Probationers

ねこいち

文字の大きさ
上 下
19 / 59

第19話 ウルズ×推理

しおりを挟む
 宿の2階の部屋に戻ると、ウルズは箱をサイドテーブルの上に置き、包装紙を外しにかかった。
「開けても良いの?」
 北側に置かれているベッドに座って、アイシャが心配そうに尋ねる。
「かまへんかまへん。どうせ依頼の箱とちゃうんやし」
 ウルズはそう言うと、手際よく封をといて、躊躇いもなく箱の蓋を開けた。
 2人で箱の中を覗き込んで見れば、そこには大きめの木製のオルゴールがあった。深いセピア色の、シンプルで落ち着いたデザインである。
 大人受けの良さそうなオルゴールではあるが、血眼になって捜す程の代物には到底見えず、ウルズは小首を傾げる。
「オルゴール本体に、価値が有るんやろか……」
 大男達の話からすると、大金と交換出来る物の筈なので、入れ物以外の何かに違いない––––。
 ウルズはそれを確かめようと、オルゴールを箱から出した。

 すると––––

 コトッ

 傾けた弾みに、何かがぶつかる音がした。
 振ってみるとコトッコトッと、返事するかの様に音が鳴る。
 この大きなオルゴールには高さ8㎝ほどの引き出しがあり、考えるまでもなくそこに入っているのが分かった。
 なのでウルズは引き出しを開けようとしたのだが、鍵がかかっていて開かない。
 鍵を見落としたのかと思い、箱の中や袋の中、包装紙の上や足元も探すが、鍵は見当たらなかった。
「中、見たいんやけどなぁ……」
 ウルズが、様子を見守っていたアイシャに視線を送る。
 鍵開けはシーフ科やシーフクラスの生徒が必ず身に付ける技術で、オルゴールのような簡単な造りの鍵なら、シーフクラスの1年生でも開けられるのではないかと思ったのだ。
 そうしてウルズが切長の目で「開けて欲しい」とアイシャに訴えると、アイシャは抱いていたリュックサック熊を横に置き、手を伸ばしてオルゴールを受け取った。
 そして、膝の上に一旦置いてから大きな鞄の中から道具を取り出し、引き出しの鍵外しに取りかかる。
 ウルズが思った通りアイシャは既に習っていたらしく、白い手を細かく動かして開錠を試みている。
 カチャカチャと鳴り続いていた音がピタリと止み、「はい」とアイシャはオルゴールをウルズに返すと、道具を仕舞ってリュックサック熊を抱いた。

 ウルズが引き出しを開いてみると、そこには手の平サイズの印章が入っていた。
 持ち手は細やかな金細工が施されており、見るからに高そうだ。
 一般人が使う代物でない事は明らかで、
「なんやこれ、美術品か? 何書いてるんやろ?」
 ウルズは引き出しから印章を取り出し、印面の文字を読もうと裏返した。
 すると、ベッドに座って横から見ていたアイシャが、「あっ!」という短い声を上げ、
「ウルズ、ちょっと貸して」
 と、慌てた様子で手を差し出した。
「なんか知ってるん?」
 ウルズが言われた通りに印章を渡すと、アイシャは真剣な眼差しで調べ始めた。光に当て、角度を変えて、全体をくまなく確認する。そして、
「やっぱり……。これ、バーチの管理主様しか扱えない判子…印章だよ。しかも本物の」
 アイシャは顔を上げて、印章をウルズに渡した。ウルズが改めて印文を読んだところ、たしかにバーチという土地名が刻まれている。
 アイシャによれば、管理主の印章には偽物と見分けがつくよう幾つもの細工が施されており、手元にある印章は間違いなく本物だ–––との事で、
「それを押すと正式な書類になっちゃうから、管理主の印章を持つ人は、管理主の権利を持っているようなものなの。管理主の証と言っても良いぐらいの物なんだよ」
 物珍しそうに印章を見ているウルズに、サンプの管理主の娘であるアイシャが説明する。
「ふーん……けど、これを持ってるからって、必ずしも管理主になれるわけやないんやろ?」
「それはそうなんだけど、とても難しいってだけで、手段が全くないわけじゃないから。だから、絶対に他の人の手に渡っちゃいけない物なんだけど、どうしてこんな所に……?」
 アイシャは、バーチ管理主邸にあるはずの印章が目の前にある事に、とても戸惑っていた。
「バーチの管理主ってどんな人なん?」
「バーチの管理主様はおじい様だよ。そういえば、後継ぎさんがなかなか決まらないって、父様から聞いたことがある」
「ふーん。で、その次期管理主って身内が継ぐもんなん?」
 ウルズの続けての問いかけに、アイシャは首を横に振り、
「身内だからって必ずしも次期管理主に選ばれるわけじゃないの。場合によっては候補者にもなれなかったりするんだ」
 完全な親族内承継ではない事を教え、更に、
「基本的には管理主が指名した人が後継者になるんだけど、国も審査をするから、候補者の中に素質のある人が何人も居る場合や、逆に居なかった場合にはなかなか決まらないみたい」
 と、説明した。
「バーチは何人候補おるん?」
「何人かは知らないけど……、バーチの管理主様はお年を召しているから、ずっと前から後継者について考えていらしたみたい。それでもまだ次の人が決まっていないって事は、1人じゃないんだと思う」
「候補者の中には、どうしても管理主になりたい人ってもおるよな?」
「うん。勿論そういう人もいるよ」
 ウルズが何度も質問をし、アイシャがそれに答えていく。他にも幾つか質問し、質問し終えたウルズは、
「何も知らんと……した……?いや、それはないか……。やっぱり管理主の館から……」
 左手を顎に当てた状態で、ぶつぶつと呟き始めた。 左手を顎付近に持って行くのは、真剣に考えている時のウルズの癖だ。
 そして、
「そういう事か……」
 ウルズは何か分かったらしく、アイシャを見た。
「分かったの!?」
 アイシャがビックリして尋ねると、
「あくまでも、“多分”やけどな」
 ウルズは頷いて、推理をアイシャに聞かせる。
 それはアイシャにとって非常に驚くべき内容であったが、彼女が持つ管理主に関する知識と照らし合わせてみると、その可能性が一番高かった。
「とりあえず、これは返そか。依頼の箱も返して欲しいし」
 ウルズは、印章が入っていたオルゴールをポンポンと叩く。
「悪い人に?」
「オルゴールだけな。で、こっちはバーチの管理主に返すんや」
「私達で届けるの?」
「そ。発送はナシ。もしアイツらに見られたら、奪われる事間違いなしやしな。で、中身を調べられへんって言うんなら、役人に預けて届けて貰ってもええんやけど……」
「お役人さんが確認なしで引き受ける事はない……。そして、バーチの印章を見たらきっと……。そしたらバーチの管理主様は……」
 アイシャが考えられる事を口にして、黙り込んだ。
「って事で、俺らが届けるってなったわけや。俺は、ちゃんと保管出来へんかった管理主にも責任があると思うから、役人にバレて処罰を受けてもしゃーないとは思うんやけど、もし推理が当たってたら、後味の悪い結果になりそうやしな」
 ウルズはすっかり、『管理主邸に印章を届ける』という冒険をするつもりらしく、生き生きと喋る。
 そのせいで、述べた理由が楽しみたいが為の理由付けに聞こえてしまうのだが、アイシャは僻んだ目で人を見ないので、ウルズの言葉をそのまま受け取り、膝の上で手をギュッと握った。
「ますます物語りみたいになって来ちゃったね」
 無事に印章を届けられるだろうか––––。
 そんな不安を抱えてアイシャは顔を曇らせているというのに、ウルズの表情は明るい。しかも、
「なんか面白くなって来たな」
 と、今にも鼻歌を歌い出しそうだ。
 そんなワクワクしているウルズを見て、依頼を忘れてしまわないか…と、少し心配になったアイシャであった。


続く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王騎士スバル

西東 吾妻
ファンタジー
死霊術が確立した世界で、王国の騎士は終わりが見えない旅を命じられた。 旅の終着点は、「神と成る料理」の発見だ。 不老不死の肉体を手に入れられると言われるこの料理を求め、若き騎士は、400年前に滅びた王国の王都へ足を踏み入れる。 「神と成る料理」の一角、「ガーベラの酒」が眠っているという情報が、彼をこの廃都へと導いたのであった。 これは、己の主君に不老不死の肉体を捧げるべく世界を踏破した、王国の騎士「スバル」の物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

【完結】蓬莱の鏡〜若返ったおっさんが異世界転移して狐人に救われてから色々とありまして〜

月城 亜希人
ファンタジー
二〇二一年初夏六月末早朝。 蝉の声で目覚めたカガミ・ユーゴは加齢で衰えた体の痛みに苦しみながら瞼を上げる。待っていたのは虚構のような現実。 呼吸をする度にコポコポとまるで水中にいるかのような泡が生じ、天井へと向かっていく。 泡を追って視線を上げた先には水面らしきものがあった。 ユーゴは逡巡しながらも水面に手を伸ばすのだが――。 おっさん若返り異世界ファンタジーです。

補助魔法しか使えない魔法使い、自らに補助魔法をかけて物理で戦い抜く

burazu
ファンタジー
冒険者に憧れる魔法使いのニラダは補助魔法しか使えず、どこのパーティーからも加入を断られていた、しかたなくソロ活動をしている中、モンスターとの戦いで自らに補助魔法をかける事でとんでもない力を発揮する。 最低限の身の守りの為に鍛えていた肉体が補助魔法によりとんでもなくなることを知ったニラダは剣、槍、弓を身につけ戦いの幅を広げる事を試みる。 更に攻撃魔法しか使えない天然魔法少女や、治癒魔法しか使えないヒーラー、更には対盗賊専門の盗賊と力を合わせてパーティーを組んでいき、前衛を一手に引き受ける。 「みんなは俺が守る、俺のこの力でこのパーティーを誰もが認める最強パーティーにしてみせる」 様々なクエストを乗り越え、彼らに待ち受けているものとは? ※この作品は小説家になろう、エブリスタ、カクヨム、ノベルアッププラスでも公開しています。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...