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―治療の後に―
407話 神殿の応接室にて
しおりを挟む―ったく! なら最初からああ言えば良いだろう、あんの勿体ぶりめ!―
場所は変わり、メサイアの神殿の一角。来訪者用に用意されている応接室。竜崎達一行は、そこに移動していた。
そしてその場にて、ニアロンはぷりぷりと怒りを露わにしていた。勿論、都合により完全に人払いされているため、いくら大きな声を出しても存在がバレる心配はないのだが…。
「もういいからニアロン…。落ち着いてくれって」
―何が良いんだ何が! お前とさくらがあれだけやったのに、あんの阿保が…!―
ソファに腰かける竜崎がそう宥めても、ニアロンの立腹は収まらない。それどころか、彼に突っかかっていった。
―お前もお前だ、清人! あそこまでして、簡単に引き下がって!―
「そーよね! キヨトにしては、かなーり押し弱いんじゃない?」
彼女に続き、ソフィアもそう煽る。 それを受け、竜崎は肩を竦めた。
「仕方ないだろう。『与えられる加護がない』と言われてしまえば、さ」
竜崎の言葉に彼の横に座っていたさくらは、つい先ほどのことを思い返す。聖なる魔神メサイアの居室である塔、その内にある魔神面々が集った部屋での出来事を。
竜崎の必死の嘆願……それこそ最終的には手を床につかんばかりだった彼に対し、イブリートが口にした台詞。それは――。
『我らがその少女に与えることのできる加護なぞ、存在しない』
――という、思惑外れも甚だしい一言だったのである。
「まあぶっちゃけ、駄目で元々のお願いだったしねぇ。 それこそ魔神相手だから本気で頼んだけども…」
仕方なさそうに息を吐く竜崎。 そんな彼とさくらに詫びたのは、メサイアであった。
「ごめんなさいね、リュウちゃんさっちゃん。ママ達の力の限界なのよ……」
今彼らと共に応接室にいるメサイアは、先程塔の中に居た本体ではない。その分け身…分霊とも言えるようなもの。この神殿の各所には、同じように彼女の分身が幾体もいるのである。
そして今は、竜崎に施した治療の予後観察のために姿を現してくれているのだ。ただし、さくらの隣に腰かけた彼女は、申し訳なさそうに白翼を縮めてしまっていた。
――先程のイブリートの言明を受け、ニアロンやソフィア、さくらやマーサ達は唖然。特にニアロンに至っては今しがたと同じようにキレたのだが…。
『高位精霊だけではない。わらわ達も同じだ。親愛なる汝らに助力をしたいのは山々であるが…そのように都合の良い力は持っておらぬ』
と、竜の魔神ニルザルルにも言われてしまい、絶句。 場の空気が拗れ切る前にメサイアが皆を応接室へと案内しようとし、竜崎がそれに抵抗なく承諾したことにより、移動と相成ったのである。
無論、何も説明が無いわけではない。腰を落ち着けた後に、メサイアが語ってくれた。
まず第一に、『高位精霊』というのはあくまで精霊達の長。凄まじき力を手にしているものの、万能の存在ではない。
それ故、竜崎が望んだような便利な技は持っていないのである。彼らの棲む地なら多少の援助は出来るかもしれないが、遠く離れたこの地では如何ともしがたい。
そしてそれは、ニルザルルとメサイアにも当てはまる。ニルザルルは竜の長のため、その権能も竜に向けられるもの。そしてメサイアは――。
「ママがあげられるのは、『暫くの間健康でいられる』という加護ぐらい。それはさっちゃんと最初に会った時に付与したしね~…」
とのこと。一応イブリート達もニルザルルも、『精霊や竜に多少好かれやすくなる…かも』レベルの加護付与ならばできるらしいが…それでは残念ながら、身を守る術とはならない。
「竜崎さん……このこと、わかってたんですか?」
「まあ、ねぇ…。 もしそういう加護があれば歴史書とかに何かしらの記述があるだろうし、そもそも先に彼らから提案あるだろうから…」
さくらの窺うような問いに、竜崎はソファに少し深く身を埋めつつ答える。 確かに、その通りかもしれない。
勇者一行が、竜崎が彼らの友と認められているのは事実だが…過去に同じような存在がいないとも限らない。それに各魔神達には、彼らへ参詣者を取り次ぐ役職である『巫女』というのが居るらしいのだ。
だというのに今の竜崎の口ぶりからすると、魔神達は誰にもそのような守護の力を与えていない様子。最も、彼らの棲む地にいる精霊や竜がその責務を果たしているのだろうが。
というか、恐らく竜崎は調べていたのであろう。 エルフリーデ・リリアント…現在は竜崎の代理講師を務める、彼の弟子であるエルフの女性がいるのだが、彼女は『竜に嫌われる』という実に特異な体質を持っている。
きっと竜崎のこと、彼女のそれを治すため東西奔走したことだろう。そして当然、竜の長であるニルザルルの元にも赴いたはず。
だがしかし、エルフリーデのその体質が消えていないのを見る限り……そういうことなのかもしれない。
それでも、ダメ元で……―! 先程の嘆願には、そんな想いが籠っていたのは確かである。
「一応、私のように『高位精霊達との契約』が結べないかも期待してたんだけどね…」
未だ頬を膨らませるニアロンを宥めるために膝に乗せつつ、さくらにそう零す竜崎。だがそれこそ難しい話である。
魔神達との会話の初めに、竜崎は神具の鏡が奪われた影響として『ナナシ達が高位精霊達と契約を結ぶ』ことを気にした。それは一笑に付されたのだが…―。
その際、水のエナリアスがポロっと口にした言葉がある。『精霊術を使いこなせない相手と契約しても、意味ない』と。
召喚術式を挟む以上、当然精霊術の習得は必須となる。それも、極限まで熟達した技が。
そんな代物を、まだ上位精霊召喚すら習得していないさくらが扱えるわけがないのだ。そんな状態で契約しても、まさしく宝の持ち腐れ。
それを理解していたから、竜崎はイブリートの台詞に何も言い返さなかったのだろう。一応、『さくらは既に上位精霊召喚を行えるかもしれない』という嘯きの予防線を張りつつも。
そして一方のイブリートも、同じ考えだったのであろう。実は竜崎達の退出時、こんな一言を向けたのだ。
『仮にさくらが我らに挑んだとして、今の力では無意味だ。 リュウザキ、精進させよ』
――と。
結果だけ見れば、竜崎の説得とさくらの桜雪披露は完全なる無駄骨に終わってしまった。それに対しニアロンは怒り心頭な訳である。
だがさくらとしては……正直、この結果でも案外嬉しかった。勿論、今後起きるであろう出来事が怖くないわけではないが…。
なにせイブリートが…高位精霊達が後押ししてくれたおかげで、竜崎が『戦える精霊術』を教えてくれる可能性が飛躍的に高まった。
それに――。
「ごめんねさくらさん…折角、あんな凄く綺麗な光景を見せてくれたのに……」
「あの! 竜崎さん!」
上手く事を運べなかったことを謝ろうとする竜崎を弾くように、さくらは彼へぐいっと顔を近づける。そして、ずっと気になってたことを勢いよく聞いた。
「さっき言ってくれたこと、本当ですか? 私が上位精霊を召喚できるほどの力をつけているって…!」
「あ、あぁ…。 ―それは本当にそう思ったよ。 魔術的視点から見ても、桜の木とさっきの桜の雪はとても見事なものだったから」
改めての称賛に、両手で小さくガッツポーズをするさくら。その様子に竜崎は微笑み、更にこう続けた。
「あんな凄いのは滅多に見ない。メストでさえ、まだあの領域には辿り着いていないと思う。あれだけ基礎召喚術を自由に操れるなら、上位精霊召喚の修行に移って良いかもしれない」
精霊術講師竜崎からの、正式な許可。そして彼から、その召喚方法を手取り足取り教えてもらえるだろう。
それはさくらにとって、魔神達から加護を貰えるよりも嬉しいことであった。正式契約を結んだ上位精霊達を自分の手だけで召喚できるかもしれないのだから。
これは、竜崎のために頑張った成果。そして引いては、力になるため。命を助けてもらった恩人である彼のため、それは即ち――。
―原動力は愛する者のため、ってな。 あいたっ!?―
魔神達へ口を尖らすのを止めた代わりに、そう茶化すニアロン。 それを叱るように、竜崎が彼女の頭を軽く叩いたのである。
「コホンー。 契約精霊によって暴走の心配はないにせよ、召喚の成功、維持、命令、魔力のコントロール、他諸々…気をつけるべき点は沢山ある。大変だよ?」
咳払いひとつ、さくらに覚悟を問う竜崎。それに対し彼女は――。
「はい! 頑張ります!!」
――と、気合十分な返事と意気込みたっぷりな笑顔を見せたのであった。
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