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第51話「弱いままでいたくない!桂木莉乃の選択」
しおりを挟む激しく衝突し合う輝世達樹と野々原圭太。憎愚により頭の片隅に誰しも浮かばざる負えない醜欲を肥大化させられ異形の化物となりその力は徐々に増幅し続けていた。
圭太の蟷螂を模した鎌による攻撃を疾風の刃を纏った腕で防ぐ。
キイイィッ!!
(鎌の威力が増してる!無理やり負の感情を肥大化させられてるのか!?なんにせよ長期戦はダメだ!会場にダメージが無いように戦い続けるのも限度がある!もし開場したら大勢の人が巻き込まれる!!)
「大人しく俺に殺されろ!今の俺に情などかけらも無い!!お前もあの女も!!無様に死ねばいいんだ!!」
圭太の鎌が再び達樹に襲いかかる。時間は余り残されていない。このまま悠長に気を狙い戦い続けるのは愚策。達樹は真っ向から振るわれた鎌を力強く握りしめ打ち砕く。受け止めた掌からは大量の血飛沫が舞う。
「じゃあ……なんで泣いてんだよ」
「っ!?」
憎しみと怒りに塗れた表情。だが相反して瞳から流れ落ちていたのは大粒の涙が零れ落ちていた。
「自分を強く持て!!誰に何と言われようが信じろ!!お前の中で!!一番大切にして来たもんを!!」
ドゴォォォ!!!
必死に内なる圭太を呼び覚まさせようと渾身の頭突きを何度も何度も撃ち込みながら呼びかける。
「指図されんな!!訳わかんねぇやつの言いなりになんてなるな!!ブレそうになっても飲み込まれるな!!自分はこんな人間じゃないって全力で否定しろ!!」
達樹の額には無数の傷が入り額からも血が飛び散る。
激しい痛みに意識がぐらつく。だがそれでも攻撃を止めない。必死に呼びかける。
「信じられないなら俺が圭太を肯定する!!お前は殺害予告なんて絶対しない!!お前は心優しい人間だ!!誰が何と言おうが絶対だ!!」
達樹の必死な呼びかけと頭突きにより圭太の頭部を纏っていた憎力が砕け散る。微かに見える圭太の頭部。
(見えた!!ここで引っ張り出す!!繊細かつ大胆に全力を叩き込む!!)
血に塗れた右手の掌を圭太の腹部へ爪を立てるように触れさせ疾風を纏わせた衝撃波を放つ。
「ゲイルインパクト!!」
放たれた衝撃波は見事憎力部のみを圭太から弾き飛ばす。
(成功した!!)
意識が朦朧とする今にも気を失いそうな衰弱した圭太を庇うように達樹は抱え込む。
「圭太!大丈夫か!?しっかりしろ!!」
「だ……大丈夫……ははっ……また助けられちゃったな」
「貴様ぁ……あと一歩の所で邪魔をぉぉ!!」
ゲイルインパクトの衝撃波により水滴のように飛び散った憎力は再び蟷螂型憎愚の姿を形成。達樹に向けて殺意を向け血走った眼を向ける。
「圭太は下がってろ!」
達樹の指示通り物陰に身を潜める圭太。蟷螂型憎愚。犯憎と再び交戦する達樹。
「人間は弱く脆く醜い!!どれだけ口で清廉潔白を謳っていても心の奥底には微かに醜悪な欲望を秘めている!!」
「悲哀様はその人間誰しもが持つ真なる欲望を理性を抑え込む事で解放してくださる!!あの男は自分の物になろうとしないあの女を心底殺したいと思っている!それが嘘偽りないあいつの本心だ!!」
「カマキリ如きが圭太を語んなぁ!!」
犯憎の鎌を拳で打ち砕き隙が生じた所へ顔面を殴り飛ばす。
「しちゃ行けねぇ事を理性で押さえ込むのが人間だ。誰かが傷つく事、迷惑になる事をしねぇように自分勝手な事しねぇように。みんな理性をコントロールしながら必死に生きてんだよ」
「理性を剥奪された人間は人間とは呼べない!誰かを想いやる心を失わせるお前らを俺は許さない!お前は俺がぶちのめす!!」
「減らず口を……今すぐ貴様を切り刻んで悲哀様の手土産にしてやる!!」
ステージ開場まで5分を切っている。関係者を始めとした他の人間も立ち入る可能性が高い。達樹は精神を研ぎ澄ませ標的を見据える。
迎えくる狂獣。繰り出された斬撃による攻撃は至ってシンプル攻撃範囲は広いが脚力に想力を纏わせ宙を飛び回避する。
そして繰り出されたのは疾風の刃を纏わせた両手による疾風迅雷が如し斬撃。
『エアロヴィアカッティング』を放ち犯憎の両鎌を斬り飛ばす。
(なにぃ……!?砕かれにいように俺の憎力を込めに込めガチガチに硬めたはずだぞ!?……なんて想力量だ!?)
「時間がねぇ!!こいつで終わらせる!!」
想力を右脚へ全集中させる。達樹の周りを竜巻が覆い破壊力が増して行く。
そして竜巻と共に宙に浮く右脚から繰り出されるのは竜巻の回転を利用してさらに威力を底上げした一撃必殺の急降下キック。
「エアロヴィアエクストリーム!!」
その迅速な速さでの攻撃は防ぐ隙、回避する隙すら与えず犯憎の身体の中央部を抉り貫く。
「ガアアアァァァァァァァ!!」
断末魔と共に消滅した。犯憎を撃破した達樹は急いで圭太の元へ駆け寄る。
「圭太!あいつは俺がぶちのめした!!そろそろ開場時間になるから急いでここを出るぞ!」
「あぁ!それはいいんだけどお前怪我やばいぞ!?絶対大丈夫じゃないだろ!?」
「こんなもんは日常茶飯事ノープロブレム!数十分後にまた会おうぜ」
圭太を裏口から出して再び開場入りするよう伝える。
圭太を無事憎愚から解放した達樹が裏口から会場内へ戻ると莉乃達ら三名が待っていたと言わんばかりに佇んでいた。
「みんな……圭太は今度こそバッチリ元に戻った。もう会場入りしてるんじゃねぇかな」
そう言って血をだぼだぼ溢しながら何食わぬ顔で歩み寄る達樹。だが彼女達は唐突に自分達に起こった悲劇の前に頭が追いつかず何から尋ねるべきかわからずにいた。
ズタボロの達樹の姿を見て心配そうに見つめる莉乃に対して先ほどの一件をどう伝えるべきか達樹は頭を悩ませる。
「……えっとな。さっきのはなんつーかその……えぇ……なんだ」
毎度のことながらこのくだりは慣れもしないし正解の解答がハッキリとわからない。
ちょうどそのタイミングで瑠璃華と優菜が駆けつけるが戦闘は終わっている事と今の状況をいち早く察し物陰で完全顕現を解き光也と隼人が達樹達と合流する。
とは言っても状況が好転する訳ではなかった。あははと愛想笑いで誤魔化せるわけもない事は分かりつつ間を繋ぐ三人を助けるかのように最愛恋が現着する。
「お疲れ様三人とも」
「恋さん!!」
「君達の疑問は俺が解答しよう」
恋により先ほどの化物は何なのか。自分達奏者としての仕事内容、使命など彼女達の疑問に全て解答した。
「そしてここからが問題。憎愚の存在は一般には口外してない。よって前提としてこの情報を得た一般人の記憶は消さないと行けない……ってルールがあるんだけど俺はあんま守る気がない。でも莉乃ちゃん達は現役のアイドルだから少し事情が変わってくる」
「どういう事?」
いつも緩い基準で結局は消さない事がしばしばある事から驚きを隠せない達樹。その当然抱く疑問に恋は答える。
「これから先アイドルを続けていく上でこれらの事象は必ず今後も起こる。
憎愚の存在を知ってしまったが故にアイドル活動を続けていく中で嫌気がさしたり罪悪感を抱いてしまったりもする。
自分のせいで誰かが傷ついているんじゃないかと……自分達に落ち度がなくてもね。知らない方がいい事もあるの典型例さ」
その上で恋は莉乃達シャインアンシェールへ問う。
「その上で君達に問おう。今知った事実を忘れた上でアイドル活動を続けるか。この事実を受け止めた上でアイドル活動を続けるか。前者の選択肢に罪の意識を覚える必要は一切ない。後者の選択肢は想像以上に心的負担になる可能性がある」
恋は莉乃達に二択を問う。達樹の心内としては心の底から前者を選んで欲しかった。
(お前は余計な事知らなくていい!本気で打ち込める物がせっかく見つかったんだろうが!お前はアイドルに全力で向き合ってればいいんだ!お前に降りかかる火の粉は俺が全部払ってやる。だからこんな凄惨な事実を抱え込むな!)
憎愚の影響はアイドル業界に留まらず最早その規模は全国区に拡大しており止まる事を知らない。
アイドルの不祥事や揉め事、スキャンダル、ファンとの関わりが起こる度に憎愚は否応にもどこかで生み出されている。
心優しい莉乃はこれらの事実を重く受け止めてしまうだろう。せっかく出来た莉乃の夢に水を差してしまうと達樹は考えていた。
この現代日本に起こっている惨状。現実を理解した上で莉乃達は解答する。
「知っていたいです。忘れたくありません」
他の二人も否定する事なく頷く事で同意の意を示す。
期待を大きく裏切った真逆の回答に達樹は苦虫を噛み潰したような苦悶の表情を浮かべ声を荒げて反論する。
「バカ!こんな事知って仕事に集中出来る訳ねぇだろ!これまで通りでいいんだよお前らは!知って損しかしねぇこんな事は!」
「損とか得とかじゃない!」
「なっ……」
「これから先傷ついていく人がいるかもしれないのにそれを見て見ぬフリなんてしたくない!私達にも何か出来る事だって絶対ある!重く辛い事かもしれないけど……任せっきりなんて出来ない!」
「お前っ!……わがまま言うな!」
「わがまま言う!」
「なっなにぃ!?」
「いつまでも弱い私じゃない!守ってもらってばかりは嫌なの!少なくとも……こんなボロボロになってる達樹を見て忘れたいなんて思わない」
その言葉に達樹はぐうの音も出ず言葉を失う。ただ沈黙することしかできなかった。
「私なら大丈夫。アイドルをしてる自分が大好きだから!こんな事で辞めようなんて思わない。気に病んだりもしない。だから私は全部理解した上で頑張っていく!
……って思ってるけど……も、もし挫けそうになっちゃった時は……ちょっとだけ助けてもらえたら……嬉しい……かな?あはは……」
そう照れ気味に一つだけ頼み事をお願いした上で強い決意を示す莉乃。
莉乃は何の異能も持たないごく普通の一般人ではあるが誰かのためになりたい。困っている人を見過ごせない人間なのだと改めて達樹は理解した。
そして少女であれど誰かの笑顔の為に強くあろうとする意志にはつい最近身に覚えがあった。故に否定なんて出来なかった。
「そんなもんいつでも頼ってこい!」
達樹は力強く莉乃の両手を強く握る。
「ひゃっ!?」
「……お前が本気で望んでるなら否定はしねぇ。でも一つ約束しろ!お前はこれまで通りアイドルを満喫する!気負いしすぎない!何かあったらすぐに俺達に相談する!わかったな!!」
「ぷっ……三つじゃん」
「あっ……い、良いだろその辺は!伝わればいいんだよ!」
「良いよ。約束する。その代わりメンケアもよろしくね~偉そうなディレクターの愚痴とかいっぱい聞いてもらうから」
「じ、上等だ!どんどん来やがれ!」
達樹と莉乃二人で話し合いが済んだ中、恋が確認のため園華、咲弓へも最終確認を取る。
「……あっちで話が進んで行ってるけど本当に君達はこれで良いのかな?」
「私は莉乃ちゃん程強くないかもだけど無視したくないって気持ちは一緒。余り出来る事は少ないかもしれませんけどお手伝いさせてください」
「さゆみんは後にトップアイドルになる訳ですからね!ファンの気持ちに寄り添わずにそれは叶いません!」
「そっか……じゃあ君達の選択は尊重して記憶はこのままで行く」
(まぁこうなる気はしてたけど……これはもう決まりでいいかな)
気づけば本番まで時間はあとわずか、莉乃達三人は心情はリセットし今は目の前に迫るステージで最高のパフォーマンスをする為に最後の打ち合わせに臨む。
達樹達はせっかくなら観客席で見たいと関係者出入口から出て行こうとすると莉乃に呼び止められる。
「みんな!!」
「ん?」
「最高のステージにするからっ!よそ見なんてしちゃダメだよっ!」
「!……あぁ!楽しみにしてる!!」
こうして桂木莉乃達三人ユニットによるシャインアンシェールによる2ndシングル新曲お披露目ライブが幕を開けた。
大いに賑わう黄色い歓声、声援が会場内のボルテージを上げていく。その中にはもちろん野々原圭太も含まれている。
MCの後ライブパフォーマンスが始まり初めてアイドルとしてステージに立ち歌い踊る幼馴染の姿に達樹は衝撃と感動を覚えていた。
これまでアイドルに興味関心を示していなかった達樹であるが考えを改める事になる。
全身が高揚し鼓動の高鳴りを感じる。心地いい音色に自然と身体がリズムを刻んでいることを自覚する。
「おっ見入っちゃってるね達樹くぅ~ん?ドルオタデビューしちゃいますぅ?」
普段のように揶揄う恋だが達樹は一切リアクションを示さずステージから目を離さない。
(聞いてないな。まぁ確かに……)
「良いステージだ」
瞬く間に楽しい時間は過ぎ去りステージは閉幕となる。
達樹はこの後しばらくステージの余韻に浸りながら想定していたハードルを優に超えてきた事への感動とショックにドギマギしていた。
案の定後に合流した莉乃らにその様子を弄られつつも輝世達樹はアイドルという存在が人に与える感動、素晴らしさを身を持って全身で感じ取った。
こうして輝世達樹にも大きな影響を与えた一連の殺害予告事件はこうして幕を閉じたのであった。
――――――――――
同日 東京某所 廃墟
「あれ?悲哀戻ってたんだ。久々に運動した気分はどう?」
暇つぶしに人間を軽く喰らい帰ってきた負薄達は先に帰って来ていた悲哀と久々の再開を果たす。
「まぁぼちぼちだな。しばらくはぐーたらしようと思う」
「それで……どうだったの?輝世達樹と交わったんでしょう?何か収穫はあったのかしら?」
「あぁ……あったあった。いやぁ驚いたな。あいつに宿ってるアイドル因子。最早運命としか言いようがねぇ」
「なになにどゆこと??」
「あいつの中に宿ってるアイドル……間違いない。あれは『桜の系譜』だ」
「!……へぇ……」
―――― to be continued ――――
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