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―とある胎動―
65話 盗賊脱獄③
しおりを挟む「私一人で良かったのに…」と、オズヴァルド。
「鎮圧は早い方がいいわよ」と、イヴ。
「そうですぞ。 しかし、久方ぶりの実力を示す機会。 吾輩としても、血沸き肉躍る気分が少しばかりはわかるというもの」と、ジョージ。
「ほんの少し、かつての戦争の時を思い出しましたのぅ」と、ログ。
「まあこの人数なら一人でも片付いたわよねぇ。この人数で学園に喧嘩をしかけるなんて、無謀だこと!」とグレミリオ。
「グレミリオ先生。やはりこの魔猪達、例の花によって操られていました」とメルティ―ソン。
教員六名、終わった終わったと身体を伸ばしていた。 そんな彼らの前には…無惨に壊された機動鎧の山と、数匹を残し仕留められた巨大魔猪達。
そんな有様を、さくら達はあんぐりと口を開け、目を白黒させながら見つめるしかなった。そして、およそ一分ほど前からの出来事を、頭の中で反芻するしかできなかった。
障壁が解除され、一斉に襲い掛かる賊達。まずは牛並みの大きさを誇る魔猪達が目前の邪魔者を吹き飛ばそうと突っ込んできた。
対して、一番先に動いたのはグレミリオであった。先日蜂相手にかけた使役魔術とやらを、先頭を走る数匹の魔猪へ。
すると、その猪達は群れから逸れ、端の方で大人しく座り込んだ。
それと同時に動いたのはジョージとログ。それぞれの己が得物、剣と魔鉱物を用い、残った魔猪達に切りかかる。
群れの中へと一切躊躇せず飛び込み、華麗に回避しながら一刀の元に次々と魔猪を沈めてゆくジョージ。その剣技、鮮やかなり。
そんな彼とは対照的に、ログはほとんど不動。しかしながら彼の周りには、例の魔力を籠めた念で動かせる、刃のように尖った鉱物が幾つも浮遊していた。
ログはそれを自在に操り、ジョージから遠い猪から順に貫いてゆく。まさに瞬きするほどの間で、50匹はいた巨大魔猪は軒並み全員倒されてしまった。
残るは総勢200台の機動鎧。それを相手どったのはオズヴァルド、イヴ、グレミリオ、メルティ―ソンの4人。
まず、瞬殺された猪を気にせずに突撃してきたのは、勢力の半分に当たる100台ほど。そんな彼らの前に立ち塞がったのは、イヴが召喚した2mほどのゴーレム数体。
そしてグレミリオとメルティ―ソンがそれぞれ呼んだ、体高だけでイヴのゴーレムを超える2匹の白狼であった。
「「「やっちゃいなさい」」」
主の指示の元、召喚獣達は一斉に動き出す。たかが100台のエセゴーレムなんのその。本物のゴーレムは重い手足をハンマーの如く振るう。
機動鎧は頭から叩き潰され、手足を引きちぎられ、パンチ一発で弧を描くように吹き飛ばされ、地面に埋められてゆく。本物との格の違いを見せつけられるかのように。
白狼もまた荒ぶる。機動鎧へと飛び掛かり、頭、腕、足問わず、およそ狼とは思えない咬合力でバキリバキリと噛み砕いていく。
まるで獲物を解体していくように、一台を仕留めたらまた次へ、また次へと目まぐるしく飛びつき、蹂躙し尽くしていた。
そんなゴーレムと白狼が通った後には、失神した盗賊達がのるコクピットが、頭や手や足がさらけ出された状態でゴロンと打ち捨てられていた。
「ヒッ…!? か、敵わねえ…! 逃げろ!!」
学園の門すらくぐれず、先に進んだ仲間が数秒足らずでボロボロにされているのを見た後発の盗賊達。彼らは恐ろしさから逃げようとする。だがそうは問屋が卸さなかった。
「逃がさないよ~!!」
その大胆不敵な声が聞こえたのは…斜め上の空。盗賊達が目を慄かせてそちらをを向くと…そこには、オズヴァルドが浮かんでいた。
「ひぇっ…!?」
「はい、天誅!!」
瞬間、逃げる彼らを炎の渦が包む。 それは家一軒を容易く呑み込むほどの規模はあり、ゴウゴウと唸りをあげ天を突き、焼けつく風が周囲へ吹き荒れる。
「ちょっと!やりすぎよオズヴァルド先生!」
「大丈夫ですよ!手加減はしてますから!」
イヴの注意へ笑って返し、パッと杖を振るオズヴァルド。すると、あれだけ猛り狂っていた火が跡形もなく消滅した。
それと同時に、炎渦の中に巻き込まれていた機動鎧がガシャンガシャンと崩れ落ちる。その全てが黒焦げであり、接続部を器用に融解させたのかこちらもまた手足がもげていた。
搭乗者していた盗賊達に大きな火傷はなさそうだが、火に囚われるといったトラウマものの体験と高熱に当てられ全員気絶していた。
―そして、今目の前に広がる惨状が出来上がったというわけである。
まさに、あっという間であった。いくら農業用に調整された機動鎧と言っても、その実はパワードスーツ。普通の鎧を着こんだ兵程度ならば、一発で吹っ飛ばせるような力を出せる。事実、彼らはそうして邪魔者を排除して学園まで来た。
だが、今さくらの目の前には動く機動鎧は一つもない。全てが見るも無残に壊されつくされていた。そして件の巨大魔猪は検査のため数匹が生き残らされ、後は全て地面に転がっていた。
…一分保たないと盗賊は嘲笑っていたが、保たなかったのは彼らのほう。意識が無事な脱獄者達も、今目の前で起きたことが信じられず、逃げようともせず放心していた。
「だから俺は無理だって言ったんだ…アリシャバージルを拠点にしてたらわかる…。『学園』に喧嘩を売るのは無茶だって…いくら教員の数が少ないからって、こんな少人数で勝てるわけねえだろ、あの盗賊共め…」
大頭配下の盗賊達に誘われてここまで来たのであろう。脱獄者の1人がボソリとそう呟いた。
そしてそれに乗じるように、年配の、恐らくかなりの場数を踏んでいるであろう1人が声を震わせ叫んだ。
「けど…なんでこんな大物達が残ってるんだよ…! 戦い方で分かった…!
『無双の勇』元アリシャバージル騎士団長、ジョージ…!
『不動なる凶刃使い』ログ…!
『ゴーレム軍団長』イヴ…!
『裏切りの悪魔』グレミリオとその弟子メルティ―ソン…!
そして、勇者一行が…『伝説が認めた天才』オズヴァルド…! 全員名が残るレベルの猛者達じゃねえか!!!」
「その名前で呼ばれるのは久しぶりね」
「懐かしいですのう」
それを聞いて、和気藹々とする教師陣。 その後に駆け付けた兵達により、結局脱獄者全員がそのままお縄につくこととなったのであった。
「お…大頭ぁ! 今周りを取り囲んでいる騎士達が!『別動隊は全員捕えた』って…!!」
「なに!?じゃあさっきてめえが報告した、『学園のほうで微かに見えた火柱』っていうのはなんなんだ!放火したんじゃねえのか!?」
脱獄者が全滅させられて少し後、監獄にもその報は入ってきていた。予想外の結末に焦りだす大頭達だが、竜崎は平然と呟いた。
「火柱か、多分オズヴァルドかな」
そして、一転攻勢と言わんばかりに彼は大頭へと向き直った。
「さて、今度はこっちの番だ。一体誰がお前達を脱獄させ、手引きしたんだ?」
問い質すような竜崎。そんな彼を、大頭達は睨みつけた。
「テメエ…立場をわきまえていないようだな。こちらには人質がいるんだぞ?」
大頭は手元に寄せていた女看守の1人を剛腕で絞めるように捕え、他の女看守へも部下に武器を突きつけさせる。
本気なのであろう。武器の一部は彼女達の肌に刺さり、僅かに血が出ている。だが、竜崎はまるで世間話をするような口調で語りかけた。
「『魔力酔い』って知っているかい? かつての戦場を渡り歩いてきた猛者であるのなら、聞いたことがあるはずだが」
「馬鹿にしてんのか…? 高純度の魔力が体内に入ることで吐き気が起きたり足腰が立たなくなるあれのことだろ! だが、それは上位精霊以上か一部霊獣の攻撃で起きる。いくらお前でもこんな狭い部屋じゃでかい精霊は呼べないだろうよ!」
ハッと言い放つ大頭。竜崎は素直に頷いた。
「そうだね、建物を壊しちゃうから。 ま、代わりにニアロンがいるんだけどね」
―そういうことだ―
その言葉を合図に、ニアロンは周囲に手を向ける。そこから撃ち出された魔力の玉は、まるで弾丸のような速度で周りの盗賊達へと突き刺さった。
「うっ……!?」
刹那、揃ってふらつき、次々と意識を失っていく盗賊達。ドサドサと床に倒れこみ、武器もカランと落ちた。
「っ…!! う、動くな!こいつがどうなってもいいのかァ!?」
一瞬にして仲間を失い慌てた大頭は、腕に力を籠め、捕えている女看守への絞めを強める。しかし竜崎は、やれやれと肩を竦めた。
「私を閉じ込めておけばいいのに。下手に煽り欲を出すから…。 それでも策は幾らでもあったけどね―っと」
今度は竜崎が高純度の魔力球を撃ち出し、大頭の顔面へクリーンヒットさせる。する彼の体はガクガクと震えだし、手の力も弱まりだす。
その隙を突き、看守をひょいっと助け出した竜崎。彼女を今まで自分が座っていた椅子へと座らせると、へたり込む大頭へと詰め寄った。
「もう一度質問する。誰が手引きしたんだ?」
語気を強めて再度問う竜崎。魔力酔いにより腰が抜けたような大頭は、その圧に負け、とうとう答えた。
「き、汚いローブを纏った変な奴が指示してきたんだ。機動鎧と魔猪を用意してるから学園を襲えってよ…」
「どんな顔をしていた?」
「顔…?顔…わからねえ…思い出せねえ…」
「――!」
以前にも似た解答を聞いた覚えがある竜崎は、すぐさま大頭の目を確認する。かつてベルンに施されていた洗脳魔術、彼の目はそれと同じ反応を示していた。
―清人、これは…―
「例の魔術士の可能性が高いな…。 少し寝ててくれ。詳細を聞くのは洗脳を解いた後だ」
有無を言わせず大頭へ睡眠魔術をかけ、立ち上がる竜崎。 と、上半身裸だった彼はクション!とくしゃみをひとつした。
「…すみません、何か着るものありませんか? この際囚人服でも構いませんから…」
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