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零章 第三部『富の塔、奪還作戦』

五十六話 「RD事変 其の五十五 『アミカのMG災難日』」

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 †††

「貴様らの非道、見過ごしてはおけん!」

 アミカのブリキ壱式(仮)は刀を構え、ゼッカーのバイパーネッドと対峙する。その怒りはすでに頂点にあった。

「データ照合。該当ありません」
「あれも新型か」

 マレンの報告を受けたフレイマンがブリキ壱式を観察。見たところ壱式の装備は太刀のみ。おそらくは近接特化の機体だろう。この甲冑姿を見る限り、ゼルスセイバーズが使用していた機体に似ている。同じ系統のものと思われるが、明らかに今までのMGとは質が違う。

「ダマスカスも光学迷彩を研究していましたか。ゴーストほどではないにせよ、広まると多少面倒ですな」
「すでに我々が使っているものだ。自然と情報は漏洩するさ」

 フレイマンにゼッカーが応える。ゴーストはすでに一年前のガネリア動乱に実戦投入されている。その性能を知った技術者がいれば研究したくなるのは当然だろう。そして技術革新のために、ラーバーン側は意図的に情報を流出させてもいる。

「MG開発が進んでいて何よりだ。正直心配していたからね」

 MGの普及もラーバーンの目的には不可欠な要素である。ルシアやシェイクは放っておいても開発をするだろうが、ダマスカスは経済国家なので心配になる。普通にやっていては到底軍事大国には及ばないからだ。

 しかし、ゼッカーはブリキ壱式の能力が高いことをすぐに理解した。そうでなければ、いくら不意打ちとて後れを取ることはない。バイパーネッドの腕を切り裂いた一撃の速度を見てもハイカランとは別格であった。

「では、お手並み拝見かな」

 ゼッカーはアミカを挑発するように銃口を向ける。ただし、向けた相手はブリキ壱式ではなく、さきほど狙った子供にである。少年はいまだ何が起こったのか理解できずに座り込んで呆然としている。

「貴様!!」

 アミカは予想通り激高。怒りに任せてバイパーネッドに突っ込んできた。

 バイパーネッドは正面から襲いかかるブリキ壱式の斬撃を上半身を回転させて回避。そのままソードで太刀を上から押さえつける。しかし、ブリキ壱式は力付くでソードを押し返し、そのまま体当たり。バランスを崩したバイパーネッドに対して横薙ぎ一閃。

 ゼッカーは即座に対応。バイパーネッドのソードと衝突。拮抗。

「やぁああ!」

 ブリキ壱式は、それをさらに力付くで押し切る。バイパーネッドは弾き飛ばされビルに衝突。一階から三階部分が崩れ、バイパーネッドはガレキに埋もれる。

「とどめだ!」

 ブリキ壱式は追撃。太刀を上段に構え、力を溜めて振り下ろす。刃からは放出された水気が迸り、美しい水の流れとなって刃が滑る。体勢を崩していたバイパーネッドはソードを盾にして防御。だが、防ぎきれずに再び吹き飛ばされ、ビルの駐車場を破壊しながら地面に転がる。

(これが…魔人機?)

 アミカは倒れたバイパーネッドを目で追いながらも、その手応えに驚きを隠せない。今まで自分は魔人機操作が苦手だと思っていたのだが、それが嘘のように滑らかに動くのだ。

 そこでアミカは気がついた。

(このMGが別格なのか? それとも里のものが悪かったのか?)

 答えは両方とも正解。

 ブリキ壱式は現在のダマスカスが持てる最高の技術を費やした機体である。パワーも速度も桁違い。ガトリングガンを受けても大丈夫な強固な装甲。さらにナイトシリーズと同等の戦気拡張機能など、至れり尽くせりの仕様である。

 アミカは自分がMGで技を繰り出せたことにも驚く。今放ったのは水流剣。アミカの得意技の一つである。怒りで自分がMGに乗っていることを忘れ、いつもの癖で放ってしまったのだが、それも意識せずにスムーズに出せた。それ自体がMGとしては高性能な証拠である。

 一方、里の魔人機は旧式も旧式。いったいどこで拾ってきたのかと問いたいほどボロボロで、全身錆だらけのオンボロである。そんなものに乗っていたら実力を出しきれないのは当然であった。

「やれやれ、力押しかね。悔しいがバイパーネッドでは耐えきれないな」

 ゼッカーのバイパーネッドが上半身を百八十度回転させ、昆虫のような気色悪い動きで立ち上がる。これも無人機だからこそできる芸当だ。

 同時にダメージを確認。ソードは無事だが腕に損傷。衝撃で後ろ足の一本がろくに動かない。内部にも接触不良の箇所がいくつかある。

 これがゲームのように体力メーターが見えるのならば、今ので半分近くはもっていかれた感じだろう。しかも力で強引に押された形なので、初めて外国人ラガーマンと衝突して、あっけなく吹き飛ばされた時の小柄な日本人選手の気分である。

(まだ立つのか。そういえば無人機と聞いたが…)

 アミカはバイパーネッドが立ち上がったことに驚く。有人機だったならば、中のパイロットは最低でも気絶していただろう一撃だったはず。だが、バイパーネッドが動きを止めるそぶりはない。

「だが、この機体ならばやれる!」

 魔人機に対しての嫌悪感を払拭したアミカは自信を宿していた。初めて手にした思い通りに動く機体は彼女の気持ちを高揚させていく。

 ブリキ壱式はバイパーネッドに向けて突っ込む。

(速いな)

 ゼッカーはブリキ壱式を観察。初動が速い。最初の一歩が実に軽やか、かつ加速も素晴らしい。

「はぁああ!」

 そこからブリキ壱式は剣を突き出す。これも袈裟懸けの動きから変化したもので、強さと速さを兼ね備えた一撃。バイパーネッドはかろうじてソードで受けるも再び押される。

 それを見たアミカはさらに連撃。右、左と続けて太刀を振るい、相手の動きを揺さぶる。そしてフェイントをかけての下段攻撃。すでに一本の後足が不調のバイパーネッドは、完全によけきれず前足に被弾。装甲が吹き飛ぶ。

 バイパーネッドは思わず後退。それを追撃するブリキ壱式。その動きは、まるで水の流れのように淀みなく流麗であった。機体性能差もありバイパーネッドは防戦一方になる。

(良い腕だ。基本を踏まえたうえで技に冴えがある。何より正確で速い)

 ゼッカーはアミカが優れた剣士であることを知る。彼女の動きは実に正確で精密。的確にこちらの急所を狙って攻撃し、少しでも防がれた瞬間にはすでに次の行動に移っている。そのすべてが迷いなく速い。

 ブリキ壱式が速いのはもともとの性能もあるが、アミカ自体の能力が加わっていることが大きい。彼女は自分の武器をよく知っている。ただでさえ腕力に劣る女性が剣士として戦うには、ただただ速度と技を磨くしかなかったのである。

 その動きは、まさに獲物を狙う鳥の如く。人の目には感知できない水中の魚の動きを正確に見抜く目があってこそ可能な技。

「貫く!」

 アミカの月下無双。ミタカが放った技と同じだが、彼女のものは水気を拡散させて放つ広範囲攻撃。高圧の水飛沫がバイパーネッドに散弾のように炸裂。ダメージはさしてないが動きが封じられる。

 そこに必殺の一撃、バイパーネッドの心臓部を狙った高速の突きを見舞う。突きはソードのガードを打ち破り、見事に胸に突き刺さる。

(獲った!)

 アミカは完全なる手応えを感じた。まず間違いなく必殺の一撃である。相手は倒れ、そのまま絶命する。

 それが対人戦ならば。

 バイパーネッドの腰のキャノン砲がゼロ距離でブリキ壱式を捉える。まだ死んではいない。そもそも胸の部分に人間は乗っていないからだ。

(しまった! つい癖が!)

 アミカはここで致命的なミスを犯したことを悟った。今の一連の動きは対人戦ならば最高のコンビネーションであった。彼女もこれで何人かの敵を倒したことがある。

 がしかし、今はMG戦闘。一般的には胸がコックピットであるが、乗っている機体のタイプによって場所は異なる。しかも相手は無人機。クウヤがやってしまったミスは、対人戦闘に慣れている武人ほど犯しやすい。

 バイパーネッドはキャノン砲を発射。

「くっ!!」

 ブリキ壱式は太刀を引き抜き、横に飛び退く。弾丸はギリギリ脇に逸れて当たらなかったが、機体は勢い余って隣のビルに突っ込んでしまい、埋もれる。

 バイパーネッドはガトリングガンで追撃。装甲が火花を散らしながら傷ついていく。ブリキ壱式は慌てて飛び退くも、対向車線にあった車を踏み潰してしまう。幸いながら人は乗っていなかった。

「あまりMG戦闘には慣れていないようだね」

 ゼッカーはアミカのたどたどしい対応に微笑む。剣の腕は一流だが、MG戦闘というものを理解していない。MG戦闘は、ただサイズが大きくなるだけではない。乗る機体や環境条件によって戦い方も大きく変わるのだ。

「さあ、私を殺すのだろう? やってみたまえ」

 ゼッカーは再びガトリングガンを市街地に向ける。あくまで狙いは人間だと言わんばかりに。

(落ち着け。問題なく倒せる。今までだってそうしてきたはずだ)

 アミカの切れ目がさらに切れる。たしかにアミカはMG戦闘には不慣れである。しかし、今戦った感覚でいえば機体性能は上回っているし、剣技も通用している。相手の挑発に乗らず冷静に倒せば問題ないと判断。

「アミカ・カササギ、参る!」

 ブリキ壱式は突進。一度決めたら、こうして迷わず前に出る思いきりの良さも彼女の魅力である。

 鋭い斬撃がバイパーネッドを襲う。バイパーネッドはソードで受け流す。

(この感覚。やはり無人機とは思えない)

 アミカはバイパーネッドの違和感に気がつく。この受け方には【意思】がある。その奥に眠る経験というものが滲み出ている。だからこそ油断はしない。

 初手が流されるのは想定内。続けて小刻みに太刀を振りながら相手を押し込んでいく。幸いながら現在は、機体のおかげでパワーでも勝っている。いつもとは違う強引な戦いが可能だ。

(魔人機は人の写し身。原理は同じ。限界を知り、先を読んで動くべし)

 マスター・パワーの言葉である。生身の人間が動く時、筋肉や関節の限界値を知り、それに合わせて動く。魔人機も同じである。可動限界を知り、次の展開を予測しながら行動する。少しずつアミカの動きがブリキ壱式に合ってくる。

(もう慣れてきたか。飲み込みが早いな)

 ゼッカーは、ブリキ壱式の動きが少しずつ様になってきたと感じていた。なかなかにセンスがある。

 ただ、これはエルダー・パワーの教育が優れていたからでもある。里で旧式の魔人機を使わせるのは意図的で、あえて不自由な状況を生み出すためのもの。その環境でもある程度動かせれば、どんな魔人機においても対応ができるようになる、という理屈だ。これは優れた機体に乗った時に初めてわかる事実である。

「やあああ!」

 ブリキ壱式の横薙ぎ。バイパーネッドはソードで受けながらも吹き飛ばされる。

 それでも倒れない。上手くバランスを取って体勢を整える。同時にガトリングガンで牽制。ブリキ壱式は走って間合いを詰めながら回避。

 アミカは戦気を練って水気を放つ。まるで自分の身体のように自在に動くブリキ壱式は、その力を倍増。一本の大きな水流となってバイパーネッドに激突。

 剣王技、水門華すいもんか。通常、水気を剣衝に乗せて放つと水衝という技になるが、単発で放つ技なので威力は軽い。一方の水門華は直線的に水気の放出を続けることで貫通力を増した遠距離技であるため、非常に重い一撃となって相手に襲いかかる技である。ちなみに、これを発動させたまま(剣気に宿して)剣で直接攻撃すれば水流剣となる。

 バイパーネッドは水流に圧されたまま後退。普通のMGならば貫通していてもおかしくない威力だが、ゼッカーもバイパーネッドを戦気で覆っているため貫通は免れている。

(押している。押している!)

 アミカはさらに追撃。ブリキ壱式は上下左右に太刀を振るい、そのすべてにバイパーネッドは押されている。相手からの反撃はほとんどなく勝利は目前である。

(押している。押している―――のに!)

 外から見れば一方的な展開であった。相手はすでにロープを背にして必死にガードしているだけの死に体。そうであるはず。そうに違いないのに。

 なぜか倒れない。

 少しずつ相手は消耗している。装甲も剥げ、ソードも次第に軋んできている。足もすでに限界だろう。そうであるのに、なぜかバイパーネッドは倒れない。それどころか目の前の殺戮兵器から感じる威圧感は、さらにさらに強くなっていくようであった。

(なぜ! なぜ倒れない!! こんなに攻撃しているのに、どうして!)

 アミカは焦りを感じていた。あと少しで倒せる。あと一撃で決められる。勝機が見えるたびに強く押し込むが、そのすべてが紙一重でかわされていく。何度吹き飛ばしても倒れず、何度押し込んでもいなされる。

(私はそこまで未熟なのか?)

 ゼルスセイバーズでさえバイパーネッドを倒せた。それに比べて自分はどうだ。たかが一機とて倒せないではないか。この事実は真面目な彼女にしてみれば非常にショックである。

 だが、アミカは気がついていない。目の前の男の本当の恐ろしさ、その真なる実力に。今彼女が対峙している男はホウサンオーと同じく超一流の相手なのである。機体性能差を加味しても、なお差がある。

 それは圧倒的な経験の差。

 アミカはエルダー・パワーの一員として多くの実戦を経験してきている。強い相手とも戦ってきている。殺してもいる。にもかかわらず今目の前にいる男は、それをさらに超える相手。死線を乗り越えた場数が違いすぎる。

 ゼッカーはアミカより優れた相手と何度も戦っている。ルシアの強兵と戦い、テベス・ローグと戦い、ハーレムと戦ってきた。剣の才以上に、その身と魂を焦がしてきた。その経験こそが最大の武器である。

 そして、ここにきて急造のコンビに破綻がやってくる。アミカが右に体重移動をしようとした時、ブリキ壱式は急加速。慌てて左に傾けるも、今度は大きくスリップ。バランスを崩す。

(なんだ? 急に感覚が合わなくなった!)

 まるで氷の上で戦っているような感覚。肉体と機体の間に何かしらのギャップが存在する。その違和感の正体がわからず、アミカは機体を制御するだけで精一杯だ。

「あの機体、相当なじゃじゃ馬のようですな」

 フレイマンは自分の機体であるジンクイーザを思い出す。あの機体も非常に扱いにくいギアで、フレイマンのように操縦技術が高くなければ振り回されてしまうだろう。今のアミカもそうした状態にある。

「設定がかなりピーキーだ。相当な使い手が扱うことを想定しているのだろう」

 ゼッカーも実際に戦って同じ感想を抱く。しかも今までの戦いは、ブリキ壱式の性能の半分程度しか出せていないとも。

 おそらくゼッカーやホウサンオーのような非常に優れた剣士が乗ることを想定した設定になっていると思われる。アミカは優れた剣士だが、彼らと比べると未熟。さらにMG操縦には慣れていないうえに、いつもとは違う戦いをしている。

「機体に酔って慣れない戦いをしたね。それが君の敗因だ」

 バイパーネッドはバランスを崩したブリキ壱式に体当たりを仕掛ける。機体の地力では劣るが、重要なのは体勢である。体格差をものともせず一気に押し込んでいく。

「くっ! 振りほどかねば!」

 アミカは太刀を振るおうと腕を伸ばす。しかし、太刀はビルに当たり、引きずられて振り回せられない。気がつけば周囲はビルとビルの谷間、MG一機がギリギリ通れるような路地に押し込まれていた。

「しまった! 誘い込まれたのか!?」

 アミカは自分が誘い込まれたことを悟った。バイパーネッドが防戦一方だったのは戦いながら移動していたからだ。アミカは機体のことで気を取られ、周囲のことにまで気が回らなかった。

「MG戦闘において重要なのは地形の把握だよ」

 ホウサンオーがそうしたように、MG戦闘で重要なことは常に自分がどこにいるかを知ること。周囲の地形を利用しながら戦うことである。これが生身ならば感覚でわかることもあるが、MGという媒体を挟んでしまうと感覚が狂ってしまう。常に周囲を観察する【余裕】こそが戦いにおいて重要なのである。

 バイパーネッドはブリキ壱式をビルに押しつける。アミカは押しのけようとするが、機体が空回りして馬力が出ない。

「まさか、こんなことになろうとは!」

 アミカは必死に抵抗。バイパーネッドの左腕を掴んで、なんとか組み伏せようとする。機体のパワーでバイパーネッドの腕が軋む。おそらくそう長くはもたないだろう。しかし、ゼッカーはアミカを押しつけたまま離さない。

 離れない。離れない。離れない。

(なんだ、この強さは! この恐怖は!)

 どう考えても相手のほうが劣勢だった。それが逆転する妙。逆転してしまう怖さ。加えて、バイパーネッドから発せられる異様な圧力が何より怖い。黒く、強烈で、身の毛のよだつような圧力。魂まで拘束してしまいそうな、ただただ恐怖の波。

「あああああああ!」

 アミカは、その【視線】に声を上げる。その姿は、ワニに噛みつかれた水鳥の如く。どんなに翼を羽ばたかせても強靱な顎は絶対に離してくれない。一度獲物を捕らえた時の迫力は今までの相手の比ではない。

 これこそが強者の強さ。殺す時は必ず殺してきた男の強さ。

「さあ、終わりだ」

 バイパーネッドが自爆。火焔砲弾のような巨大な火球が生まれ、周囲を燃やし尽くしていく。


「きゃあああああああ―――――――――――――――――!」


 ブリキ壱式は、まさにその爆心地にいる。逃げ場のない状況で受けた自爆に機体全体が焼かれていく。爆音、衝撃、圧力がアミカを襲う。爆発はいくつものビルを呑み込み、何度も何度も激しく爆発。およそ五秒間、その爆炎は続いた。


 そして収束。


 残ったのは周囲の建造物が完全に消失して更地となった大地と、ただ一機、焼け焦げたブリキ壱式の姿だけ。ブスブスと煙を上げながら機体が横たわっている。

「ぐ…うう…」

 アミカはかろうじて意識があった。ブリキの装甲は焼けてしまったが、さすがは特機。あの爆炎を耐え抜いた。ただし、アミカも無傷ではない。ハイリンク型のブリキ壱式は、ある程度のダメージを還元する。身体のあちこちに打撲と火傷の傷痕が見えた。

(あれが…悪魔。なんと恐ろしい相手だ)

 周囲を見回せば、その空間だけ抉り取られたかのように大きなクレーターができていた。アミカは心に恐怖が刻み込まれた気がした。

 悪魔という男の奥底に眠っている怒りの感情。強烈な意思の前にアミカは完全なる敗北を喫したのだ。機体の性能差など、武人や人間といった本質に比べれば微々たるものでしかないと痛感する。

「おい、無事か」

 追いついてきた伊達のハイカランが、黒こげになったブリキ壱式を覗き込む。バイパーネッドが移動しながら戦っていたので追いつくのに時間がかかったのだ。結果的には追いつかなくて正解だった。巻き込まれていたらハイカランでは跡形も残らなかっただろう。

「回収してやるから、さっさと出てこいよ」
「屈辱だ。このような屈辱は初めてだ…」

 アミカは痛む身体を動かしながら機体の外に出る。その目にはうっすら涙が浮かんでいた。痛みではなく、こんな失態を演じたことが恥ずかしかったからだ。

 慣れない機体でここまでゼッカーのバイパーネッドと戦えるだけで、アミカが優秀であることは立証できている。だが当人としては、まったく手が出なかった屈辱は計り知れない。

「街が…燃えている」

 規模は小さいが、バイパーネッドの攻撃によって街は混乱に陥っていた。人々にも被害が出ただろう。エルダー・パワーとして国を守ってきたアミカにとっては見るのがつらい光景である。

「ほかの場所は!? どうなった!」

 アミカは現在の状況に詳しくないが、バイパーネッド一機でこの有様なのだ。あのような恐ろしい相手が他にもいる。それだけで恐怖が蘇ってくるようである。

「ああ、反対側か。あっちは大丈夫だ」
「大丈夫だと? あのような悪魔が相手では、ただの兵では対応できぬぞ!」

 エルダー・パワーのアミカでさえ、ゼッカーのバイパーネッド一機に競り負けたのだ。数で押せればダマスカス軍にも勝ち目はあるが、少数では逆に全滅の恐れもある。

「だから大丈夫だ。あっちは問題ない」

 伊達はアミカの言葉を聞いても動じない。彼は悪魔の実力を実際に戦って知っている。それでもなお大丈夫だと言いきれるのには理由があった。

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