【第一部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

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―魔界へ―

37話 エキシビションマッチ

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「さあ今月も絶賛開催中!飛び入りオッケー、来るもの拒まず!魔王軍アリーナだぁ!」

実況の声が響き渡る。それと同時に満員の観客席から大歓声。会場のボルテージは最高潮を迎えていた。


ここは魔都領内、魔王軍コロシアム。勇者の伝説に倣い現魔王が建立した闘技場である。血気盛んな魔王軍の勇士達が月に一度この場で実力試しを行っている。さくら達が訪れた今日が丁度開催日に当たっていたようだ。

実況の口上通り、飛び入りや魔王軍以外の参加も認められているらしい。魔王軍を示す漆黒の鎧を纏う戦士の他にも流れの傭兵や修行行脚中の魔術士の姿もちらほら見られる。


さくら達はそんなコロシアムの特別席に招待されていた。国賓用であろう豪奢な椅子に座らされ、手厚いおもてなしを受け。予想外の待遇にさくらはおろかメストまでもカッチカチに固まっていた。



教官が竜崎に提案したこと、それは『アリーナのエキシビションマッチにでる』というもの。本来教導役の誰かが務めるらしいが、面倒だから彼で済まそうという魂胆のようだ。勿論竜崎は宣言通り二つ返事でOKした。

バトルロイヤル式で進んでいく試合を見下ろすさくら達。剣戟と雄叫びが響き渡り、魔術同士がぶつかり合う。雄々しい圧と衝撃波が会場全体を包む。それが観客を煽り、さらに大きい波となっていく。こんなにも白熱した勝負、元いた世界では見ることはできないであろう。


「楽しめているか?」

不意に声をかけられ全員がビクッと背を震わせる。声の主は魔王、あの女性教官と共に入ってきた。

思わず沈黙してしまうが、メストが先輩としての威厳をみせた。

「僕達にこのような席までご用意いただけますとは…。ご厚意痛み入ります」

立ち上がり深々と礼をするメストに続くさくら達。魔王は椅子を勧めながら自らも腰かけた。

「気にするな。リュウザキの実力、とくと観戦するがよい。 お前の一族には悪いことをした、アレハルオの孫娘よ」

「…! 祖父をご存知でしたか!」

「うむ、戦争終結後、そちらにはあまり手が回らなんだ。気づいていればお前を救えたやも知れぬ、すまなかった」

魔族の頂点に立つ魔王が、かつての敵の子孫に頭を下げる。ただしその理由は、祖父殺しの贖罪というよりかは、彼女の境遇を思ってのものだった。

「お顔をお上げください、魔王様! 終結後の動乱は致し方なきこと。辺境の地に住む我らです、どうかお気になさらず。それに、紆余曲折こそございましたが、今の僕らは幸せに暮らせております」

「そうか…。そう言ってもらえると我も救われる」

メストに謝罪をした後、今度はさくらに声がかけられる。

「お前が竜崎と同じ世界から来た娘か?」

「! は、はい!」

突然話しかけられただけではなく、秘密の事実がバレていたことにさくらは硬直してしまう。

「そう身構えるな、『賢者』から報告は受けている。すまない、色々と手を回したがそれらしき魔術の反応は見当たらなかった。無論、この先も協力を惜しまない」

自分が家に帰るための方法を、転移してきた理由を魔王も調べてくれているとは。とんでもない大事になっていることを今更ながら実感するさくらだった。




実況が一際声を高める。

「さあ、待ちに待ったエキシビションマッチの時間だ!今回挑戦するのは誰だぁ!?」

赤色に染められた門から一人の男性が出てくる。肌色から魔族だろう。かなり若めのようだ。

「挑戦者!ここ数か月、圧倒的な実力でアリーナ首位を連続獲得!あまりの強さにしばらく殿堂入りにされた稀代の新星、ノルヴァ・ノイモントだぁ!」

声援を受け手を振りながら入場してくる。先程までの試合にいなかったということは体のいい出場停止にされていたらしい、その分彼はやる気に満ち溢れていた。


指定の位置に立ったことを確認し、実況は彼の相手を宣言した。

「さて、受けて立つのはどの教官…? とでも思ったか皆? 残念ながら彼らではなぁい!誰だと思う? 誰だと思う? 私もこの方が参戦してくれるとは思わなかった!! かの『勇者一行』が一人、『精霊術士』リュウザキ・キヨトだぁ!」

青色に染められた門が空き、竜崎が出てくる。柔軟運動をしながら出てきた彼を見て、観客の興奮はさらに更新された。

「おいおいおい!本当にあの方の戦いが見られるのかよ!」
「伝説の一人だぞ?魔王様が呼んだのか?」
「賭けのオッズどうなんだこれ!?」

会場の熱気は先程までの比ではない、押すな押すなの大騒ぎとなった。



「なんかさっきまで戦っていた人に悪い気がするな…」

竜崎は苦笑いを浮かべる。ニアロンは小さな声で作戦会議を始めた。

―エキシビションだからいいだろ。それで、どうする?私も出るか?―

「いや。とりあえずはいいや、彼の実力次第だけど。どうせこの後にが出てくるだろうし」

―そうだな…。あいつの性格上、我慢できるわけないよな―

意味深な会話は彼らの間だけで完結。誰にも漏れることはないままに竜崎はノルヴァの前に立った。



「リュウザキ様!こんなところで戦えるとは恐悦至極です。一度相対してみたかったのですよ!」

彼の名声に怯むことなく、寧ろ喜びで肩を震わせているノルヴァ。すると杖を大仰に振り回し、大きな赤魔法陣を作り出した。

「私は貴方と同じ、精霊術士なのです!」

呼び出したのは巨大な火蜥蜴とかげ、火の上位精霊サラマンド。暴走させることもなく召喚した彼を竜崎は褒めたたえる。

「おぉ、契約済みなのか。かなりの実力者だね」

…本来合図前に召喚獣を出しておくのは反則気味なのだが、実況は盛り上がりを重視しこれを無視。

「今、開戦!!」

カーンとゴングが鳴らされる。それを合図に両雄は一斉に動き出した。





開幕サラマンドを動かすノルヴァ。炎弾を乱打するのではなく、的確に竜崎が避ける先へと首を動かし逃げ道を奪っていく。

ある程度道先が絞れたのだろう。防戦一方の竜崎を狙い、彼はもう一つの得物、剣を振るう。

「おっと」

ギィンッ!

危なげなく杖で止める竜崎。今まで様々な敵を屠ってきた黄金コンボを凌がれ少々驚愕する様子のノルヴァだったが、すぐさま次の手段に移る。

「はぁっ!」

自身の体重を乗せた一撃で相手を払い飛ばす。竜崎はそれに身を任せたため少々よろけてしまう。そんな彼の真上にふっと影ができる。

「…荒業だねぇ。こうくるとは」

体長10mのサラマンドが落ちてきていた。2人が切り結んでいる間にジャンプ、巨体プレスを敢行してきたのだ。

竜崎は落ちてくるサラマンドを力いっぱい払う。彼のどこにそんな力があったのだろうか、大岩でもぶつけられた感覚を受けて空中でバランスを崩されたサラマンドは着地を失敗、態勢を崩してしまった。


払った勢いでそのままノルヴァに肉薄する竜崎。突然飛んできた彼に再度驚愕する若き精霊使い、なんとか剣でのガードが間に合う。

ガキィンとぶつかり合う音が響く。歓声が一層高まった。


「ふー…! 流石です、リュウザキ様。ですが―」

ノルヴァが不敵な笑みを浮かべる。丁度立て直したサラマンドとノルヴァに竜崎は挟まれる形となっていた。

捕縛魔術をかけるノルヴァ。熟練の腕をもつ竜崎にはそう長いこと効かないということは彼自身もわかっていた。一瞬で充分、サラマンドが必殺の一撃を準備するまでは。

そして、それは間に合った。自らに障壁を張り、自らにも直撃前提な一発を指示するノルヴァ。サラマンドの口から高圧縮の一撃が放たれる。

竜崎が負ける、彼の実力を知らぬ者はそう思っただろう。しかし、当の本人は余裕綽々と言った様子だった。

「この一撃を防げる障壁か。しっかり習練を積んでいるんだな」

捕縛を解いた竜崎。持っていた杖を焦ることなく迫る炎弾にぶん投げた。すると―!

ボフッ!

炎弾は中心を穿たれ、その場で発散した。杖はそのまま空を切りサラマンドに刺さる。睡眠魔術をかけてあるのか、サラマンドはその場で眠り始めた。

「なっ…!?」

空いた口が塞がらないノルヴァ、その隙をつかれ障壁を消されてしまう。

だが竜崎は武器を失くしている。ならば勝ち目はあると踏んだのか、彼は剣を構え突っ込んできた。

キィン!

次の瞬間にはノルヴァの剣がふっとばされ、ヒュンヒュンと音を立て地面に突き刺さった。

ジィンと手が痺れてしまった彼は思わず竜崎を見やる。その手には何かを詰めた袋が握られていた。それで弾かれたらしい。

「それ…なんですか?」

「ん?精霊石」

袋を開け1つ取り出す竜崎。真っ赤な宝珠のような精霊石を軽くパスしてきた。

ノルヴァは思わず受け取ってしまった。そこから妖精のような火精霊が現れ、彼の目を軽く炙る。

「あっつ!」

目を庇う彼をあっという間に組み伏せる竜崎。実況の声が響いた。


「そこまで! 勝負あり!勝者リュウザキ様!」

「あそこから逆転できるのかよ!」
「すげえ!すげえけど…」
「精霊ほとんどつかってねえぇ…」

少々『精霊術士』としては拍子抜けな勝ち方だが、逆に言えば精霊を使わずにも勝てる実力ということ。会場からは万雷の拍手が送られた。


だが一方で、不穏な空気を見せている場所があった。さくら達もいる特別席である。

「王よ…よろしいでしょうか?」

ウズウズしている教官。魔王は苦笑いする。

「闘技場を壊さぬ程度にな」

「寛大な御心、感謝いたします」

その場から空中に躍り出る教官、良い戦いだったと称え合っている竜崎達の前に勢いよく着地した。

ドン!

響く着地音と煙にざわつく観客達。嫌な予感が的中、と竜崎は溜息をついた。女性教官は煙を手でバッと打ち払いながら、血気盛んな様子で一言。

「次は私が相手だ、リュウザキ!」
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