【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

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―はじまりの村へ―

74話 想起 竜崎との出会い クレア②

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「さて、続きね。森で清人と出会ってから…」


クレアは、再度口調を語り部に。そして、話はまたも20年前のあの日へと―――。






~~~~~~~~~~~~~~~


「クレアちゃん、その子は…?」


少女クレアが青年を連れて村へ戻ると、人々は一様にそんな質問を投げかけてきた。クレアはそのたびに答えてゆく。


「森に倒れてたの。言葉がわからないみたい」



ざわざわと道行く村人全員に噂され、言葉が分からずとも奇異の目で見られていることに気づいた青年は、気まずそうに繋いでいた手を離す。


クレアは彼がどこか行かないか不安になったが、殊勝にも青年は、着いてきてくれた。…他に行き場所が無いだけなのかもしれないが。






「ただいま、お母さん。ちょっと迷子っぽい人を連れてきたんだけど」


「おかえりなさい。 旅の方かしら? いいわよ、あがってもらいなさい」


母親から許可を貰ったクレアは、扉前でもじつく青年を家に招き入れるため、手で示しながら彼の背中を軽く押してあげる。


それで覚悟を決めたのか、彼はやはりおどおどしながらも、家に足を踏み入れた。








「ほんとに言葉わからないの?」


「これが文字か?見たことのない代物だ…」


「見た目は完全に普通なんだけどねぇ…。エルフやドワーフでも、魔族でもなさそうだし…」



一連の事情をクレアより聞き、村長宅には村の有識者や長老達が集められた。彼らが見つめる先には緊張した面持ちで座る、あの青年が。



彼もある程度の理解力はあるらしく、口をパクパクさせる動作をすれば応じて声を出し、ペンと紙を渡せば文字らしき線を書く。…だがその全ては、聞いたことも見たこともない代物だった。



「あの鞄には何が入ってるんだい?」


ふと長老の一人が、青年が大事に抱きかかえている鞄を指さす。クレアがそれを開けてみてとジェスチャーをすると、彼は中身を出して机の上に並べていく。


書物、文具、布などなど…。驚くべきことにその全てが品質が高く…いや、もっと言えば、見たことのない素材が使われていた。



おぉ…! と声を漏らす有識者達。一方の青年は鞄をひっくり返し、両手をあげて何もないアピール。どうやらこれ以上は持っていないと言いたいらしい。




恐る恐る一人が、青年が出した一冊の書物を開いてみる。そこに書かれていたのは、先程青年が書いた文字に類似した、しかしながら随分と綺麗に整った文字群がびっしりと羅列されていた。


加えてところどころには人物の肖像画や、山の絵、船の絵などが、白黒または色彩豊かに描かれていた。



「こんな物を持つなんて、よほど素晴らしい国の、しかも位が高い方だろう。丁重に扱わなければ…!」


勝手に盛り上がる長老達とは正反対に、おろおろしだす青年。何が起きているのかわからないといった様子である。



すると彼は閃いたように書物の一つを開き、指さす。そこには青い色に囲まれた、細長い妙な形の図形が載っていた。


「なんじゃこれは…?」

「何を示しているのでしょう…?」


一同、首を捻る。と、クレアが何かに気づいた。



「これ、青い部分って水じゃないでしょうか?」


「となると、これは湖か?いや海か?」


「そうだとすると…これは島ということになりますね…」



そう結論付けた一同は、改めて青年のジェスチャーを見てみる。島らしき図をトントンと指さし、次に自分を触る。それを何度か繰り返してみせていた。


「ここから来た、と言いたいのですかね…?」


「なるほど。しかしこんな島、見たことありませんね。未だ知られていない奥地から来たのでしょうか」


「でも、歩いてきたんじゃなくて、落ちてきたみたいな音がしました。空に竜も飛んでいませんでしたし」


クレアの注釈に、やはり全員が首を捻る。青年は理解してもらえてないと思ったのか、沈鬱な表情になっていた。





そんな中、他に何か情報はないかと調べていた有識者の1人が、紙のカバーをしてある書物を見て驚嘆の声を上げた。


「こ、これは…!」


手を震わせながら食い入るように見る。ページをパラパラと捲り、そのたびに声を漏らしていた。 気になった他の1人が問うてみる。


「どうしたんですか?」

「見てくださいこれを!」


バッと開かれた本に描かれていたのは、竜の絵。更に捲ると、騎士らしき鎧を纏った人物が。加えて、化け物らしき絵もちらほらあった。


「これがあれば、どこから来たかわかるかもしれません!」


「竜の扱い方、騎士鎧の装飾や紋章…。確かにこれだけの情報があれば、どこの国の方か見当がつくやもしれんな」


「この化け物は見たことがありませんが、アリシャバージルの大図書館なら情報があるかもしれませんぞ」


良い情報を得て盛り上がる一同。村長であるクレアの父も、それに頷いた。


「一人、向かわせましょう。竜の使用許可を出します」








因みに、この村には竜は一匹しかいない。村長や緊急時の足として使われている存在である。誰が行くかはすぐに決まり、即座に皆で出立の準備をすることとなった。



そして青年だが…当然言葉もわからぬ者を竜に乗せるわけにも行かず、家の中に見ず知らずの彼を放置しておくわけにもいかない。


ということで、彼も竜の元に連れてきてみた。 もしかしたら竜を見た反応で何かわかるかもしれないという思惑からの行動である。



しかし青年は、そこで予想外の反応を示した。





「・。@^-0!?」


なんと竜を見るなり、歓喜混じりのような素っ頓狂な声をあげたのだ。 そしてクレアの静止を聞かずに、小走りで近づいていった。


何をする気かとその場全員が見守る中、青年はこわごわと竜の体に触れ、鱗の質感に興奮。翼やら尾やらを見るためにぐるぐると周囲を回り、更には嬉しそうに竜の顔を覗き込んだ。




飼われていたその竜は人に慣れているため、『なんだこいつ?』と顔を背けるだけだった。しかし気性の荒い竜であれば、間違いなく頭を噛み砕かれているだろう。


ハラハラしているクレア達を余所に、竜の顔をさらに追う青年。流石にうざったくなったのか、竜はフンッと強い鼻息を吐く。すると青年はそれに驚いて、ぺたりと尻もちをついてしまった。



…それで懲りるかと思いきや、青年の目は一層強く輝きだした。彼は今度は尾の方に向かい、不躾にぺたぺたと触り始めたではないか。


堪忍袋の尾…もとい緒が切れた竜は、その自慢の尻尾で。青年を強かに打った。



「ギャッ!」


クリーンヒットした青年はそのままノックダウン。地面に転がり、昏倒してしまった。


その様子を見ていたクレア達は、数秒ほど動けなかった。 …呆れがあったのは、言うまでもない。








「竜を見た反応が、初めて見た子供のそれでしたよ。いや、それ以上です」


「もしや、竜を知らなかったのでは? いやしかし、持っていた本には竜らしき生物が描かれていましたし…」


「よっぽど大切にされて外を知らなかったのか、そもそも竜文化がない可能性が?」


「謎は深まるばかりですが、今しがた発った者の報告を待ちましょう」



気絶した青年を再度村長宅に運び込み、安静にさせた一同はそう話し合う。


せめて竜を操る技でも知っていたら彼の正体を明かす近道になったかもしれないが…噛みつかれる危険すら気にせず近づくその姿は無知のそれ。


また、攻撃を躱す前提での行動というわけでもないらしい。尻尾に叩かれていたし。





「ところで…あの子、どうします?」


「このままほっとくわけにもいきますまい。どこかに一旦住まわせるべきでしょう」


「とはいえ、言葉もわからぬ得体のしれぬ子を引き取る家なんて…」


今度は青年の処遇で頭を悩ます一同。クレアは決心し、手を挙げた。



「あの!私が彼の面倒をみます! お母さん、お父さん、いいでしょ?」


「「うーん…でも…」」


明らかに悩む様子の村長夫妻。しかしクレアは頑として続けた。


「だってあの人、不安そうだったもの。そんなの、ほっとけないわ! それに言葉なら、私が教える!」




「なるほど、クレアちゃんならば教養もありますし、適任ではありますな」

「まあ最悪居付いたとしても、下男にすればよいでしょう。 良い子ではありそうですし」


「お願い!お母さん、お父さん!」


長老達の言葉を応援に、力強く身を乗り出すクレア。 まあそれならば、と村長一家は彼を受け入れることにした。









「……っ!」

少し後、青年は目を覚ました。体を起こし、記憶を探るような仕草を行う。そして先程竜の尾ぶつけられた箇所を撫で、何故かにやけていた。


「あ、目が覚めました?」


と、丁度扉を開け、クレアが入ってくる。水や濡れタオル等を持ってきたのだ。 青年は彼女に頭をぺこりと下げた。


「しばらくは私の家にいて良いって許可を貰いました! よろしくお願いしますね。 お水をどうぞ」


伝わらないとわかっていながらも、クレアはそう言いニコリと微笑む。そして、水の入った杯を差し出した。


青年はそれをおっかなびっくり受け取り、中を見る。そしてちらりとクレアを見やった。怖がっている様子である。


彼女が飲む動作を見せると、彼はようやく一口含んだ。それで入っているのがただの水とわかったらしく、一気に飲み干し、ふうっと息をついた。



「良かった。これから言葉とか私が教えますね! えっと…何と呼べば…」


その様子に安堵したクレアはそう切り出したが…そういえば青年の名前がわからないのだ。


聞けば良いのだろうが、彼は言葉も文字もわからない。故に、伝える手段がない。




しかし物は試し。やれるだけやってみようと、彼女は声をゆっくりめにして、自分から名乗った。


「私の名前はクレアです! ク・レ・ア」


自分をポンポンと叩きながら繰り返すクレア。 青年もそれに、恐る恐る続いた。


「ク…」

「く、れ、あ」

「ク…レ…ア…?」

「そうです!」


うんうんと頷いたことで、青年もそれが彼女の名前だと理解したのだろう。何度も反芻していた。クレアは頃合いを見て、彼を指さし聞いてみた。


「貴方のお名前はなんですか?」


場の流れでわかったのだろう。青年はゆっくりと、声を紡いだ。


「リュ ウ ザ キ」


「リュウザキ? それがあなたの名前ね! よろしく、リュウザキ!」




~~~~~~~~~~~~~~~




「―とまあ、こんな感じね。 私と清人の出会いは」


過去話を締めるクレア。 夢中になって聞いていたさくらも、ほぅっと息をついた。


今となってはドラゴンを初めて見た竜崎が暴走したという笑い話であろうが、当時は大変だったのだろう。 ちょっと感動までしてしまった。




――それと同時である。ふと、さくらの頭には、とある話が浮かんだ。 それは以前、ニアロンが話してくれた、竜崎の『呪い』について。…生贄について。


そしてそれは、竜崎とニアロンの出会いにも繋がる。 昼間みた祠の…もとい、今は無き洞窟での。


……辛い話であることは、百も承知。 しかしそれでも、聞かざるを得なかった。





「…クレアさん」

「ん? なぁに?」


食卓を整理しつつ、新しいお茶を注いでくれるクレア。さくらはそんな彼女に、静かに問うた。



「…その後は、どうなったんですか…? 竜崎さんとニアロンさんの…『呪い』の、生贄の…」


「――っ…!」


クレアのお茶を注ぐ手が、ビタリと止まる。 加えて大きく揺れたため、食卓上にもパシャリと一部が零れた。



「…知ってたの…?」


しかしそれが目に入らない様子で、さくらに問い返すクレア。その声は戸惑いに包まれていた。


―私が話したんだ。大まかな事だけだがな―


さくらを、そしてクレアを救うように、ニアロンが答える。そして彼女は続けた。



―先も言った通り、この場に清人はいない。…話してやってくれないか? あいつは絶対に自分から伝えないであろう、あの時の事を―


「…どこまで…? どんな風に…?」


―全部で良い。 お前の想起そのままで言い。 …さくらには、知っていて欲しいんだ―



僅かに震えるような声のクレアに、そう伝えるニアロン。 既に彼女は、酔いどれの雰囲気なぞ纏っていなかった。


それどころか…儚さを湛えた、真摯な表情を浮かべていた。 クレアはそんな彼女と、真剣な眼差しのさくら、そして、うとうとして今にも寝そうな我が子カイルを見て、深く息を吐いた。



「わかったわ…。 …さくらちゃん。ちょっとでも気分が悪くなったら、すぐに言ってね」


零したお茶を拭きながら、そう告げるクレア。そして、訥々と紡ぎ始めた。


「話は、さっきの続きから。 …私達が清人にしてしまった、仕打ちについて――」






~~~~~~~~~~~~~~


リュウザキと名乗った青年は、暫くの棲み処として倉庫代わりにしていた空き部屋をあてがわれた。だが、文句らしき言葉を発することはなかった。


それどころか、次の日からは恐る恐るながらも荷物運びや皿洗い、洗濯物畳みなど仕事をするようになっていた。力仕事に慣れていないのか、農作業手伝い等ではすぐに息切れしていたが。






それから数日後、アリシャバージルに向かっていた担当村民が帰ってきた。


「で、どうだった?結果は」


村長の問いに、彼は残念そうに首を振った。


「それが…どの文献にも載っていない文字や絵なんです。あの島と思しき図も該当するものはありませんでした。しばらく滞在して、司書の方にお願いして調べて貰ったのですが成果は無く…」


持っていっていた青年の本を返却しつつ、そう答える担当村民。彼は更にお手上げと言わんばかりに続けた。


「しかも…ミルスパール様が丁度いらしていたので、不敬を承知でお聞きしたのですが…あの方までわからないと…」



「ふむ……。あの学院最高顧問であるミルスパール様でもわからないとなると、どうしようもないな…。 仕方ない、しばらくは様子を見てあげよう。クレアがご執心のようだしな」


チラリと、村長は外を見やる。そこには慣れないながらも下男としての務めを果たしている青年を、クレアが介助している微笑ましい様子が繰り広げられていた。





「じゃあ、リュウザキ、昨日の復習からいくわよ」

「ハイ」

そして、クレアとの会話練習も順調。青年はカタコトながらも少しづつ、少しづつ単語を覚えていっていた。







そんなある夜遅くの出来事である。 目が覚め、トイレに出向くクレア。 帰る途中、リュウザキの部屋から小さな灯りが漏れているのをみつけ、覗きに行ってみることに。



音を立てないように扉をあけ、確認してみると…。彼は机に向かっていた。



リュウザキは一心不乱に、クレアが書いてくれた文字を、周りの迷惑にならぬよう小声で反芻しつつ紙に書き写し頭に叩き込んでいたのだ。


その背中はまるでこれしかできることが無い、これを覚えなければ未来はないというような必死感にあふれていた。




「邪魔しちゃ悪いか…」


扉を閉めようとするクレア。するとそれに気づかぬリュウザキは、鞄を漁り何かを取り出したではないか。


クレアが再度目を凝らすと…なんと彼は、それを見て涙を拭うような動作を見せた。





放っておけない…! クレアが思わず扉をコンコンとノックをすると、リュウザキは慌てて謎のそれを鞄に放り込み、拙い返事を返してきた。


「ごめんね、夜遅く」


部屋に入ったクレアは、そう謝る。 彼はふるふると首を振った。気にしないでと言っているようである。クレアは申し訳なさそうに、しかし単刀直入に彼の鞄を指さした。




「さっきみてたあれ、なんだったの…?」


見られていたことに気づき、リュウザキはバツが悪そうにバックからそれを取り出す。その皮製のケースのような物には、小さな写真が何枚も収まっていた。


「これって…?」


「オヤ、トモダチ」


1つ1つ指さし、覚えたての単語で説明していくリュウザキ。 先程彼が涙を流していた理由を察し、クレアは同情を寄せた。


「そう…。リュウザキにも当然居るわよね…。やっぱり帰り方はわからないの?」


彼は悲しそうに、コクリと頷く。 ここがどこかもわからないというのに、そんなこと聞いても酷なだけ。それにハッと気づいたクレアは、そっとリュウザキの背に手をあてた。


「大丈夫よ。私は貴方の味方で、友達よ。遠慮なく頼って」


「…! アリガトウ…」


そのまま、優しく撫でてあげるクレア。リュウザキはまたもや目に涙を浮かべたのであった。













一ヵ月ほどが過ぎただろうか。順調に言葉を学んだリュウザキは、カタコトながらもある程度コミュニケーションができるようになっていた。




「異世界…? それってなに?」

ある日の会話練習。リュウザキが謎の単語『異世界』について語り始めた。


「ワタシ イタ セカイ、コノ セカイ ベツモノ。ワタシ ソノ ベツノセカイ カラ キタ」


「えー…?別の世界?魔界じゃなくて?」


「コノ セカイ イロイロナ コト マッタク チガウ。『リュウ』『マジュツ』ワタシ イタ セカイ ソンザイ シナイ」


「ふーん…?絵本で読んだ、妖精の国みたいなもの…? まあ、これを見たら信じるしかないのかもね」



クレアはくるくると、リュウザキの文具で遊ぶ。ボールペンというらしいこの道具の材質はまるで水晶のように透き通っているのにも関わらず、軽く、落としても割れない。


そしてどういう原理かわからないがインクが詰まっていて、乾くこともない。見たことのない技術であった。


リュウザキの話は眉唾物だったが…もしそんな世界があり、彼がそこから来たのならば、これらの道具や帰り道を知らない理由も頷ける。信じるしかなかった。



とはいえ、それを聞いたところでどうすることもできない。そんなことはクレアもリュウザキも理解していた。


ただ『言葉を覚える』という目先の目標だけを見ることで、他の考えを一旦忘れようと努めていたのである。








―――さらに少し経ったある日のこと。村長は差し迫った表情を浮かべていた。


「とうとう、この時が来てしまった…。あの『洞窟の魔物』に、生贄を捧げる時が…」


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