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零章 第四部『加速と収束の戦場』

九十一話 「RD事変 其の九十 『剣王と剣聖、雪熊と覇獣② 剣王の血脈』」

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「少しお前さんのことを見直したわ。その気迫、その感情、そうであってこその剣聖…いや、剣士じゃな」

 ホウサンオーはラナーの本質に触れ、彼というものを理解した。武人という存在は、こうやって戦いあい、互いを認識していくものだ。

 ラナーの本質は、純粋。

 今まで出会った剣聖も強かったが、本物の力と比べれば、儚く霞んでしまう。彼は紛れもなく剣聖であった。どこまでも潔白であった。

 だからこそ、言う。

「ならば、お前さんは本気で戦うべきじゃな。その戦い方で勝っても負けても、紅虎様は褒めてくださらんじゃろう」

 剣だけで戦うスタイルは、あくまでホウサンオーのもの。攻撃型の剣士が得意とするもの。盾を使わないことはデメリットも多いが、そもそも力の弱い剣士には不向きなものだ。それよりは剣だけを使ったほうが、余計なことに力を回さないで済む。

 が、ラナーは違う。

 盾を使ってこその防御型。その真髄。彼らは盾という防御の要をもちいて、ひたすらに守備を固める。そして盾すら武器にし、相手を力づくで圧倒する。当然剣も使うが、それは盾あってこその武器なのだ。

 ならば、これは本当の姿ではない。

「たしかに、その通りです。師匠は、こんなことは望まれていないでしょう」
「まさか、盾を使ったらワシに圧勝しちまう、だなんて思ってなかろう?」
「それこそまさか、でしょう。ですが肉体的には、こちらが上回っているのは事実のようです。そう長くはもたないでしょう」
「はっ、まだまだお前さんは、剣王のことを知らんな。なめておるよ。安心せい。今から使わざるをえないようにしてやろう」
「なめてなど―――っ!」

 ナイト・オブ・ザ・バーンが消えた。

 一瞬で姿を消し、視界から消える。普通の武人ならば、その動きを捉えることはできないが、紅虎と戦い続けていた彼には、流れるように移動したナイト・オブ・ザ・バーンの影が見えた。

 直後、真横には、すでに刀を振り下ろしているナイト・オブ・ザ・バーンの姿。左側に回り込まれたので、とっさにシールドでガード。聖盾は、難なく攻撃を防ぐ。

(くっ、速い!)

 その速度は、シルバー・ザ・ホワイトナイトを上回っていた。もとより重装甲型なので、機動性という意味では不利である。ラナーの足腰が強いので気にならないが、そうでなければ鈍重な動きになっていただろう。

 ただこれは、ナイト・オブ・ザ・バーンが速いのだ。彼らが盾を持たない利点もここにある。軽量の鎧、最低限の装備で臨むことは、何よりも速度を上げるためである。ひたすらに攻撃を続けることこそ、攻撃型剣士の真骨頂なのだ。

 機体の性能も高く、多くの足技を身につけているホウサンオーにとって、速さというのは最大の武器である。間合いの長さと速さが加われば、戦場を駆ける刃風となる。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは背後に回りこみ、斬撃。シルバー・ザ・ホワイトナイトは慌てて回転し、攻撃をガード。今回もシールドを使った。使わされた。

 シールドの中から相手を覗き見ようとした瞬間―――

 再び背後に回られていた。

 そこから斬撃。今回も必死に振り返ってシールドでガード。防がれたので移動を開始。シールドが効果を発揮しない前面以外の方向に移動し、斬撃、それをガード。

 移動し、斬撃、それをガード。移動し、斬撃、それをガード。移動し、斬撃、それをガード。移動し、斬撃、それをガード。移動し、斬撃、それをガード。移動し、斬撃、それをガード。移動し、斬撃、それをガード。移動し、斬撃、それをガード。移動し、斬撃、それをガード。移動し、斬撃、それをガード。

「ぐっ―――!!」

 徐々にナイト・オブ・ザ・バーンの速度が上がっていく。無夙に匹敵するほどの速度で周囲を回りながら、鋭い斬撃を繰り広げていく。しかも剣光気付きなので、攻撃力は維持したままだ。シールドを使うしかない。

 だがこれは、根本的な問題である。

 ラナーは、なぜ無夙を使っていたのか。使うしかなかったのだ。こうした足技に頼るしか、この重い機体を素早く動かせないからだ。それ自体が凄いことだが、やはり直線的な動きである。こうして円の動きをされると、対応がどうしても遅れる。

 それが普通の敵ならばまだしも、至高レベルの相手では対等にはならない。少しずつ対応が遅れ始め、タイミングも危うくなっていく。

 そして、ついにシールドの対応が間に合わなくなり、刃が背後からシルバー・ザ・ホワイトナイトに迫る。

―――衝撃

 剣光気の一撃が、聖鎧に叩きつけられる。その衝撃に、ラナーの強靭な肉体も軋む。

「はぁああああああ!」

 ラナーは盾を振り回し、窮地を脱出。それから無夙で移動し、守護領域の端まで移動。背後を埋める。退路は断たれるが、防御方向を限定できるので、むしろこのほうがいい。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは、ゆっくりとシルバー・ザ・ホワイトナイトに向かっていく。その姿に焦りはない。まさに王者の貫禄で、一歩一歩近寄っていく。

 そして、いつもの間合いに入る少し前に、剣を構える。

(少し遠い?)

 ラナーも、今まで見たホウサンオーの間合いと比べ、およそ百メートルほど遠いことを見抜く。それにもかかわらず、ナイト・オブ・ザ・バーンが刀を突き出す。

 剣気が伸びる。
 向かってくる。

 だが、これは剣硬気ではない。間合いを伸ばすために使う技ではない。放出された剣気が回転を始め、唸りを上げる。剣気がシルバー・ザ・ホワイトナイトを包み―――

―――貫く

 まるでドリルのように高速回転した剣気が、一本の閃となり、凄まじい勢いでシルバー・ザ・ホワイトナイトを圧し込んでいく。これだけを見れば、アミカが使った水門華に回転を加えた水門華・旋に似ているが、その大きさが違う。

 横に発生したトルネードのように、シルバー・ザ・ホワイトナイトを覆い、掻き回し、砕き、割り、切り裂き、バラバラにしようとする。より似た技を挙げれば、ジン・アズマが使った風雲刃に近いだろうか。が、これには貫通力があり、少しでも動けば貫かれてしまいそうになる。

「ぐうう…おおお!」

 シールドで防ぐが、あまりの膨大な剣気に機体ごと揺らされる。その衝撃は、およそ八秒間、頑強で知られるシルバー・ザ・ホワイトナイトを脅かし続けた。

 そして、それにとどまらない。防いだと思った瞬間、剣気が龍の姿になり、聖剣を持っている腕に噛み付く。より攻撃的な剣気によって強化された牙が、噛み砕こうとする。

「ぐっ!! これは!!」

 シールドで押し出し、聖剣で切り裂くが、剣気の龍は無数に分かれ、身体中に噛み付こうと迫ってくる。

「はぁああああああああ!」

 ラナーは剣気壁を張り、死角から襲ってくる攻撃に対処しつつ、シールドを使って龍を霧散させていく。生物ならばこうはいかないが、剣気で生み出したものならば、シールドの無効効果範囲内であった。

 そんな時―――


―――ナイト・オブ・ザ・バーンの顔が、そっと覗いた


「っ―――!」

 剣気の龍に気を取られた一瞬。そう、そんなに長い時間ではない。刹那に近い。その瞬間、シールドの上部に手をかけるナイト・オブ・ザ・バーンがいた。

 そして、乗り上がるようにして、こちらを見ている。
 静かに獲物を観察するような視線に、ラナーは戦慄した。

「おおおおおお!」

 シールドに乗りかかったナイト・オブ・ザ・バーンを、必死に押す。それは、車のボンネットに乗った人間を、走りながら左右に振って振り落とすような作業。

 ただ、ナイト・オブ・ザ・バーンはそこらの脇役ではないので、自らの力で跳躍し、空中から長い刀を振り抜いてきた。それを聖剣で切り払う。

 が、体勢が悪いため、押し負ける。そうして下がったところに、追ってきた剣気の龍が背中に噛み付く。それをまた振り払い、なんとか防御の態勢を整える。

(これは…なんだ?)

 ラナーは、いつの間にか冷や汗を流していた。

 突如、ホウサンオーの動きが変わったのだ。この三つの攻撃は、今までの剣技とはまるで違う。戦い方も間合いの取り方も、雰囲気すら違う。だから戸惑い、対応が遅れたのだ。

(最初の技は、四凶奉しきょうぶの太刀。次の放出技は、陣貫突じんかんとつせん。その次の龍は、剣龍波動けんりゅうはどう八又やつまた。どれもタイプが違う剣技だ)

 最初にホウサンオーが使った技は、四凶奉しきょうぶの太刀。高速で周囲を動き回りながら、死角から攻撃する剣王技である。相手の動きを先読みすることで、常に先手を奪うS級剣王技だ。

 次に放ったのは、陣貫突じんかんとつせん。放出系の剣技で、うねった巨大な戦気が敵陣を貫通するように走ることから、そう名付けられた技である。

 突きに該当する技だが、回転させることで貫通力を増した「旋」バージョンの技である。放出量が多い戦術奥義なので、これもS級剣王技に該当する。

 三つ目の技は、剣龍波動けんりゅうはどう八又やつまた。剣気を龍状に変化させ、敵を攻撃する技である。これを八つに分けて放つのが、八又。それぞれが違う動きで敵を襲うため、極めて回避が難しい技である。

 攻撃力も高く、噛み付かれれば簡単には離れない厄介な技だ。シルバー・ザ・ホワイトナイトのように、特殊なシールドがなければ、こう簡単には防げない。

(…おかしい。明らかにおかしい)

 ラナーの焦りは、その技自体にはない。たしかにホウサンオーならば、これらの技を使ってもおかしくないレベルにある。多様な技ではあるが、剣聖レベルならば使うことができるものばかりだ。

 だが、不可解である。

―――これは【遠隔操作系】の技だから

 最後の一撃は、遠隔操作系の武人でなければ、あのような細かい操作はできない。ただの剣龍波動ならば問題ないが、八又は遠隔操作系専用の技なのだ。

 今までホウサンオーは、そうしたそぶりは見せなかった。実はそうだった、という可能性はあるが、それにしても違和感がある。

(まるで別人のような…。技を使う時だけ、違う剣士を相手にしているようだ)

 そう、そうなのだ。動きや剣筋が読めないのは、今までのホウサンオーとは、まるで違う剣質をしているからだ。さきほどまで剣を合わせ、タイミングを測ってきたラナーにとって、これは厳しい条件だ。

 身体と目が馴染んでいるときに、突然タイミングを変えられると、誰にだって対応は難しい。しかもそれが、本当にまったく違うものだとすれば、ラナーほどの達人であっても、初手で反応するのは至難の業である。

 さらにナイト・オブ・ザ・バーンは突進。蛇行しながら走るステップ、蛇宴交走だえんこうそくで接近してくる。間合いを詰めつつ、距離感を惑わせる足技の一つである。

 が、これはフェイント。

 そこから―――無夙。

「なっ!!」

 刀を持ったままナイト・オブ・ザ・バーンが、無夙を使って加速。安全な角度から一瞬で懐に潜り込むと、刀を振り下ろす。

―――爆発

 高速で振り下ろされた刀がシールドに当たると同時に、激しい炎を噴き出し、業火のように燃え上がったのだ。

 斬った相手を焼き尽くす、ソウルクラッシュ・毘沙門天型。魂砕斬の攻撃力に加え、爆発力を込めた炎属性の強烈な一撃である。当然、シールドには無効化能力があるので、それ自体はすぐに消えていく。

 だが、目眩ましにはなる。怯んだ隙に、ナイト・オブ・ザ・バーンは飛尾踏でバックステップ。そこからT・S・S、トリプルソウルクラッシュ四天王型を放つ。

 魂砕斬の広域型で、三発同時に放つ超高難度の技である。これは一度、カノン砲台を破壊するときに使っている。全方位に向けて放つ技なので、当然ながら複数の敵相手に有効だ。

 これは、放てばそれっきりである。
 周囲を切り裂く技なので、そうあるべきだ。

 だがしかし―――

―――収束

 放ったT・S・Sが、急速に軌道を変えながら、上空と左右から襲いかかってきた。シールドで前面を防御していたシルバー・ザ・ホワイトナイトは、これを避けることができない。

 魂砕斬の威力は、技のランクでも最高位に近い。しかも剣光気によって、倍加した攻撃力を宿している。まともにくらえば、ラナーでもダメージは避けられない。

(致し方がない!)

 ラナーは決断。

 そして、発動。


―――T・S・Sを、弾く


 シルバー・ザ・ホワイトナイトの鎧が、ナイト・オブ・ザ・バーンのT・S・Sと剣光気を防いだ。すべての威力は殺せなかったが、受けた衝撃はさほどのものではない。痩せ我慢ではない。その証拠に、盾をゆっくりと構え直し、悠然と立っている。


 これはおかしい。


 剣光気を防ぐなど、簡単にはできない。事実、八吊手によって攻撃されていた時、聖鎧は抉れ、かなりのダメージを受けていたはずである。まだ鎧には亀裂が入った部分もあり、耐久力は衰えているはず。

 それなのに、ほぼノーダメージ。

 これのカラクリは、とても簡単である。


―――剣光気すら凌ぐ、より強靭なものにぶつかったから


 ただそれだけである。

 これを契機に、シルバー・ザ・ホワイトナイトは反撃に出る。シールドを構えたままの無夙による突進である。

 戦闘の当初にラナーが散々やった突撃であり、その威力は戦艦でさえ一撃で沈めるほど。ナイト・オブ・ザ・バーンも、直撃すれば撃墜もありえる強烈な突進、シールドアタックである。

 いつものホウサンオーならば、それをよける。刀を使って跳躍して、逃げる。猪の突進を、わざわざ受ける馬鹿はいないからだ。

 が、今回は、その馬鹿になる。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは、左手を上げる。ミタカに斬られて万全ではない左腕。接着剤と再生装甲によって、かろうじてつながっている状態かつ、生身の腕もようやく細胞が修復を始めたばかり。それでも―――


―――受け止める


 左腕でシールドを受け止め、激しい衝撃に晒されながら、受け止め続ける。そのまま守護領域の端まで押しやられながらも―――


―――受けきった


 シルバー・ザ・ホワイトナイトの質量に加え、ラナーのパワーが加わった重い一撃を、ナイト・オブ・ザ・バーンは受けきった。

 それだけではない―――押し返していく。

 凄まじい力でシールドを押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し、押し―――

 無夙を使って、そのままの勢いで反対側の守護領域まで駆け抜け、叩きつける。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトも負けてはいない。押して、押し返して、リングの中央まで戻ってくると、そこからシールドバッシュ。ナイト・オブ・ザ・バーンを空中に跳ね上げ、聖剣で追撃を開始。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは、刀を使って姿勢制御。これもそれにとどまらない。さらに剣気を放出して、宙での高速ジグザク移動を開始する。

 そのまま相手の背後に回ると、剣光気の一撃を放つ。剛斬と呼ばれる基礎の技であるが、剣光気をまとえば、その威力は数十倍になる。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトは―――よけない。
 斬られるままに背後を晒す。

 剣光気が直撃。

 その威力によって機体が沈むことはあれ―――斬れない。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは、それを確認すると、一度距離を取る。

 この場では、実におかしなことばかりが起こっている。常識では考えられない戦いが繰り広げられている。

 最初に気がついたのは、ホウサンオー。

「このワシと対峙しながら、まだ手を隠しておるとは。やっぱり嫌な性格じゃな」

 ホウサンオーは、ラナーがまとった【鎧気がいき】を見つめる。

 鎧の気、と書いて鎧気。これは、そういった種類の気質があるという意味ではない。戦気を【物質化】して、鎧を生み出す時に使う用語である。

 今のコックピット内のラナーの身体には、戦気で構築された鎧があった。シルバー・ザ・ホワイトナイトがまとう鎧と同じく、真っ白な鎧である。それらは光り輝き、純白の力を発していた。

 鎧気術・神白光鎧しんびゃくこうがい

 ラナーの鎧は、一般的な騎士が身にまとうものではなく、さまざまなところが鋭角的なデザインをしており、まるで獣界の神機のような荒々しい外的特徴も見受けられた。

 ただ、光り輝いているので粗野な印象は受けず、どちらかといえば神聖なるものであり、神々しさすら感じさせる。もし知識のない人間がこの姿を見たら、神話の世界に出てくる【光の騎士】を思い浮かべるかもしれない。

 女神の守護のために周囲を覆う、光輝く騎士たち。強く凛々しく逞しく、そうでありながらも温和で優しげで、信仰の対象にすらなってしまう存在。本物の神の騎士たち。

 その彼らと同じような鎧を、ラナーは身にまとっている。ただ、その表情は少しばかり複雑だ。

 理由は単純。

「見た目がそんなに好きではないので、あまり使いたくなかったのですが…」
「お前さん、見た目などはどうでもいい、と言っておったじゃろうに」
「師匠に不評でしてね。『格好悪い』と言われ、さすがに落ち込みましたよ」
「まったくお前さんは、相も変わらず紅虎様一筋じゃな。そこまでいけば小気味良いわ」

 この鎧気術は、中盤のレベルくらいまでならば、まとう鎧の形や質に個人差はない。誰が使っても、似たような外見になる。

 が、最高位にまで高めると【個人専用の鎧】になる。

 それはこの世に一つしかない形であり、彼という存在のパーソナリティを完全に模倣する。そして、さまざまな特殊な能力が授けられる。まさに女神からの祝福であるかのように。

 神白光鎧の能力は、単純に装甲を厚くする能力に加え、一定時間の【無敵効果を付与】する【神白しんびゃくの加護】を与えること。

 それは文字通り、無敵。

 正確に述べれば、特殊攻撃でも貫通不能な障壁を生み出す能力である。強力すぎる力なので、使える合計時間には制限があるものの、当たる瞬間を狙って発動させれば、長時間部分的に無敵箇所を作ることができる。

 剣光気を弾いたのも、その無敵時間を使った障壁であった。これは防御力だけならば、パミエルキが使う災厄障壁すら上回る、実に恐るべき能力である。守護を最大の目的とするラナーに相応しく、対する相手にとっては、最低の日がさらに人生最悪の日に変わる。

 ラナーの鎧は、言ってしまえば、カーシェルが使っている巨神の魔装具に近いものだ。自身の能力を引き上げる装具。武具、アイテムのようなものである。現在、兄弟子も同じような格好になっているので、さすが同門である。

 しかし、鎧気術で作った鎧は、アイテムのように失われたり破損することはない。奪われることも紛失することもない。好きな時に作れ、好きなときに解除できる。持ち運びも自由で利便性も高い。

 唯一必要なのは、それを維持する力。体力、戦気量、スタミナなどの継戦能力。

 なんだ、その程度のことか。そう、ラナーにとってみれば、そんなものは有り余っている。無尽蔵にある。肉体的にほぼ完成されている彼にとって、神白光凱で使用するエネルギーなど、許容の範囲内なのである。

 普通の剣士は肉体的要素、戦士の因子が低く、戦気量に劣る傾向にあるため、この鎧気術を使える武人は多くない。これを使うくらいならば、多少の出費を覚悟して、カーシェルのようにアイテムで強化すればいいのだ。

 今まで使わなかったのは、単純に必要性がなかったことと、紅虎に格好悪いと言われてショックだったので、封印していたせいである。

 自分で技を教えたくせに、いざやってみたら、センスがないとかコスプレみたいだとか、散々な言い草であった。褒められると思ったのにけなされ、純朴なラナー少年は一週間以上は落ち込んだものだ。

 もう一つは、単純に奥の手だったから。

 武人は、常に奥の手を隠し持っておくものである。見せ付けて他の人間に知られるなど、愚策でしかない。これは本当に危険な時だけに使う、ラナーの奥の手なのである。

 それを隠していたことは、彼の武人としての格が高いことを意味する。

 だがしかし、それはホウサンオーも同じ。

 ラナーは、ホウサンオーの異変にも言及する。

「さきほどから放っている技のどれもに、実に多くの矛盾があります。この違和感もそうです。まるで何人もの剣士を相手にしているかのような感覚…。あなたが別人になったような感覚…」

 すべての攻撃が【バラバラ】。

 シルバー・ザ・ホワイトナイトを倒すという一点において、行動に統一性はあるものの、まるでホウサンオーの中に数多くの別人格が生まれてしまったかのように、技を放つたびに感覚が変わっている。

 剣の持ち方、剣気の質、放つ技の種類。遠隔操作系ではないホウサンオーが技の軌道を操作したり、普通ならば修得できない組み合わせの技を使っている。

 たとえばソウルクラッシュ。通常の魂砕斬とT・S・Sの取得は可能だが、その状態で毘沙門天型を扱うことはできない。武人の因子には、取得できる技の数に、ある程度の制限がある。因子を覚醒させるのが有利なのは、その取得数や種類にも関係するからだ。
 
 たとえば、因子レベルが向上するたびに技の威力が上がり、取得できる数も減っていく。強力な技ほど修得が難しいのも理由だが、扱うための因子系統の条件が複雑になるからだ。

 魂砕斬を取得した場合、広域型のT・S・Sを会得すれば、技の拡散という分野に多くの因子を使うので、一撃の威力を極限まで高めた毘沙門天型は取得できない。そのため武人の多くは、単体の敵に特化した一撃必殺型になるか、広域に対応した技を得るかで迷う。

 ジン・アズマは、多くの敵を単独で相手にするため、広域型の技を選択している。神刃という必殺技はあったが、あれ以外に単体での強力な一撃は持ち合わせていない。一方、デムサンダーなどは単体への攻撃を得意とし、会得した技の大半は攻撃力重視のものが多い。

 志郎など、攻撃に関しては水覇・波紋掌以外は、ほぼ使えないに等しい。彼の肉体的素養上、防御に特化させる道しかなかったのだ。その代わり、デムサンダーという相棒を得て、攻撃力を補完している。

 このように武人は、自分の戦い方に合わせて技を覚える。何でも使いたいという願望は理解できるが、それを無視して会得しても、技を生かしきれないだろう。

 ラナーも多くの技を取得したが、半分は趣味で会得した使えないものばかり。こうして強者との戦いにおいては、ほとんど技が出せない状況になっている。ただ彼の場合は、因子が有り余っているので、多少の無駄遣いはまったく問題にならないが。

 だからこその違和感。

 ホウサンオーは、タイプの違う剣技を扱いながらも、どれも劣化していない。すべての技を、完璧に百パーセント使いこなしている。これができる可能性があるとすれば、【異能】しかない。

 異能の中には、火と水の属性を同時に取得可能な【対属性修得】のようなものもある。それは同時に、火と水に対して耐性を持つことを意味し、戦闘では相当有利になる。

 血統遺伝などの中には、こうした特異なものが含まれているので、異能という存在の【血】は重宝されるわけである。特別なスキルを取得した武人ならば、こういうこともできるだろう。

 が、ホウサンオーに、そうした異能は存在しない。

 全種類の剣技を取得可能な異能など、この世界には存在しない。かつてあったかもしれないが、少なくとも現在では確認されていない。

 そして、もう一つの異変。

 ナイト・オブ・ザ・バーンの【身体的強化】である。

 ナイト・オブ・ザ・バーンは、優れた機体である。そのポテンシャルは、無手であってもそこらのOGを凌駕する。だが、ホウサンオーがミタカに腕を斬られたように、単純な防御性能が極めて高いとは思えない。

 それは、攻撃に特化しているからである。防御は障壁や体捌きに任せ、ひたすら攻撃を繰り出すことに向いているからだ。あまりに頑丈な装甲を付けてしまうと動きが鈍り、速さが生かしきれなくなる。ホウサンオーが、それを嫌ったのだ。

 ちなみにホウサンオーの因子は、こうなっている。

 戦士:4/4 剣士:10/10 術士:3/3

 剣士としての因子は、当然ながら10である。特に指定はないが、剣王になるのならば、これはほぼ必須の条件かもしれない。

 戦士は、4。剣士であるためマイナス補正がかかり、肉体自体はさほど強くはない。ナイト・オブ・ザ・バーンの性能を加えて、なんとかブルースカルドと互角程度であろう。そのため生身の殴り合いでは、ゾバークには到底敵わない。

 ただ、それでもよい。彼にとっての肉体は、あくまで姿勢制御と捌きのために存在する。剣の動作は剣士の因子がやってくれるので、それ以外の位置取りにおいて使えればよい。これで十分である。

 術士の因子は、一部の戦気術を使った足技や、止水などの至高技の獲得に必要だったので、そっち系の鍛錬を積んでいたら勝手に上がった。因子があっても術式が使えるわけではないので、これはあまり意味がない。

 こうしてみると、ラナーのほうが優れているように見える。因子の表面上ではそうなのだが、位置取りや回避に優れる剣士の場合、ほぼ剣士の因子しか使わないので、単純な剣技だけならば、それ以外の要素は問題にはならない。

 だが、突進を受け止めたことは―――異常。

 あれは、ゾバークのブルースカルドでさえ、吹っ飛ばすだけの力がある。最低でも中破させるくらいの威力はあった。それを受け止めたのだから、明らかにおかしい現象である。

 長い年月の修練によって、ホウサンオーは自らの因子を最大限にまで開花させている。戦士の因子は、とっくに限界値。【素の状態】では、そんな芸当は絶対にできない。

 となれば、答えは一つである。

「やはり持っておられましたか、【ブラッド・ザ・ソードマスター〈剣王の血脈〉】を」

 ブラッド・ザ・ソードマスター〈剣王の血脈〉。

 たしかに異能では存在しないが、唯一それが可能なものが存在する。それがこの【ジュエル】。剣王だけが所有できる、この世に一つしかないテラ・ジュエル。その性能に並ぶものが他に一つもないという意味で、ゼッカーのバルス・クォーツと並ぶ、最高のジュエルの一つである。

 ただし、これは鉱物といってよいのか、多少の議論の余地はある。なぜならばこれは、樹液などが固まって生まれた琥珀のように、【剣王の血】によって生成された物質だからだ。

 初代剣王以来、剣王たちの血が少しずつ集まり、固められて生まれた血の結晶。最初はただの剣の刃先だったものが、血に染まり、熱され、圧縮し、やがて形を得てきたもの。まさに血で血を洗う戦いの果てに生まれた、闘争の結晶のようなものである。

 そのジュエルを手にした者は、【歴代剣王が修得した技をすべて使える】ようになる、という話がある。

 それだけではない。【因子の覚醒率も継承】できるという話である。剣王の中には、ラナーのような戦士型剣士もいたので、仮に彼らの覚醒率を使えるのならば、戦士の因子を10にすることもできるのだろう。

 これは、覚醒限界すら超える。

 特殊なアイテムの中には、覚醒限界を上げるものが存在する。一時的か恒久的かによって危険度は変化するものの、一時的にせよ自分の限界を超えられるのならば、その恩恵は計り知れない。

 真実は誰も知らないので、所詮噂の域を出なかった。ラナーもまた、あまり信じていなかったほうである。が、こうして実際に見れば信じるしかない。

「そりゃ、ワシは剣王だものな。ちゃんとあるぞい」

 当然、ホウサンオーも所有している。姿を消そうが、死んだふりをしようが、それを持っている限りは剣王なのだ。いくら身代わりを立てようと、これがなければ剣王ではない。

 そして、それが剣王評議会の最大の目的。
 ホウサンオーを殺したがる、唯一の目的。

「どうじゃ、欲しかろう? これがなければ、血刃けつじんの儀はできんからな」

 剣王評議会がホウサンオーを血眼で捜すのは、彼が剣王の血脈を持っているからにほかならない。継承の儀は、これの移譲をもって完成する。剣王とは、最強の剣士であらねばならない。ならば、剣の象徴として、このジュエルは必須なのだ。

「私にこうして技を見せてくださったのは、今後は剣王として振舞う、という意思表示ですか?」

 いくら多様な技が使えるとて、ジュエルがエネルギー源ではない以上、自らの戦気を使って成さねばならない。使えば使うだけ、ホウサンオーは疲れる。

 これは、自らこそが剣王である、という名乗りのようなもの。同時に、ラナーに対してのメッセージである。そうでなければ、わざわざこんな真似はしないだろう。

「お前さんが、面白いもんを見せてくれたからの。その礼じゃよ。これでますますやる気も出るじゃろう?」
「あくまで剣王評議会の人間として対峙しろ、ということですか。そこまで憎むのですね」
「憎む…か。そんなつもりはないがの。嫌いなだけじゃよ」
「だから壊しますか。既存の秩序を」
「話し合いは終わったはずじゃぞ。…が、ふむ。お前さんは今、『持っていた』と言ったな。ワシがジュエルを持っていた、と」
「それが何か?」

 ラナーは、質問の意味を量りかねる。ジュエルを持つ、という言葉の何が気になるのかわからず、首を傾げる。

 だが、ホウサンオーにとっては、それだけで十分理解できた。
 ラナーが、【剣王という存在】の詳細を知らないということが。

 それが意味するところは、かなり複雑である。

「剣王評議会は最悪の場合、お前さんを剣王にしてもよいと考えているようじゃな」
「何を馬鹿なことをおっしゃいます。そんなことはありえません」
「そうかの? お前さんの実力は、ワシがこうして保証しよう。代理の小僧がどれだけ強いかは知らんが、ワシならお前さんを指名するのぉ。強い、強い、ここまで強いとは驚きじゃ」

 ラナーの強さは、ホウサンオーの予想を上回っている。さきほどまでも強かったが、この鎧気術を見てさらに評価は上がった。

 おそらく、剣王であるホウサンオーより強い。

 肉体的な若さも理由であるが、今のラナーは、紅虎と戦っていたホウサンオーと比較しても遜色はない。これだけの防御性能があれば、マスター・パワーの赤虎でさえ、簡単にダメージは与えられないだろう。

 そう、彼は【剣士殺し】。

 当然、これだけの実力者なので、誰に対しても強いと思われるが、ラナーがもっとも得意とする相手は、ほかならぬ剣士であろう。

 相手の剣を無力化してしまえば、あとはいくらでも対処できる。生身であっても、この神白光鎧を身にまとえば、今と同じように剣士に対して圧倒的優位に立てるに違いない。

 剣士の頂点に立つ男が、剣士殺しの才覚を持つ。

 これほど愉快で皮肉なことはない。ラナーが剣王になることは、なんらおかしくはないのだ。当人の意思を除いては。

「私は剣聖として、務めを果たすつもりでいます。敵を斬るのではなく、人々を守る盾でありたいのです。剣王にはなれません。実力以前に、性格上の問題です」
「それこそ、おぬしが何も聞かされていない証拠じゃよ。ワシを殺すと言ったの。ならば、その時はおぬしが剣王となる」
「それは辞退―――」
「できんのじゃよ。こいつが、【寄生型】である以上、な」
「寄生…型? まさかっ―――」

 その言葉に、ラナーの表情が変わる。

 聡明な彼である。たった一つの単語が鍵となって、今までのすべてピースが一つにまとまっていく。疑問だったことが、すべて明らかになる。当人によって、剣王当人のたった一つの言葉によって。

 ブラッド・ザ・ソードマスター〈剣王の血脈〉は、寄生型のジュエル。

 寄生型というのは、文字通りに宿主に寄生して、共生関係を生み出すものである。多くは悪い意味で使われるが、自分の力では取り除けないという意味では、まさに寄生と呼ぶに相応しい。

―――心臓に寄生するジュエル

 この言葉に、ぴんときた者もいるだろう。ナサリリスが持つ、フローズン・ラブファントム〈凍てついた女王の幻愛〉もまた、寄生型のジュエルである。

 彼女の戦気が凍気になるのも、血液を通して全身に根が広がっているからである。それは【宿主の死亡】という事態を除いて、けっして取り除くことはできないものである。

 ジュエルそのものが身の危険を感じ、次の宿主を見つけた時以外、それは常駐し続け、共存関係を強制し続ける。当人の意思は関係ない。ジュエルがもっとも強い剣士の血を求める限り、死ぬまで解放されない【呪縛】である。

「血刃の儀とは、そういう意味…か」

 剣王の継承の儀が、なぜ血刃の儀と呼ばれるのか。

 意味は、実に単純。


―――新剣王が、旧剣王を殺す


 首を撥ね、殺す。その血を媒介にしてブラッド・ザ・ソードマスター〈剣王の血脈〉が、新しい宿主に寄生するのである。そして、新しい剣王の誕生である。

 そのことを知り、ラナーは嫌悪感に顔を歪ませる。

「不愉快な。そのような蛮行を続けているとは、なんと程度の低い」
「その程度の低いことを続けているのが、お前さんが所属する剣王評議会という組織じゃよ」
「だからあなたは、無気力だったのですね。少なくとも、それを装っていた」
「どうかの。最初からやる気がなかった、というのは事実じゃよ」

 ホウサンオーは、そもそも剣王になるつもりなどなかった。しかし、さまざまな不可抗力が重なり、現在に至っている。おそらく、先代剣王を殺すことも本意ではなかったのだろうと推測できる。

 ならば、無気力になっても仕方がない。いきなり莫大な遺産の相続を受け、嫌々名誉職の会長に命じられたようなものである。むろん、会長は何もしなくていい。あとは社長や役員が運営をやってくれる。

 ただのお飾り。
 ただの偶像。

 それがホウサンオーにとっての剣王の実態である。まるで法王エルファトファネスと同じ境遇だ。ただ、彼女とは決定的に違う点がある。

「ですが、職務放棄は事実。権利を行使して正すこともできた。法王様も同じような境遇ですが、しっかりと役目を果たされている。自分を頼る人々のために自己を犠牲にしておられる。尊敬に値します」
「はぁー、どこまでも真面目なやつじゃな。誰もがそうではあるまい」
「…そう、誰もがそうではありません。あなたのような御方が、ここまで【剣を愛するあなた】が、ただの気まぐれでこんなことをするとは思えません」

 ラナーはソードラップを経て、ホウサンオーが剣を愛していることを悟った。自分と同じく、それ以上に愛している。そうでなければ、誰が汗水流して剣を振り続けるのだろう。雨の日も風の日も、嵐の日も雪の日も、彼は剣とともにあったのだ。

 そんな人間が剣を冒涜するなど、絶対にありえない!!

 ならば、こうなった明確な理由があるはずだ。
 彼が、剣王を嫌い、バーンになった理由が。

「あなたは、血刃の儀をやめさせるために離脱したのですか?」
「つまるところは、それも理由かの。ここらで終わらせるべきだと思ったのも事実じゃ。ほれ、史上最弱の剣王に潰される評議会ってのも、なかなかおつなものじゃろうて」
「私も廃止には賛成です。ですが、象徴は必要だ。剣士をまとめねば、世界中の騎士団に混乱が生まれます。理念なき世界では、弱き人間は意思を失い、獣となってしまう。誰かが導かねばなりません」

「それはお前さんがやればいい。ワシは遠慮する」
「どうすればよいのですか? それを、血脈を排除するには」
「ほぉ、お前さんは誘惑に耐えられるのか? この技が欲しくはないのか?」
「欲しくないとは嘘になります。が、偽りの力に何の価値がありましょう。師匠は、あの人は、そんなもので強くなっても褒めてはくださらない。…そういうところには厳しい人ですから」

 剣士である以上、すべての剣技を扱えるという誘惑には、ぐっとくるものがある。しかし、紅虎は褒めてくれない。ならば、それには価値がない。

 彼女に殴られ、抱きしめられ、その努力を称えてくれなければ、ラナーにとっては、すべてが無価値である。

「お前さんは、強いのぉ。心も強い。紅虎様の血が、お前さんを守っているのじゃな。わかる、わかるぞ。剣王の血脈が、お前さんの中の【直系の血】を感じているからの」
「その通り。私の中には師匠の一部がある。血がある。これのおかげで、カーリスの呪縛からも守られています。私にいかなる呪縛も存在しません」

 かつてラナーは、紅虎の血を受けたことがある。彼が大量出血して生死をさまよっていた時、危険を承知で紅虎は自身の血液を輸血した。その時に直系の血が混じったのだ。一度混じったものは、二度と分かれない。それが血である。

 が、これは相当に危険なこと。

 もともと人間は、個体の存在である。肉体というのは霊体の表現であり、写し身である。それゆえに、すべての臓器、血液、皮膚、筋肉に至るまで、すべてが【個人専用】のものなのだ。

 移植して人格が変わった、という話を聞くことがあるだろう。それは当然である。他人の幽的要素に塗れたものを自身に取り入れたのだから、オーラも取り込むことになる。それはつまり、相手と融合するようなもの。

 図らずとも影響を受けるのは当然なのだ。それが武人ともなれば、まったく覚醒率の違う血が入り込むのだから、下手をすればショック死することもある。特に自分より強い人間の血を取り入れるのは、非常に危険だ。オーバーロードのように、血が沸騰して死ぬ可能性も高い。

 だが、ラナーは紅虎の血を受けた。
 そうしなければいけない状況であり、リスクも覚悟の上であった。

 それによって、彼は紅虎と擬似的に一つになった。相性が良かったのか、または紅虎が加減をしたのかはわからないが、それによって覚醒限界が突破され、今の力の一端を手に入れた。

 もしかしたら、今のラナーにある紅虎への深い愛情も、その血のせいかもしれない。同じものを、近しいものを強烈に求める波動が、彼の感情を支配しているのかもしれない。だが、後悔はしないだろう。彼女を愛する気持ちは、初めて会った時から変わっていないのだから。

 そして、それには副次的な効果もあった。


―――もう一つの呪縛を解いたのだ。


 【カーリスの呪縛】と呼ばれるもので、司教以上の枢機卿身分の人間にしか明かされないカーリス教の深部であり、秘密である。

 紅虎の血は、それを打ち破った。サンタナキアが体験した信仰の破壊を、ラナーは少年の頃に経験していたのだ。だから、カーリス教に所属しているが、厳密な意味で彼は信者ではないのだ。

 だからこそ、カーリスへの【反抗】を考えられる。

「私は、聖女カーリス様を殺した彼らを許しはしない。今居座る者たちを排除し、正しい姿に戻します」

 ラナーは、真実を知っている。オロクカカが断罪したすべてを知っている。紅虎の血が信仰を破壊し、彼に真実を求める動機を与えたからだ。

 許せない。絶対に。

 多くの善良な人々を惑わし、利用し、現在の利権システムを維持する存在を、潔白なラナー少年は許さない。それでいながら、彼はカーリスを脱退しない。

「しかしながら、あなたのように外部から破壊しようとはしない。中から破壊します。中にいれば、相手が丸見えですし、余計な手出しもされない。敵の寝首をかくこともできる」
「ほっほっほ!! なんと性格の悪い!! 害虫を隠れ蓑にしながら、内部で毒を撒き散らすか!! 腹を食い破るか! お前さんらしい、陰気なやり方じゃな!」
「何とでも言ってください。何も知らぬ人々を巻き込むやり方は、本意ではありません。中枢だけ破壊し、組織を乗っ取ります。居抜き、というやつですよ」
 
 ラーメン屋が潰れたあと、また同じラーメン屋が入るように、コンビニが潰れたあとに違うコンビニが入るように、設備や内装をそのままに使う。

 欲望に汚染された者たちを排除しつつ、カーリスという組織が今まで作った影響力や人材というもの、それらをすべて奪う。そして、より正しい者が利用し、導いていく。

 それがラナーの計画、クーデターである。これにはアレクシートたちも加担しており、時期を見て動く予定であった。その名は【潔白派】。カーリスの新しい武闘派閥である。

「できれば、新しい象徴は師匠であってほしい。直系のあの人ならば、誰も文句は言わない。私が言わせない。しかし、それでは多くの人々に師匠が見られることになる。それにも耐えられません。だから、法王のシステムは維持します」
「はははははははは!!! お前さんにとって、法王は代理か!! 言いきりおったな!! 言いおったな! 愉快、痛快!! そこまで病んでいれば、見事天晴れじゃよ!!」

 ラナーの言葉に、一片の曇りも嘘もない。本気でそう思っている。紅虎だけがすべてであり、紅虎への愛こそが、彼という存在。唯一無二の存在なのだから。

 それと比べてしまえば、法王ですら道具。

 やっていることは、バーンと同じ。ラーバーンと同じ。外部から一気に壊すか、内部から陰湿的にじわじわ殺すかの違い。白と黒の違いだけである。

「剣王の血脈は、直系の血すら奪えるのですか?」
「…さて、試したことはないからの。わからん」
「私は信じていますよ。師匠の血こそ最高のものだと。たかが剣王になど負けない、と」
「見事。そこまで言うのならば、教えよう」


「簡単なことじゃ。心臓を潰せ。ワシの血のすべてを消せ。一滴残らず、この世から消せ。油断するでないぞ。血の一滴からでも、こいつは再生する。そこに全部の遺伝子が記憶されておるからの」


 破壊条件は、こうだ。

 剣王の血脈を発動させた状態で、心臓を潰す。破壊し、消し去る。その際、すべての血に注意が必要である。

 心臓を潰す前の段階ならば、流れる血に関しては気にする必要はないが、心臓を潰したあと、血脈は自己を保存しようと活発になり、新しい宿主に対して触手を伸ばす。

 それに侵入されてしまえば、もう終わりだ。剣王として生きていくことを余儀なくされる。血は混じりあい、一つになってしまう。因子を刻み、逃げられないようにする。実に陰湿で危険な仕組みである。

 ラナーの場合は、紅虎の血が守ってくれるかもしれないが、無理に賭けに出る必要はない。それより、もっと簡単な方法がある。

「わかりました。あなたの死後、守護領域を隔離し、すべての存在を抹消しましょう」

 この守護領域を維持したまま、封印すればいい。空間格納術と同じく、生物がいない状態ならば、縮小して移動させることも可能である。それには膨大な力が必要になるが、目的のためならばやる価値はある。

 ただしラナーは、一つだけ忘れていることがある。

「お前さん、もう勝ったつもりか? あくまで、ワシを倒せたら、の話じゃぞ。ワシにはワシのやり方がある。そして、それでいいと思っておるからの」

 内部から壊すなど、そんなせこい真似は御免である。それならば悪魔と一緒になって、世界を火に包んだほうが痛快であろう。慌てふためく剣王評議会、そこから派遣されるであろう剣士たちをすべて殺していき、組織そのものを破壊する。

 その前に、悪魔によって破壊された世界で、人がどれだけ生きていけるか不明であるが、そんなことは知ったことではない。今までの平和など、所詮偽りのものであるのだから。

「建物を壊すには、爆破で壊すのが一番早かろう」
「申し訳ありません。私は静かに少しずつ、ゆっくり壊すほうがよいと考えます。見解の相違ですね」
「最初からすれ違いばかりじゃな。じゃが、それでよかろう。どうせ、どっちかが死ぬのじゃからな」

 この戦いの決着は、どちらかの死。

 それに変わりはない。
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