【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

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―代表戦、予選―

94話 深夜に

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「いいよ。じゃあそれまでは解散かな」

さくらは彼らの会話をどう解釈すればいいかわからなかった。メストが竜崎に対して夜のお誘いをかけたようにしか聞こえなかったのだ。

この2人はそういう関係だったのか? 訝しむさくらにメストが声をかける。

「さくらさんも一緒にどう?」

「えっ!?」

どう答えればいいのか、あわあわしている彼女を見かねてニアロンが助け船を送った。

―無理する必要もないだろう。子供は寝るのも仕事だ―

「それもそうですね」

子供扱いされている…!

「いえ!私も行きます!」

思わず言ってしまった。内心多少後悔しているさくらに竜崎は優しく声をかけた。

「そう?夜の練習に参加するのはいいけど、無茶しないようにね」




月と星が輝く夜。さくらと竜崎はメストと合流し学園へ向かっていた。

「練習だったんですね…」

「? そうだけど」

―何か違うものでも想像したか?―

「いえ、なんでもないです…」

多少みだらな妄想をしたと言えるわけない。さくらは話を逸らす。

「というか、夜も学園って解放されているんですね」

「正確には一部練習場のみだけどね。下手に街の外とかで練習して騒音になったり、怪我でもしたら大変だから」

日はとうに暮れているため、昼間の賑わいは嘘のように鎮まっている。とはいえ街には酒場の灯りがつき、それはそれで騒がしそうである。だが、そんな大通りから学園は離れており、虫や鳥の声だけが小さく聞こえてくる。学園横に聳え立つ図書館に至っては真っ暗に沈黙していた。そんな静かな夜の中を一行は歩いていく。

学園の門をくぐり、練習場に向かう。そこには―。


「やぁあああっ!」
ガキン!

「はあっ!」
ボゥッ!


武器がぶつかる音。魔術が詠唱される声。夜闇を払うかのように火花が散る。道中の静寂さはどこへやら、気合に満ちた掛け声が木霊していた。

「わぁ…!」

昼間に練習をする子は沢山いるが、夜にもこんなにいるとは。数十人はいるだろうか。

「代表戦候補選抜が近いからか、いつもより人が多いな」

「やっぱり、この人達も予選に…?」

さくらの問いかけに竜崎は目を凝らしてみる。

「えーと…そうだね、今見ただけでも参加予定生徒は結構いるよ」

つまりここにはライバルだらけということか。さくらは気を引き締めた。


「リュウザキ先生、こんばんは」

と、彼に話しかけてくる人達が。服装から教員のようだ。しかし、昼間の学園では見たことのない顔ぶればかり。竜崎が挨拶を交わしている間にメストが教えてくれた。

「あの先生方は夜行性の動物の力をもった獣人や夜に強い魔族でね。授業こそ受け持ってないものの、こうして夜に練習する皆をみてくれているんだよ」

深夜の練習なんて危ないとは思ったが、そこもしっかりと対策がなされているようだ。


「おや、リュウザキ先生もどなたかに頼まれたのですか?」

聞き覚えのある声。そこにいたのは剣術指南役のジョージだった。

「はい、代表戦選抜に向けての…」

「やはりそうでしたか。おや、さくらさん。ということはもしや…」

「お察しの通りです。彼女も候補になりました」

「おぉ!それでは、良い再戦の機会ということになりますな」

よくわからないまま、彼が促した先を見るさくら。そこで剣を振っていたのは、かつて模擬戦で闘った男の子。あの時は鏡の力でなんとか勝ったわけだが…。

「彼、今度こそ負けないと意気込んでおりますぞ。さくらさん、お覚悟を」

にんまり笑うジョージ。思わず武者震いをするさくらであった。



「さ、始めようか。明日に響かないように、疲れたらすぐに休憩するか終わりにしてね」

訓練用のゴーレムを出し、セッティングをする竜崎。と、そこに…。

「あのー、リュウザキ先生。私もみてもらっていいですか?」

「僕も…!」

「俺にもお願いします!」

ライバルに負けてなるものかと何人かの生徒が稽古の依頼をしてくる。

「ちょっと待っててね、一人ずつみてあげるから。なんなら複数人がかりでもいいけど」

囲まれる竜崎。と、メストが譲った。

「先生、先に皆の方を見てあげてください。僕は後でいいですから」

「え。いいの?」

「はい。まだウォームアップしていませんし」

「そう?じゃあそうさせてもらうよ」




「いいんですかメスト先輩?」

少し離れた位置で彼が他生徒に指南をしているのを横目に、さくらは不満をあらわにしながらメストに問いかける。竜崎に初めに依頼をしたのは彼女。それなのに…。

「いいんだ。僕だけが先生を独り占めするわけにもいかないしね。それに、リュウザキ先生達だから出来ることがあるんだ。とりあえず、ゴーレム相手に練習をしよう」

彼女の謎の一言が気になりながらも、促されるままさくらは的相手に練習を続けた。




「ごめんごめん。遅くなっちゃった」

しばらくして竜崎が戻ってくる。すると、驚くべきことにニアロンがアドバイスをしてくれたのだ。

―メスト。剣を振る時にもう少し脇を締めた方が良い。あと、詠唱の最中に周囲を確認するのは正しいが、その分魔力の注ぎ方が疎かになっているぞ。さくらは精霊を呼び出す際に集中しすぎだ。何回か失敗しているの見えてるぞ。もう少し気を抜け―

しかも失敗したことまで見られていたとは…。

「いつもこうやって見てくれているんだ」

メストはにこやかに、さくらにそう囁いた。




「よし、じゃあメスト達の番だ。どっちからいく?」

「え、どっちからって…」

―対人戦の練習だ。清人相手でな―

カシャンと杖を取り出す竜崎。

「僕からいっていいかい?」

まさか彼相手に模擬戦をするとは思っていなかったさくらは、メストの申し出に頷く。彼女はお礼を言い、剣を構えた。

昼間のように武器に精霊の力を纏わせ、準備は万端。竜崎も杖を構える。

「では先生。その胸、お借りします!」

「本気でどうぞ」

彼の返事を聞くなり、地を蹴り肉薄するメスト。風を斬る一突きを繰り出した。もし相手が普通の生徒だったら間違いなく直撃して骨を折っていただろうような渾身の一撃を叩きこんだ。

しかし竜崎は予測をしていたかのようにそれを避けた。そして杖で武器を抑えつつ、精霊を召喚。彼女の側面からぶつけた。

それに対抗するように、メストも精霊を呼び出す。それぞれの精霊達の攻撃が相殺される中、続けざまに彼女は武器を振るう。腕を狙い、足を狙い、剣戟を繰り広げるが、全て弾かれる。

「土精霊!」

このまま攻めても無駄だと悟ったメストは攻め方を変える。土の精霊を呼び出し、竜崎に向け砂をぶつける。彼がそれを払う隙に詠唱を開始した。


「青き薔薇よ、捕えろ!」
その言葉と共に、竜崎の足元から茨が生え、がっちりと取り押さえた。

「はあっ!」

開幕の一撃よりも力を入れ、突撃する。

だが、それがぶつかる前にぐらりと竜崎が後ろに倒れる。茨を身体に巻いたまま、仰向けになった彼につられ、メストは剣先を斜め下にずらす。

そこで竜崎が反撃にでた。茨を砕き、杖で彼女の足を打つ。思わず姿勢を崩してしまい、模擬剣は地面に突き刺さった。

「あれって…」

さくらは思わず声を漏らす。状況こそ違うが、縛られた相手が倒れこみ、そこから一転攻勢をされるこの形。以前彼女がウルディーネに負けた際の動きと似ていた。


明らかな隙ができてしまったメスト。竜崎は立ち上がりながら攻撃を仕掛けるが―。

バッ!

なんと彼女は大きく翼を広げ、竜崎の頭上を半回転しながら飛び超えた。月を背景に映し出される彼女の妖艶なシルエットは訓練をしていた他生徒達をも魅了した。

「すごい…」

「メスト先輩かっこいい…」

「綺麗…」

空中にいる間に反撃を食らわないよう、メストは魔術を詠唱。雨のように火の球を浴びせかける。竜崎はその場から離れて回避。その間に着地した彼女は武器を取り戻した。

そのまま近接戦を仕掛けに近づく。竜崎は幾つかの魔術を弾幕替わりに発射するが、彼女は華麗なステップで全て避けた。

お返しと言わんばかりに、剣に付与した属性の力を刃状にして打ち出すメスト。それを竜崎が杖で打ち払っている間に、またも肉薄せしめた。

「隙あり」

だが、竜崎はそれを待っていたのだ。属性の力を失った武器を跳ね飛ばす。そして、弱ーく彼女の頭を杖でコンと小突いた。

「あぅ!?」

―勝負あり、だな―

引っ込んでいたニアロンが審判を下し、メストは肩を落とした。

「駄目でしたか…今回も先生を本気にさせることは叶いませんでした…」

「正直ここまで動ければ代表戦は余裕で勝てると思うけどねぇ。茨の捕縛魔術、また強度上がってたし、余程の武人じゃなければ解けないよ」


見ていた生徒達の心境は一致していた。自分じゃ勝てない…。それほどまでに2人の戦いは次元が違っていた。

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