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―令嬢からのお誘い―
55話 盗賊乱入
しおりを挟む「ごめんなさい!ちょっと失礼します!」
預けていた武器が狙われた、その言葉を聞いた時にはさくらの足は自然と動き出していた。
泥棒を許せないという正義感と、借りている神具の鏡と袋を盗られるわけにはいかないという焦燥感が彼女を動かしていたのである。
武装した召使達の隙間をすり抜け、ハイヒールに痛みを感じながらもさくらは階段へ走る。メストはそれを追いかけた形だった。
「危ないですからお下がりください!」
―が、階段も兵に封鎖されており、さくらはがっちり止められてしまった。そこにようやく追いつくメストと、更に2人を追ってきたエーリカが合流。揃って階下の様子を確認してみる。
そこには…明らかに盗賊と思しき汚れた連中が十余人ほど。彼らの背の袋や腕の中には貴族が預けたものだろう、金銀宝石が多分にあしらわれた武器やバッグが詰め込まれていた。
そしてその中には、さくらの武器が入った袋やメストのレイピアすらも含まれていた。
「逃げ場はないぞ!」
有事の際に控えていた召使兵士達は、総出で盗賊達を囲み、じりじりと詰めていく。これならば捕まるのは時間の問題だろう。少し安心するさくらだったが、予想外の出来事が起こった。
「やるぞ」
「おう」
刹那、盗賊たちは一斉に懐から何かを取り出し、地面に叩きつける。パキンと音がして真っ白な煙が発生、周囲は全く見えなくなった。
「な、なんだ!? ぐあっ!」
「きゃっ!」
「うっ!」
立ち込めた煙の中、悲鳴が響く。煙玉の効果はそう長いわけでは無いらしく、直ぐに薄れ、晴れだした。
…が、その中から現れたのは召使数人を人質にとった盗賊の姿だった。
「こいつらを殺されたくなければ扉を開けな!」
不覚を取ってしまった。こうなると迂闊に手を出せない。徐々に入口に迫っていく盗賊達を、残された召使達は悔し気に睨むしかなかった。
どうしよう…! 内心焦るさくら。 ―すると、その横で動きがあった。
―行くのか、メスト―
「はい。ニアロンさんはさくらさん達をお願いします」
ニアロンにそう返したメストは、ひらりと階を飛び降りる。そして翼を軽く開き、華麗に着地した。
「なんだてめえ!近づくな!」
突如現れたメストを前に、武器を振りながら追い払おうとする盗賊達。しかし彼女は抵抗することなく、降参するように両手を挙げた。
「僕の性分上、こういうのを見るとほっとけなくてね。人質を僕と交換してくれないか?招待客だ、価値は高いはずだ」
まさかの交換条件。目を疑うさくら。それはエーリカも同じだったらしく、悲痛な声で叫んだ。
「駄目です! メスト様ぁ!!」
しかしその叫びは逆効果となってしまった。盗賊達はしたり顔を浮かべだしたのだ。
公爵令嬢がああまで叫ぶほどの客、上手くいけばたんまり身代金まで貰えるかもしれない。
それに服装から男かと思ったがよく見ると胸があるし、女性らしさもふんだんに漂わせている。
武器は預けているはずだし、こちらは十人以上いる。力負けすることはまずないだろう。
盗賊達の思案内容を語るならばそんなところであろう。警戒しつつもにやにやする彼らに、メストはゆっくりと近づいていく。
―だが、親分格の男は冷静だった。
「断る。リュウザキの野郎に捕まった第一隊の連中を助けるには人質の人数が多い方がいい。無論お前が加わってくれるというならば別だがな」
ピシリと言い放ち、顎で仲間に指示を出す親分格の男。 手の空いている盗賊達は一斉に武器を構えだした。
それを見てメストは残念そうに嘆息した。
「そうかい、それは困ったね。 …―もう遅い! 雷精霊!」
メストは挙げていた手を降ろすと、そのまま即座に魔術詠唱、複数の雷精霊を呼び出した。
そして間髪入れず、人質を捕えていた盗賊たちの顔にピンポイントで突撃させたではないか。
バチィッ!
「「「ぎゃぁっ!?」」」
不意を突かれた一撃により、体が痺れた彼らは変な声を出してしまう。その目にもとまらぬ早業に、盗賊全員の反応が遅れた。
「はっ!」
その隙を逃さず、メストは一足で肉薄する。狙いは痺れさせた、人質持ちの盗賊連中。
まるで舞踏を行うが如くの華麗な動きで彼らの顎を叩き、手を捻り、股間を蹴り潰し、あっという間に人質を解放していく。
「走って!」
メストの掛け声と共に、慌てて逃げ出す人質達。激昂した盗賊達が襲い掛かるが、彼女は冷静沈着に痺れさせた盗賊の一人を盾代わりにとった。
「「なっ!?」」
流石に仲間は刺しかねるようで、一瞬戸惑う彼ら。その間にメストは盾にした盗賊を勢いよく蹴り飛ばし、数人を巻き込む。更にその反動を使い、メストは一度距離をとった。
だがそれでメストの攻撃は終わりはしなかった。軽やかに着地すると、先程から詠唱していた魔術を発動した。
「青き薔薇よ、捕えろ!」
発動文句と共に。盗賊達の足元に魔法陣が展開。薔薇の茨が彼らを包み、あっという間に捕縛していく。
見事なる手際。…しかし、盗賊達もさるもの。親分格を含めた数人が避けてしまった。
「チッ!てめえら逃げるぞ!」
親分格の号令の元、捕えられた仲間を捨て逃走を開始する盗賊達。 更に、行き掛けの駄賃として貴族の武器を持ったまま扉から出て行こうと。
「あっ!ラケットが…!」
さくらは思わず叫ぶ。その駄賃の中には、自分の武器が入った袋も含まれていたからだ。どうしよう!あれを盗られるわけには…。
「そうだ指輪!」
ハッと思い出したさくらは御守りを取り出し、中の指輪に魔力を送る。彼らが驚いて手放す属性の力は…。
「火よ、起きて!」
さくらの念と魔力を得、指輪は赤く輝く。 そして詠唱された魔術は離れたラケットに伝達され、ボウッと火を起こした。
「アチッ!? な、なんだ!?」
手に持っていた袋の一つが突然燃え出し、盗賊は驚いて近場に放り投げる。さくらはそれを確認し、火を止めた。
なら次は、あの人達を捕まえなきゃ! さくらは履いていた靴を脱ぎ棄て、昔馬鹿な男子がやっていたように手すりを滑り降りる。
後先考えぬ行動だったが、魔術糸で編んだドレスは引っかかることなく、軽やかに。ニアロンも補助してくれたらしく、スムーズに着地することができた。
―さくら、足を速くする魔術をかける。突っ込んであいつらをぶっ飛ばしてやれ―
「はい!」
ニアロンにかけてもらった魔術を活かし、ドレススカートが浮き上がることを気にせず走り出すさくら。
同じく逃げた盗賊達を追いかけるメストを追い抜かし、武器を拾い上げる。焦げた袋からラケットを取り出し、既に外に出た野盗達を追いかけた。
「なんだあのガキ!? は、速え!?」
疾風のように迫ってくるさくらに、慌て出す盗賊達。 しかし時すでに遅し。射程内に…入った。
「はああああああっ!!」
さくらはラケットを振りかぶり、逃げる彼らの一人に叩きつける。鏡の力により増幅されたその一撃を食らい、その盗賊は大砲で打ち出されたかのような勢いでぶっ飛んだ。
更に、その盗賊砲弾は前を走っていた親分格以下数名にどんがらがっしゃんと激突。彼らは揃ってもんどりうってスッ転んだ。ストライク。
―お見事―
フフンと笑うニアロン。直後、召使達が駆け付け、盗賊全員あっけなくお縄につくことになった。
ふう、これで一安心と、息をつくさくら。そこにメストが追いついた。
「さくらさん、大丈夫?」
「メスト先輩こそ大丈夫でしたか?」
双方ともに相手の容態を心配する。とりあえずメストが先に答えた。
「僕は平気さ、リュウザキ先生から一通り戦い方教わっているからね」
そしてさくらのほうは、ニアロンが代わりに答えた。
―私がいるんだ。怪我はさせないさ―
よかったよかったと笑いあう2人。武器も取り返し、盗賊退治も出来た達成感は気持ち良いものだった。
「あ。足汚れちゃった…」
―まあ仕方ないな。またメストに抱っこされるか?―
「勿論良いよ。 ほら、遠慮しないで!」
そんな三人とは別、公爵邸の二階。 一連の様子を見ていた貴族達はざわざわと話し合っていた。
「あの子達は?」
「エーリカ様のご友人で、『学園』の生徒達だとか。リュウザキ様の教え子らしいですよ」
「素晴らしいコンビネーションでしたな。いずれ雇いたいものです」
「雇うなんてとんでもない、あの美貌、あの実力。どちらも我が息子の嫁にも相応しいですよ。いえ私が是非欲しいぐらいだ…!」
貴族たちの絶賛を受けていることを、外にいるさくら達は知る由もない。とはいえ戻った瞬間万雷の拍手と賛美の声で包まれること間違いなしの盛り上がりようだった。
そんな中、エーリカはさくらは脱ぎ捨てた靴を拾い上げ、誰にも聞こえぬ声で呟いた。
「流石はリュウザキ様と同じ世界のご出身…。感服いたしましたわ。 とはいえメスト様をお譲りする気はありませんが、良い恋敵となりそうですわね……!」
勿論、勝手にライバル認定されていることも知らないさくらであった。
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