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閑話⑫

アストの奇妙な一日:グリモワルス女子会④

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「――ブフッ!?」


「あっごめっ! 音おっきすぎちった!」


巨大魔導画面に映し出された番組の、壁を震わせるほどの音量に驚き、紅茶を吹きだしてしまうルーファエルデ。そして慌てて音量調節するネルサ。無理もない気がする……。ルーファエルデ、こんな番組見ないだろうし。


因みに…この女子会会場でどんな爆音がなっても、召使いたちが駆けつけてくることはない。機密会議すら問題なくできる防音魔法が張り巡らされているのだ。だから、専用のベルを鳴らさない限り誰も来ないのである。


「大丈夫、ルーファエルデ……?」


「――ゴホッ…ゴホッ……。えぇ、アスト…。少し驚いただけですわ……。わたくしとしたことがはしたない真似を……」


とりあえず使い魔を召喚し、ルーファエルデの介助を。彼女自身も使い魔召喚し場を片付けたところで――。


「……なんですのこれ?」


思いっきり眉を顰め、画面の映像を見やるルーファエルデ。そこには先程のタイトルコール通り、『笑ってはいけないダンジョン24時』の文字が……。




――そう…あれである……。笑いの神ガーキー様主催、芸人五人が丸一日かけて笑いの刺客に襲われ、その度にお尻を叩かれるという、あの……!


「やっぱるふぁちんルーファエルデは知らないか~。あれでも、あっすんアストめまりんメマリアは知ってた系?」


「えっ……えっと……噂程度には……? 外に出てるから……」


「私は今回の事態で初めて見たのよ……」


案外反応が薄かったからだろう。ネルサにそう聞かれ、私は慌てて誤魔化す…! そしてメマリアはまたも溜息をついていた。


「今回の事態? メマリア、一体何がありましたの……?」


未だ読めぬ話の流れに頭を捻るルーファエルデ。メマリアが説明してあげようと口を開いたが――。


「ちょ~っ待った! 折角映してんだから、みんなで観よ★」


ネルサがそれを遮ってきた。そしてメマリアに代わり、彼女が説明役に。


「ま、お笑い番組なんよこれ! 有名人とかが身体張ったりして参加者を笑わせるヤツ!」


「アタシとネーちゃんも出たことあるんだよ~!」


ベーゼもそれに加わる。……うん、そうみたい…! 私もこれにハマった際、過去の放送分を漁っていたら二人の出演を見つけて……! あれはびっくりした……!


――けど、それよりもルーファエルデはもっと驚くだろう! なにせ御出演されているのはあの……あ、でも……。


「ネルサ、でもこれって結構な長時間番組なんじゃ?」


なにせ休みほぼ無く丸一日笑わせられるという企画なのだ、編集された実放送時間もかなりの長さとなる。それをこの女子会で流すのは……。


「だいじょぶだいじょぶ★ 皆で笑えそうなとこだけ、あーしが選んでまとめたヤツだから!」


なるほど、それなら少し安心。後は、ルーファエルデが気に入ってくれるか。……そして――気を確かに持っておくとしよう……。


正直、この話題が出る覚悟はしていた。だから、先程のベーゼ相手よりは平静を装える……! でも…………!



「う~し! んじゃ、再生~~ぃ★」














『『『『『――あ痛ァッ!!?』』』』』


「これにて終わり~★ どだった? るふぁちん!」


出演者の五人が最後に揃ってお尻を叩かれ、映像はエンディングに。ネルサがケラケラ笑いながらルーファエルデの方を見やると――。


「ッ…フ…クフッ……! え、えぇ……! た、多少下品では…ございましたが…フ…フフッ……!」


甲冑をつけた手で口元を覆い、明らかに笑いを堪えている……! あ、でも、深く息を吸ってなんとか堪えた。そして気を落ち着かせるためか、瞑想するかのように目を閉じ紅茶に口をつけ――。


「ルーちゃん、OUT~ぉっ!!」


「――ブフッゥ!?」


わっ!? その瞬間に、ベーゼが先程まで映像内で鳴り響いていたお仕置き台詞を! 予期せぬ追撃にルーファエルデはまた紅茶を噴き出しちゃった!


「――ケホッ…ケホッ……! も……もう! 反則ですわベーゼ! なんとか堪えておりましたのに!」


震える手で使い魔を呼び出し片付けをさせつつ、抗議するルーファエルデ。しかしそれで先程までの映像を思い出したようで……。


「フ……フフフフッ……! あぁ駄目ですわ……! 止まらな……フフフッ……!」


とうとうお腹を抱えて笑いだしてしまった。よっぽどのようで、苦しそうなえずきまで混じる始末。


「……まさか、ルーファエルデにここまで刺さるなんて…」


「こういう番組に慣れていないから、かしらね……」


その有様を見て、私とメマリアは軽く肩を竦め合う。……って――!


「そう言うメマリアこそ! 扇子で隠して終始笑っていたでしょう?」


「ふふっ! 良く見てるわねアスト。一応二度目の視聴なのだけど…ネルサの編集が上手いのでしょうね」


指摘すると、メマリアは開いていた扇子を畳んで上がった口角を露わに。確かに彼女の言う通り、ネルサがまとめ直した映像はテンポが良く、既に視聴済みだとしても楽しめたのだ。編集されていてもまあまあの時間はあったのだが、皆だれることなく見ていたもの。


「ドラルク公爵様も……! あんな何度も……! フフ……ウフフフッ……!」


そして初見であるルーファエルデはずっとこの調子。ここまで笑ってくれると制作側冥利に尽きるというものである。……そう、……!





「――ふぅ…! ようやく収まりましたわ……! ……っふふ…!」


少しして、ようやく笑いの坩堝から抜け出したルーファエルデ。なんとか残り香を耐えつつ、バエル家の令嬢らしく調子を取り戻した。


「しかし――。先代様の…先代魔王様の役どころ、あのような場で宜しかったのでしょうか……。いえ、あれが恒例行事だというのはわかっておりますが……」


眼の涙を拭い、表情を真剣なものへと移しながら苦言を呈する彼女。そう――。なんとこれ、先代魔王様が御出演なさっているのだ! 勿論放送時、各地に震撼が走ったのは言うまでもない。


そして、魔王様に仕えるグリモワルス魔界大公爵の娘である私達が話題に挙げない訳はないのである。因みに、その映像を前にしたルーファエルデの顔は中々の見ものだった。紅茶を口に含んでいたら全員へ噴き散らしていたんじゃないかってぐらい驚いていたのだから!


「……当の先代様自ら御志願なされたそうよ。それも嬉々として……。どうやら前から番組のファンだったようなの」


そんなルーファエルデの苦言に回答したのはメマリア。流石、王秘書アドメラレク一族の令嬢且つ、既に登城も行っている身。真実を知っている。……先代様、やはり叱られてしまったのだろうか……。


――なぜ、メマリアの言葉が真実だと言い切れるのか、って? だって……のだもの!




見てもらった通り、あの『笑ってはいけないダンジョン24時』はダンジョンが舞台。ということで、お仕置きお尻叩き役にはミミックが採用されている。そう、ミミック――。


その通り。あれ全て、我が社のミミック達なのである! そして、社長と私もその依頼ついでに出演させて頂いたのだ! その際に先代様方にお会いした訳で。……社長はともかく、私、あの時は生きた心地がしなかったけど……!


――で、そんな私達は何役だったかというと……さっきベーゼが口にしたアレである。


そう! 映像中、事あるごとに流れていた『お仕置き宣告OUTアナウンス』! あれを社長と私が半分ずつ担当していたのだ! ……その最中、ちょっとハプニング、というより嵌められもしたのだが…。


そして、揃ってほんの少しだけ姿出しもさせて貰った。最後の最後に、作中の役割である『お仕置き部隊・隊長&副隊長』として。専用の衣装を纏って、ドミノマスクのようなお仕置き部隊マスクで顔を隠して! 









…………しかし、あれである。覚悟していたとはいえ…………平静を装うようにしているとはいえ…………――。


「あーしのお気にはあれかなぁ★ お仕置き副隊長がお尻叩かれたとこ!」


「アタシもそこ好き! 見事に騙されて嵌められちゃってて! アナウンス越しなんだけど可愛かったぁ~!」


「明らかに打ち合わせ無しの様子だったものね。当人にとっては災難ではあるのだけど……ふふ」


「クふッ…! ぁあまた……! 思い出してしまいましたわ……! ウフフフフッ!」



――き…き……気恥ずかしい!!! しかもよりにもよって、件のハプニング…もとい、社長達に嵌められてお尻叩かれたあのシーンの話で盛り上がられるなんて!!


うぅ……まだ社長や会社の皆と見ていた時は笑って流せていたのに……友人達に見られるとこうもこそばゆいなんて……! 正体を隠しているから猶更……!


あぅ……マズいかも…。耳が熱くなってきている……! 汗がにじみ出てきているのもわかる……! 顔、真っ赤になっているのかもしれない……! 


駄目、ちょっと紅茶を飲んで落ち着かなければ……。多めに注いで、ゆっくり飲むことで心を落ち着かせるとしよう……。さっきのルーファエルデみたいに。



――大体、ネルサが映像そのものを持ってきているとは思わなかったのだ。話題こそ出るとは踏んでいたが、それは完全に予想外だった。本当のことを言えば私、集中して見ていられなかったのだ。


だってさっき、なんでメマリアが笑っているかを知っていたかと言うと……警戒していたのである。彼女相手にだけではない、全員相手に。誰かがアナウンスの声の主について言及しないか、皆の表情を窺っていたのだ……!


幸いなことに、誰も私だとは気づいていない様子。まあ、皆相手の話し方とはだいぶ違うし、最後に映った私達も服装や髪型やマスクのおかげで誰だかわからない見た目となっているからであろ――……。



「ところであっすん★ あれ、あっすんだったりしない?」










「――ブフッッ!!?」


「まっ!? 今度は貴女がですの!?」


ケホ……急なネルサの一言に、先程のルーファエルデ宜しく紅茶を噴き出して…ケホ……しまった……。慌てて介助に入ってきてくれようとするルーファエルデへ手で断り、ネルサに恐る恐る聞き返す……。


「あ……あれって……?」


「これ★」


いつもの屈託のない笑みを浮かべながら、映像を早戻しするネルサ。でもそれはすぐに止まり――。


「この、お仕置き部隊副隊長★ あっすんぽくない?」


あの、変装した私(同じく変装した社長を抱っこした姿)を、ひょいっと指さした……!


「あら奇遇ね。私もそう思っていたわ」

「アタシもアタシも!」

「えぇ、確かに。声も似ておりますわね」


っ……! メマリアもベーゼもルーファエルデも……! 皆、心の何処かで勘づいていたらしい。口に出していなかっただけだった…! そ、その通り……――。


――なんて言えるはずもない!!! いや仕事先を隠してる云々も当然あるのだけど……その……あうぅ……!



だって……だって!! 今しがた、『副隊長がお尻叩かれてるシーンが面白かった』って盛り上がっていたのに! 『それ実は私』なんて、言えるわけないでしょう!!!!?







……とはいえ、黙っている訳にもいかない。そんな赤面の叫びを心の奥底に押し込み、おくびにも出さずに私は首を捻ってみせる…! そしてわざとらしいほどに目を凝らし、魔法で鏡を作って自分と見比べて……!!


「……確かに似ているかも…!?」


敢えての、この台詞! 敢えて否定することなく肯定するでもなく、今言われて初めて気づいたかのように振舞って見せる! この件に関してはある程度想定していたのだもの、対処法は考えてあるのだ!


……まあ、焦って紅茶を噴き出してしまったのだけど…。変なタイミングで話しかけられたからむせてしまった、と言うことで納得を……――。


「あれ、ということは違うんだ~」

「流石に他人の空似でしたかしら」


――して貰えた! 少なくとも、ベーゼとルーファエルデは今ので納得してくれたようである。後はネルサとメマリアなのだが……。


「ま? あっすんじゃないの? む~~★ すっごくあっすんぽいんだけどな~」


ネルサが食い下がってきてる…! それだけ確信があるということ……? いや大当たりなのだけど! そして一方のメマリアは……。


「そもそも、そういうのは出演者情報に書いてあるんじゃないかしら?」


冷静に助け船を。しかしネルサは首を横に振った。


「それがさぁ、めまりんメマリア。クレジットには、あっすん(仮)かっこかりはおろかあのミミック隊長の名前も載ってないんよ。エキストラ、にしては役どころ重要すぎるしぃ~」


……ネルサの言う通り。私の名前も社長の名前も、省略されている。というより、省略してもらったのだ。そもそもがミミック派遣の依頼なだけであり、私達の出演に至っては個人的な我が儘によるものなのだもの。


だから、会社名が製作協力の端に軽く表示されているだけ。ネルサもそれには気づいているらしく――。


「まあ隊長がミミックだし今回ミミック出ずっぱりだったし、有りうるなら協賛にあった『ミミック派遣会社』ってとこの関係者かなぁとは思ってんだけどね~」


それ以上はよくわかんないや★ と、両手をぷらぷらさせるネルサ。そこにルーファエルデとベーゼが一つ質問。


「出演なされていたドラルク公爵様なら何かご存知なのでは?」


「それか、ガーキー様は? 教えてくれそうだけど~?」


「ん~ん、それもダメ。この間ドラルクっちに会った時にそれとなく聞いてみたんだけどさ、よくわからないと言われちって! ガーキー様にも聞きに行ったんだけどなんか誤魔化されちった★」


首を振るネルサ。そして残念そうに椅子にもたれかかった。


「他にもさ~バニプリバニーガール姫姉妹とかケロプリカエルの王子とかいなりん天狐とかイダテン神様とかサンタっちとか、出てたの大体ダチだったから片っ端から聞いたんだけど…おんなじ感じだったし~」


流石ネルサ、顔が広い……! けど、ドラルク公爵もガーキー様も他の方々も黙っていてくれたらしい。感謝します……! しかし、この後どうやって話題を逸らそ――……。


「あぁそうだ。なら、ネルサ」


「ん? なに? めまりん★」


「――貴女の『魔眼』を使ってみたらどうかしら?」

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