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顧客リスト№50 『グリモアの図書館ダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

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「むかーし、むかし。あるところに、すごいちからをもつまおうさまがおりました。まおうさまは、そのちからでいっさつのほんをつくったのです」



優しい語り口調の社長は、絵本のページをぺらり。そして、やはり穏やかに続ける。



「そのほんは、じぶんでうごけるまどうしょ。かれは、なまえを『グリモア』といいました」





社長が今いる場所は、とあるダンジョンの一角。明り取りの窓からぽかぽかと日が入り、社長と…その前に座る人魔問わずの子供たち。


そんな子供たちは皆一様にカーペットに座って、社長の読み聞かせに聞き入っている。子供たちと社長、双方ちっちゃいから、なんとも愛らしい光景。



「―グリモアは、おじいちゃんになっても、みんなのためにたくさんのほんをあつめました。おかげで、まものもにんげんも、たくさんのほんをよめるのです」



できればずっと眺めていたいところだが…残念ながら絵本は最後のページに。社長は〆るように、ちょっと声色を変えた。



「そしてグリモアおじいちゃんは、いまも、この『図書館ダンジョン』のあるじをしているのです。めでたしめでたし」








パチパチパチと、ちっちゃな手が打ち鳴らされる。子供たちの近くに控えていた親御さんからも、優しい拍手が。


私も陰ながら拍手を送っていると…横におられる、開いた魔導書を頭に乗せ、ふわふわと空中に浮いている、社長並みに小さなお爺様が照れたように顔を掻いた。


「いやいやはやはや…。絵本とはいえ、儂の自分史を読まれるのは…やっぱり面映ゆいのぅ」


今にも本の中に戻りそうな様子のお爺様。私は思わず、クスリと。


「そう仰らずに、グリモアお爺様。 お爺様の存在と偉業は、本当に素晴らしいことなんですから」














かつて、初代魔王様が作り上げた一冊の魔導書がある。その名を『グリモア』。


自らの意志を持ち、老爺の姿ともなれる彼は、古今東西の数多の本を収蔵するダンジョンを作り上げた。



それがこの『図書館ダンジョン』。人魔問わずに来館ができる、名の通りの図書館である。










―ということで、本日私と社長はそこを訪れている。勿論依頼を受けてだが…正しくはちょっと違うらしい。


なんでも、依頼主は現魔王様。代金支払いも同じく。とはいっても魔王軍経由とかじゃなく、社長に直接ご依頼をくださった様子。


一応裏事情には…そろそろに控えた私交えた飲み会が関係しているらしい。私を参加させる代わりにと、しっぺ返しっぽいもの食らったんだとか。





そこまでしてメンバーに加えていただかなくとも…。 と思いもしたが、なんでも社長曰く―。


『ああでもしなきゃあの子、頼ってこないのよ。 寧ろ、アストの参加お願いついでに依頼として引き出せたから、得しちゃった!』


らしい。 確かに既に署名済みな契約書を見たら、社長の判断で大幅な割引等がされているものの、代金は全額魔王城持ちであった。


そういう話なら、普通はこちらが少し無いしは全額を負担するはず。だというのにこれという事は…やっぱりそういうことなのだろう。











とはいえ、魔王様のご依頼があって安心した。実は私も気になっていたのだ。グリモアお爺様のこと。



まずは改めて、グリモアお爺様のご容姿をご紹介しよう。頭に本体である魔導書を被り、目を覆うほどの長白眉と、口元を覆う長白髭。 そして宙にふわふわと浮いている、小さなお爺様。


見た目は完全に仙人。まああながち間違ってはいない。一応彼は、魔導書の精霊という扱いではあるし。





そんなお爺様、政治や争いからは距離を置いている方だが…。なにぶん初代魔王様に作られただけあって、様々なものを見てきている。


つまり正真正銘、言葉通り見た目通りの『生き字引』。歴代魔王様方にとって彼はご意見番であり、ご隠居様。敬意を払うべき特別な存在なのだ。


…因みにお爺様、時たまに飴をくださることもある。特別な存在だからって。








更に、私…もとい、私の一族のような魔王様に仕える最上位魔族達にとっても、お爺様は敬服すべき存在。


私の本名『アスト・グリモワルス・アスタロト』。 そのミドルネーム『グリモワルス』は、グリモアお爺様から頂いているのである。


しかし、それは私だけではない。私の先祖や、他の一族にも、その『グリモワルス』は必ず入っているのだ。





初代魔王様の元に集いし、最上位魔族一族の祖先たち。彼らは魔王様とその片腕であるグリモアお爺様(当時は多分若かったはず。多分…いやどうだろ…?)へ忠誠を誓った。


そしてその証のため、グリモアお爺様の名をお借りし、名前の一部としたのである。今も代替わりには、必ずお爺様にお目通りするのが習わしだったりする。


なお婚姻等で一族から離脱する際は、そのミドルネームを返上するのが決まりだったりするが…。まあ別にそこらへんは気にしなくて良いです。特に関係ないし。









まあそんな感じで、色々と縁深い存在であるグリモアお爺様。勿論魔導書であるため、魔法の腕もプロ中のプロ。

実を言うと私も、お爺様から魔法を色々と習っていた。だって家庭教師よりお爺様の方が優しいし、教えるの上手いんだもの。


例えば、空間魔法とかがそう。この図書館ダンジョンの蔵書数はえっらい数となっているため、グリモアお爺様が空間を歪ませ、本棚を確保しているのだ。


他にも、本の汚れや劣化を防止する魔法とか、所蔵検索魔法とか、長時間放置された本が勝手に元の本棚に戻る魔法とか、迷子のための案内魔法とか―。


挙げればキリがないほどの、沢山の魔法。それらを一手に使いこなしているのがお爺様なのである。











……が、ここ最近ちょっとした問題が浮上してきたのだ。…ちょっと言いにくいのだけど…グリモアお爺様の様子が…。



「ところでアストちゃんや…。 お主は何用で来たんじゃっけ…?」


「…お爺様。先程もご説明しました通り…、お爺様の手助けとなるミミック達を派遣しにきたんですよ」


「おぉおぉ…! そうじゃったそうじゃった…! 最近、物忘れが酷くてのぅ…」




私の言葉に、グリモアお爺様はポンと頭の本を撫でる。……このやり取り、ここに来てから幾度目だろうか。十回はやってる気がする。



……うん。なんていうか…。 最近のお爺様、ちょっとボケてきているのだ…。











数千年は生きてきたお爺様が今更ボケるとかおかしい気がするが、寿命ということなのだろうか。


しかし、それにしては急…。私が子供の頃、というかほんの少し前まではいつも通りのお爺様だったのに。




グリモアお爺様がボケ出したという事実は、当然魔王様や最上位魔族の間を駆け巡った。なにせ、グリモアお爺様は皆にとってのお爺様なのだから。


それで色んな方々が検査したり介護したりと手を尽くしているのだが…治る気配がない。それどころか、じわじわ進行していっている節さえ窺える。





幸い?ボケの対象は最近の記憶が主。昔の記憶…それこそ初代魔王様から始まる歴史から、私の子供の時の話とかはしっかり覚えたままなご様子。


しかし、だからといって安心できるわけがない。いつ昔の記憶が失われるのかわからないのだ。そんなお爺様、見たくない。



とはいっても私は治癒魔法の専門家ではないし…。今は社長の秘書の身だから、こんなことしかできない。もどかしい…。








あぁ、『こんなこと』…もとい、依頼内容の説明をしていなかった。


お爺様がボケ出してしまったせいか、それより前からかは定かではないが…本を盗み出そうとする輩がちょこちょこ現れるようになったのだ。



なにぶん色んな本が揃っている図書館のため、とんでもない価値の本はごまんとある。歴史的に、装飾的に、魔法的に、秘術的に、素材的になどなど…。


とはいえ貸出もしているため、一定期間内に返却されなければ、本自体が飛んで帰ってくる魔法が全部にかけられている。



しかし…その悪い輩たちはその前にページを破り取ったり、魔法自体を解除したり、逃げないように無理やり抑えつけたりするのだ。

ブックカースbook curse…本を守るための呪いもかけてあるというのに、その対策までしっかり準備して。






それでも、そんな場合はお爺様や眷属の妖精司書たちがなんとか戦って回収してきた。図書館戦争、って言うほどではない。念のため。


…けどお爺様がボケ出してしまってから、それも厳しくなりだしたらしい。




今でこそ、魔王様や最上位魔族の一門からお手伝いとして人が遣わされているが…。下手に暴れて本や図書館を傷つける訳にはいかない。


だからこそ、ダンジョン防衛を十八番とする我が社に依頼が来たのだ。 …ミミック達が役立つのはとても嬉しいのだけど…。自分自身が直接お役に立てないのが、歯がゆくて仕方ない…。



あ、因みに図書館は飲食禁止。当たり前。 故にミミック達の食事は、転移魔法陣で我が社に戻って摂る契約となってたりする。一応の補足でした。














「グリモアさま! お身体の調子は如何ですか?」


そんな折、読み聞かせが一段落した社長がこちらに。お爺様は軽やかに笑った。


「ほっほっほっほん。なに、元気いっぱいじゃよ。心配してくれて有難うのぅミミンちゃん」


「…なら良いのですが…」



お爺様の言葉にそう返しつつ、社長は私の方をチラリと。それに応えるように、静かに首を横に振ってみせた。


社長も気にしているのだ。グリモアお爺様の容態を。因みにこの体調のお話も、何回目かわからない。



とりあえず変化をと、お爺様がいつもやっていること…子供達への読み聞かせを社長が変わってみていたのだが…。残念ながら、この程度では何も変化がなさそう…。








「しっかししかし、ミミンちゃんは本当に変わらないのぅ。姿、昔のままじゃな」


と、グリモアお爺様はしげしげと社長を見つめる。ちょっと沈痛な顔を浮かべていた社長は、ハッと気を取り直した。



「そうなんですよ~! この少女体型から全く変わらなくて。 オルエとかはしっかりサキュバスらしくボンキュッボンになってるのに…」



あそこまでじゃなくとも、アストぐらいのスタイルの良さになりたかったんですけどね~!と(ツッコミ辛い)笑いをとる社長。


それにお爺様は、今のままでも充分可愛いぞい。と微笑み、過去を偲んだ。


「懐かしきかな懐かしきかな。とはいっても儂にはまだ最近のことじゃが…。お主とオルエちゃんと魔王様の三人でよく来てくれたのが瞼ならぬページに浮かぶのぅ」



社長は現魔王様と古馴染みだけあって、昔からお爺様と面識がある様子。 と、お爺様は私へ顔を。


「勿論、アストちゃんが来てくれた時もしっかり覚えておる。 家庭教師の元から逃げ出して、ここへ駆け込んできたのじゃから。 儂をペイマス公アストの祖父と同じぐらい慕ってくれたの」



子供の時の、ちょっと恥ずかしい記憶。お爺様はうむうむと頷いた。


「小っちゃくてかわいかったアストちゃんが、今やこんな美人さんとは…。月日が経つのは早いものじゃな。寂しくもあるが…それ以上に嬉しくもある」


そう思いを馳せるように呟くお爺様。そして―……ポンと頭の本に手を置いた。



「…ところで、そんな二人は、今日なんで来たんじゃっけか…?」














「「…………。」」


得も言われぬ絶望感と焦りが、私と社長を包む。どうしよう…本当にどうしよう…。このままじゃ…。


…さりとて、どうすればいいかなんてわからない。なんと切り出すべきか迷ってると…。




「ミミックのおねーちゃん! …おねーちゃん?なんだよね? 絵本、もっと読んで~!」


読み聞かせに参加していた子供たちが、幾人か社長の元に。どうやら社長の優しい朗読を気に入ってくれたらしい。


社長はちょっと迷いつつも、それを承諾。私に後を託し、再度読み聞かせ部屋に行ってしまった。






…残されたのは、私とグリモアお爺様。さて…本当にどうすべきか。


というか、なんでボケ出したのかがわからない。お爺様は精霊なのだから、ボケるというのもよくわからないっちゃわからないのだけど…。



何か原因があるのだろうか…。例えば、頭を強く打ったとか…。


…いや…そもそもお爺様の頭、魔導書本体だ…。その理論も通じるのかわからないや…。








――そうだ! どこから記憶を失い出したかを調べてみよう。きっと誰かが試しているだろうけど、やってみる価値はあるかもしれない。


けど、どのあたりに焦点を当てるべきか。うーん…。…あ。



「グリモアお爺様! ひとつお聞きしたいことがあったんでした!」















「ふーむふむ。ミミンちゃん達三人…『最強トリオ』の武勇伝、のぅ」

「はい。ちょっと前に訪問したダンジョンの学園長先生…もとい依頼主の方が、そんな話をしていたので…」


ふわふわと飛びつつ地下への階段を進むグリモアお爺様を、私は追いかける。だいぶ暗くなってきたから照明魔法を唱えて、と。





私がお爺様に聞いたのは、社長とサキュバスのオルエさんと、現魔王様が幼少期の時のお話。なんでも『最強トリオ』と称して、色々と暴れ回っていたとかなんとか。


そしてその逸話の一つが、『当時の幹部率いる魔王軍vs人間の合同騎士兵団の争いに三人で乱入し、無傷のままに双方フルボッコにした』というもの。



最も、『学園ダンジョン』の学園長先生が話してくださっただけなので、信憑性は怪しいところ。一応調べては見たのだけど…記録は残っていなかった。


でも実在はしたらしく、社長にそれとなく聞いたら『あったわねそんなこと!』って笑ってた。そしてなんやかんやはぐらかされた。




本当は魔王様に拝謁した際に聞いてみようと思ったのだが…流石に失礼かなって。丁度いいので、お爺様の記憶の確認がてら問うてみたのだ。


そうしたら…どうやら覚えがある様子。記した書物があると、地下へ探しに向かってくださっているのだ。









あ、階段が終わった。目的地に着いたらしい。扉を開けて、私も中に…って。


「うわっ…! 何ですか…この本の数…!!」





扉の先にあったのは、広大な空間。やはり魔法が使われているらしく、天井も部屋幅もとんでもなく高いし広い。


そしてそこにがっしり並べてあるのは…これまた巨大な本棚群。暗いせいもあるけど…上の方も奥の方も見えない。ひと棚に入っている冊数、十万冊とかはくだらなさそうなサイズ。




「ここは閉架書庫じゃからのぅ。皆があまり読まない本は、こういった場所に仕舞ってあるんじゃよ」


「そ、そうなんですか…。 …ですけどこれ…」


解説してくださるお爺様には悪いのだけど…困惑してしまう。 だって…。



「私…この先に一歩も入れないんですけど…」








確かに、目の前には規格外に大きな本棚が大量にある。…しかし、それが問題なのだ。


その本棚ひとつひとつの間は…丁度本一冊がすり抜けられるぐらい、つまり数㎝程度しか空いてないのである。




そのせいで、もはや本棚は壁。垂直に厳然として立ち塞がる絶壁。いや、本の王国の城壁?


一応動かす用のハンドルがあるものの…横もまた先が見通せない有様なため、多分ぎっちり詰まっていて動かせない。いくら本が魔法で保護されているとはいえ…過剰収納では…?




「ここは基本的に儂か、眷属の子達しか入らんからのぅ。スペースを限界まで確保するため、こんな感じなんじゃよ」


そう説明してくださるお爺様。でしょうね…。 あとは…社長のようなミミックなら、なんとか入れるかも…?









「実はその無双話はの、儂も詳しくは聞かせて貰っておらんのじゃよ。魔王様方も口を噤むばかりで。まあ恥と言えば恥じゃからのぅ」


本棚の表示をひとつひとつ見ながら、そう明かしてくださるグリモアお爺様。…まあ、それはそうだろう。天下の魔王軍と騎士兵団が、三人の子供にブッ飛ばされたなんて。


「故に、人間側にも魔物側にも、公的な記録は存在しない。全部破棄されてしもうた。そして今や、噂話の類となってしまったという訳じゃ」


と、お爺様はピタリと止まる。目的の本棚に着いたらしい。


「じゃが…。人の口に戸は立てられぬ。 確か当時、どこぞの一般雑誌が、オカルト探索のように追っていたはずじゃ」



なんと、そんなものが。是非読んでみたい…!  するとお爺様、パタンと閉じた本の形に。


「ちょっと待っておれ…」


そしてそのまま、狭い本棚の隙間へするりと入っていった。  …しかし……。







ゴンッ ガンッ



「うーむむむ…。 やっぱりちょいと狭いのぅ」


…棚や角にぶつかっている音が…。 まあお爺様の表紙は魔王秘伝の魔法素材や、オリハルコンのような希少素材など諸々を混ぜ合わせた特殊加工。 絶対に傷つかないことは請け合い。



……では、あるんだけど……









ガンッ ギンッ ゴスンッ


「はーれはれ…? この辺にあったと思ったんじゃが…」



上から下に、下から上に。手前から奥に、奥から手前に。 しまいには本棚を移動したのか、右や左に激突音が移動していく。


…なんか、申し訳なくなってきた…。探すのをストップして貰ったほうがいいかな…? そう思っていた時だった。



「いないと思ったら…。何してるのアスト?」










いつのまにか、背後に社長が。どうやら読み聞かせが終わって探しに来てくれたらしい。経緯をかくかくしかじか。


「で、グリモアさまは…あの音の場所?」


ちょっと顔を顰める社長。私が頷くと、俄かに本棚の傍へ。


「私も手伝いに行くわ。 よっと…!」


そして、数㎝の隙間に身体を滑り込ませ…。




ガンッ!





流石ミミック、身体はすっぽりと中に。だが、入っている宝箱が引っかかってしまった。

それでも社長だから、無理やりいけはするみたいだけど…。



「うーん、箱ごと行くのは流石に面倒ね…。 下手に入ると箱で本を傷つけそうだし…」


一旦スポンと出てきた社長はそう呟く。そして結局、宝箱から抜け出して再チャレンジすることに。私に箱を託し、再度隙間に―。



ゴンッ!



「あうっ…! 頭打ったぁ…」







「大丈夫ですか社長…!」


にゅるりんと滑り出てくる社長を、宝箱でキャッチ。痛てて…と頭を擦っていた。


「へーきよへーき…。これぐらい。 …けど、グリモアさま、大丈夫かしらね」


と、若干不安そうに目を移す社長。未だにゴンゴンとぶつかる音が。


「確かに…本棚堅い感じですものね。あれだけゴンゴンぶつかっていたら、表紙に傷がつかなくとも、なにか影…響…が……」




――瞬間、私に電流走る。も…も…!



「もしかして――!!!?」










その直後、グリモアお爺様がガンガンぶつかりながら出てきた。一冊の雑誌を後ろに従えて。


「あったあった…! アストちゃんや、見つけたぞい!これじゃこれ! 『週刊モンスター』という今も刊行している魔物情報誌での」


本形態から精霊形態に変わりつつ、その雑誌を私へと。そして、ほっほっほんと笑った。


「確かこのバックナンバーに、その戦いについての調査記事が…なんの戦いのことじゃっけ…?」



瞬間、何を調べていたのか忘れたらしく、ぽかんとするお爺様。


私は心配そうにしている社長に雑誌を持ってもらい…。両手でお爺様の頭…即ち本の両表紙をすっと労わった。



「グリモアお爺様! 『ブックカバー』つけましょう!」














~~~~~数日後、会社の社長室にて~~~~~~~~~


「いやー…! まさか、ああやってガンガンぶつかっているのが原因だったなんてねぇ~…」


先程来た手紙を手に、肩を竦める社長。と、秘書机にいる私を褒めてくれた。


「それにしてもアスト。よく気づいたわね! グリモアさまのボケ理由!」


「社長のおかげですよ。箱と頭をゴンってぶつけてくださったから、推測ができたんです」



思わず照れて、そう返してしまう。けど本当に、そのおかげであったのだ。








グリモアお爺様がボケかけていたのは、お年のせいではなかった。じゃあ何かというと…。


……閉架で本を探す時、自らの表紙を至る所にぶつけまくっていたからである。






普通の本なら…いや、ここは社長を使わせてもらおう。


社長と宝箱は、別の存在。だから、物である宝箱をぶつけても社長は痛がらず、頭をぶつけて初めて痛がった。


それと、グリモアお爺様はちょっと似ている。魔物部分が、精霊。箱部分が、魔導書。…



すっかり意識の外に抜けていた。グリモアお爺様は、魔導書が本体。精霊部分は後付けのようなもの。


つまり、逆。魔物部分が…ぶつけると駄目な場所が、魔導書なのである。 






…もっと簡単に説明しよう。グリモアお爺様が精霊形態の時を思い出して欲しい。仙人のような姿のお爺様の頭には…本体である魔導書。



つまり…魔導書はお爺様の頭そのもの。表紙をガンガンぶつけるというのは、頭をガンガンぶつけているのと同義なのである。





うん。そりゃ記憶も飛ぶ。なにぶんお爺様は魔導書の精霊。ページを切られたりしない限り、痛みを感じない。

けど、ぶつけまくった衝撃だけは確かに伝わり、しっかり頭を蝕んでいたのだ。そして、とうとうガタが。



なにぶん表紙がとんでもなく堅牢だから、いくらぶつかっても傷一つつかない。だから証拠が無く、誰が調べても原因不明であったというわけである。







―あの後、すぐさま会社へと戻り、箱工房へ。社長やラティッカさん達の力と、私の全身全霊の魔法を籠め、やわらかふわふわな特製衝撃吸収ブックカバーを作った。


それを、お爺様の頭…もとい表紙へ装着。そして社長経由で魔王様方に数日様子を見てもらったら…なんと、完全に元通りになったのである。



あの御手紙はその報告。お爺様の容態が直って本当に良かった…! めでたしめでたし!







とはいえども、病み上がりのようなもの。それに、やっぱり手があるに越したことはないので、魔王様から派遣続行の指示が。


今はその話し合い中。どんなふうにミミックを配置するかが議題なのだが…。




「…で、その潜伏案なんだけど…。 グリモアさまから思いついたのがあるの。こういうのはどう?」


と、社長は計画書を私へ。なになに……っ…。


「…怒られません? 各方面から…というか、グリモアお爺様から…」


「一応専用品は作るわよ…? ほら、見た目は似せなきゃいけないから…。 一応グリモアさまからはok貰ったし…」


「…うーん…。 なら、良いんでしょうか…?」



中々のマナー違反感あるが…お爺様が許可したならいいのかな…。でもなぁ…。

いや、そんな使い方も確かにあるっちゃあるのだけど…。うーん…。





…なんか妙な空気になってしまった。とりあえず、ちょっとブレイクタイム。



「ところで…この雑誌の記事、本当なんですか?」


ふと私がとりだしたのは、お爺様から借りてきた『週刊モンスター』の古いバックナンバー。

確かにそこには、あの争いについての記事が乗っていたのだけど…。



「事の発端が、『目玉焼きには醤油か塩コショウか』だなんて…」




書いてあった一文が、あまりにも衝撃的過ぎた。他の記事や写真も憶測やコラ画像っぽいし…。多分、嘘…。



「あ。それは真実よ。最後に仲直りさせるときに聞き出したから」


…社長、平然と答えた…。えぇ……。



…そりゃ、戦いの存在も隠すわけである。


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