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―はじまりの村へ―
73話 想起 竜崎との出会い クレア①
しおりを挟む「さくらさんひどい……」
むくれるカイル。それに平謝りするさくら。流石に怒られてしまったのだ。クレアは笑いながらフォローをしてくれた。
「私は気持ち良かったわよ?」
実はその後に入浴した彼女にも試したのだが、そちらは気に入ってくれたらしい。
肩もみなどのマッサージは凝ってなければくすぐったいだけ。水精霊によるマッサージも、それと同じということであろう。
「さ、ご飯にしましょう!」
手をポンと打ち、さくらを食卓へと導くクレア。並べられた料理類を見て、さくらは感嘆の声を上げた。
「今日も凄い豪華ですね…!」
どれもこれも、実に豪勢。昨日もご馳走を頂いたが、今晩のもなかなかの質の高さである。
「どんどん食べて。余ったら明日食べればいいんだから。そうそう、清人なんだけど、多分すぐ帰ってくるわよ」
「そうなんですか?」
「えぇ。普段通りだとね」
にこりと頷くクレア。ともあれさくらは、美味しいご飯を楽しく頂くのだった。
しばらくすると、玄関扉を開ける音が聞こえてくる。そして、聞き覚えのある声が。
「ただいま~」
竜崎が帰宅してきたらしい。彼は、居間に真っ赤な顔を覗かせた。
「お帰りなさい。いつもの?」
「あぁ。一次会で逃げさせてもらったよ。他の皆は二次会にね」
「呑兵衛達には付き合えないわよね。何か食べる?」
そう問うクレア。竜崎は若干ふらつきながら答えた。
「いや、大丈夫だよ。ちょっと寝るね。 あ、さくらさん。明日帰るんだから準備は忘れずにね。夜ふかしはしていいけど、ほどほどに」
「はーい」
さくらの返事を聞いて、あてがわれている部屋に去ろうとする竜崎。しかし、ニアロンがそれを止めた。
―なあ清人、ちょっとさくら達と話していいか?―
「? 別にいいよ」
竜崎が承諾を貰い、再度ニアロンはさくらへ移る。竜崎はフラフラと千鳥足で去っていった。
―ん~。やっぱりクレアの料理は上手いな―
ニアロンはまだ食べられるらしく、料理の余りをちょいちょいつまんでいく。 さくらは竜崎の赤ら顔を思い出し、聞いてみた。
「竜崎さん、随分とお酒飲んだみたいですね」
―いや、あいつは1滴も酒を飲んでないぞ―
ニアロンから返ってきた意外な回答に、さくらは眉を潜めてしまう。
「えっ、じゃあなんで、あんな顔赤く…?」
―私から伝わったんだろうな。いやぁ飲んだ飲んだ!―
カラカラと笑うニアロン。 そういえばと、さくらは以前賢者達の飲み会に誘われた時のことを思い出した。 一切酒を飲んでいないはずの竜崎が、次の日二日酔いに苦しんでいたことを。
「えー…。それじゃあ私にもお酒入ってくるんじゃ…?」
―安心しろ。伝わりそうな分は、さっき清人に押しつけてきた―
あっさり言う彼女。酷いものである。 明日の竜崎の容態が気になってしまうさくらであった。
お酒代わりにお茶を貰い、ニアロンは一息つく。そして嬉しそうに、こう口にした。
―いやしかし…さくらはよく私を憑りつかせて平然としてるな。 他の誰に取り憑いても、魔力的にすぐに限界になったのに―
「ほんとよね。私に憑いたときは数時間すら保たなかったもの。やっぱり異世界出身というのが大きいのかしら? …とはいっても、あまりさくらちゃんを酷使しないようにね」
―そう釘を刺さなくても、無茶なんかさせないさ。 後で清人にどやされるのは嫌だからな―
クレアに笑いながらそう返したニアロン。そして、彼女にずいっと顔を寄せた。
―折角清人が潰れたんだ。何かあいつに内緒話でもあれば聞くぞ?―
「潰れたんじゃなくて、あんたが潰したんでしょ…。とはいっても、そんな話なんてないわね。最近マイクさんが、勝手に清人の名前を借りて飴売り歩いているぐらいかしら」
―あぁ。あれは実際出来がいいから、この間来た際に絶賛したんだ―
「公認ってことね。うーん後は特には…」
首を捻るクレア。ニアロンはそれを少し煽るように。
―なんでもいいぞ。清人がいると話しにくいこととか―
そう言われ、クレアは更に考える。そして何か思いついたらしく、懐かしむ調子で口を開いた。
「そうね…じゃあ、昔話でもしようかしら。さくらちゃんは清人が来た時の話って興味ある?」
「えっ!! はい、ちょっと興味あります!」
思わぬ提案に飛びつくさくら。そんなの聞きたいに決まっているのだから。 クレアはちょっと意地悪そうに微笑んだ。
「どうせ清人、この話をしようとすると恥ずかしがるから…今がチャンスね」
そして椅子に座り直すと、絵本を読むかのような口調で、ゆっくりと語り始めた。
「―これは、私の子供の頃。 この村が小さくて、まだ森に囲まれていた時のお話」
~~~~~~~~~~~~~~~
「クレア、ちょっと薬草摘みに行ってもらっていい?」
「はーいお母さん」
小さな籠を持ち、家を出る少女クレア。行く先は、いつもの森である。
今起きている戦争の被害はここまで来ていないが、何百年も前から繁殖を続けた魔獣達はこの辺りにも生息域を広げている。そしてここはどこの国にも属していない村のため、警備しているのは村の力自慢達。
そのため手広く哨戒をすることはできず、安全がある程度保証されている森は一か所しかなかった。 最も、それで村民が必要とする分の野草は事足りるのだが。
「クレアちゃんおはよう! どこ行くの?」
「おはようございますマイクさん。ちょっと薬草摘みに!」
「気を付けてなー。最近何かと物騒らしいから」
村長の娘ということもあって、皆から慕われているクレア。 野良仕事をしている人々から挨拶をされ、それに元気よく返し森へと入っていく。
「ふっふふ~ん♪ ふふ~ん♪」
鼻歌交じりに薬草を摘んでいく。皆が採れるように、必要最低限だけ。丁寧に、ぷちりぷちりと千切っていく。
決して派手ではないが、長閑で心地よい日々。このまま成長して、誰かと結婚して、子供を育む。それが普通で、悪くない人生だと心のどこかで考えながら。
―――そんな時であった。
ドスンッ!
「えっ! な、なに!?」
身を竦めるクレア。急に、何かが落下する音が響き渡ったのだ。
果物や枝が落ちた音にしては大きい。もしや、木の上を跳ねる魔獣が落ちたのか?
ならばすぐに逃げないと…! 摘み取った薬草を落とさないように押さえながら帰ろうとする彼女だったが…。
「あ、あれ…?」
あることに気づき、足を止めてしまう。 もし獣だったら、暴れる音がするだろう。だが周囲からはその音はおろか、葉擦れの音以外何も聞こえてこないのだ。
獣は気絶でもしたのだろうか…? それとも、死んだのだろうか…? すぐに自警団に報告すべきなのだろうが、気になってしまったクレアは音が聞こえた方向に恐る恐る進んでみる。
草を掻き分け、先へ進む。そして見つけたのは――。
「…!? だ、誰……!?」
眠るように倒れている、見たことのない青年の男の子だった。
即座に頭を巡らせるクレア。 少なくとも、村に住む子ではない。一応村長の娘なので、村民の顔は全て覚えているのだ。
また、たまにくる行商人とも様子が違う。 それに奇妙な服を纏い、これまた見たことのない鞄が横に落ちているのだ。異質すぎる。
どこかの国の民族衣装かな?と訝しむクレアだったが、このままほっとくわけにもいかないと思い、とりあえず声をかけてみることに。
「あのー…大丈夫ですか?」
…しかし、返事は返ってこない。眠っているというより、衝撃で気を失っているといった感じである。
近くにしゃがみ込み、彼をちょいちょいと突いてみるが目覚めない。どうしたものか、彼女が頭を悩ませていると―。
「う…うぅ……」
ピクリと眉を動かし、青年は目をうっすらと開ける。ほっといたら魔獣が来るかもしれないと気を揉んでいたクレアは、良かったと一安心。彼にむけ手を差し出した。
「大丈夫ですか?立てますか?」
―が、青年はその手を握らない。 それどころか、辺りをキョロキョロと不審なまでに見回しだした。
さらに腕にはめた小型の何かや、ポケットから出した手に収まるサイズの何かを弄っていたが…彼の表情はどんどんと強張っていった。
「? あの…。どうしました?」
差し出した手を引っ込め、首を傾げるクレア。すると今度は青年が口を開いた。
「@::「@--^¥」
「えっ? 今なんて…?」
眉を潜め、首を捻るクレア。 青年は目を見開き、困ったように口を動かした。
「・¥\.;[^? /[:/;@/?」
やはり、断片たりとも全く聞き取れない。クレアはハッと察し、呟いてしまった。
「言葉が…通じないの…!?」
どうしようと狼狽するクレア。この世界の言葉はこれしかないはずなのに。 一部地域ではちょっと改変された言葉が話されているらしいが、それなのか…?
そう悩む彼女を見て、青年側もようやく言葉が通じないということに気づいたらしい。何回か言葉らしきものを変え、クレアの反応を待ってくれているが……。
「…わ…わからない…」
やはり、何一つわからない。その場には、しばしの沈黙が流れる。
―ふと、青年が動き出した。何か考えついたらしく、謎の言葉を口ずさみ、勢いよく手を前に向ける。
…しかし、何も起こらない。青年はその動作を幾度か繰り返すが、やはり変わらず。その後も彼は腕を振ったり、剣を振る真似をしたりと試行錯誤をするが、やはり変化は怒らなかった。
万策尽きたと言うように、絶望した様子で俯く青年。可哀そうに思えたクレアは、再度彼に手を差し伸べた。
「あの…とりあえず家に来ませんか? お力になれると思いますけど…」
悲痛の表情を浮かべた青年は、そのクレアの手をこわごわながらも掴み、立ち上がる。すると、ぺこりと頭を下げ、何かを口にした。
どうやらお礼を言っているらしいということは、クレアにも察せられた。 とはいえやはり言葉が通じていないため、どこに連れていかれるのかおどおどしている彼の手を握ったまま、彼女は村へと戻っていったのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~
「後で聞いたんだけどね。清人は私の服装と言葉が通じないことから、ふぁんたじー?の世界だと仮定して、小説やげーむ?で流行っていた魔術を試そうとしていたみたいなのよ。 必死だったのだろうけど…少し間抜けな姿に見えちゃったわ」
舞台は現在、クレア家の食卓へと戻る。 ちょっと申し訳なさそうに笑うクレア。一方のニアロンは爆笑していた。
―何度聞いても面白いな。 とはいえ、早々にここが別世界だと気づいたのは褒めるべきだな。そっちの世界では、そんなに魔術がある世界が有名なのか?―
ニアロンは、そうさくらに聞く。彼女はコクリと頷いた。
「すごい人気ですよ。当時のことはよくわかりませんけど…。 最近は、異世界に来たら最強の力を持っていて、無双するお話とかが流行っています」
―なるほどな。魔術を使えないか試したのも仕方ないことか―
「そうすると清人は運が無かったわね。本当にただの一般人として転移してきたから」
同情するようなニアロンとクレア。 というか…そもそも異世界転移をする時点で運がいいのでは? …いや運が悪いのか?
そう考えるさくらであったが、結局よくわからなくなって思考を放棄したのであった。
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