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零章 第四部『加速と収束の戦場』

九十二話 「RD事変 其の九十一 『剣王と剣聖、雪熊と覇獣③ ジ・エンド』」

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  †††

 神白光鎧をまとったラナーは、ただでさえ高かった防御力が【無敵】のレベルにまで昇華。実際、数多くの攻撃を無敵効果によって消し去っていく。

 これが非常に厄介。

 どんな強力な一撃でも、無敵ならば通用しない。この世にあるすべての攻撃を、局所的とはいえ完全に打ち消すのだから、最強の守護の名に相応しい力だ。

 ただ、相手は剣王。
 すべての剣技を扱える唯一の存在。

 ナイト・オブ・ザ・バーンが、聖盾に刀を打ち付ける。刀は当然、力を消されて何のダメージも与えない。が、放たれた剣圧は―――


―――盾の裏側に出現


「っ!! 防御を!」

 ラナーは、神白の加護によって攻撃を無効化。

 ミタカが使った楼幻斬ろうげんざんである。この技は、剣気を途中から具現化させる技であり、遠隔操作系の武人ならではの技といえる。これならば、盾の存在を無視して攻撃ができる。

 ただ、真似をしたわけではない。彼はオリジナル技だと思っているが、本来は隻天せきてん剣王と呼ばれた第十五代剣王、エノア・ドラザノアという女性が編み出した【隻透せきとう】という技の種類の一つである。

 遠隔操作で、あらゆる場所に剣気を放ち、乱戦の中でも敵だけを攻撃できるという利点がある。また、このように大型の盾を持っている相手に対しても有効だ。

 しかし、隻透はそれにとどまらない。

 彼女は、女性に多く見受けられる腕力の弱さを克服するために、内当てという技術を開発した。水覇・波紋掌のように、外部へのダメージではなく、その内側に対して運動エネルギー伝える技である。これを使えば、防御力を無視して直接人体への攻撃が可能となる。

 そう、こんなふうに。

 ナイト・オブ・ザ・バーンが背後に回りこみ、剣光気の一撃を放つ。また剣質が変化したので、ラナーは対応できない。鎧に直撃。

―――浸透

 鎧を無視して、内部にダメージが響き渡る。波を打つように振動し、全身を駆け巡る。

「ぐはっ!」

 ラナーは吐血。頑丈な彼でさえ、ダメージは避けられない。むしろ、剣光気のエネルギーを生身で受けて、この程度のダメージで済んでいるほうがおかしいのだが。

 それからもホウサンオーは、隻透を中心に攻撃を組み立てる。その攻撃に防戦一方になるラナー。剣筋は速く、鋭く、当たれば内部に打ち抜けるようなダメージが走る。そう、ラナーの目の前には、第十五代剣王、エノア・ドラザノアがいるのだ。強くて当然である。

 どの人物も世界最強剣士と呼ばれ、たった一人で偉業を成し遂げてきた者たち。理想の失敗から悪人と呼ばれるような剣王もいるが、剣王になるための条件は、たった一つ。

 強さ―――ただ強いこと。

 敵を殺すことだけに長けた者たち。
 最強の剣の系譜を継ぐ者たち。

 それが、ホウサンオーを通じて顕現している。歴代剣王が、ずらりと居並ぶ姿は、まさに壮観の一言だ。

「ふふっ…ははは! なんという楽しさ!! これほど、これほどのものとは!! 私は今、最高に幸せだ!! 強い、どれも強い!! 剣の宝物殿なのか、ここは!!」

 ラナーは狂喜乱舞。

 紅虎以外は、剣だけが生きがいの彼である。繰り出される剣の見事さ。練り上げられた技の偉大さ。剣にすべてを捧げた、自分と同じような人種と出会える悦びに包まれる。

 その中には、現在には伝わっていない秘伝や口伝の技も多く、初めて見るものも少なくはない。

 それは―――鎧すら打ち砕く。

 隻透を警戒し、内側に無敵障壁を張った瞬間、ホウサンオーは剣質をまた変えてきた。剛の剣が、神白光鎧に激突。

―――破損

 凄まじい重みを感じた瞬間、光の鎧が砕けた。同時に自己の戦気が急速に減っていくのを感じる。

「これはっ!!」
吸浸きゅうしん。お前さんも名前は知っていよう?」
「第八代剣王、蛾驟がしゅう公の特殊能力!」
「さすが、剣に関しては博識のようじゃな」
「まさか、異能まで継承できるとは! それほどのものだとは!!」

 蛾驟公が持つ異能、【吸浸】。攻撃した対象が生物である場合、与えたダメージ量に応じて、相手から生体磁気を吸収するスキルである。

 戦気の源である生体磁気。年老いたホウサンオーは、若いラナーに比べてこれが少ない。干からびた身体に残ったものを、搾り出すようにちびちび使っているのである。まさに年老いた独り身が辿る、侘しい年金生活者のように。

 それを吸収できる。

 他人から奪える。新しく戦気を生み出し、技の材料にできる。相手が死ぬまで、無尽蔵に。無いのならば相手から奪ってしまえとは、これほど恐ろしい異能はないだろう。

 そして、異能はこれだけではない。歴代剣王は、誰もが超一流の武人。誰もが羨む力、凡人にはない特殊技能、術者の因子を持つハイブリッドの力、あるいはすべてをそろえたモザイクの力。

 それらが集まれば、どうなるか。



 今のホウサンオーは―――【すべての能力がSSS】となる。



 攻撃も防御も、体力も精神も魔力も、知力さえもマックス。

 つまり、バーン序列一位と同じ力。
 災厄の魔人である、パミエルキと同レベルの存在。

「これで互角なんて言ったら、パミちゃんに怒られるかもしれんが、今ならゼッカー君でも殺せる自信があるぞい」

 五つのジュエルの能力を全解放した、ガイゼルバインに乗るフルパワーゼッカーでさえ、今のホウサンオーならば互角に戦えるだろう。

 金髪の悪魔と対等に戦える。

 それはつまり、【世界最強】であることを意味する。

「さあ、全部を出しきってみるがよい。ここに、おぬしが求める相手がおるぞ。他の歴代剣王の御方々がな」
「いいの…ですか。本気になっても」
「馬鹿を言うな。わかっておるじゃろう? 本当に全部を出さねば、一分も経たずに死ぬぞ。若造が遠慮するでない」

「うう―――おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 ラナーが、全戦気を放出。身体の奥底から力を振り絞り、ありったけの力を引き出していく。戦士も剣士も、術士の因子でさえも、あるものはすべて放出する。

 今までは、全力ではなかったのだ。

 否。

 紅虎やシュトラ以外に全力で戦ったことなどは、一度もない。アレクシートもサンタナキアも、ラナーの前では敵ではない。ロイゼンで全力を出せる相手など、誰もいないのだ。

 だから、溜まっていた。

 あらゆるものを溜め、不満を抱き、イライラし、くすぶり、嘆いていた。心が締め付けられ、苦しく、痛く、どろどろし、ギスギスし、沈殿していった。

 それを解放する。吐き出す。燃やす。

「参ります!!! あなたを殺す!!!」
「そうじゃ! 闘争本能を燃やせ!! 猛々しく剣を振れ! 盾で押し潰せ!! それぞ武人!! 人を殺す存在じゃ!!! 燃やして、燃やして、燃やし尽くせ!!!」

 武人の力は、暴力。

 それが求める理念とは違うものであっても、やはり力そのものなのだ。自身の中に眠っている闘争本能は、どうやってもなくなりはしない。

 燃焼させ、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし、燃やし―――


 燃やし尽くさねば、消えない!!!



 そこから先は、死闘。



 ホウサンオーは隻透や吸浸、あるいは剛の剣を使い、ダメージを与えながら生体磁気を吸収する。それによってまた大技を使い、手数と技の多彩さで追い詰めていく。

 その一撃は神白光鎧すら打ち砕き、強靭な肉体を傷つける。

 それを、ラナーは持ち前の体力でカバー。ダメージを即座に回復させ、いったいどれだけあるのかわからない、恐るべき戦気量によって鎧を復元させる。

 内側に無敵障壁を張れば、肉体的ダメージは抑えられる。ただ、鎧を攻撃されて破損させられると、障壁自体が使えなくなることもあるので、それを戦気で補う形となる。

 それは消耗戦。

 ホウサンオーが奪えば、ラナーは搾り出す。ホウサンオーが奪えば、ラナーは搾り出す。ホウサンオーが奪えば、ラナーは搾り出す。ホウサンオーが奪えば、ラナーは搾り出す。ホウサンオーが奪えば、ラナーは搾り出す。ホウサンオーが奪えば、ラナーは搾り出す。

 なんという持久力だろうか。奪っても奪っても、ラナーは練り出してくる。これが他にも使えるエネルギーだったら、世の中のエネルギー問題は一瞬で解決してしまうと思えるほど、底なしである。

 これは、ホウサンオーが有利―――ではない。

 一見すれば、吸浸によって生体磁気を奪えるので、それをリサイクルして使っているように見えるが、相手の生体磁気は自分のものとは若干ながら質が違う。

 それを自分のものに調整する時間と手間に加え、自己の生体磁気も多少ながら使用する。自己のものと混ぜ合わせることによって、なんとか使っているのだ。違うオイルを使うわけなので、技の威力も微妙に下がる。うまい話には裏がある。だが、使える能力である。

 ただしこの異能は、続けて使用するものではない。長時間使用していると、相手の生体磁気を変換できなくなり―――ナイト・オブ・ザ・バーンがよろける。

「うおおおおおおおおおおお!」

 そこにシルバー・ザ・ホワイトナイトの突進が直撃。激しい勢いに圧され、反対側まで吹っ飛び、守護領域にぶち当たる。

 それで終わらない。さらに追撃。

 相手が動けないところに、再びシールドで突進し、ぶちかます。メシィッという、重い金属がひしゃげる音がした。

「痛い…のぉお!」

 ナイト・オブ・ザ・バーンは、手で盾を強引に押しのけ、中に割り込む。この時、刀を捨てる。邪魔になるからだ。

 それからシールドを持っている左腕を蹴り上げる。今度は、ラナーの左腕に衝撃と痺れ。シルバー・ザ・ホワイトナイトの腕が、破損したのだ。

 ラナーは自身もシールドを離すと、剣の柄でナイト・オブ・ザ・バーンの顔面をぶん殴る。それに負けじと、ナイト・オブ・ザ・バーンも手刀を首筋に突き立てる。

 戦刃である。

 この時のホウサンオーは、オールSSS。戦士の因子も10になっているので、ゾバークにやったときとは比べ物にならない威力。まともに当たれば、首を切り落とすこともできるだろう。

 が、ラナーは無敵障壁で防御。ノーダメージ。

 それから聖剣を振るい、爆発を引き起こす。アレクシートが使った炎王強撃波である。それによって距離を取ったシルバー・ザ・ホワイトナイトが盾を拾った瞬間、すでにナイト・オブ・ザ・バーンも刀を持っていた。

 剣光気の一撃。肩に直撃。

 鎧を砕き、ラナーの鎖骨をへし折った一撃であるが、吸浸はない。すでに転換することができなくなったので、もうやる意味がないのだ。

 それを悟ったラナーは、勝負に出る。

 シールドバッシュで刀を押しのけ、体当たり。顔面からぶつかるような頭突きで、ナイト・オブ・ザ・バーンをよろけさせる。そこに聖剣の一撃。

 白金色に輝いた剣が、ナイト・オブ・ザ・バーンの装甲を打ち砕く。突き刺さり、割り裂く。ホウサンオーは、胸から出血。真っ黒な黒衣に、赤黒い染みが広がる。

「まだまだじゃぞ!! こんなもんで、血脈は焦らん!! もっともっとじゃ!!」
「殺す、殺す!! あなたを殺す!!!」

 ナイト・オブ・ザ・バーンが、乱雑に剣を振るう。シルバー・ザ・ホワイトナイトは、よけない。直撃。ラナーの頭からも出血。

 傷を回復することはしない。そこに回す戦気が勿体ないからだ。すべてを攻撃に転化し、叩きつける。聖剣が、防御したホウサンオーの左腕を抉る。

 まだ完全に接着されていない腕が、悲鳴を上げた。が、それを無視してナイト・オブ・ザ・バーンは強引に機体を持ち上げ、刀を振るう。それをラナーは許さない。さらに密着し、マゴノテを使わせない。

 ならばと、ナイト・オブ・ザ・バーンは、密着した体勢から剣龍波動を放ち、遠隔操作でシルバー・ザ・ホワイトナイトの背中を強襲。

 ラナーは無視。背中に喰いつく剣龍を放置し、ひたすら圧し込んでいく。シールドで叩き、聖剣で叩き、頭突きで叩き、身体全体で叩く。

 叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く、叩く!!

 ホウサンオーが、吐血。

 ただひたすらに圧力を加えるというラナーの戦い方は、実に乱暴である。しかしながら、これこそが彼の戦いであり、ホウサンオーにとっては、もっとも苦手とするもの。

 だから、すべてを犠牲にしてでも、ひたすら圧すことを選ぶ。
 圧す。圧し潰す。叩く。叩き潰す。

 その間も、剣龍波動は威力を増し続け、ラナーの鎧を貫通。背中に鈍い痛みが走る。龍は噛み付くだけではなく、食い破るからだ。歯を突き立て、皮膚を破り、肉を引きちぎる。オマケに剣気の波動で、ずたずたに傷口を荒らしていく。

 それでも無敵障壁は使わない。

 もしそれをやってしまえば、この攻撃の流れが切れてしまう。神白の加護は、たしかに防御に関しては無敵である。されど、それもまたナイト・オブ・ザ・バーンの障壁のように、一瞬の間が生じるのだ。

 特に部分的に使うやり方は、相手の剣筋を読み、事前に張らねばならない。この高速戦闘において、考えてからやるのでは遅い。そうなると精神を防御に集中させねばならず、相手を倒すという目的から遠ざかる。

 時間はかけない。
 かけさせない、という意思表示。

 ホウサンオーを相手にする場合、自分が有利な点は二つ。

 これは明白。若さと体力である。

 老練な達人でさえ、時に血気盛んな若者に負ける。勢い、時勢、無茶、がむしゃら、無謀、蛮勇、言葉は何でもかまわない。結果的に負けてしまえば、勝ってしまえば、それ以外は問題ではなくなる。

 ラナーが、ホウサンオーに認められた時のように、それを行うことに夢中になる。目の前のことだけに熱中し、殺すためだけに自分を叩きつける。

 少しでも考えたら駄目だ。
 何かを迷ったら、これはできない。

「潰す、潰す、潰す!! 潰す、潰す、潰す、潰す、潰す、潰す、潰す、潰す、潰す―――!!」

 相手が防御しても、潰す。戦気を出しても、潰す。刀を振ろうとしても、潰す。何をやっても潰す。

 その純粋なまでの殺意が一点に集約された時―――



―――切れた



 ナイト・オブ・ザ・バーンから、力が抜けていく。それはまるで、操り人形の糸が切れたように、がくっと一気に崩れる。

 全身から大量の汗が噴き出し、力が抜け、膝がガクガクと震え、肩が異様に重くなり、関節が硬くなり、指を動かすことも困難になる。


 ホウサンオーが、限界を超えたのだ。


「うう…ぐ…。歳は…取りたく……ないのぅ」
「はぁああああああ!」
「見えても…よけられん…か」

 ラナーの動きは、もう単調だった。いつものホウサンオーなら、軽くひょいっと逃げられるだろう。だが、今はそれもできない。

 ただ目の前から向かってくる若者の突進を―――直撃。

 まともに入った。今までは、多少なりとも芯をずらし、ダメージを軽減させていたのだが、これは紛れもなくクリーンヒット。

 ボクシングの試合を思い出してほしい。本当にクリーンヒットした一撃には、どんなにタフな人間でも耐えられない。それが同等のレベルの相手でも、同等だからこそ、一気に崩れる。

 身体中の骨が砕けるような音がした。背骨が折れたのだろう。腕の骨も折れたに違いない。

 そこに追撃。

 十分な間合いを取り、シルバー・ザ・ホワイトナイトが聖剣シルバートを構える。


―――無夙


 無夙を使った【剣の一撃】。

 これは盾ではない。盾での一撃は強力であるが、今度は突き殺すための一撃。


―――狙いは、心臓


 ブラッド・ザ・ソードマスター〈剣王の血脈〉がある、ホウサンオーの心臓。

 聖剣が、突き刺さる。

 無防備かつ、強い戦気も出せない今のナイト・オブ・ザ・バーンは、ただ硬いだけの存在。それくらいならば、シルバー・ザ・ホワイトナイトという戦闘用神機において、貫けないものではない。


―――心臓を貫き、背部にまで貫通。


 そして、ホウサンオーの左胸がざっくり切り開かれ、大量の血液が噴き出した。

 ドクドクドクドク、ドクドクドクドク、ドクドクドクドク。

 剣王の血脈が、蠢いているのがわかる。なんとか宿主を再生させようと、大量の血液を生み出す。だが、それ以上に出血量が多い。

 がんばる、生み出す、噴き出す。
 がんばる、生み出す、噴き出す。
 がんばる、生み出す、噴き出す。

 足りない。全然足りない。力が足りない。ホウサンオーの自慢の長い髭も、白から赤に変わってしまうほど、この場は―――赤い!!

「はぁっ…はぁっ!!! はぁはぁっ!! やった…のか?」

 ラナーは、手に残る感触によって、致命傷であったことを確信する。間違いなくホウサンオーの心臓を貫いた感覚がある。

「やった…。私は、やった…か」

 その達成感に力を抜きたくなるが、まだ終われない。シールドを捨て、両手で聖剣に力を込め、抉る。掻き回す。ぐちゃぐちゃにする。そのたびに、手には不快な感覚が残る。

 同時に、興奮。

 武人とは、戦うための存在。相手を殺すための存在。ホウサンオーや他の剣王が言うように、それはただ【斬るためにある】のである。殺すためにあるのだ。

 それに対して興奮を覚えるということは、人間が持つ理性から遠ざかっていくことを意味した。人が本来持つ、優しさや神性といったものを否定し、人ではないものになるということ。

(穢れた。穢れてしまった。私はこの手を、血に染めたのだ。剣王を殺した男になった)

 血が噴き出し、シルバー・ザ・ホワイトナイトの白銀の装甲が、赤に染まっていく。刻まれた証。殺人の証。それは一生消えることのない、咎であり罪だ。

 それでも、守らねばならない。

 この世界の秩序を。この世界に生きる者たちを。まだこの世が綺麗だと思っている、愚かで哀れな人間のために、自分は身を捧げなくてはならない。

 それが、紅虎とは違う自分なりの生き方。
 違うことが腹立たしく、哀しく、つらい生き方。

(血に気をつけろ。そう言っていた)

 ラナーは、感傷に浸ろうとする自分を再度戒める。剣王の血脈の怖いところは、その侵食性である。宿主を殺した人間の力を認め、そこに寄生しようとする。

 心臓を潰したからといって、まだ油断はできない。
 剣を抜き、少し離れてから様子を見る。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは動かない。
 ホウサンオーは動かない。

 死んだのだ。



―――ホウサンオーは、死んだのだ



―――剣王は、死んだのだ



(この返り血は大丈夫なのか? 剣王の血脈は、本当にまだ生きているのか? 襲いかかってくるのか? 機体に乗っていれば大丈夫なのか?)

 ラナーの頭には、さまざまな可能性が浮かぶが、そのどれもが定かではない。まるでウィルスの心配をするように、あらゆるものが不安に感じる。

 不安だ。不安だ。不安だ。

 この不安は、何から来るのだろうか。自分が罪を犯し、神性の光が痛むことで起こる不安だろうか。未来において突きつけられる罪状を心配しているのだろうか。

 それは間違いない。

 ラナーは怖い。怖いのだ。その不安が、そういったものから生まれているのは間違いない。

「首を…ねる」

 この空間を縮小する前に、ナイト・オブ・ザ・バーンの首を切り落とし、掲げねばならない。賊を討ち取ったのだと、人々に、五大国家に、国際連盟に、ロイゼンに、そしてカーリスに、法王に。

 そして、そこから始まるのだ。

 この偉業によって、ますます自分の名声は高まる。それ自体はどうでもよいが、改革に賛同する仲間が増えるだろう。剣王を殺すという大罪まで犯したのだから、それに見合うだけの世界を生み出さねばならない。

 不正を排し、無秩序を止め、過去の因縁を切り、新しい真っ白な世界を生み出すのだ。そこで自分は、白い象徴になるだろう。中身が穢れていても、見る者の目が曇っていればわからないのだから…。



 そうして、シルバー・ザ・ホワイトナイトが、倒れたナイト・オブ・ザ・バーンに近寄ったとき―――【跳ねる】。



 倒れて動かない機体が、跳ねた。それはまるで電気ショックを受け、身体がビクンッと跳ね上がる光景に似ていた。

 跳ねる、跳ねる、跳ねる。
 その中心地は、心臓。

「まさか! ブラッド・ザ・ソードマスター〈剣王の血脈〉が、寄生のために動き出したのか!?」

 ホウサンオーが言っていた通り、彼の心臓は自発的に、自律して動いているように見える。跳ねる時も、胸が上空に突き出されるように動いているので、その可能性は高い。

「まだ破壊が足りないのか! なんという生命力だ!」

 もしかしたら、ナイト・オブ・ザ・バーンとのリンクが切れたのかもしれない。そのせいで、不完全な殺傷だったのかもしれない。

 ならば、ホウサンオーそのものを消し去るしかない。この機体そのものを破壊し尽くすしかない。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトは、血塗れの聖剣を構える。

「ご無礼、お許しを!!」

 死人をさらに傷つける行為には嫌悪感を抱くが、この場合は致し方がない。エイリアンのように、人間に寄生していたら、それが死体であっても攻撃するしかないのだ。

 だからこそ、躊躇わない。

 再び本気で突き刺す。



―――剣が、止まった




 コックピットがあるであろう、胸の中心部を狙った一撃が、止まった。

 ラナーが、止めたのか―――否

 それを止めたのは、ナイト・オブ・ザ・バーン。

 【彼女】の右手が、聖剣を掴んでいるのだ。

「まさか、生きている!? いや、だが…!! 戦気は感じない!」

 すでにホウサンオーからは、戦気が発せられていない。死んでいるのだから当然である。死んだ人間は、武人であっても練気ができない。

 ならば、何なのか。
 これは何なのか。

 そこで、一つの可能性に気がつく。

 この黒機は、ホウサンオーのために造られた機体。タオが造った、オブザバーンという存在。それは神機にも匹敵する存在。

「機体が……生きている…のか? シルバーと同じく?」

 シルバー・ザ・ホワイトナイトは、神機である。神機の核となっているテラ・ジュエルには、意思がある。搭乗者を自ら選び、野良神機がそうであるように、自ら機体を動かすこともできる。

 そうであるのならば、ナイト・オブ・ザ・バーンが動いてもおかしくはない。

 この機体には、神機と同じシステムが組み込まれている。カノン・システムがそうならば、機体の核となっているテラ・ジュエルもまた、神機と同じ力を持つと考えるべきだろう。


 ああ、それは言い方が違う。


―――このジュエルは、もともと生きていた


―――【彼女】が乗っていた、【あの機体】のものだから


 ナイト・オブ・ザ・バーンは、聖剣を掴みながら立ち上がり、跳ね除ける。これを動かしているのは、黒神太姫。

 バンッ!!

 それから、自分の胸を叩いた。

 バンッ!!
 バンッ!!
 バンッ!!

 さらに叩く。

 バンッ!! バンッ!! バンッ!! バンッ!! バンッ!! バンッ!! バンッ!! バンッ!! バンッ!! バンッ!! バンッ!! バンッ!! バンッ!! バンッ!! バンッ!! バンッ!! バンッ!! バンッ!! バンッ!!

 乱暴に自分の胸を叩き続ける―――心臓マッサージのように。

「な、何を…しているのだ?」

 ラナーは、その異様な光景に戸惑うばかりである。

 機体が自ら動くことはありえる。特にこうしてシンクロした後は、機体も十分に温まっているので、自らの意思を顕現しやすくなる。

 だが、その行為がおかしい。何かがおかしい。

「見ているわけにはいかん!! 単独で動くのならば、機体をすべて破壊する!!」

 シルバー・ザ・ホワイトナイトは、再び聖剣で攻撃を仕掛ける。心臓を貫くために、突く。が、ナイト・オブ・ザ・バーンは、華麗な動きで回避。その際に刀を拾うという芸当さえ見せる。

「なっ! その動きは…!」

 まるで人を食ったかのような、飄々としたホウサンオーの動きである。こちらの動きを先読みして、最小限の動きで対応する。おかげでラナーの攻撃は、見事にかわされた。

 これも黒神太姫がやっていること。

 ホウサンオーによって教育されたAIが、動きをトレースしたのだ。そのために今まで動きを教えていたのである。いまや、彼女単体でも戦闘が可能なほどに成長している。

 もちろん、搭乗者のいるシルバー・ザ・ホワイトナイトと対等に戦うことはできない。逃げ回るので精一杯。だが、それで十分である。

 この行為が終わるまで。


 その血が―――巡るまで。


 ナイト・オブ・ザ・バーンの装甲が、割れていく。割れた装甲の下には、剥き出しになった人工筋肉が見える。

 そこにあるのは【血管】。

 普通のMGならば、ジュエル・モーターから送られてくる戦気を供給するための触媒として、術式で加工した特殊金属線などが使用されるが、ナイト・オブ・ザ・バーンのものは、違う。

 文字通り、搭乗者の血を供給するためのもの。ホウサンオーの血を、剣王の血脈の血を、身体中に巡らすためのもの。

〈ピピピ〉

 黒神太姫が、コックピット内部で動かなくなったホウサンオーの心臓に、太い針を突き刺す。そこから血を吸い出し―――

 ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン! ドクン!

 自身の身体へと供給していく。

 そのたびに、黒かったナイト・オブ・ザ・バーンの身体に、赤く脈動する血管が浮き出ていく。黒の下地の中に、いくつもの赤い線が描かれ、何かの儀式で使うような紋様が現れた。

〈ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ〉

 黒神太姫が、プログラムを作動させる。凄まじいまでの演算をこなし、【封印】を解いていく。

 タオが、「最後の最後まで使わないように」と注意していたもの。あのタオが、できる限り使わないでほしい、と言ったもの。あの狂気の天才が、怖れるほどのもの。

 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。

 脈拍が安定してきた。ホウサンオーから吸った血が、上手く流れに乗った証拠である。それから【宿主】を起こす。

〈ピピピピ…ホウ……ピピピピ…サ……ピピピピ…オ〉

〈ホウサ…ピピピピ…ピピピピ……オー〉

〈ホウサン…ピピピピ…オー〉

〈ホウサンオー〉



―――〈オ・ジ・イ・チャ・ン〉



「―――――――――――っ!!!」



 ビクンッ、とホウサンオーの身体が跳ね上がった。

 今度はナイト・オブ・ザ・バーンから、ホウサンオーに対して血が輸血されたのだ。当人から機体を巡り、加速され、熱された、熱い熱い熱湯のような血液が、再び当人に巡っていく。

「ううっ…ウウウウ!!!!」

 TJM、ツイン・ジュエル・モーターが加速する。相反するジュエルが反発し、力を生み出していく。強引に引き上げていく。引っ張り上げ、顔をはたき、目を覚まさせる。

 気付け薬とばかりに、さらに薬剤が投与される。大量の増血剤、活性剤、緩和剤代わりの違法麻薬、筋肉増強剤、生体磁気を強化する特殊薬品、ロキの強化にも使われる、ジュエルを砕いて溶かした覚醒強化剤。

 その他、あらゆる強化薬が強制的に投与され、老体であった肉体に力を与えていく。生きる力、戦う力―――


―――敵を殺す力を


 極めつけは、これ。

〈ピピピピ、ケンジャ…の……イシ……使用許可……〉

「ううっ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 ホウサンオーが、爆発した。

 まさに全身が砕け散ったような衝撃と痛みに晒され、それに反応するように強烈な戦気が噴き出す。

 まったくもって、乱暴。

 すでに死んだ人間。脈拍が止まった人間に対して、あらゆる薬をぶっこみ、心臓を殴りつけ、引っぱたいて、電気ショックを与え、それでも駄目なら【造り変える】。

 そう、この肉体が駄目ならば、さっさと新しいものにすればいい。昔のように若々しく、昔のように荒々しく、昔のようにとんがったものにすればいい。

 覚えているだろうか。

 ユニサンが、般若の仮面を使って蘇ったことを。

 それがなぜ、ホウサンオーにはないと思うのだろう。


―――たかだかユニサン程度にさえあるものが、ないわけがない


 たしかに危険だ。これは危険なものだ。だが、そんなことはわかっている。

 そうとわかっていても―――



「怒りは―――とめられんかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」



 ホウサンオーが、カッと目を見開く。

 あらゆる汚い手を使って、ジジイ復活である。

「まったく…。おちおち寝てもいられんのか。あまりに痛いから、飛び起きちまったぞい!! いたたた!! こんなに痛いんかい!! 薬物、使いすぎじゃぞ! もっと老体を労わらんかい!」

〈オジイ…チャン…ピピピピ〉

「おお、姫か!!! いつの間にか、しゃべられるようになっとるのぉ! けっこう、けっこう! さすがワシの孫じゃな!」

 覚醒した意識を確認するように、モニターをチェック。
 そこには、一つの言葉が浮かんでいた。


 ジ・エンド・オブ・ザ・バーン〈燃焼せし終焉の炎〉


 オブザバーンの最終形態であり、すべての力を解放した姿。オブザバーンそれぞれに違う形態があり、ナイト・オブ・ザ・バーンにとっては、これが本来の姿である。

 障壁機能がある肩のパーツは排出され、余計な装甲も捨てて身軽な姿になっている。一部では、人工筋肉すら剥き出しである。それゆえか、より人間らしい姿に見える。

 フェイスガードも開き、機体の顔も完全に露わになる。

 それは、【怒れる人間の顔】。

 怒り狂ったような、恐ろしい形相。目は真っ赤に燃え上がり、口は真っ赤に裂け、顔中に赤い血管が浮き出ている。修羅、悪魔、悪鬼、好きな名前で呼べばいいだろう。そのどれもが正しいのだから。

「ジ・エンド・オブ・ザ・バーン〈燃焼せし終焉の炎〉、か。…まったく、ジジイに難しい言葉はわからんな。若いやつらは、すぐに格好をつけたがるしの。横文字は読みにくいし…」
「何を…何を……。何が…起こったのですか……」
「あ? ああ、お前さん、いたのか。そうじゃったな。そういえば、戦っておったな」

 ホウサンオーは、動けないラナーを見る。

 彼は、この状況を見過ごしたわけではない。必死に止めようとした。剣を振るった。殺そうとした。だが、殺せなかった。ナイト・オブ・ザ・バーンの動きが速くて、止められなかったのだ。

 それは、どんどん加速していった。血が巡るのに合わせて、さらに強く、速くなっていったのだ。

 機体だけで。

 そう、いつしか機体の性能だけで、搭乗者が乗っているシルバー・ザ・ホワイトナイトを凌駕したのだ。その意味が、いかに残酷な事実を物語っているかわかるだろうか。

「ふぅうう、身体を弄られるってのは、いい気分ではないの。ドーピングもドーピング、果ては禁忌にすら簡単に手を染める。まったくもって、ワシらは【悪魔の組織】じゃな。まあ、偽りの正義を振りかざすよりは、幾分かましじゃがな」

 ホウサンオーの肉体は、張りを取り戻していた。

 顔こそ、まだ若干の老いを残しているが、肉体的には全盛期に近い。いや、全盛期すら超える肉体を手に入れている。各種ドーピングに加え、賢者の石を使って肉体を修復強化したからだ。

「あーあ、これで寿命が一気に減ったの。ただでさえ、ジジイなんじゃ。これ以上老いたら、いつ死ぬかわからんぞい」

 身体の色は、【血の赤】。

 剣王の血脈が全身に巡り、血管を破って筋肉にすら巡り、皮膚の裏側にまで根が伸びているからだ。ナサリリスの身体が、漂白されたように真っ白なのと同じである。

 寄生型のジュエルが、本当の意味で全身に巡ると、肌の色までが変わってしまう。ユニサンが真っ黒になったように。

「せっかく心臓を貫いてもらったわけじゃが…すまんな。やっぱりお前さんじゃ、ワシを殺せんかったか。努力はしたんじゃろうがな」
「何が…」
「誇っていいぞ。お前さんは、剣王に勝った。これは紛れもない事実じゃ。剣王であるワシは、負けた」

 剣王として、ホウサンオーは全力で戦った。それに対して、正々堂々とラナーは一騎討ちで勝った。

 ホウサンオーが消耗していたなど、まったく言い訳にもならない。勝負とは、常に平等だからだ。いかなるときでさえ、戦う準備が整わねばならないのが武人である。それが嫌ならば、戦場に出なければよいのだ。

 そして、ホウサンオーは死んだ。

 剣王としての彼は、死んだ。


「だからの、これからはバーン〈人を焼く者〉じゃ。剣王ではなく、単なるバーンとして戦わせてもらう。知っておるか? バーンは強いぞ。ワシも驚くほどにな。知らぬか? ならば、教えてやろう。その強さを、その悪魔の力を!!」


「―――っ!!!」

 ラナーが危険を察し、シルバー・ザ・ホワイトナイトがシールドを構えた瞬間には、すでにナイト・オブ・ザ・バーンは、刀をシールドに振り下ろしていた。

 シールドには、無敵効果がある。これを破ることはできない。衝撃さえ、大半は吸収してしまう。


―――それが、圧される


 ただ圧されたのではない。圧し潰され、捻じ伏せられ、大地に機体ごと叩きつけられる。

「がっ…はっ!」
「ほれ、眠るのは早いぞ」

 ナイト・オブ・ザ・バーンが、倒れたシルバー・ザ・ホワイトナイトに向かって、地面を抉りながら刀を下薙ぎに振るう。

 倒れながらも、かろうじてシールドで防御に成功。だが、再びシールドは衝撃を吸収しきれず、宙に跳ね飛ばされる。

 そこにナイト・オブ・ザ・バーンが跳躍。追撃。

 刀を振り下ろして、宙に吹っ飛んだシルバー・ザ・ホワイトナイトを、再び地面に叩きつける。

 叩きつけた瞬間には、ナイト・オブ・ザ・バーンも大地にたどり着いていた。自分が吹き飛ばした存在と同じ速度で追いかけたのだ。空気の壁を蹴り、大地に向かって跳躍したのだ。その衝撃で、世界が揺れる。

 機体が埋まる前に、蹴り。

 聖鎧が、ぐしゃりと曲がった音がした直後、横に吹き飛び、大地を抉りながら守護領域の壁にまで叩きつけられる。

「がっ…! ぐうっ、うう!! な、なんだ…! 何が起きた…!」

 思考が追いつかないラナーは、本能で身を守ることしかできない。無意識のうちにシールドを出して、悪魔のような攻撃を耐えることしかできない。

 無敵障壁を出すことも忘れている。否。そもそも無敵であるシールドに対して攻撃をされているのだ。そこで使う意味はない。

 されど、聖盾が威力を吸収しきれていない。

 物理的な破損は、シールドには見られない。さすが古代の遺物である。どんなに攻撃されても傷つかないのだ。そうであるのならば、これはいったい何なのか。

(剣速が速すぎる! 衝撃波が、シールドの範囲を超えているのだ)

 攻撃が強すぎる。速すぎる。ラナーでさえ、目視できないほどに速い。何が起こったのか理解できず、気がついたら吹っ飛ばされている状態だ。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは、さらに追撃。

 壁に追い込んだシルバー・ザ・ホワイトナイトに対し、刀を振り回して攻撃を続ける。そのどれもが、もはや見えない。ただ破裂音だけが聴こえる。

「加護よ!! 加護よ!! 神白の加護よ!!!」

 ラナーは、シールドで防御しながら、必死に神白の加護を発動させる。

 さすがに無敵効果は絶大で、赤い血管が浮き出たナイト・オブ・ザ・バーンの攻撃でさえ、完全に無力化する。これはこういう能力なので、相手がどれほど強くても関係ないのだ。

 だが、部分的になど、できない。

 あらゆる角度から、乱雑に攻撃されるため、いちいち部分を指定して無敵にすることができない。しかも、これは八吊手ではない。ただ無造作に剣を振るっているだけのこと。

 怒り狂った人間が、激情のままに剣を振り払っているにすぎない。防戦一方になった相手を、殺意をもって、怒りのままに殴っているにすぎない。

 ただ力任せに―――殴りつける。

 剣で殴りつける。まさにその言葉が似合う。

 剣で斬るには、技量が必要だ。特にマゴノテのような長い刀を振るうには、手首のしなりから体重移動まで、実に繊細な作業が必要である。

 今までのホウサンオーは、それをずっとやっていた。誰もが惚れ惚れとする卓越した技術で、それをこなしていた。だからこそ美しかった。努力の結晶が見えたからだ。

 しかしながら、今の彼は違う。

 ただ肉体能力に身を任せ、機体性能に頼り、適当に乱雑に、無造作に無意識に刀を振るっている。だから、ぶつかるたびに刀が嫌な音を立てるのだ。

(こんなもの、技ではない! 剣ですらない!!!)

 ラナーは、今までとの違いに恐怖すら感じる。

 その理由がわかるから。
 なぜ、そうするのかわかるから。


―――必要がないから


 金属バットで頭を殴る際、いちいち数ミリのズレを気にするだろうか。野球ならば、芯を外せば違う場所にボールが飛ぶが、殴り殺すのならば、それくらいのズレは問題ではない。

 完全なる実力差、相手との圧倒的な性能差があれば、そんなことは実に些細なこと。

 その証拠に―――



―――守護領域を斬った



「っ―――?!!??」

 ラナーは、何が起こったのか、それこそ理解に苦しんだ。

 絶対領域の一つである守護領域が、うっかりシールドの端に当てたため軌道がズレた刀に当たり、切れた。

 強い力でトタン板を引き裂いたように、バリバリバリッという音を立てて、守護領域が破壊された。その後の衝撃波によって、亀裂が入った場所から崩れ、数十メートル大の穴が生まれた。

 そこから、外が見える。

 やはり守護領域が壊されたのだ。完璧で完全であった世界が、圧倒的な暴力によって破壊された瞬間である。

 雨が、降っていた。

 外の世界は、いつの間にか暗くなり、赤い雨が降り注いでいた。

 その赤い雨は、ひどく心をざわつかせる。不安にさせる。この状況が最悪のものであることを悟らせてくれる。


「死……ぬ」


 その瞬間、ラナーは、死ぬのは自分なのだと理解した。

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