と、黙っていたイブリートが息を吐いた。

「…やはり、あいつのことか」

「あぁ」

名前は挙げずとも通じているらしく、またも3人の間には沈黙が。少し経ち、同じようにサレンディールが口を開いた。だがその口ぶりはどこか自信なさげ。

「私は暫くはそのままでいいと思うけど…」

それに賛成をするように、イブリートも肯く。

「我も同じだ。今のあいつには邪気はない。少なくとも、リュウザキが死ぬかこの世を去る時までは様子を見るべきだ。幸い、楽しく暮らしているようだしな」

それを聞き、ほっとするニルザルル。しかし、すぐに顔を引き締める。

「だが、もし過去を思い出し暴れることがあるならば…」

最後の確認のような、覚悟を問うような彼女の問い。イブリートは厳かに宣告を行った。

「…その時は、想定通り殺すことも視野に入れるしかなかろう」

サレンディールもゆっくりと頷いたことを確認したニルザルルは、彼らに返事をすることなく空を向く。

「できれば、そのようなことがないように願いたいものだ…。我らが友、ニアロンよ」

その呟きは人間達に届くはずもなく、風の中に消え去った。
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