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顧客リスト№17 『クラーケンの海溝ダンジョン』

魔物側 社長秘書アストの日誌

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本日もまた晴天。ギラギラした陽光が降り注ぐ。どこもかしこも逃げ場なく燦々と照らされ、湿度のムシムシも相まって人も魔物もゆでだこ状態。

でも、そんな日差しも熱も、私と社長がいる位置までは届かない。地下に潜っているのか?半分当たりである。

珊瑚さんごって色んな種類あるのね~!」

真下に広がるカラフルな珊瑚礁を覗き見ながら、感嘆の声をあげる社長。そう、私達は今海中にいるのだ。


あんなに暑かった気温は、周囲が完全に水なここではほぼほぼシャットアウト。身体を包む冷たさが実に心地よい。

眩しい日差しも、ただ透き通った碧い海水を引き立たせる照明に早変わり。ふと上…水面のほうを見上げると、まるで光のレースカーテンのよう。とても綺麗…!



一応言っておくが、今日も依頼で来ている。今回の依頼主は水中棲みなのである。

潜るという事もあって、私の服装は以前海遊び(依頼ついで)の時に来ていたビキニ姿ではなく、ダイビング用のウェットスーツ姿。着て見てわかったけど、これ結構ボディラインくっきり出ちゃう…。なんかちょっと恥ずかしい。


当然社長もウェットスーツを着用している。入っている箱も専用の特注品である。魔力を注ぎ込むことで浮いたり沈んだりする優れもので、私の重し代わりにもなってくれる。

しかも、わざわざ箱の外観を貝殻型にする粋な心意気。まるで社長がヴィーナスのようである。流石我が社の箱工房。

あ、因みに別に酸素ボンベやシュノーケルとかはつけてない。それらは魔法で代用している。結構手間がかかる魔法だけど、やっぱりああいった物があると海の中楽しめないし、何より依頼主との会話がしにくいのだもの。



それにしても、本当に良い景色。珊瑚やイソギンチャクの隙間からカラフルな魚が顔を覗かせ、私達の周りを自在に泳ぎ回る。と―。

「お魚さん…お魚さん…おいでー…」

「…何してるんですか社長?」

見ると、社長は群がる魚たちに向け手を伸ばしている。ゆらりゆらりと海藻のように緩やかに動く彼女の指先に興味を示し、何匹かの魚がちょいちょいと突きに来た。その瞬間…。

「えいっ!」

勢いよく掴みかかる社長。しかしながら流石は水中、魚たちが有利。紙一重で社長の手の中からするりと逃げた。

「くー!惜しい!」

どうやら魚のつかみ取りをしようとしていた模様。いや流石に無謀では?

「もう一回!」

懲りない。いくらなんでも相手が悪い―。

「捕まえたぁ! アスト見て見て!この白黒の子、背びれ?がすっごく長い!」

捕まえちゃったよ…。流石奇襲を生業とするミミック、ということでいいのかな?




またも遊んでしまっているが、これでも今は待ち合わせ中。目的地のダンジョンは少し遠いため、とある方の力を借りることにしたのだ。それは…。

「お待たせ―! ミミン社長、アストちゃん!」

現れたのは、以前ミミックを派遣した『海岸洞窟ダンジョン』の住人、マーメイドの『セレーン』さん。そしてそのお友達のマーメイドの方数人。彼女達に曳航…もとい道案内を頼んでいたのだ。

「うちのミミック達、どうですか?」

「バッチリよ! 乗り心地抜群だし、触手マッサージも鱗に響いて気持ちいいわ!」

「今じゃ三日に一回ぐらいの頻度で岩辺で海鮮バーベキューしてるの! そうそうこの間、人間の漁師さんが美味しい調味料やお酒を置いていってくれたのよ」

和気あいあいと盛り上がる社長達。と、セレーンさんが社長の頭を指さした。

「ところで、何してるのミミン社長? 可愛い髪型ね」

ようやくツッコんでもらえた…。実は社長、ついさっきから髪を大量の触手状に変化させているのだ。まるでイソギンチャクみたいに。

すると、いい隠れ家を見つけたと言わんばかりに魚たちが次から次へと吸い込まれていった。今や社長の頭は魚の棲み処と化していた。

「ほら社長、髪戻してください。魚獲りは帰りにしましょう」

「はーい」

ふわっと髪を戻す社長。うわっ、結構魚出てきた…!






マーメイド達に手を引かれ、私達は海の中を進む。気づけば足元の珊瑚礁は消え、砂地が次第に広く、深くなっていく。それに応じ、眩しかった日の光は徐々に薄れ、文字通りのマリンブルーに。

もしここで社長やセレーンさん達から手を放したら、上も下もわからぬままに沈んでいくのだろうか。更に深い青を増していく景色を見ながらそんなことを思ってしまう。

全身がブルっと震えてしまうのは、冷たくなっていく海水の影響だけではない。…正直、ちょっと怖い。


「さ、到着よ2人共!」

そんな中、セレーンの快活な声が聞こえる。私はゆっくりと下の岩場に足をつけ、そうっと覗き込む。そこは…。

「うっわぁ…! 噂には聞いていましたけど、ここまで暗いんですね…」

私の目の前には、大口を開けたかのような海底地面の巨大な地割れ。至る所からポコンポコンと酸素のあぶくが上がってくるその中は、今私達を取り囲んでいる海の色とは違い、漆黒の闇。ずうっと眺めていると、取り込まれそう。

最も、今からここに入っていかなければいけないのだが。なにせ、ここが目的地のダンジョンなのだから。




海の真ん中、海底にあるここは通称『海溝ダンジョン』。そこそこレベルが高いダンジョンとして名が知れている。

なにせ、海中だもの。生半可な装備で挑めばたちまち溺れ、水圧でぺちゃんことなってしまう。

故にここに挑む冒険者はよほど質の良い装備で身を固めるか、腕が立つ魔法使いをパーティーに組み込む必要があるのである。

「さ、飛び降りるわよアスト」

「その前にこれつけてください社長。 ほら、ヘッドライトです」




セレーンさん達に先導されながら、私は大穴…もとい海溝へと足を踏み出す。辺りが水で満たされているため空を飛んでいるときよりは数段落下速度は遅いが、これはこれで違った怖さがある。

「おぉー! あれってマリンスノーじゃない?」

一方の社長はかぶせてあげたヘッドライトであっちゃこっちゃを照らし実に楽しそう。恐怖なんて微塵も感じてない様子。

「ここ良いでしょー。私達もちょくちょくここに遊びに来るんだけど、面倒な魔物達が少ないからのんびり寛げるのよ」

セレーンさん達は足…もとい魚の尾をぐぅっと伸ばし伸びをした。

そう。実は彼女のいう通り、このダンジョンには周囲の海を泳ぎ回る狂暴な魔物達がほとんどいない。だから実のところ、手間な潜水対策さえなんとかできれば比較的楽に侵入、及び探索ができてしまうのだ。

何故かというと、このダンジョンの主が関係しているのだが…。




群れていた魚の数も次第に減り始め、代わりに仄かに発光する海藻やクラゲたちが辺りを包む。月の光より淡いその輝きはなんとも幻想的である。

と、その時だった。

ヌオッ

突如、何かがせり上がってくる。それはとても太くて赤い柱のようだが、パッと見ただけでも弾力が窺える。そして、そこについている丸い吸盤は社長がすっぽり収まるほどに大きな円をしている。

ズオッ

反対側の壁付近からも何かが。こちらも吸盤がついた、同じように太く弾力がありそうな柱だが、色は白い。

それらは次々と本数を増やしていく。赤は八本、白は十本。そしてそれと同時に姿を現したのは、先に上がってきた柱…もとい触手の持ち主である、巨大な生物達。

彼らこそ、このダンジョンの主にして今回の依頼主。クラーケンである。






「タゴのお爺ちゃん、イガのお婆ちゃん、お待たせ!」

セレーンさん達は二体のクラーケンにそう挨拶をする。すると、どこからともなくしわがれた声が聞こえてきた。

「遠路はるばる、ようけ来てくださったのぅ」
そう私達をもてなしてくれたのは、赤く丸い頭をしたクラーケンの方、名を『タゴ』さんという。

「セレーンちゃん達や、案内役有難うねぇ」
セレーンさん達を労ってくれているのは、白く尖った頭をしたクラーケン。名前は『イガ』さん。

この海溝ダンジョンは、海に棲む魔物達の中でも巨大な部類に入る彼らの棲み処でもあるのだ。何で狂暴な他魔物達が少ないのか、それはもっと強いタゴさん達に追い払われたり食べられてしまうからなのである。


「小さいのぅミミンちゃん。ワシらが大きすぎるというものあるんじゃろうけどのぅ」

「アストちゃん美人ねぇ。悪魔族がここまで来ること滅多にないから新鮮だわ」

太いタコ足イカ足の先でもにゅもにゅ弄られる私達。と、社長はテンション上がったらしく…。

「私もお二人のように手足を増やせますよー!」

にゅるんと手足を触手に変える社長。しかもしっかり吸盤付き。その後彼女がタゴさん達にめんこいめんこいと孫の如く可愛がられたのは言うまでもない。




「ところで、ご依頼はなんでしょうか?」

さんざ楽しんだ後、社長はようやく仕事に取り掛かる。すると、タゴさんは手の一本をどこかに伸ばし、近くの突き出た岩板に乗っていた何かを掴んできた。

「これなんじゃよ」

彼が見せてくれたのは、超巨大な貝。私ぐらいのサイズがある。タゴさんが手先の吸盤を上手く使いそれをパカリと開くと、中には…。

「わっ!? 真珠…!?」

私達のヘッドライトの光を反射させ、きらきらと光沢を艶めかせるは真珠…なのかこれ? だってこれ、社長が丸まって寝ればすっぽり入りそうなサイズはある。

「こんな色もあるわ」

今度はイガさんが幾つか貝を持ってきて見せてくれる。やはり同じように大きな真珠が入っているのだが、金や銀、黒にピンクと種類が色々。

鑑識眼で相場を確認してみると、どれもこれも尋常じゃない高値。貴族王族とかがインテリアとして購入するものらしい。

「これはワシらが趣味で育てているものでのぅ。綺麗じゃろ?」

「えぇ!とっても!」

ぺたぺたと触れながら頷く社長。彼女にとっては体長と同じ大きさだが、巨大なクラーケンのタゴさん達にはこれで普通サイズなのだろう。

「最近やけに冒険者がやってきて、乱獲していってのぅ。何分連中ちっこいから見逃してしまうんじゃ。ワシらの老眼も進んだしのぅ…」

「それに冒険者達を見つけて追いかけるのは良いんだけど、壁に空いた小さな穴に逃げられてしまうのよねぇ。狭すぎて腕が上手く入らんのよ。この真珠を幾つかやるから、ミミックを貸してくれんかね?」


「そういうことならおまかせあれ! 海中に適応したミミック達を派遣させていただきます!」

「でも社長、箱はどうするんです?」

私の問いにふっふーんと笑った社長はコンコンと自分が入った宝箱をつついた。貝殻型に加工されているそれを。

「あぁ!なるほど!」

「それだけじゃないわ、私に一つ思いついたことがあるの!」

にんまり笑った社長はくるりとイガさん達の方を向いた。

「宝箱を狙う冒険者を宝箱ミミックが撃退するように、真珠貝を狙う冒険者は真珠貝ミミックが撃退してみせましょう! そして、隙間に逃げ込んだ冒険者を追いかける代物も提供させていただきます!」

フンスと胸を張る社長。しかしここは水の中、勢いよく出した鼻息があぶくとなる。

「あわわ… むっ」

社長は恥ずかしそうに、慌てて口と鼻を押さえた。







帰り際、セレーンさん達に曳かれ浅瀬に舞い戻る。と、社長が一言。

「ねぇアスト、タコとかイカとか獲ってかない? 今日のおつまみにしましょう!」

「えぇ…」

今さっきその元締め(別にそういうわけではない)みたいな方達に会って来たというのに、その台詞は如何なものか。どう二の句を継げばいいか迷ってると、セレーンさん達が答えた。

「わかるわミミン社長! どうにもあの2人のとこいくとタコとか食べたくなっちゃうのよねー!」

まさかの同意である。唖然とする私を余所に、他のマーメイドの方達も話に乗ってきた。

「焼き物が出来るようになってからタコとかイカとか美味しくてしょうがなくなっちゃった!」

「そういえばこの間タゴのお爺ちゃんの足齧らせてもらったんだけど、あんま美味しくなかったわ。大きいから美味しいというわけでもないのねー」

…もはや何も言うまい。 会社に戻ったらイカスミパスタでも作って貰おうかな…。
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