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―令嬢からのお誘い―
57話 盗賊侵入
しおりを挟む「えへへえ~ご主人、もう一杯くださあい」
「飲みすぎだよ…神樹ユグドルの果実酒は度数高いんだから…。それに、用意して貰った本数もそこそこな数あったはずなのに…」
まだ酔いが醒めないタマが落下しないように片手で支えつつ、竜崎は器用に竜を運転していた。
と、そんな折であった。
「あれぇ、ご主じぃん、何か赤く光ってますよぉ?」
竜崎の手に絡みつくようにしていたタマは、夢心地のまま教えてくれる。
見ると、まだ手に付けていた指輪が…さくらの持つラケットに呼応するそれが、赤く輝いていた。火の魔術が使われたようである。
「ニアロンがいるし、反応も一回だけだから多分大丈夫だとは思うけど…ちょっとスピードを上げるか…」
少し気になった竜崎はそう呟き、竜の速度を上げたのであった。
少しして、王都アリシャバージルは目の前に迫る。とりあえず発着場に向かおうと手綱を動かす竜崎だったが、その操作を一旦止め空中で静止させた。
「……ん?」
街並みに何か違和感を感じたのだ。竜崎は黙考する。既に夜は更け、平常通り街中に灯りが灯っているが…。
気になったのは街外れにある、とある施設。杖を取り出し、望遠鏡としての機能を使って覗いてみる。
そこはアリシャバージル監獄。中はともかく、外は見張りのために夜は煌々と灯りがついているはずだが、随分と暗いのだ。何かしらの事情で暗くしているだけならば良いのだが…。
「…!! 脱走…いや、侵入者か…!」
小さく見えたのは、明らかにアリシャバージル兵ではない、粗暴そうな連中が30人ほど。
牢獄の建物の壁にはロープが掛けられており、灯りは壊され、何人かの兵は凶刃に倒れ地に伏しているのも窺えた。
「まずいな…。タマ、暴れられるか?」
「はぁい、行けますよぉ」
「殺さない程度に仕留めてくれ」
むにゃむにゃ言っているタマにそう指示し、竜崎は手綱をひと振り。竜は全速力で監獄に向かっていった。
時同じくして、アリシャバージル監獄。その中庭。
「ひ、ひいいいいい! ぐえっ…!」
「おら早く鍵の在り処吐けや!」
怯える兵に蹴りを入れる盗賊。彼は痛みでその場に小さく蹲った兵の顔を掴み上げ、そこに蹴りを加える。
「ぎゃあっ…!」
悲鳴をあげ苦しむ兵の様子を、下卑た声であざ笑う盗賊達。そして、数人の兵が同じような目に合わされている。
そんな中、端のほうで仁王立ちをする筋骨隆々な人物がいた。オーガ族の象徴ともいえる立派な角が生えている。そんな彼に、伝令役の盗賊が報告をした。
「大頭、やはり第二隊は取っ捕まったそうです。こちらに連行されるのは時間の問題かと」
それを聞いた、大頭と呼ばれた彼は大きく舌打ちをした。
「馬鹿が、勝手に行動しやがって。急いで牢の鍵の在り処を吐かせろ!どこに隠してやがるんだ全く、喋らねえ奴はふん縛るか殺せ! さっさと第一隊を解放して第二隊を助けにいくぞ!」
怒声交じりの号令に兵で遊んでいた盗賊連中は震えあがり拷問を再開した。悲鳴が中庭内を木霊する。
と、それと同時に―。
「大頭、ありましたぜ鍵の束!」
別途に詰め所を漁っていた盗賊が喜び勇んで駆け寄ってくる。大頭はにやりと笑みをこぼした。
「でかした!急いで第一隊を解放してこい! てめえら!それまでその馬鹿兵士共を徹底的に痛めつけてやれ」
「「「へい!」」」
再度下卑た笑みを浮かべた盗賊達は、倒れ伏す兵士達に更に殴る蹴るを加えていく。 ―その時である。
ゴォッ!!
「あん?」
空から聞こえてきた異音に、大頭は眉を潜め見上げる。どうやら、一匹の竜が監獄上を通過したらしい。そしてそれと同時に赤い閃光が発射されたらしく、夜空に煌めいた。
応援要請の合図か?もう遅い、仲間を解放するという目的はほとんど果たしたようなものだ。そうほくそ笑む大頭だったが、その顔は一瞬で曇った。
「はぁっ…!?」
―誰かが、竜から飛び降りてきたらしいのだ。大頭の素っ頓狂な声に、伝令役の盗賊や鍵を持った盗賊を含めた全員が思わず顔を上げた。
それは当初小さな小さな人影だったが、突如として膨らみ、大きな獣のような影となった。一体何者か、盗賊達は武器を手に警戒を強める。
スタンッ
ドスンッ
着地する音は二つ、そして次には―。
「グルルルォオオオ!!」
獅子の如き咆哮が響き渡った。
「ひいいっ!魔獣だぁ!」
「いや違う!霊獣だ!!」
咆哮の正体は、白く長い毛を纏った獅子…ではなく、巨大な化け猫。人よりも数倍大きいその霊獣は、直ぐに盗賊たちへと襲い掛かった。
前足で吹き飛ばし、後ろ足で蹴り飛ばし、鋭い牙で噛みつき、振り回しぶん投げる―。熊や移動用竜を凌ぐ巨躯にも関わらず、軽やかに動き回り、蹂躙していく。
そのナイフよりも鋭く大きい爪や牙にやられ、盗賊達は血まみれになるものも現れた。
先程まで兵を殺せる立場だったはずだが、今度は謎の霊獣に殺されかける立場に。突如として発生した異常事態に冷静さを失った盗賊達は逃げ惑い、そして端から狩られてゆく。
それを呆けるように眺めていた大頭はハッと意識を取り戻す。先に目的を果たさなければ…!
「おい、急いでリュウザキに捕まった第一隊を助けてこ…い…。…は…!?」
彼は鍵をもった盗賊に指示を出そうとしたが、なんと既に倒れているではないか。そして、その手から鍵を拾いあげる人物が。
その白いローブを纏った、僅かな黒髪交じりの白髪男性を見止めた大頭は、彼の名を叫んだ。
「リ、リュウザキ…!?!?」
大頭の驚いた声には耳を貸さず、竜崎は怪我をした兵達に応急処置を行っていく。
「意識をしっかりもって。すぐに救援は来てくれますから」
「あ…リュウ…ザキ様…。ありがとう…ございます…」
大暴れする獣…タマに征伐を任せ、怪我人を止血をしたり安全な場所へ避難させたりと動き回る竜崎。もはや、大頭の存在が無いかのような動き。
つまりその背中はがら空きに見え―。
「…っ…! 食らえやぁ!」
大頭は、イチかバチか彼に向けてナイフを投げつけた。 ―だが。
キィン!
瞬時に杖で弾かれ、ナイフは地面へと無意味に突き刺さる。それを一瞥することもなく、竜崎は治癒魔術を詠唱しに戻った。やはり、大頭なぞいないかのように。
鍵は奪われ、部下の盗賊達はそこいらに気絶して転がっている。作戦大失敗。
こうなれば…と自分の命第一でコソコソと逃げようとする大頭だったが、そう簡単にはいかなかった。
ズゥン!
出入口が、どこからともなく落ちてきた大岩に塞がれたのである。ここは監獄、山ではない。そんな岩がどこに…。
「ググググググ」
謎の音と共に、岩に突如として目ができる。いや、閉じていただけだったのだ。
大岩の正体は、土の上位精霊ノウム。その巨大な瞳の眼力に怯み、思わず数歩後ろに下がる大頭。
ドンッ
「は…?」
すると、誰かにぶつかった。大頭がゆっくり首を動かし確認すると…。それはいつの間にか近づいていた竜崎だった。
「少し大人しくしていてくれ」
竜崎は手にしていた杖を大頭の片足に叩きつける。転ばせようとしたのだ。
しかし大頭は反射的に力を籠め、対抗した。身長差も筋肉量差もあり、多少姿勢は崩すものの転ぶまでには至らない―。はずだった。
「うわっ!?」
ズルっと足を滑らせる大頭。なんと、先程まで何も問題なかった地面がぬかるんでいたのである。
さらに追撃として足元に突風が起き、彼はいとも簡単にズデンと転ばされた。そしてその上に大岩が…ノウムが落下してきた。
「ひいいいいい!! うげぇっ‥!!」
地面とノウムの間に挟まれ潰される大頭。死にはしないが、気を抜くと意識をもってかれそうなほど強くプレスされている。
「く、苦しい…助けてくれ…」
勿論その要望を聞くことはなく、竜崎は状況の対処に戻っていった。
「タマ、もういいよ」
両前足で盗賊を抑えつけ、口で捕まえた一人を玩具のようにブルンブルンと振り回すタマ。
周囲は死屍累々、死人こそ出さなかったものの、盗賊達は軒並み血まみれになって伸びていた。意識があるものはか細い声で「ごめんなさい…食べないで…」と繰り返していた。
その一人一人を縛り、傷ついた兵の応急処置がなんとか終わったころ。ようやく救援の赤い信号を発見した兵達が駆け付けてきた。
彼らにお礼を言われながら怪我人と盗賊達を引き渡していく竜崎。と、彼は鎮座している大岩の下を指さした。
「あ、ここにも一人います。恐らく首領格だと」
さらっと述べられたその言葉を聞いて、警戒する兵達。それを余所に、竜崎はノウムに指示を出した。
「ノウム、やっちゃって」
「グググ!」
ズンッ!
「ぐえっ……!」
一際強く沈み込むノウム。地面の下からはくぐもった悲鳴が聞こえてくる。
ノウムが消えると、現れたのは土に埋められ白目をむいた大頭。今の一撃で気絶したようだ。
「今のうちに閉じ込めておいてください。 さ、タマ。帰るよ。 …タマ? …あっ」
竜崎が見ると、タマは小さな長毛種猫の姿に戻り、丸くなってすぅすぅ寝息をたて始めていた。たっぷりお酒を飲んで、好き放題暴れて気持ち良くなったのであろう。
竜崎は肩を竦めつつ彼を抱き上げ、兵達に後を託し帰途についたのであった。
その道中、教員寮が間近に迫った辺りである。
「「あ! 竜崎さん!」」
竜崎の姿を見つけ、駆け寄ってくる2人の姿。それは丁度パーティーから帰ってきたさくらと、夜道は危険だからと護衛を買って出たメストであった。
「お、さくらさんとメスト。パーティーは終わったの?」
「竜崎さん、それが…」
「少々、変わった事態に巻き込まれてしまいまして…」
「―そして、諸々の後処理があるということで今回はお開きとなりました」
メストの説明を聞き、なるほどと頷く竜崎。すると、さくらは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい…貰った袋、焦がしちゃいました…」
「いやいや、気にしなくていいよ。それよりすごいね2人共、貴族の皆から褒められまくったでしょ」
えへへと頭を掻くさくらとメスト。実際あの後、ファンに群がられるアイドルのようにもてはやされたのだ。
正直な話、エーリカが気を利かして先に帰らせてくれなかったら折角買ったドレスがボロボロにされるところだったのかもしれないほどには。
「ところで…タマちゃん、どうしたんですか?」
照れくささを隠すように、さくらは赤ん坊のように抱きかかえられ爆睡しているタマを指さす。竜崎はそれに答えた。
「それが、買ったエルフの果実酒を全部飲んじゃって」
―はあ!?―
瞬間、驚愕したニアロンがさくらの体から出てくる。彼女の怒り交じりの声を聞いても、タマはすうすうと眠ったままであった。
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