Probationers

ねこいち

文字の大きさ
上 下
44 / 59
後日談 ゾロの妹

第3話 ウルズ×報告

しおりを挟む
 7年前にプレゼントした熊のぬいぐるみの横でウルズが立っていると、ガチャッとドアが開く音がした。
 そちらの方を振り向くと、着替えたアイシャが隣の部屋から出て来るところで、
「ウルズもクマさん好きなの?」
 仲間が出来たと思ったのか、嬉しそうに尋ねてきた。
 当然ウルズは、
「んなわけないやん」
 と否定し、慌ててぬいぐるみから離れる。
 ウルズのそんな様子にアイシャがクスクス笑っていると、
「失礼致します」
 侍女が紅茶を運んで来た。
 アイシャは侍女からトレーを受け取り、
「ありがとう」
 そう言って下がらせると、
「どうぞ。先に飲んでて。私、まだ準備があるから」
 テーブルにティーカップを置いて、ウルズに茶を勧めた。

 少し経ってから学校の準備を済ませたアイシャも席に着いて、紅茶を口に含んだ。そして、
「その子はね、一番気に入っているの」
 ウルズの正面に座っている熊のぬいぐるみを見つめて微笑んだ。
「へぇ……」
 ウルズは理由を知りたかったが、やはり聞く事が出来なかった。それでも一番のお気に入りだと知って、なんだか嬉しく思う。
 そこにハンスが準備が整ったと2人を呼びに来て、2人は立ち上がった。
 馬車へ向かう間にハンスから、
「学校で報告を済ませたら、ウルズさんだけ馬車に戻って来て下さい。そして一度こちらに戻って来ます。それから護送用の馬車と一緒に出発しましょう」
 この後の一連の流れについて説明される。
 ウルズはその説明に頷いたが、アイシャは何か別の用件を思い出したらしく、
「あっ」
 そう短く声を上げると、近くにいる侍女の元へと駆け寄った。
 そして侍女に何か耳打ちをしてから駆け足でウルズ達のところに戻って来て、
「お待たせ」
 ウルズとハンスを見上げた。

 馬車は玄関先のポーチに止められており、
「どうぞ、お乗りください」
 ハンスは馬車の扉を開いてからアイシャに手を添えて、彼女を馬車に乗せた。それから、
「ウルズさんもどうぞ」
 と、ウルズに乗車を勧める。
 その案内に従って馬車に乗ろうとしたウルズだったが、扉の上にある紋章に気が付いてその動きを止める。
 扉の上のプレートには、獅子とその背後に2本の剣が交差している紋章が彫られており、その紋章を囲む形でサンプを代表する花も彫られていた。
「ウルズ? どうしたの?」
 アイシャが不思議そうに声を掛ける。
「ん? あぁ……この紋章格好ええなと思って」
 ウルズが紋章を指さして言うと、
「ありがとう、私も気に入ってるんだぁ」
 アイシャは嬉しそうに笑った。
(それにこの馬車、アイシャんとこの馬車やったんやな)
 今乗り込もうとしている馬車は、毎朝通学路で見かけるあの立派な馬車だった。一度は中を見てみたいと思っていた馬車を、思わぬ形で見るどころか乗る事が出来たというわけである。
 ウルズが乗るとハンスが扉を閉め、馬車はすぐに動き出した。
 ベンチシートには高級なクッション素材が使用されており、疲れにくい事間違いなしの座り心地だった。
 椅子の枠や座面の側面には花が沢山彫り込まれており、さり気なく置かれているクッションやひざ掛けは、とても手触りが良くつい撫でてしまう。
 マカボニーを基調色として作られた馬車の内装は、狭い空間にも関わらず高級感に溢れており、
(ミリーナがおったら、興奮して煩かったやろうな)
 ウルズは、妹のミリーナを思い出して口角を上げた。それから妹繋がりで、頼んできた時のゾロの真剣な顔を思い出し、
(ゾロの妹か……)
 と、遠くにある山を眺めた。

 久しぶりの学校は、授業中のため静かだった。
「ウルズさん、こちらでお待ちしておりますので、報告が終わりましたらいらして下さい」
 ハンスが馬車を降りたウルズに声をかけ、「行ってらっしゃいませ」
 と、2人を見送った。
 ウルズとアイシャは校長室に向かい、校長に依頼終了の報告をする。
「……というわけで、途中アクシデントはありましたが、無事お孫さんにプレゼントを届けました」
 ウルズがそう言うと、校長は驚いた顔を見せ、
「バ、バレてしまいましたか……。そ、そうですよね」
 と、苦笑いを浮かべた。
 それから顔をアイシャに向けて、
「とんでもない事件に巻き込まれてしまったようですが、怪我はありませんか?」
 と、心配そうに尋ねる。
 初めから伯爵令嬢のアイシャを依頼に出したくなかった校長は、アイシャに何かあったのではないかと気が気でないようだ。生きた心地がしなかった日もあっただろう。
 アイシャは、そんな校長を安心させようとニコリと笑い、
「大丈夫です。ウルズさんのおかげで怪我もありません」
 ハッキリそう答えた。
 実は所々に打ち身があるのだが、そんな事を正直に言おうものなら……というオーラが、校長からダダ漏れだ。もし言ってしまえば、この場限りの話ではなくなるだろう。
 それが容易に想像出来たので、ウルズも暗黙の了解で黙っていた。
「ウルズ君、本当にご苦労様でした! ですが、もう少し穏やかに済ませて貰えたらもっと……い、いえ、何もありません。とにかく2人が無事で本当に良かった」
 校長はそう言うと、2人の生徒手帳にポンポンと軽快に判を押した。
「あの、成績下がったりしますか?」
 理由が理由なだけに大丈夫だと思うが、どうしても気になるのでウルズが質問すると、報告は大幅に遅れたが経緯とリットの一筆もあり成績に影響はないと校長から伝えられ、ウルズとアイシャがホッと胸を撫で下ろす。
 そして、校長から生徒手帳を返して貰った後、
「校長先生、これなのですが……」
 と、アイシャはハンスが用意した書類を校長に手渡し、ゾロの妹の保護の件について説明し始めた。
 アイシャの隣で静かに話を聞いていたウルズだったが、
(あ……)
 と、校長の真っ黒フサフサ頭を意識してしまった事で、校長のカツラ疑惑が再浮上する。
 灰色がかった青い目を細め、校長の頭を観察しようとウルズは頑張るが、校長はアイシャの話にウンウンと頻繁に相槌を打ってじっとしてくれない。
(相槌打ちすぎやろ、じっとしてーや)
 ウルズは、校長の頭を押さえ込みたくなった。
「分かりました。ではウルズ君、あとの事は頼みましたよ。報告は明日でも大丈夫ですからね」
 アイシャはついて行かないと聞いてニコニコ顔の校長が、ウルズの肩に手を乗せる。
 結局今回も、校長の頭がカツラなのか分からず仕舞いとなってしまった。

 校長室から出ると、扉前に2人の男女が立っていた。
 2人はウルズとアイシャの担任で、ウルズ達は自分の担任をそれぞれに見る。
 先に声を掛けたのは男性教師で、
「2人とも依頼ご苦労だったね。随分帰りが遅かったが、どうかしたのか?」
 そう言って2人に近付く。
 彼はアイシャの担任のコートルで、剣士科の教師らしいがっちりとした体格をしている。大剣を問題なく使い熟しそうなその体付きに、ウルズは少し羨ましさを覚えた。
 一方ウルズの担任は、おっとりとした雰囲気の若い女性だった。スーツ姿でなければ生徒と間違えられる外見だがこれでも優秀な魔法使いで、国から望まれて教師となった人である。
 肩の上にいるハムスターはテトと言い、能力の高い魔法使いしか持てないとされている使い魔だ。そのテトはウルズと目が合うなり、「チュッ」と鳴いた。
「校長先生からお話があると思いますが、途中色々ありまして。あ、でも、無事に依頼を終わらせましたので、大丈夫です」
 アイシャが簡単に担任の2人に説明する。
 それを聞いてセーラは頷き、
「今度ゆっくり聞かせてもらうわね。とりあえず教室に戻りましょう」
 と、教室に行くように促した。
 それに対してウルズは首を横に振り、
「俺まだやる事があって、授業は明日からになったんよ。詳しい事はアイシャか校長先生に聞いて」
 そう手短に言うと、早足で廊下を歩き出した。
 そんなウルズの背中に、
「気をつけてね!」
 と、アイシャが声をかける。
 ウルズは右手を上げて答えたが、何を思ったのかおもむろに横を向いて開いている窓に近付き、グッと窓枠を掴んではそこから躊躇なく飛び降りた。
 ウルズ達が居るのは2階で、
「ウルズ!」
「ウルズ君!」
 アイシャとセーラが短い悲鳴を上げて、コートルと3人で慌てて近くの窓に駆け寄った。
 アイシャ達は驚きで心臓をバクバクさせているというのに、心配をかけた当人は元気良く駆けている。
 どうやら浮遊術を使ったようで、
「こら! ウルズ君! 危ないでしょ!」
 セーラが叱ると、ウルズの笑い声が返って来た。
 それで驚かせる為にやったのだと分かり、
『もう……』
 アイシャとセーラは声を合わせてため息を吐き、顔を見合わせてから、『ねぇ』と言って笑い合った。


続く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒き魔女の世界線旅行

天羽 尤
ファンタジー
少女と執事の男が交通事故に遭い、意識不明に。 しかし、この交通事故には裏があって… 現代世界に戻れなくなってしまった二人がパラレルワールドを渡り、現代世界へ戻るために右往左往する物語。 BLNLもあります。 主人公はポンコツ系チート少女ですが、性格に難ありです。 登場人物は随時更新しますのでネタバレ注意です。 ただいま第1章執筆中。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

処理中です...