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―治療の後に―

412話 セン隊長

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「―! あれは!!」
「おぉ……!!」


さくらと共にいた聖騎士達は、歓声をあげる。シベル達に迫る複数匹の竜に向け、どこからともなく高速で接近する人影が現れたのだ。


それは地を駆ける―、というより、まるで波に乗っているかのよう。そのまま謎の人物は波濤によって打ち上げられるかの如く、空高く跳び上がり――!


「ええっ……!?」


瞬間、さくらは気づく。波濤によって打ち上げられるかの『如く』ではない―。まさに、小さいとはいえ波によって打ち上げられたのだ。森や平原しかないこの場で。


しかし、それには秘密があった。なにせ、その波は……。


「精霊……! 聖水精霊!?」


その通り。謎の人物を打ち上げた波は、即座に細かく分散。かと思えば群を成し、シベル達が相手取る獣達の元へと。


その一つ一つが聖なる輝きを纏い、獣達の全てを仕留め落ち着かせていく。そしてそれと全くの同時に、空へ跳んだ影は高らかに詠唱を。


「聖なる魔神、メサイア様よ。 狂わされし彼の竜達へ――」


すると、その者の両手にそれぞれ光の剣が。影はその光を軽やかに翻し――。


「平穏を!」


「「「グァウッ……!」」」


巧みなる剣技で、竜達を斬り伏せたではないか。気を鎮められた竜はそのままふらふらと地上に着地し、その人物もまた、スタンと着地した。


「よっと! 良いとこどりしてしまってすまないな、2人共!」


「貴方は…!」
「お前は…!」


その顔を見、驚くマーサとシベル。そして、さくらの元の聖騎士達は……。


「「セン隊長!」」


と、彼の名を…学園出身らしきその聖騎士隊長を口にした。








センと言うらしい隊長の攻撃により、周囲はあっという間に鎮圧完了。シベル達の援護のために残っていた兵の面々は、報告と次の指示のために隊長の元に。


それにさくらも乗じ、彼らの元へ。その際に気づいた。そのセン隊長と、シベルとマーサが歓談しているということに。


もしかして……! と彼女が思っているうちに、その三人の会話が聞こえてきた。



「いや本当、感謝するよ。おかげでとても助かった! しかし驚きだ、まさか二人がここに来てたなんてなぁ」


「驚いたのはこっちもだ。まさか…」

「あの部隊、貴方の麾下だったなんて!」


それはまさに、偶然の再開を喜ぶ旧友同士。もしかしなくとも予想通りなのだろう。近くに来たさくらを見止めたシベルとマーサは、丁度いいと言うようにその隊長を紹介した。


「さくら、こいつは『セン』。聖騎士の部隊長をやっている奴だ」


「私達の同期で、同じくリュウザキ先生の教え子の1人なのですよ」








「やあ初めまして! 俺は『セン・イクトス』。 よろしく、お嬢さん」


実に爽やかに名乗った彼は、見たところマーマン族。肌色もそうだし、隊長格に相応しい装飾が施された鎧の首元から種族特有の鱗が見えている。


そして……同じくそこから聖水精霊がひょっこり。どうやら専用に誂えた鎧らしく、他にも至る所に精霊が揺蕩い、くっついている。鱗の渇きを抑える目的且つ、先程のように戦闘に用いているらしい。



さくらも自己紹介をすると、彼は好男子な微笑みをにこりと。そして、唐突にシベルへ手を向けた。


「ところで…。シベル、いつまで燃えてるんだ? 消してやろうか?」


……そう。実はこう話している間も、シベルはメラメラと燃えていた。彼はセンの提案を軽く断り、精霊召喚を解除。しかし……。


「まだ燃えてますけど……」


さくらが指さした通り、まだ一部がプスプス燃えたまま。精霊を纏わりつかせていただけだったのだが、どうやら違う毛に引火したらしい。


「気にするな。すぐに消す」


さくらへそう返したシベルは、水精霊を召喚しようとする。――と…。


「聖水精霊―。」
「―――!!」


 バシャッ!


「がばッ!?」


マーサの指示で、彼女の聖水精霊達がシベルに放水。綺麗に鎮火させたが、当然彼はびしょ濡れに。


「その技、止めなさいって言われてるでしょう。リュウザキ先生がこの場に居たら顔曇らせるわよ?」


「………………。」


溜息交じりに説教するマーサに対し、シベルは無言。しかしその目は、明らかに彼女を睨んでおり……。


「フンッ!」


次の瞬間、マーサを狙い、彼は犬がやるような全身ブルブル。大量の水滴が勢いよく放たれたが…――。


「甘いわよ!」


マーサはさくらも守るように、手にしていた光の大盾ロザリオを構えガード。全部弾かれてしまった。


グルル…!と敵意剥き出しのシベルに対し、フンスとドヤ顔のマーサ。戦いが終わればいつも通りである。





……因みに、当然ながら全身ブルブルは攻撃方向を碌に限定できない。つまり、余波がセンの元に飛んだのだが……。


「お前は副長達に、お前は今向こうから向かってきている部隊に伝令を頼む。『竜の洗脳を確認した。他にもいる可能性と、呪薬の所持も懸念されるため、充分に警戒し犯人捜索に移れ』と」


剣にしていたロザリオを大盾にし、部下を守りながら指示を出していた。こうなることがわかりきっていたかのように。シベル達の同期というのは間違いないのだろう。










「俺もすぐに捜索に移るが、少し級友と話をさせてくれ!」


そう付け加え、兵達を送り出したセン。くるりと体の向きを変えた彼は、互いに借りた武器を投げつけ返却しつつ火花を散らすシベル達へ割って入った。


「それで? どうしてここに来たんだ? さくらちゃん…だったね、を連れて?」


珍しいじゃないか、とセンは首を捻る。いくら竜崎の教え子の1人とは言え、来た理由を話すのは……。さくらがそう不安に思っていると…。



「ま、ちょいと野暮用でな。さくらはそのついでの観光目的だ」

「そうしたらこの騒動を聞きつけてね。加勢しにきたのよ」


適当に濁したシベル。続いたマーサは、そこで冗談めかして肩を竦めた。


「けど、貴方が居たならその必要もなかったかもしれないわね。 流石、隊長殿!」

「フッ、確かにな。 俺達こそ野暮か」


「おいおい、よしてくれよ! 俺なんてまだまだだ。二人が来てくれていなかったら、誰かしらが傷ついていたかもしれないんだから!」


「だが、どうせお前のことだ。今も1人で他の村を守り切って見せてたんだろ?」


「いや……まあ……そうだけどもさ……!」


「やっぱり。 若くして隊長になるだけあるのよねぇ」



友人同士らしい軽口を……やけにレベルが高い気もするが……を交わし合う三人。するとマーサ達のおだてに照れたのか、センが肩を竦め返した。


「俺は単に戦闘魔術が得意だったってだけだよ。 それより、治癒魔術を極めて学園教師にまでなった二人のほうが凄いと思うぞ。 ――あんな悪ガキ二人だったのになぁ」


「「うっ…! それは……!」」


仕返しに同時に首を竦めるシベルとマーサ。上手くいって、センはカラカラと笑った。


「それもこれも、リュウザキ先生のおかげだな! よく改心させてくれたよ!」


更にバツの悪そうな顔になるシベル達。そんな彼らを救う…というのは二の次の理由であったが、さくらは丁度いいタイミングだとセンへ質問した。



「センさんも竜崎さんの教え子ということは…もしかして、その『聖水精霊』って……」


「あぁ、その通り。リュウザキ先生から教わった技の一つさ。 聖魔術と精霊術を合わせることにより、メサイア様の加護を含んだ精霊を生成又は召喚できるんだ」


そして勿論、精霊と共に戦闘をする戦い方もだよ。 そう言いつつ、自身の周りに揺蕩う聖水精霊達を操ってみせるセン。と、先程のような爽やか笑顔を浮かべた。


「そして君も多分、リュウザキ先生の教え子だな? しかも俺達を容易く凌ぐぐらい、優秀な! その精霊の数を見ればわかる!」





センの示した通り、さくらの近くには色とりどりの各精霊が沢山。その数は彼の聖水精霊を上回るほど。マーサはさくらに微笑む形でセンに頷いた。


「えぇ。本当さくらさんは魔術に秀でていますとも。 このままいけば、エルフリーデ竜崎の第一弟子を越すんじゃないかってぐらい!」


「なにせこいつ、ついこの間先生に連れられ学園に来たばかりだというのに、今年の『代表戦』の選抜選手になったからな」


シベルもそう重ねる。するとセンはかなり驚いた顔に。


「お、マジか! あの代表戦の!? 今年は特に実力者揃いだって聞いたぞ! メサイアの代表も腕の立つ子ばかりだったのに、簡単に敗退してしまったからなぁ」


それは凄いとウンウン頷く彼。しかし直後、『ん…?待てよ…』と首を捻った。


「今年の学園代表は、凄く腕の立つレイピア使いの青魔族女の子と、ジョージ先生の技を使う剣士の男の子、そして……最後に闘技場全体を水渦で埋め尽くしたとんでもない精霊術使いの女の子だって……! もしや…!!!」


「その闘技場全部を水渦で埋め尽くしたのが」

「このさくらさんなのよ!」


シベルとマーサはさくらを称えるようにそう答える。センは更に目を輝かせた。


「いやマジか…!! そういえば、女の子二人はリュウザキ先生の教え子だと耳にしていたけど……まさか君だったとはな! お会いできて光栄だ!」


握手を求められ、おずおずながらもさくらは応じる。と、そこでマーサが補足を入れてくれた。


「因みにさくらさん。そのセンも、代表戦の選抜選手だったのですよ」





「え!」


びっくりするさくら。しかし今しがたの華麗な技と、サラッと会話に挟まった出来事を加味すれば全く不思議ではないとすぐに納得した。だが、当の本人は恥ずかしそうに手をいやいやと。


「確かにそうだけど…あの時はほぼバルスタイン先輩…今はバルスタイン騎士団長殿か。の無双だったしなぁ。 俺は補助に追われて精一杯だっただろ?」


火山国家ゴスタリアの現騎士団長の名を挙げつつ、そうシベルへ同意を求めるセン。と、シベルはハンッと笑った。


「よく言う。お前だって同じような騎士隊長だろう。 それにもっと上職になれるのを蹴った癖に。まだ年若いからって」


「そうなんですか?」


「まあなぁ。メサイア様の身辺警護には、もっとベテランの先達が集っている。俺である必要はないからな。それに……」


さくらの問いに頬を掻きつつ答えたセン。そして、朗笑を浮かべた。


「こうして民を守り救う役となることに憧れていたんだ。 リュウザキ先生のようにな!」


聖水のように清々しく、聖なる輝きの如く晴れやかに。そんなセンの誇りを目にし、さくら達は思わず微笑んでしまうのであった。


……が―――。



「――ところで話は戻るが……。 二人が来た理由って、リュウザキ先生関連だろ?」











「―――――っ!?」


微笑みは一転。さくらは驚きを隠せない表情に。理由を再度聞かれた上に、そこまで見抜かれてしまったのだ。


「……どうしてそう思う?」


シベルも窺うようにセンへ問い返す。すると彼は自明の理と言わんばかりにハハッと笑った。


「二人を知ってたら誰だってそう思うさ。 犬猿の仲だっていうのに、揃って動いてるんだからな!」




…………その言葉に、シベルとマーサはグッと言葉に詰まる。さくらは…二人に申し訳ないが、軽く噴き出してしまった。


確かにその通り。顔を合わせれば喧嘩言い争いの二人が、訳もなく連れ合う訳がないのである。かすがい役である竜崎の指示でもない限り。



「…ハァ……。 仕方ないか……」
「そうね……。 セン、ちょっと…」


ビタリと言い当てられ反論も出来ず、諦めたようなシベルとマーサ。二人はちょいちょいとセンに顔を寄せてもらい――。


「その通りだ。リュウザキ先生が関わっている」
「というより、リュウザキ先生の命で来たのよ」


――と、突然に自白したではないか…!







(えっ…!? い、言っちゃっていいの…!?)


困惑するさくら。竜崎の現状はトップシークレット。センが相弟子とはいえ、それを容易く明かすのは……!


「――今リュウザキ先生は、近頃話題となっている『魔術士ナナシ巨躯の獣人ビルグドア』を捜索に魔界へ出向いている」


「その先生から頼みを受けて、メサイア様のお知恵を借りに来たの。 内容は伏せてくれと言われてるので、秘密にさせてもらうけど」


……と思ったら、カバーストーリーを説明しだした。2人共息の合った様子で。そのままセンが入ることを許さず、声を潜め続けた。


「メサイア様のお知恵がどのように用いられるかは、俺達にもわからない。だが――」

「――察するに、この間の『精霊伝令』の内容にも関係しているかもしれないわね」



『精霊伝令』とは、さくらがこの世界に来てすぐの時に、竜崎が行った特殊精霊術。全世界の精霊へ、彼の教え子達に伝令を頼む大技のことである。


あの時伝えたのは、『何か強大な魔術の行使反応や、失敗痕跡がないか』というもの。そしてセンにもそれは届いていたようで、彼は顔を険しいものとした。


「そうなのか…! やはり、事はかなり大きくなっているみたいだな…。 俺も警戒を厳とするように命じよう…!」




その関係性が真実か否かは置いといて、センを騙すことには成功したらしい。ホッとするさくらと同じように、シベル達も一息つくかの如く声の調子を戻した。


「とはいえ、もうその任は終わった。後はさくらの観光ぐらいだな」

「ここに来るのは初めてだと言うから、色々案内してあげようと思って!」


ね? とマーサに振られ、頷くさくら。それを見たセンは『良いじゃないか!』と賛成し、しみじみ呟いた。


「なるほどなぁ。 俺はてっきり、例の『辻癒し勝負』でもしにきたのかと!」


シベルとマーサの喧嘩解決の最終形、辻癒し勝負。街中で唐突に怪我人を集め治癒し、その成果を競い合うという奇妙な勝負なのだが……。


「フン。聖なる魔神のお膝元で、そんなことをする気は流石にない」


シベルはそれを否定。するとマーサが……。


「あらシベル! 怖がっちゃって!」


思いっきり煽る。 またもグルルルッ!と威嚇しだすシベルに彼女も対抗するように睨み合い、バチバチ。


そんな二人にやれやれと溜息をつき、センはさくらへと耳打ちした。


「さくらちゃん。こんな二人だけど、根は良い奴らだから許してやってくれよ。 なんならニアロンさんやエルフリーデみたいに叱りつけて構わないからな!」


「あははは……」


彼の言葉に、さくらはそう笑うしかなかった。


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