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零章 第二部『バーン来襲、アピュラトリス外周制圧戦』

三十三話 「RD事変 其の三十二 『悪魔の軍勢』」

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 二人の上位バーンから制圧を任されたオロクカカは、順調に殲滅を続けていく。彼が操る無人機が敵の戦線を切り崩しつつ、敵の背後ではDP5が投下され業炎を生み出す。それによってパニックになった敵を、また無人機たちが蹂躙していく。この悪夢の連鎖である。

 陸軍はすでにアピュラトリス外周からは撤退しており、当初の制圧の目的は完遂されたものの、いかんせんオロクカカが張り切っている。この戦いは主の御前で行われているもの。バーンのお披露目でもあるのだ。そこに自分がいることに感動を隠しきれない。

 彼が張り切れば無人機も張り切る。与えられた戦気が増大し、圧倒的な力で兵士たちを打ち倒していく。そもそもバイパーネッドは対人用に特化した機体である。生身の兵士たちがいくらいようが、殺戮人形の餌食になるだけであった。

「撃ち込め!!」
 それでも兵士たちは果敢にもロケットランチャーで応戦。三人から放たれたロケットがバイパーネッドに向かう。バイパーネッドはガトリングで迎撃。二発を撃ち落し、もう一発はソードを一閃。破壊する。

 戦車ならば避けようもない速度であるが、優れたMGならば対応することはそう難しくはない。バイパーネッドの的確な攻撃、そして振りの速さは相当なものである。

 ただし、弱点もある。

 さらにもう一人、背後からバイパーネッドを狙う兵士がいた。彼の放つロケットランチャーがバイパーネッドに直撃。バイパーネッドはたしかに優れた機体であるが、残念ながら機動性自体は低い。ロキが操るガヴァルと比べれば、その機動性は半分にも満たないだろう。

「当たった! 当たったぞ!」
 兵士は大喜びである。当然、最初に放った三人の兵士も希望を胸に抱く。当たればなんとかなる。そう思えるからだ。しかし、その歓喜の笑みはすぐに凍りつくことになる。

 バイパーネッドは何事もなかったかのように、再び行動に移る。前方の兵士三人にガトリングの照準を合わせ、同時にもう片方のガトリングで後方の兵士を補足。節約のために人数分だけ放たれた弾丸が、見事に人体を破壊する。

 その一撃は戦気によって強化されているので、恐るべき威力を有する。人体を破砕したにとどまらず、貫通して背後のコンクリートまで破砕していった。一発でこれなのだから、ガトリングで連射されたならばMGでも一瞬で破壊されてしまうだろう。

 事実、援護に駆けつけたハイカランも同じくガトリングの餌食である。シールドを構えていても弾数で押され、十発以上浴びせられれば貫通し、あとは的になるだけ。ハイカランもあっという間に残骸である。

「何なんだぁああああ!」
 常識で考えられない力を目の当たりにした兵士たちは、もはや為す術もなく立ち尽くすことしかできない。あるいは逃げるしかないが、それを見逃すほど殺戮人形は甘くない。即座に照準を変え、次の標的を破壊しようとする。

「悪魔…だ」
 無慈悲に人間を破壊していくバイパーネッドの姿は、真っ黒な人外な外見も相俟って悪魔のように見えた。金髪の悪魔を知らない彼らでさえ、その所業が悪魔のものであることを理解できたのだ。

 そして、悪魔を前にした人間は、己の無力さを知ることになる。

「歩兵は伏せろ!!!」
 だがその時、無線で周囲に警告が走る。実戦経験は少ないものの、普段から訓練を欠かしていない陸軍兵士は、思わず条件反射で伏せる。

 直後、バイパーネッドに恐るべき速度で何かが激突。
 激しい爆発にバイパーネッドが吹っ飛ぶ。

 兵士たちは何が起こったのかわからず、バイパーネッドが吹き飛んだ反対側を振り返る。それは伏せた彼らにとっては、まさに守り神のように見えたに違いない。

「周囲の兵士は、第二エリア外周まで撤退だ! 生身で挑むな! 戦車かMGで対処しろ!」
 兵士たちに指示を出しているのはロッカー・ハムジェルク中佐。そして、彼らが乗っているのは拠点防衛用兵器のビー・アウェインである。

 ビー・アウェインは大型の移動砲台の一つであり、自走もできるように伸縮可能な足が四本ついている。縮まれば全高は二十メートル程度になるので、普段は施設の中に格納することも可能な便利な兵器である。

 現在は稼動中なので限界まで足を伸ばし、全高五十メートルにも達している。幅も広く造られておりMGも格納できるので、このビー・アウェインも一つの要塞として機能することができる。補給が滞る可能性のある局地、主に山間部などで使われることが多い。

 普段は配備されていない兵器であったが、今回の連盟会議に合わせて数基ほど導入されていたのである。その一基が、バイパーネッドに主砲をぶち当てたのだ。ビー・アウェインの主砲は駆逐艦クラスなので、普通のMG程度ならば吹き飛ばせるレベルの威力であった。

 ビー・アウェインの登場に兵士たちの士気が上がる。今まで無抵抗だった彼らに反撃の機会が与えられたのだ。この意味は大きい。されど、その盛り上がりとは対照的にハムジェルクの顔色は優れない。

「…明らかに異常だな」
 MGに精通しているハムジュエルクだからこその言葉である。ビー・アウェインはMGではないが、各駆動系にはジュエルモーターが複数採用されているし、砲撃の威力も拠点防衛の名に恥じない対戦艦用のものだ。

 だが、それを受けても立ち上がるMGに、彼も首を振るしかない。直撃を受けたはずのバイパーネッドであったが、突然むくりと立ち上がり、再び戦闘態勢に入ったのだ。ただ、それは無傷ではなく、直撃した胸周辺は破損していた。

「破損が少ない。パイロットは化け物か? いや、そもそもあの構造では…」
 バイパーネッドの装甲はあまり厚そうに見えない。パイロットがいるであろう胸部の装甲も、さして強そうには見えない。それが砲弾を弾くとなれば戦気の影響しかない。強靭な戦気が保護膜となって衝撃を吸収したのであろう。

 しかし、MGに精通するからこそ、バイパーネッドの胸周辺に違和感を覚える。パイロットが入るスペースが考慮されていないような構造、狭さなのだ。ハムジェルクは、そのあたりに違和感を覚えていた。

 いかに彼であっても、まさか相手が無人機であるという発想は出てこなかった。無人機ならば戦気は使えないはずなのだ。オロクカカという例外がいなければ絶対に不可能なことである。それを連想しろなどと、土台不可能であった。

 バイパーネッドは、自身を攻撃したビー・アウェインを補足。火力の高いキャノン砲を撃ち込んでくる。これにも戦気が宿っており、威力は砲撃並みであった。

 ビー・アウェインは回避できずに直撃。大きく揺れはしたが、障壁を展開したおかげで、かすかに損傷しただけで済む。この点はさすが拠点防衛兵器である。戦艦の攻撃にも耐えられるように設計してあるのだ。

 バイパーネッドはキャノン砲の効果が薄いと悟ると、即座に足を狙って攻撃を開始してくる。エイリアンのような機体がわらわらと集まってくる様子は、実に気味が悪い光景である。

「近寄らせるな! 副砲で牽制しろ!」
 移動しつつ、副砲で強引に押さえつけて対処。ビー・アウェインの主砲は高い場所にあるため、ある程度距離がないと当てにくい弱点がある。それを補うための副砲であるが威力は主砲には及ばず、バイパーネッドを倒すには至っていない。

「閣下、いかがいたしましょう」
 ハムジュエルクは、背後にいるレド・バードナー中将に確認を取る。実際に攻撃してみた感触から「勝ち目はない」と悟ったのだ。そのうえでの確認である。

「撤退はない。攻撃を続ける」
 バードナーの決断は早かった。というよりも、すでに答えは決まっているのである。アピュラトリスを制圧されて、はいそうですかと、おめおめ逃げ帰ることなどできない。

 ここが海軍のナカガワ准将と陸軍のバードナー中将の大きな違いである。ナカガワは人命を優先して降伏を選択したが、それは専門外の陸の上だからである。これがもし海上であったならば、彼は死に物狂いで抵抗したに違いない。

 それと同じく、陸軍が陸で負けるわけにはいかないのだ。そのために彼らがいるのであって、もしここで撤退してしまえば存在意義を失う。何よりも全世界の国家が戦いを見つめているのだ。常任理事国のダマスカス、世界の経済を支える大国家が、たかがテロリストに劣るわけにはいかない。

 されど、バードナーは状況を冷静に見ることができる男である。奇襲という形で先手を打たれた以上、自分たちが相当不利な立場であることを理解していた。相手の強襲で一度崩れた陣を立て直すのは、経験上不可能に近いことを知っていたからだ。

 だから、こう決断する。

「粘れ。ひたすらに防衛に徹しろ。敵を少しでも包囲して密集させるのだ。絶対にエリア外には出すな」
 本来は包囲されることを想定している防衛部隊が、まさか自分たちが包囲しつつ防衛戦を展開しなければならないとは、なんとも奇妙な現象である。だが、現状の戦力差を考えれば、これしか方法はなかった。

「出せるだけ戦車を出して弾幕を張れ。残ったハイカランも防御兵装で対応しろ。倒さなくていい。盾として耐えればいい」
 バードナーは、必死で時間を稼ぐための案を捻出する。こうなれば、あとは単純に物量で押すしかない。ここはダマスカス軍のホーム、持ちこたえていれば援軍はやってくるからだ。

 残念ながら、ハイカランではバイパーネッドには対抗できないようだ。ならば、こちらもひたすら防御に徹するしかない。数機で防御陣形を敷けば少しはもつ。

「黒い特機、二機はどうなっている?」
「アピュラトリス周辺にまで下がって、活動を止めているようです」
「見物か。ブラックどもめ、余裕をかましおって」

 努めて冷静に話したつもりでも、バードナーの奥歯を噛み締めた表情からは怒りの感情が伝わってくる。もともとバードナーは好戦的な性格である。それもそのはず。彼はメイクピーク同様、武闘派の人間なのだ。

 バクナイアが彼をもっとも信頼しているのは、そうした側面、同じ派閥の人間だからということもある。今こうしてハイカランなどの最新鋭量産機が存在するのも、軍備増強推進派のバクナイアやバードナーがいるからなのだ。

 ちなみに黒い特機、ナイト・オブ・ザ・バーンを「ブラックワン」、続いて出現したドラグ・オブ・ザ・バーンを「ブラックツー」と呼称すると決まっていた。明らかにその二機だけは別格だとわかるからだ。

「ビー・アウェイン、二番基が中破! 敵巨大兵器、複数からの攻撃です!」
 こうしている間も砲撃戦は続いている。観測士から他のビー・アウェインがリビアルの砲撃で中破された報告が入る。ゼッカーはすでにビー・アウェインのことも知っている。それゆえにリビアルも投入されているのだ。

「大型機に狙いを集中。注意を引きつけろ! 撃ち負けるな!!」
 ハムジェルクの指示でリビアルに砲撃が集中する。相手も鈍重なため、こちらの砲撃は十分当たる。加えて彼らには障壁が装備されていないので、単純な撃ち合いだけならば互角に渡り合えるはずだ。

 事実、両者の砲撃はお互いにダメージを与えながらも、ほぼ互角の様相を呈していた。すると援護にやってきたリビアル数機が、バードナーたちが乗る一番基に狙いを定め、一斉に砲撃を開始してくる。

 これは狙い通り。そうして注意を引きつけたあとは、障壁を展開させて防御に徹する。障壁を全力で展開すれば、集中攻撃を受けても少しはもつのだ。

「燃え立ってきたぞ! これが戦いだ!!」
 バードナーは、全身に活力が満ちる感覚に浸っていた。まさにここは戦場。命をかけたギリギリの勝負の世界である。劣勢ではあっても、それは久しく忘れかけていた熱情である。自分は戦うために陸軍にいることを痛烈に思い出して、血がたぎっていく。

 その猛りが通じたのか、一番基は異様な粘りを発揮。リビアル複数による集中砲火にも耐えている。それは周囲の兵士たちに希望を与え、戦線を維持する力となっていく。

 バードナーが優れた将であることは間違いない。そして彼は、猛将の類の人物である。細かいことは分析能力に優れたハムジェルクに任せ、自身は勢いと力強さで全体を引っ張る司令官となる。ただ冷静なだけでは兵士は盛り上がらない。戦いにおいてこうした粘りを維持させるのは、何よりも折れない心と【熱量】なのである。

「いけ!! 耐え抜け!! 押し上げろ!」
 バードナーがさらに盛り上がってきた。これだけ劣勢でも、彼の脳裏に敗北の二文字は浮かばない。ありえない。

 だが不幸なことに、彼は誰を相手にしているか知らない。会議場の人間のように、相手が悪魔の軍勢であることを知らないのだ。悪魔の軍勢を率いるのが何者かを知らないのだ。

 ビー・アウェインが再び攻勢に出ようとした直後、突然照準が狂い、リビアルを狙った主砲の一撃は大地に叩きつけられて不発に陥る。同時に大きな揺れが襲ってきた。

「何事だ!?」
「足が一本、やられました!」
 この揺れは、ビー・アウェインの足が破壊されたことでバランスを崩した結果であった。

「あの小さいやつらか!」
 バードナーは、バイパーネッドによって足が破壊されたのだと思った。しかし、バイパーネッドたちは一定の距離を保ったまま、すでにビー・アウェインへの攻撃を停止していた。ビー・アウェインへの攻撃は消耗が激しいと判断し、別の手段に出たからだ。

 では、その別の手段とは何か。
 これがバードナーとしては最大の誤算かつ、不運であった。

「困りますね。これでは私の手落ちに思われてしまう。主に加え、偉大なるお二人の前で恥をかかせないでください」
 気がつくと、オロクカカが乗るヘビ・ラテがビー・アウェインに張り付いていた。それから一気に前足を振り抜く。

 横薙ぎに放たれた前足は強靭な刃となり、ビー・アウェインの足に食い込む。大きさはビー・アウェインが遥かに上。それくらいの一撃でどうにかなる存在ではない。

 だが、切断。

 前足に宿された戦気が刃の形状となり、ビー・アウェインの足を切り裂いたのだ。ユニサンが使った戦刃である。ただし、その威力は桁違い。ユニサンが放ったものとは比べ物にならない膨大な戦気かつ、強固にコーティングされた日本刀のような刃である。

 それを続けて二回放った瞬間、ビー・アウェインのすべての足が切断される。足を失った虫は、その重い胴体を大地に叩きつけるしか道はない。ビー・アウェインが大地にひざまずく。

 ヘビ・ラテは胴体後方からワイヤー糸を放出し、近くの施設に張り付けると、そのまま跳躍。蜘蛛が糸で移動するように屋上に飛び乗った。

「醜い姿ですね。あとの処理は任せますよ」
 オロクカカはバイパーネッドに指示を出す。再びわらわらとビー・アウェインに群がる姿は、蟻が足を失った瀕死の獲物を見つけた時にどこか似ている。

 そこから湧き上がる感情は、哀れみ、無常。
 この先に何が起こるのかを想像して、なんとも言えぬ気持ちになる。

 バイパーネッドは、ソードを使ってビー・アウェインを切り刻んでいった。もうほとんど抵抗できない相手に対して、弾丸の節約モードに入ったからである。まずは砲台を切り落とし、ソードが入りそうな隙間を見つけては強引に刺し込んで破壊していく。まさに解体作業である。

 わざわざオロクカカがこうした手法を選んだのは、恐怖を与えることもバーンの役目であるからだ。悪魔の軍勢がどれだけ強いかを示し、既存のシステムがいかに脆いかを教えるためである。

 悪魔がそれを望んだから。
 ならば、悪魔の崇拝者であるオロクカカは、喜び勇んで主命を果たすであろう。

「ああ、主よ!! あなたに供物を捧げましょう! 偉大なる主よ!」
 オロクカカが陶酔モードに入る。彼にとって悪魔は、世界の盟主たる存在。女神に認められた世界の断罪人である。悪魔は正義であり、悪魔は絶対の強さである。それを示せる幸運と快感を感じていた。

 だが、それに水を差す出来事が起こる。

 ビー・アウェインの上部を攻撃していたバイパーネッドの一機が、突如吹き飛んだのだ。吹き飛んだバイパーネッドは、階段を落ちるかのようにビー・アウェインの足の残骸を転がりながら地面に落下していく。それはなんとも滑稽な姿であった。

「何をしていますか。主の御前でみっともない!」
 いかに人形であれ、オロクカカが操っている以上は完璧で優雅でなくてはならない。そうであってこそ供物としては意味が出るのだ。しかし、それはオロクカカの事情であって、バードナーの事情ではない。

 バードナーには、あがく責務がある。どんなことをしても、醜態を晒しても、最後まで戦わねばならない義務と覚悟がある。

「むっ、あれは…?」
 オロクカカは異変に気がついた。さきほどバイパーネッドが吹き飛んだあたりから何かが出てきたのだ。そこはビー・アウェインの格納庫の部分に該当する場所だ。

「まさか、またこいつと出会うとはな」
 バードナーは再び懐かしい感覚を思い出していた。久しぶりであるのに身体に馴染む。その慣れ親しんだ感触が彼の腕を、足を押し出す力を与えていく。

 オロクカカが視認したものは、一機のMGであった。バイパーネッドより遥かに大柄な老竹色の機体で、妙に大きな両手を持っていた。そのMGが近寄ってきたバイパーネッドに襲いかかり、巨体を生かしてタックルを仕掛ける。

 兵装が多いため、そこそこ重量があるバイパーネッドであったが、そのタックルを受けてはひとたまりもなく吹っ飛ばされる。その隙に老竹色のMGはビー・アウェインから脱出する。

「無事か、中佐」
「はっ、なんとか」
 バードナーは、機体の右手に乗っているハムジェルクの無事を確認。あのタイミングでは、他の乗員は残念ながら助けられなかったが、二人が生き残っていたこと自体が奇跡であろうか。

 その最大の要因がこの機体、ダマスカス陸軍第十二型特別強襲用MG、【呂魁りょかい】。ダマスカス軍が保有している特機タイプの魔人機である。

 魔人機が本格的に普及したのはここ数年であるが、ナイトシリーズのように千年以上前から存在するものもあり、そもそも神機に至っては一万年以上も昔に製造されたと推測されているほどに歴史がある。

 旧来、魔人機とは、その製造方法を唯一知るWGから与えられるものを指していた。では、WGが気の向くままに魔人機を与えていたかというと、それも少し違う。WGは世界のパワーバランスが偏らないように、各国、各組織に対してバランス良く機体を配分していたのである。

 手法としては、ナイトシリーズのようにそのまま完成した機体を与えることもある一方、基礎フレームを与えて、それ以外は各国の自由に組み立てさせるということもやっている。

 たとえばガネリアにあった、ガーネルジェネシスとグラドジェネシスなどもそれに該当する。古い地層から発掘された新しい筐体が見つかると、それをWGで改修したあとは、ある程度の自由性と発展性を残しながら再び発掘先の国家に戻す。

 根源となる技術はWGが保有しつつも、組み立てや調整を行わせることで各国にMG技術を少しずつ蓄えさせているのである。なぜWGがそういったことをするのかは謎であるが、高度な技術をいきなり教えても理解できないため、まずは基礎知識を教えているというのが一般的な定説である。

 魔人機とは神機のレプリカである。そのレプリカすら、普通の技術では造ることができない。それをいきなり普及させても混乱が生じるだけであって、むしろ害悪が増えると考えるからである。言ってしまえば、小学生には小学生用のドリルをやらせたほうがいい、という考えである。

 そして、人類が少しずつ知識と技術を蓄え、それを使うに相応しい心を身につけた時にすべてを公開する。それがWGの意図だといわれている。それは今の世界を見ればわかる。MGの普及で起こったことは、結局のところ戦火の拡大にすぎないのだ。魔人機は、人が扱うにはまだ早過ぎたのであろう。

 それはそうと、もらったものは有効利用するのが人というもの。当然ながらダマスカスにも基礎フレームはいくつか提供されており、この呂魁は十二番目に製造された特機タイプのMGである。これの兄弟機に呂貌りょぼうという機体があるが、現在は軍には存在していない。

 呂魁はバードナーが若き頃、陸軍でテストパイロットを務めていた機体でもある。バードナーは強靭な身体を持つ戦士であったため、所属は違うが強引に任命されたのである。

 これも彼の災難の一つであるが、その結果として武人としての能力がさらに覚醒されたのは大きな実りであった。それがあったゆえに、今こうして生き残ることができているのである。

「反撃…といきたいが、ここは退避だな」
 バードナー当人としては戦いたい欲求があるも、まずはハムジェルクを逃がさねばならない。呂魁は瞬時に逃げの一手を打つ。大胆にもオロクカカに背中を見せて走り出した。大きな巨体が、どっしどっしと走っていくさまは、なかなかに豪快である。

「やれやれ、これでは倒す価値もありませんね。バーンが戦う相手ではないでしょう」
 オロクカカにとってバーンとは、強者と呼ばれている者たちを逆に無残に打ち倒してこそ意味があるものだ。背中を見せて無様に逃げる相手を倒すのは性分ではない。

 だが、これは戦争である。
 そして、悪魔の宴である。

「バイパーネッド、あとは任せます」
 オロクカカはAIに行動を委任し、後を追わせる。バイパーネッドに与えられた命令は、アピュラトリス周囲五キロ以内のすべての兵器および、生物を破壊すること。それに該当すれば、相手が誰であろうと排除するだけのことだ。

「まったく、気色の悪い機体だ。造った人間の顔が見たいものだよ。きっと性根が悪そうな顔をしているに違いない」
 呂魁のあとを追いかけるバイパーネッドの動きは、やはり無人機特有の不可思議なものである。追いかけられる側としては気分が良いものではなかった。

「閣下、申し訳ありません。足を引っ張るとは」
 これは足手まといという意味に加え、本当に足を負傷していた。右足には大きな裂傷が走り、逃げるのがあと数秒遅ければバイパーネッドの餌食になっていただろう。

「あの状況では、助かっただけでありがたいと思うしかない。あのまま戦っていても勝ち目はなかっただろうしね」
 バイパーネッドに加えてヘビ・ラテもいるのでは、いくらバードナーが頑丈な男でも話にならない。なにせビー・アウェインの足すら簡単に両断してしまう敵なのだ。呂魁であっても耐えられる自信はなかった。

 ただ、実際に逃げられるかはまだわからない。背後から執拗に追いかけるバイパーネッドからガトリングガンが発射される。呂魁は半身になってハムジェルクがいる右腕を隠しながら、左手でガトリングを受け止める。大きな左手からは機体を覆ってしまうほどの巨大な戦気の盾が生まれ、ガトリングを押さえつける。

 戦技結界術、【戦気壁せんきへき】である。単純に戦気を圧縮集中させて盾とする技だ。これを水気に変えれば、志郎が使った水泥壁となる基本の技の一つである。

「くっ、きついな!」
 バードナーは、ガトリングガンの威力に顔を歪める。相当な量の戦気を捻出しているのだが、巨大な盾を貫通しようと襲いかかる弾丸の威力が桁違いである。何度も補強して作り直さねば、到底耐えられるものではない。

 敵が一機だけならばともかく、こうして数機に襲われると、死に体のバードナーはどんどん劣勢になっていく。

(閣下ですら厳しいとは、これが量産機の性能なのか?)
 ハムジェルクは苦戦するバードナーの様子に、改めて驚きを禁じえない。バードナーは今でこそ司令官で最前線には出ないが、武人としての力量は陸軍でもかなり上位に該当する。歳を取り、ブランクもあるとはいえ、彼が呂魁を操れば相手がナイトシリーズとて簡単には負けないはずである。

 それをたかが量産機が圧している。追い詰めている。それが何よりも恐ろしいのだ。これではハイカランが相手にならないのも当然だろう。ビー・アウェインの主砲にすら耐えてしまうのだから。

 しかも、不運は続くものである。彼らの逃げる方角に立ち塞がるのは、ビー・アウェインすら打ち負かす巨大MG、リビアルの姿である。リビアルたちは三番基のビー・アウェインを破壊し、勢いそのままに殲滅戦を続けていた。

 背後からはバイパーネッド、前方にはリビアル。なんとか左右に逃げたいものだが、各所ではまだDP5の爆発も続いており、密集地に迂闊に飛び込むわけにはいかない。まだ兵士たちも完全には撤退していないため、できるだけ敵MGを引きつけておかねばならなかった。

「戦いに遠慮はいらないというが、実に爽快なほどに遠慮がない」
 無人機が醸し出す無慈悲なオーラがひしひしと伝わってくるようだ。問題は、それを命じた人間が放つ気概である。彼らは残忍というよりは、殲滅することにためらいがないのである。最初から覚悟を決めたものが、いかに恐ろしいかを思い知る。

「閣下、私は自力で離脱します。そうすれば負担も減ります」
 ハムジェルクは生身で離脱することを提案する。彼も武人の端くれ。逃げに徹すれば生き残ることはできるかもしれない。少なくともバードナーが全力で戦えれば、彼自身の生存率は上がるだろう。

「そんな足で馬鹿を言うものではない。ここで君まで失うことは大きな損失だ」
「しかし、それでは…」
「あまりおしゃべりが過ぎると舌を噛むぞ!」

 呂魁は両手でハムジェルクを覆うと、全身に戦気を展開。そのまま左手にあったビルを駆け上がる。次の瞬間、呂魁がいた場所が大地ごと吹っ飛んだ。リビアルの砲撃が始まったのだ。

「ははは! 敵から見ても目立つようだな、この呂魁は! 光栄だよ!」
 追われていながらも喜ぶバードナー。戦場の臭いと感覚が、彼の血をたぎらせていく。

 彼にも覚悟はあった。それだけの力があった。
 だからこそ一瞬、オーバーロードに手を染めようかとも思った。

 初めてやるので、どこまで引き出せるかわからないが、最終手段としてはありえる選択肢である。ただ、オーバーロードは本来、自由に引き出すのは難しい技でもある。練習ができないのだから当然だ。少しでも引き出してしまえば重大な後遺症が残るのだ。試すこともできない。

 しかし、バードナーはもう、その力を使う必要はないだろう。試みることもしないに違いない。なぜならば。

「大丈夫だ。時間を稼いだ甲斐はあった」

 バードナーがビルから見下ろすその先には、リビアルに群がる者たちがいた。たとえるならば、ゾウに群がる武装した人間の群れ。彼らは足を剣で破壊し、銃を使って腹を穿っている。ゾウは苦しそうに離れようとするが、人間は執拗に攻め立てて攻撃の手を緩めない。

 そして、ついにゾウは打ち倒されたのだ。
 人間の勝利である。

 それ自体は当然の結果のように見えるのだが、忘れてはならない。リビアルはオロクカカの戦気で強化されているのだ。それを破壊するだけの力を持っていることが何を意味するのか、バードナーはよく知っていた。


「我々の最強の剣が間に合ったのだ」


 その名こそ、陸軍特別強襲隊、武刀組。

 通称ゼルスセイバーズである。
 
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