【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

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―はじまりの村へ―

78話 二日酔いの竜崎

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「おはようございまーす…」

翌朝のこと。さくらがあくびをしながら起きてくると、クレア家の食卓では奇妙な出来事が起こっていた。


「~~~~~~~~~っっ…!!!」


頭を強く押さえ、机に突っ伏しながら声にならない叫びをあげる竜崎。そんな彼を気遣うクレア一家。そして、竜崎の体に戻っていたニアロンがひたすら魔術をかけていた。


「…なにがあったんですか?」


いや聞くまでもないのだが。思わず口に出てしまったさくらのその問いに、クレアが苦笑いしながら答えた。


「二日酔いよ」





昨日飲んだ宴会の酒を、さくらに伝わらぬように竜崎に移したとニアロンは言っていた。…当然、その影響が彼に出たらしい。


そんな彼の苦しみようは、賢者達との宴会後を遥かに上回っている。あの時はグロッキーとはいえ笑う余裕はあったはずだが、今の彼は椅子に座ったまま身じろぎもしないのだ。


しかも顔色が極度に悪く、脂汗も浮かんでいる。よっぽど酷い状態らしい。




「だ、大丈夫ですか…?」


絶対に駄目な様子だが、とりあえずそう聞いてみるさくら。竜崎はふるふると小さく首を振った。


すると彼は、明らかに怒り交じりの声で――。


「ニアロン…昨日樽酒を飲ませる前に約束したよな…? 酒の影響を、俺の身体に流さないって……」


―あー…。言ったっけ…?―


とぼけるニアロン。それに竜崎は言葉を返さない。だが、彼からオーラの如く揺れ出る怒気は明確に伝わったらしく、彼女はすぐに謝った。


―すまん…―


それを聞き、竜崎は深いため息を吐く。しかしその動作でまた頭痛が来たのか、更に強く頭を押さえた。




「前にミルスパールさんがかけてくれた、あの魔術じゃ治らないんですか…?」


おそるおそるさくらが提案する。あの時はたまたま出会った賢者ミルスパールに治してもらっていたが…。


「さっきからかけさせてるんだけど、一向に痛みが引かなくて…」


竜崎は顔を一切動かさないまま、頭痛吐き気を堪えている弱弱しい口調でそう答えてくれた。


…そんな折である。手詰まりとなり狼狽したようなニアロンが、言ってはならない一言を口にした。


―ま、まあ…あの時の呪いに比べたら、苦しみは比ではないだろう?―




――瞬間、ピシッと場の空気が凍りつく。当事者同士だからの気軽さもあるのだろうが…今の状況的に最悪の台詞である。


加えて竜崎自身は酒を飲んでおらず、約束を破られたことで理不尽な二日酔いに苦しんでいる被害者側。 そんな彼に加害者側であるニアロンが発したその言葉は、さくらにもわかるほどに地雷だった。…クレア達も、思わず目を伏せた。



「…ニアロン」


姿勢を変えぬまま、竜崎は長年の友の名を呼ぶ。その口調は、少し…いやかなりドスがきいていた。


―な、なんだ…?―


明らかにビビり散らかすニアロン。そんな彼女に、竜崎は処分を下した。


「一週間禁酒」


―な!?そんな殺生な!―


「返事は?」


―うっ……。…わかった…―


有無を言わせぬ彼の威圧感に、ニアロンはうなだれるしかなかった。



(…罰、軽いんじゃ…?)


その場にいたさくら達の内心は、そう一致していたが…。









竜崎の痛みがある程度引くまでは帰ることができないため、しばらくは自由行動。さくらは街なかをぶらつくことに。


…正直な話、竜崎を看病しようとしていたのだが…。その有様をあまり見られたくないらしく、彼自身に頼まれ散策に出たというのが実情である。





「鮮度の良い果物が今なら安いよ!今日のおやつにどうかね!」


「ここからアリシャバージルまでは結構かかるよ。今のうちに食料品の買いだめがおすすめ!竜で移動する方も休憩はいるからね!その時に食べるおやつはどうだい?」


「そこの傭兵さん、武器大分痛んでるね。どうだい?うちで研いでいかないかい?」


客引きの声心地よく、異世界の人々でごった返す商店街をウィンドウショッピング。何か面白いものはないか。探しながら歩くさくらだったが、とある人に声をかけられた。



「おやさくらちゃん。おはよう!」


「あ、マイクさん。おはようございます」


出会ったのは飴売りの男性、マイク。今日も今日とて売り歩いているらしく、飴細工入りの箱を持っていた。事情を話すと、彼はポンと手を打った。


「じゃあうちの店に来てみない?」





どうやら彼は飴専門店を営んでいるらしく、その店頭には小さい飴や、平たく大きい棒付き飴などが沢山並んでいた。


旅路の口寂しさを満たすにはもってこいらしく、冒険者や傭兵など、大の大人も結構買いに来ているのはちょっと面白い光景だった。




「実は昨日、急に思い立って作った飴があるんだ」


店裏に戻り、何かが詰まった袋を持ってくるマイク。中身を見てみると―。


「これって、金太郎飴ですか?」


入っていたのは、カットされた沢山の飴。2種類入っており、それぞれの断面には可愛くデフォルメされたニアロンと竜崎が描かれていた。


「そっちの世界ではそういう名前なんだってね。前にリュウザキ先生に聞いたんだけど、キンタロウって偉い人に見出されて国を救った英雄なんだろ? リュウザキ先生も賢者様に見出されて世界を救ったから、ぴったりじゃないか!」


にこにこと笑うマイク。 その顔には、確かに竜崎達を誇りに思う心が見て取れた。









―これが私と清人か?―


クレア家に戻ったさくらは、買ってきた金太郎飴…いや竜崎ニアロン飴?を見せる。ニアロンは竜崎柄の方を一粒受け取りしげしげと眺める。


―随分と可愛くされたな―


そして軽く鼻で笑い、ひょいと口に放り込んだ。


―お、美味いな。 これも売っていいと許可だすか―



モゴモゴしつつ、今度は自分の柄の方をつまむ彼女。それを、未だ頭を抱え辛そうな竜崎の目の前へと持っていく。


―ほら見てみろ、これが私だとよ―


先程より多少痛みは退いたようで、それを見てフッと笑う竜崎。彼はそのニアロン柄の飴を、ニアロンに口へ放り込んで貰う。


…すると彼は、それをすぐにガリガリと噛みだした。その噛みようは若干ながら、怒りが感じられた。


―…。やっぱりまだ怒っているな…―


「当たり前でしょ…」


ちょっとしょぼくれるニアロンに、クレアが呆れたようにツッコむのだった。






しかしそれから少ししても、あんまり症状は治らない様子。さくらは一つ申し出た。


「…お薬でも買ってきましょうか?」


「もう飲んだのよ。今は効き目が出るの待ちね」


クレアがそう答える。手は尽くしたということらしい。 なら他に何か方法は…。そう考えるさくらの頭に、とある記憶が。


「この間ミルスパールさんが酔っ払い相手にやったみたいに、水を被れば少しマシになるかも?」




「そうか、その手段があったか…」


さくらの一言で何か思いついたのか、突然にのっそりと立ち上がる竜崎。ふらつきながら裏庭へと向かっていった。 さくら達もその後を追うことに。







辿り着いたその場で、術式を練りだす竜崎。現れた魔法陣は青く輝き、呼び出されたのは水の上位精霊、ウルディーネだった。


声を出すのも辛いのか、彼は指を動かし精霊に指示を送る。何故か迷うような素振りを見せるウルディーネは、命じられた通り竜崎の上に顔を持っていき、口を大きく開ける。


…そして、明らかに水浴びには相応しくない、強力な青光を溜め始めた。




「え、まさか竜崎さん…」


―おい待て清人…! それは…!―


さくらとニアロンの止める声を聞かず、竜崎はウルディーネに合図を送る。直後――。




ドドドドドドドッッッ!




――彼とニアロンへ、滝の様な勢いの水が降りかかった。






「ふう…多少はマシになったかな」


全身びしょ濡れになった竜崎は水を払うように頭を振る。効果はあったらしく、少し顔色が戻っていた。


―お前…これ仕返しついでだろ―


同じくびちょびちょになったニアロンはジト目で彼を睨む。


「うん」


竜崎は悪びれもせず、コクリと頷いた。


「まあニアロンが悪いわよね。はい清人、タオルと服よ」


クレアからもそう言われ、ニアロンは少し不貞腐れた。











「さ、帰ろうかさくらさん」

着替え終わった竜崎は荷物を纏め、帰り支度を整える。


「そうだ、カイル」


と、ちょいちょいと手招きをしてクレアの息子を呼び寄せた。


「ニアロンから聞いたよ。祠、掃除してくれてたんだって?」


照れながらコクンと頷くカイル少年。竜崎はその頭をうりうりと撫でた。


「お礼をあげよう。はいどうぞ」


そしていつの間に用意していたのだろうか。ポチ袋に入れたお金を手渡した。おずおず受け取って中を見たカイルはびっくり。


「…こんなに…!?」


「お母さんには内緒にね」


指を一本立て微笑むその姿は、完全に親戚のおっちゃんそのものであった。









楽しかった小旅行もこれにて終わり。 さくら達は竜に乗り、あの時と同じようにクレアに見送られながらエアスト村を後にする。


どんどんと全体像が見えていく現エアスト村には、過去に呪いに怯えていた小さな村の面影なぞとうにない。 それを見て、さくらは考える。




…もし自分が竜崎さんよりも先に転移していたらどんな目に合っていただろう。


余所者として奇異の目で見られることに耐えられたのだろうか。生贄として命を差し出すことはできたのだろうか。そして、呪いの苦しみを受けてなおも生きることを望めただろうか…。


……正直言って、その保証はない。心を壊してしまうか、死を選ぶか、復讐の鬼と成り果てるか。それらの可能性のほうが、高いのかもしれない。





――勿論それらは20年前に過ぎた過去、つまり自分が生まれる前の話である。自らの身には絶対に起こりえない、もしもの話。



…だが、転移してきたのは事実なのだ。チート能力なぞなく、着の身着のままで言葉が通じない世界に放り出されてしまったのである。



そんな自分が、こうも異世界生活を謳歌できているのは何故か。 先駆者がいたから。 つまりは竜崎が身体を張ってくれたおかげ。



そう…、彼が先にこの世界で生きていなければ、野垂れ死にしていたのかもしれないのだ。






そんな想像をし、思わずぶるっと体を震わすさくら。竜崎さんにはお礼を言っても言い切れないな…。そう想い身を寄せている彼の様子を窺ってみると…何故か片手を口元に当てていた。


「…どうしたんですか…?」


「飛んだら急に吐き気が…」


「えっ!?」



どうやら二日酔いがぶり返した様子。ニアロンも俄かに焦りだす。


―ここで吐くなよ!? 手綱離すなよ!?―


「誰のせいで酔っていると…うっ」


ふらっとなる竜崎。さくらとニアロンは急いで彼の身を支えた。


「耐えてください竜崎さん!」


―操縦変わるから! 悪かった清人!―



…と、アリシャバージルへと帰還するまでパニックになる竜の上だった。

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