【第二部】異世界を先に生きる ~先輩転移者先生との異世界生活記!~

月ノ輪

文字の大きさ
上 下
22 / 31
―治療の後に―

407話 神殿の応接室にて

しおりを挟む

―ったく! なら最初からああ言えば良いだろう、あんの勿体ぶりめ!―



場所は変わり、メサイアの神殿の一角。来訪者用に用意されている応接室。竜崎達一行は、そこに移動していた。


そしてその場にて、ニアロンはぷりぷりと怒りを露わにしていた。勿論、都合により完全に人払いされているため、いくら大きな声を出しても存在がバレる心配はないのだが…。


「もういいからニアロン…。落ち着いてくれって」


―何が良いんだ何が! お前とさくらがあれだけやったのに、あんの阿保が…!―


ソファに腰かける竜崎がそう宥めても、ニアロンの立腹は収まらない。それどころか、彼に突っかかっていった。


―お前もお前だ、清人! あそこまでして、簡単に引き下がって!―


「そーよね! キヨトにしては、かなーり押し弱いんじゃない?」


彼女に続き、ソフィアもそう煽る。 それを受け、竜崎は肩を竦めた。



「仕方ないだろう。『与えられる加護がない』と言われてしまえば、さ」







竜崎の言葉に彼の横に座っていたさくらは、つい先ほどのことを思い返す。聖なる魔神メサイアの居室である塔、その内にある魔神面々が集った部屋での出来事を。


竜崎の必死の嘆願……それこそ最終的には手を床につかんばかりだった彼に対し、イブリートが口にした台詞。それは――。


『我らがその少女に与えることのできる加護なぞ、存在しない』


――という、思惑外れも甚だしい一言だったのである。






「まあぶっちゃけ、駄目で元々のお願いだったしねぇ。 それこそ魔神相手だから本気で頼んだけども…」


仕方なさそうに息を吐く竜崎。 そんな彼とさくらに詫びたのは、メサイアであった。


「ごめんなさいね、リュウちゃんさっちゃん。ママ達の力の限界なのよ……」



今彼らと共に応接室にいるメサイアは、先程塔の中に居た本体ではない。その分け身…分霊とも言えるようなもの。この神殿の各所には、同じように彼女の分身が幾体もいるのである。


そして今は、竜崎に施した治療の予後観察のために姿を現してくれているのだ。ただし、さくらの隣に腰かけた彼女は、申し訳なさそうに白翼を縮めてしまっていた。







――先程のイブリートの言明を受け、ニアロンやソフィア、さくらやマーサ達は唖然。特にニアロンに至っては今しがたと同じようにキレたのだが…。


『高位精霊だけではない。わらわ達も同じだ。親愛なるなれらに助力をしたいのは山々であるが…そのように都合の良い力は持っておらぬ』


と、竜の魔神ニルザルルにも言われてしまい、絶句。 場の空気が拗れ切る前にメサイアが皆を応接室へと案内しようとし、竜崎がそれに抵抗なく承諾したことにより、移動と相成ったのである。





無論、何も説明が無いわけではない。腰を落ち着けた後に、メサイアが語ってくれた。


まず第一に、『高位精霊』というのはあくまで精霊達の長。凄まじき力を手にしているものの、万能の存在ではない。


それ故、竜崎が望んだような便利な技は持っていないのである。彼らの棲む地なら多少の援助は出来るかもしれないが、遠く離れたこの地では如何ともしがたい。


そしてそれは、ニルザルルとメサイアにも当てはまる。ニルザルルは竜の長のため、その権能も竜に向けられるもの。そしてメサイアは――。


「ママがあげられるのは、『暫くの間健康でいられる』という加護ぐらい。それはさっちゃんと最初に会った時に付与したしね~…」


とのこと。一応イブリート達もニルザルルも、『精霊や竜に多少好かれやすくなる…かも』レベルの加護付与ならばできるらしいが…それでは残念ながら、身を守る術とはならない。





「竜崎さん……このこと、わかってたんですか?」


「まあ、ねぇ…。 もしそういう加護があれば歴史書とかに何かしらの記述があるだろうし、そもそも先に彼ら魔神達から提案あるだろうから…」


さくらの窺うような問いに、竜崎はソファに少し深く身を埋めつつ答える。 確かに、その通りかもしれない。


勇者一行が、竜崎が彼らの友と認められているのは事実だが…過去に同じような存在がいないとも限らない。それに各魔神達には、彼らへ参詣者を取り次ぐ役職である『巫女』というのが居るらしいのだ。


だというのに今の竜崎の口ぶりからすると、魔神達は誰にもそのような守護の力を与えていない様子。最も、彼らの棲む地にいる精霊や竜がその責務を果たしているのだろうが。



というか、恐らく竜崎は調べていたのであろう。 エルフリーデ・リリアント…現在は竜崎の代理講師を務める、彼の弟子であるエルフの女性がいるのだが、彼女は『竜に嫌われる』という実に特異な体質を持っている。


きっと竜崎のこと、彼女のそれを治すため東西奔走したことだろう。そして当然、竜の長であるニルザルルの元にも赴いたはず。


だがしかし、エルフリーデのその体質が消えていないのを見る限り……そういうことなのかもしれない。



それでも、ダメ元で……―! 先程の嘆願には、そんな想いが籠っていたのは確かである。







「一応、私のように『高位精霊達との契約』が結べないかも期待してたんだけどね…」


未だ頬を膨らませるニアロンを宥めるために膝に乗せつつ、さくらにそう零す竜崎。だがそれこそ難しい話である。


魔神達との会話の初めに、竜崎は神具の鏡が奪われた影響として『ナナシ達が高位精霊達と契約を結ぶ』ことを気にした。それは一笑に付されたのだが…―。


その際、水のエナリアスがポロっと口にした言葉がある。『精霊術を使いこなせない相手と契約しても、意味ない』と。




召喚術式を挟む以上、当然精霊術の習得は必須となる。それも、極限まで熟達した技が。


そんな代物を、まだ上位精霊召喚すら習得していないさくらが扱えるわけがないのだ。そんな状態で契約しても、まさしく宝の持ち腐れ。


それを理解していたから、竜崎はイブリートの台詞に何も言い返さなかったのだろう。一応、『さくらは既に上位精霊召喚を行えるかもしれない』という嘯きの予防線を張りつつも。



そして一方のイブリートも、同じ考えだったのであろう。実は竜崎達の退出時、こんな一言を向けたのだ。


『仮にさくらが我らに挑んだとして、今の力では無意味だ。 リュウザキ、精進させよ』


――と。








結果だけ見れば、竜崎の説得とさくらの桜雪披露は完全なる無駄骨に終わってしまった。それに対しニアロンは怒り心頭な訳である。


だがさくらとしては……正直、この結果でも案外嬉しかった。勿論、今後起きるであろう出来事が怖くないわけではないが…。


なにせイブリートが…高位精霊達が後押ししてくれたおかげで、竜崎が『戦える精霊術』を教えてくれる可能性が飛躍的に高まった。


それに――。





「ごめんねさくらさん…折角、あんな凄く綺麗な光景を見せてくれたのに……」


「あの! 竜崎さん!」


上手く事を運べなかったことを謝ろうとする竜崎を弾くように、さくらは彼へぐいっと顔を近づける。そして、ずっと気になってたことを勢いよく聞いた。


「さっき言ってくれたこと、本当ですか? 私が上位精霊を召喚できるほどの力をつけているって…!」


「あ、あぁ…。 ―それは本当にそう思ったよ。 魔術的視点から見ても、桜の木とさっきの桜の雪はとても見事なものだったから」


改めての称賛に、両手で小さくガッツポーズをするさくら。その様子に竜崎は微笑み、更にこう続けた。


「あんな凄いのは滅多に見ない。メストでさえ、まだあの領域には辿り着いていないと思う。あれだけ基礎召喚術を自由に操れるなら、上位精霊召喚の修行に移って良いかもしれない」




精霊術講師竜崎からの、正式な許可。そして彼から、その召喚方法を手取り足取り教えてもらえるだろう。


それはさくらにとって、魔神達から加護を貰えるよりも嬉しいことであった。正式契約を結んだ上位精霊達を自分の手だけで召喚できるかもしれないのだから。


これは、竜崎のために頑張った成果。そして引いては、力になるため。命を助けてもらった恩人である彼のため、それは即ち――。



―原動力は愛する者のため、ってな。  あいたっ!?―



魔神達へ口を尖らすのを止めた代わりに、そう茶化すニアロン。 それを叱るように、竜崎が彼女の頭を軽く叩いたのである。


「コホンー。 契約精霊によって暴走の心配はないにせよ、召喚の成功、維持、命令、魔力のコントロール、他諸々…気をつけるべき点は沢山ある。大変だよ?」


咳払いひとつ、さくらに覚悟を問う竜崎。それに対し彼女は――。



「はい! 頑張ります!!」



――と、気合十分な返事と意気込みたっぷりな笑顔を見せたのであった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

スキルテスター!本来大当たりなはずの数々のスキルがハズレ扱いされるのは大体コイツのせいである

騎士ランチ
ファンタジー
鑑定やアイテム増資といったスキルがハズレ扱いされるのは何故だろうか?その理由はまだ人類がスキルを持たなかった時代まで遡る。人類にスキルを与える事にした神は、実際にスキルを与える前に極少数の人間にスキルを一時的に貸し付け、その効果を調査する事にした。そして、神によって選ばれた男の中にテスターという冒険者がいた。魔王退治を目指していた彼は、他の誰よりもスキルを必要とし、効果の調査に協力的だった。だが、テスターはアホだった。そして、彼を担当し魔王退治に同行していた天使ヒースもアホだった。これは、声のでかいアホ二人の偏った調査結果によって、有用スキルがハズレと呼ばれていくまでの物語である。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

アストルムクロニカ-箱庭幻想譚-(挿し絵有り)

くまのこ
ファンタジー
これは、此処ではない場所と今ではない時代の御伽話。 滅びゆく世界から逃れてきた放浪者たちと、楽園に住む者たち。 二つの異なる世界が混じり合い新しい世界が生まれた。 そこで起きる、数多の国や文明の興亡と、それを眺める者たちの物語。 「彼」が目覚めたのは見知らぬ村の老夫婦の家だった。 過去の記憶を持たぬ「彼」は「フェリクス」と名付けられた。 優しい老夫婦から息子同然に可愛がられ、彼は村で平穏な生活を送っていた。 しかし、身に覚えのない罪を着せられたことを切っ掛けに村を出たフェリクスを待っていたのは、想像もしていなかった悲しみと、苦難の道だった。 自らが何者かを探るフェリクスが、信頼できる仲間と愛する人を得て、真実に辿り着くまで。 完結済み。ハッピーエンドです。 ※7話以降でサブタイトルに「◆」が付いているものは、主人公以外のキャラクター視点のエピソードです※ ※詳細なバトル描写などが出てくる可能性がある為、保険としてR-15設定しました※ ※昔から脳内で温めていた世界観を形にしてみることにしました※ ※あくまで御伽話です※ ※固有名詞や人名などは、現代日本でも分かりやすいように翻訳したものもありますので御了承ください※ ※この作品は「ノベルアッププラス」様、「カクヨム」様、「小説家になろう」様でも掲載しています※

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

何でリアルな中世ヨーロッパを舞台にしないかですって? そんなのトイレ事情に決まってるでしょーが!!

京衛武百十
ファンタジー
異世界で何で魔法がやたら発展してるのか、よく分かったわよ。 戦争の為?。違う違う、トイレよトイレ!。魔法があるから、地球の中世ヨーロッパみたいなトイレ事情にならずに済んだらしいのよ。 で、偶然現地で見付けた微生物とそれを操る魔法によって、私、宿角花梨(すくすみかりん)は、立身出世を計ることになったのだった。

処理中です...