アイドル・インシデント〜偶像慈変〜

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第52話「勝利への兆候!桜の意思を継ぐ者」

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2023年 6月12日 三久須高校

「…………はっ!」

 四限目終了のチャイムが鳴ると共に深い眠りについていた達樹は目を覚ます。

 (しまった……今日は頑張って30分は起きてようと思ってたのに)
 
『始まって5分後には寝てましたよ』

「まじ?……まぁ英語だししょうがねぇよな」

「確かにそうですね!」

 シャインアンシェールの一件から1週間が過ぎた。取り立てて目立つ憎愚による事件も無く達樹達はこれまでと然程変わらない生活を送っていた。
 そんな中変わった事を挙げるのであれば輝世達樹、市導光也、楠原隼人の3名が正式に桂木莉乃らシャインアンシェールの担当防人クストディーレとして配属された事。
 防人とは簡単に言うなればSPのような物であり他にも全体的なアイドル活動の支援も行うマネージャーのような業務も含まれる。時には会場の設営、撤去と言った雑用も任される事もある。
 
 もう一つは下國昇斗により合同強化訓練が行われる事が決められた日以降寺田卓夫が学校に姿を現さなくなった事。学校内では大きな怪我による長期入院という事になっていたが事実は全く持って異なる。
 6月2日の晩達樹に卓夫からメッセージが届いた。

『一皮剥けてくる』

 どういう意味と達樹は返信したがこれ以降返信は一切ない。恋に尋ねると卓夫の合意の上で合同強化訓練に向けて篠宮エレンジーナと猛特訓に励んでいると告げられる。
 時には挫けそうになり音を上げる事もしばしばあるがひたむきに食らいつき弱い自分に抗い続ける日々を過ごしているようであった。

「わかっちゃいたけど卓夫がいないとこのクラスも一気に静かになるな」

 卓夫の声を気付けば1週間以上聞いていない。こんな体験は達樹にとって初めての事だった。その前からも疲労困憊な姿
 目立っておりまともに元気溌剌とした姿は久しく見れていない。
 
「ムードメーカー的存在でもあるしな。あの手のキャラでムードメーカーを受け持てるのは中々ねぇけど」

「卓夫君の人間性が故だろうな。キモさやウザさもあるけどそれもまた独自の持ち味として昇華出来てると見た」

「なんでお前は今日もまた平然と俺達と飯食ってんだ?」

「いいじゃん。若い先生があんまいないんだよ。ジェネギャ感じちゃうの」

 教員である隼人を含むいつもの三人で昼食を食べる中、桂木莉乃と沢本亜耶沙が購買から帰ってくる。

「一緒に食べよ!カルボナーラさん達!今後のスケジュール確認も含めて!」

「ははっ、莉乃ちゃんカルボナーラじゃなくてクストディーレだよ」

 隼人の優しいツッコミにそうだったと照れ笑いを浮かべる莉乃。今のでよく分かったなと達樹らが感心する中机を囲って和気藹々とした昼食タイムとなる。

 莉乃らシャインアンシェールの面々は昨日の一件で奏者、憎愚の存在を認知した上でアイドル活動を続けている。
 達樹達の支えもあり取り立てこれまで通りのアイドル活動に支障ない生活を送る事が出来ている。
 ファンとの交流イベントやミニライブ生配信なども新曲お披露目ライブ以降更に人気に拍車がついているようだった。
 その飛躍の裏には同事務所の先輩アイドルからのバックアップによる影響も大きいと莉乃は語る。

白瀬立花しらせりっかさん!私達の直属の先輩で今まであんまり絡めてなかったけどすっごく美人さんですっごく良い人なんだ~白髪も綺麗で間近で見たらもー綺麗過ぎてすごいの!」

「バリバリテレビにも出てる超有名人じゃん!この前バラエティーでアニコスしてたけどまんますぎてビビったかんね!」

「へぇ~~」

 莉乃と亜耶沙二人が盛り上がる中達樹は一人余りピンと来ていなく案の定周りに勘づかれてしまいえ?こんな事も知らないのと言わんばかりの空気があたり一面を支配する。

「ぐっ!!……か、顔を見たら分かる気がするなぁ!?」
 
 流石に画像検索で白瀬立花の顔立ちを見てみると流石に見た事はあった。
  最近アイドルに関心が湧いて来た輝世達樹と言えどアイドルの知識自体はまだまだ乏しい。
 推すという概念も持ち合わせてはいない為超有名アイドル、憎愚絡みで知り得たアイドル、シャインアンシェールくらいしかまともに把握していない。

「ともかく良い感じの先輩にも面倒見てもらえるようになってアイドルとしてより高みへ行けるようになったって事だろ!」

「うんっ!あ、後恋さんと仲良いみたいで今度時間ある時話してみたいって言ってたよ」

「天下の白瀬立花ちゃんから会ってみたいだなんて光栄にも程があるな」

「髪切りに行っとくか」

 多忙が続き長くなり過ぎた前髪をいじくる光也。
 楽しく談笑しているとあっという間に時間は過ぎていき5限目の授業が迫って来ていた。
 5人は急いで昼食を掻き込み始業のチャイムと共に授業が始まろうとした時達樹達3人に一通のメッセージが最愛恋から届く。

『放課後来る』

(相変わらず雑なんだよ……言いたい事はわかるけど)

 ――――――――――
 同日 Delight  17:15分

 放課後恋により呼び出された達樹達はDelightへ到着。指示された空き部屋にて待機していると入って来たのは恋と仙道巳早であった。

「元気そうだな達樹君」

「巳早さん!」

 かつて輝世凌牙と共に肩を並べて憎愚達と激闘を繰り広げた歴戦の覇者仙道巳早。その実力から全国各地を飛び回り各地の憎愚殲滅、奏者達の育成を行なっている多忙な巳早が貴重な時間を割いてでも再び達樹達の前に現れたのは訳がある。

「早速本題に入ろう。達樹君、春風大我を完全顕現させて欲しい」

「?……わかりました」

 意図はわからないが巳早さんがそう言うなら何かしらの理由があると判断し達樹は完全顕現を発動し春風大我へとその身を変える。

「初めまして!春風大我です!よろしくお願いします!」

「あぁよろしく。少しそのままでいてくれ」

 巳早も自らに宿るアイドル因子、青凪千聖あおなぎちさとを完全顕現させる。巳早の横に現れたのは青髪ロングの華奢な少女。その少女は優しく大我へ語りかける。

「久しぶりね。大我。覚えているかしら?」

「えぇっ!?ち、ち、千聖さああぁぁぁん!!?!?」

『知り合いなのか?』

「知り合いも何も……私達の直属の先輩ですよぉ~~!!千聖さん達に憧れて私はアイドルになるって決めたんです!」
 
『なにぃ!?』

 春風大我達アイドル因子は異世界からやって来た存在。だが同郷の同志との接触は今までにない事だった。つまり大我達にとって初めての知り合いとの再開である。

「千聖さんもこっちの世界に来てたんですね!じゃあじゃあ!もしかして桜さんも来ちゃってたりするんですか!?」

「……その話だけれど」

 途端言葉に詰まる千聖。彼女の心情を察して巳早が変わりに口を開く。

「約20年前……天瀬桜あませさくら星崎理衣ほしざきりい。千聖とユニットを組んでいた彼女達に加え、彼女達の属するネクサスプロダクションの千聖達の同期である一期生の面々がこの世に集い我々と共に憎愚達と戦っていた」

「じゃ、じゃあ!!」

「10年前に起こった憎愚との大規模戦争……ある事件きっかけに憎愚はこれまでとは比にならないほどの勢力と力を得た。それでも私達は抗う事を辞めなかった。
 ……その結果数多くの仲間が自らの誇りと人命のために散っていった。今この世界に残っている一期生は千聖と理衣の二人だけ」

「っ!!」

 大我の脳裏に考えたくもない結末が過ぎる。心臓の鳴る音が加速していく。憧れである先輩の結末が容易に想像が付いてしまったからだ。

「天瀬桜は輝世凌牙の身に宿り、凌牙と共に私達を……次世代の奏者達を守る為一人憎愚の大群に立ち向かいその人生を全うした」
 
『っ!?』
「桜さんが……達樹さんのお父さんに……?」

「あぁ。偶然と呼ぶには余りにも解さない。巡り合わせと言うに相応しい……天瀬桜の意思を色濃く受け継ぐ大我君を身に宿し凌牙に変わり果てなく続く混沌の闇へ立ち向かおうとしている。
 達樹君が宿しているアイドル因子の正体が春風大我だと知った日には千聖と二人で大いに喜んださ」

「未だに戦力の増強が衰えない憎愚との戦いも好転の兆しができた。『桜の系譜』の直属の後継者である大我ならきっと……」

「桜のけいふ?」

 千聖から発せられた聞き覚えのない単語に理解が追いつかない達樹達へ巳早が解説する。

「この辺りは説明が難しくてね。アイドル因子についてより理解を深めなければ理解できないだろうからそこから解説しよう」

 難解且つ専門用語オンパレードな説明がくる事を予感し達樹の顔が青ざめる。

「多元宇宙論という物を知っているかな?」

「知りません!!」

 達樹は迷いなく返答する。他の面々も全く聞き覚えのない為特に咎める様子もない。

「多元宇宙論……別名マルチバースと呼ばれている。私たちのいる宇宙以外に観測することのできない別の宇宙が存在しているという概念を示す。以上の事を理解した上で聞いて欲しいんだが……彼女達は異世界からこの世界へ転生して来ている。だが同一の世界とは限らないと言う話だ」

「どういう事ですか?」

「春風大我は天瀬桜達と同一の世界からやって来ている。この世界をA世界と呼ぶ事にしようか。
 天瀬桜と春風大我の世界は繋がっているが他のアイドル因子もそうとは限らない。
 そこの桐咲瑠璃華、灯野優菜がやってきた世界はA世界とは異なる世界線からやって来ている。そして二人の世界線も異なる物。天瀬桜や青凪千聖の名に聞き覚えがないだろう?」

 巳早の問いにハッキリと優菜が答える。

『確かに知りません!』

『そう?なんだかうっすら聞き覚えがある気がしないでもないわ』

 両者に発生した認識のズレ。それらに対してそろそろお疲れでしょうと巳早に変わり恋が解説する。

「今確認されている世界線は7つ。まず大元の世界が二つ存在している。この内1つが桜や大我のいるA世界。もう一つは桜達が一切存在しない独立したB世界。
 残りの2つはA世界から派生した物、3つの世界線はB世界から派生した物とされている」

「頭がおかしくなるうううぅぅぅぅ!!!」

 達樹の思考回路は既に限界を超えてしまっていた。
 まともに付いて行けているのは隼人と瑠璃華くらいであり他の面々もギブアップと言わんばかりの苦悶の表情を浮かべている彼らを気遣い要点のみを絞り簡潔に恋は伝える。

「こういうのはだいたい創設者的な奴がめっちゃ強いだろ!桜、千聖、理衣の力を受け継いでいるアイドルが何人か確実に存在する!そういう奴を『桜の系譜』『蒼の系譜』『星の系譜』って呼んでんだよ!
 同一世界で桜と師弟関係にあった大我はほぼ間違いなく桜の系譜を継承していると見ていい!だから頑張れって話だ!慢心せずにな!ちなみに俺達は『蒼の系譜』を継承してます!話終わり!」

『もの凄い説明セリフだ……』と心の中でツッコミを入れる達樹。だが大体の内容は理解したことから達樹は完全顕現を解除する。
 大他の面々もアイドル因子についての知識を深める事が出来た。

「私達から伝えたい事は以上だ。頭を使いすぎて疲れただろう。グラウンドへ出よう」

「へ?グラウンド?」

 これまた唐突な提案に達樹は不意を疲れ腑抜けた声をあげてしまう。

「稽古をつけてやる。恋と私にどちらかに一撃でも入れる事が出来れば焼肉なり寿司なり何でも好きなだけ食わせてやろう」

「合同強化合宿も近づいてるからね。俺としても情けない結果にはしたくないしスパルタで行かせてもらうよ」

 両者やる気満々。疲弊した身体に各自鞭を打ち5人は勢いよく部屋を出ていく。夕暮れの中グラウンドへ窓を開けて飛び降り早速幻身しての実践演習が行われる。
 だがその実力差はやはり圧倒的。以前同様一切手を抜く事なくぶつかっているはずなのにまともに攻撃を当てる事すらままならない。

(恋さんも巳早さんもやっぱり強えぇ……!前に戦った時よりも遥かに強くなったはずなのに!!……それでもこんなに差がある!)

(でも……だからこそ面白ぇ!!)

「うおおおぉぉぉぉぉ!!!全力でぶつかってけお前らあああぁぁぁぁ!!!」

「言われるまでもねーな!!」

「突っ込むのもいいけど連携も意識しろよ二人とも!!」

 少年達は日々高みを目指し強者へ挑み続ける。
 何度倒れても決して折れない不屈の闘志を持ち、各々自分にとって大切な物を護りきれるように少年たちは更なる強さを渇望し日々お互いを高め合い憎愚と戦い続ける。


 ――――――――――

 そうした修練と激闘の日々は瞬く間に過ぎ去っていき時は2023年8月1日。
 かんかん照りの猛暑日の中。遂に全国各地から腕の立つルーキー達が集うDelightが管轄する離島『想武島そうぶとう』全体を使っての大規模盛宴。合同強化合宿の日が訪れた。
 
第1章 兆候編 完結

 ―――― to be continued ――――

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