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顧客リスト№23 『バニーガールのお月見ダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

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そよそよと心地よい夜風が、私の顔と飾ってあるススキをサラサラと撫でていく。

見上げると、そこには黒い天幕に包まれたかのような夜空。散りばめられた宝石のような星々が瞬いている。そして―。

「本当、綺麗なまんまるお月さま…!」



私は今、とあるお屋敷の縁側でお月見をさせてもらっている。舞い降りてくる月光は、なんとも幻想的に辺りを照らしてくれている。

ただ月を見るのを楽しんでいるだけではない。月の光には魔力が大量に含まれているから、それを浴びると魔物達は元気になるのだ。よく夜に活発になる魔物、例えば狼男とかは大体月の影響だったりする。

きっと今頃、各地の魔物達は私と同じように月を見上げていることだろう。会社に残っているミミック達も、蓋をぱっかり開き切ってお月見中なはず。






今更言う必要もないが、今夜もまた私達は依頼を受けダンジョンに来ている。冒険者ギルドの登録名称、『お月見ダンジョン』。毎年、月が一際輝くこの時期にしか解放されないダンジョンである。

魔物は全くいないものの、ススキの群生地や竹やぶ、大きい池や木造家屋群などがある広い敷地で構成され、最奥には立派な和風のお屋敷。

そのお屋敷の裏手にある広い庭の縁側で、日光浴ならぬ、月光浴。日焼けの心配がないのが嬉しい。


と、周囲の音が程よく耳へと聞こえてくる。リーリーと鳴く鈴のような虫の声。そして―。

「よいしょ!」
ぺったん!

「はいよー!」
ぺったん!

「美味しくなぁれ!」
ぺったんこ!

という…餅つきの音。そう、目の前の庭では我が社のミミック達と兎の獣人達が餅つきをしているのだ。



今回の依頼主は彼女達、『バニーガール』。獣人なのだが、獣毛が生えているのは手首足首から先だけという亜人のような魔物達である。

トレードマークは、長くぴょこんと伸びたウサ耳、そしてフリフリと丸い尻尾。そして…バニー服。


…勿論、想像している通りの、アレ。よくカジノとかちょっとエッチなお店で見るあの服の事である。

足は薄いストッキング。身体は胸をある程度隠せるレオタードの上だけのような、上胸の露出と下の食い込みが激しいうえに身体のラインがぴっちり出る特製服。

しかし、よく見る黒や白に統一された物とは違い、今皆が着ているのは和柄が描かれた代物。中には帯や浴衣の腕袖をつけた人達もいる。上だけ見れば、着物に見えなくもない…?


聞けば、これは元々彼女達バニーガールの伝統衣装らしい。それを人間達が模倣したのが有名になったのだとか。

人間達は付け耳付け尻尾が必須だが、彼女達は元から兼ね備えている。だから服自体はそんなにエッチなものでは…。…いや普通にアウトだと思う。うん。

因みに、人型をしている上位ミミック達もバニー服を着ている。嬉々として。最も、彼女達は基本的に下半身が箱の中なので、ウサ耳つけた和服にしか見えない。なお下位ミミックの子達は箱自体にウサ耳をつけている。


そんな恰好でミミック達はバニーガール達とお餅つき。杵を振り下ろす際に勢い余って箱ごと飛び跳ねるミミック達はなんだか兎みたい。

中には底面に杵の先をつけた専用の箱に入り、臼の上でホッピング餅つきしているミミックも。案外楽しいらしい。

跳ねている際に身体が浮き上がるからか、皆だいたいレオタードの下部分がチラリズムしていたりするのだけど。








…さて、お気づきだろうか。さっき、『この服』と述べた。 その通り、私も着せられている。あの和風バニー服を。

いや別に着るのは吝かではないのだけど、こんな夜更けにこんな薄手の服を着たら寒い……ことは無いのだ。びっくり。

しかも来るときに着てきたスーツよりあったかいのはどういうことなのか。縁側に座った時のお尻も冷たくなかったし。

それに、少し気になっていた胸の部分は、案外コルセットみたいにかっちりしているからポロリする心配がない。というか幾ら動いてもズレもしない。

そこいらで跳ね回ってるミミック達も、胸を心配している様子はない。バニーガールの人達曰く、『月の力を籠めた服だから』らしい。月って凄い。





え?社長? 勿論一緒に来ている。ほら、私の横に…。 箱だけだけど。

今ちょっと食べ物を貰いに行っているのだ。ほら噂をすれば―。


スイイイッ

床を滑りながらやってきたのは、団子とかを置く台。三方さんぼうと言うんだっけか。でも、普通の片手で持ち上げられるサイズではなく、両手で抱えなきゃいけないぐらい大きい。

と、その下にある台座部分。お月様のように丸く開いた穴からひょっこりと出てきたのはウサ耳。そして…。

ぴょこん
「アスト、お待たせー!」

私と同じ、和風バニー姿の社長が姿を現した。





「随分と持ってきましたね…」

三方の上に山と積まれたるは、美味しそうなお餅とお団子。色も味も色々ある。だが、いくら社長でも食べきれる量ではない。

「大丈夫よ、全員分だもん。 みんなー!おやつにしましょー!」

「「「わーい!」」」

社長が庭に向け呼びかけると、バニーガールもミミックもぴょんぴょんと飛び跳ねながら来た。あっという間に縁側付近は兎姿の皆でぎゅうぎゅう、うさぎゅうぎゅう。


「このお餅あんこ入りだ!あまぁい!」
「やっぱお団子は串よね~」
「磯部巻きのしょっぱさが疲れた体に効くぅ…」
「わー!こっちの団子ウサ耳の焼き印入ってる!可愛いー!」


和気藹々と出来立ておやつを食べる皆から少し離れ、私と社長もぱくり。んー美味しい!月光を蓄えたお餅とお団子だから食べるたびに力が漲ってくる感じがする。

…ただ、このバニー服で食べ過ぎるとお腹ぽっこりでちゃうし…。むむむ…私用の持ち帰りを多めに包んでもらうことにしよう。

「ところでアスト」

「はい?なんでしょう社長」

「やっぱり貴方、その服着てると属性過多よね」

「ですよねー」

ようやくツッコんで貰えた。角あり羽あり尻尾ありの魔族+ウサ耳ウサ尻尾付き和風バニーなのだもの。もう自分でも何者かわけわからなくなってきたとこだったのだ。

せめて付け耳と付け尻尾外そ。……これだとただのデーモンガールでは? というかサキュバスにこんな格好している人いそう…。まあいいや、深く考えなくて。







月を見上げながら、もぐもぐ。と、私達の背後から声が聞こえてきた。

わたくしにも頂けますかしら?」

そこにいたのはバニースーツ…ではなく十二単という幾重にも重なった綺麗な着物を纏った、睡魔に囚われた目すら覚めるほどに美しい女性。しかし、その頭には純白で立派なウサ耳がぴょこん。

「「「カグヤ様ー!」」」

その姿を見たバニーガール達は耳と頭をぺちょんと下げる。彼女がこのダンジョンの主で、バニーガール達の長。『カグヤ姫』なのである。





私達の横に流麗なる所作で座ったカグヤ姫様。そんな彼女に社長は一つ問いかけた。

「宜しいんですか? お客さん達は」

「えぇ、今はお餅やお団子を食べに来た方達しかいないようですから。妹に任せてきました。ミミックの皆様…特に群体型の子達が一生懸命お手伝いしてくれていますわ」

と、カグヤ姫様はひとつお餅を手に取りパクリ。にへりと笑顔を見せた。

「今年も良い出来で。ミミックの皆様がついてくださると一層美味しく仕上がりますわね」

「臼も私達にとっては『箱』のようなものですから! 的確な使い方は感覚でわかるんです!」

えっへんとバニースーツの胸を張りながら、お団子を頬張る社長であった。…このペースで食べてたら胸よりお腹の方が出そうなんだけど…。





「ふぅ…」

月を見上げ、溜息をつくカグヤ姫様。その横顔は少し儚げ。それもまた美人なのだが。

どうやら、何かに困っている様子。まあ、その内容はわかっている。

「また、冒険者に告白されたのですか?」

私の言葉に、こくりと頷くカグヤ姫様。やっぱり。

いくら彼女達バニーガールが魔物と言えど、亜人よりの存在。しかも月の輝きに劣らないほどの美貌の持ち主とあれば、見初める人間は幾らでもいるだろう。

ならば顔を見せなければ良い?そういうわけにもいかないのだ。


実はこのダンジョン、美味しいお団子やお餅を食べることができるだけではない。宝探しを楽しめるのだ。

広いダンジョンの敷地内には、五種類のお宝 (レプリカらしいが)。それらを持ち歩いているミミックを見つけ、貰ってカグヤ姫様に謁見すると、暫くの間幸運が訪れる加護を戴けるというシステムである。因みにお団子やお餅との無料引換券も貰える。

その謁見の際に告白されることがあるらしい。中には粘着してくる人や力ずくの手段に出る人もおり、追い払うのも大変だとか。


「せっかく皆さんに幸せを振りまきたいのに…。悲しいですわ…」

よよよ…と口元を覆い目を伏せるカグヤ姫様。すると、それを見た社長がうにょんと伸ばしていた餅を呑み込み口を開いた。

「そういったお猿さんみたいな人にはお仕置きが必要ですねぇ。一つ提案があります。ちょっと過激かもしれませんが…」

そう言い身体を伸ばし、カグヤ姫様の横顔に口を近づける社長。と―。

「ごめんなさいミミン社長…。私達の耳はこちらで…」

恥ずかしそうに、自らの頭についたウサ耳を揺らすカグヤ姫様。あっ、と気づいた社長はテヘッと誤魔化しもっと身体を伸ばした。

「ごにょごにょで…ごにょごにょ」

「ふんふん…ほうほう…まあ! それは良いかもしれません!是非お願いします!」

「はいはーい!かしこまりましたー!」


話は纏まったらしい。一体何をする気なのか。気になる。そういえば、気になると言えば…。

「カグヤ姫様、こんなことを聞くのもあれですが…バニー服は着ないのですか?」

思わず、ずっと疑問だったことを聞いてしまった。皆バニーガール姿なのに、彼女だけ厚着なのだもの。

本来はアレな服だが、彼女達にとっては伝統衣装なはず。ちょっと不思議に思っていた。すると、思わぬ答えが返ってきた。

「着ておりますよ? ほら」

シュルルと軽く帯を解き、胸元を開くカグヤ姫様。わっ、確かに中に着ていた。十二単が厚手過ぎて、履いているストッキングすら見えなかった。

「以前はバニー服で皆様の前に出ていたのですが…人間達の間に変な印象が広がったせいか扇情的だと仰られる人達が増えてきてしまいまして…。こうした服を着ているのです」

あー…。なるほど…。
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