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零章 第四部『加速と収束の戦場』

七十八話 「RD事変 其の七十七 『冷美なる糾弾③ 世界を糾弾する者』」

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「ありゃあ、まるでありだよ」

 AIが表示する観測データから敵が撤退したことを確認し、黒いMGに乗る男、ルヴァナットがせせら笑う。

 あのルシア軍が、いともたやすく撤退したのだ。それが被害を抑えるためだとわかっていても、なんとも痛快ではないか。あのルシア軍が、あの世界最強の軍隊が蟻のように逃げ惑ったのだ。

 この黒いMG、リヴァイアードがいるのは、地表からおよそ千三百メートル上空。隣には光輝く偽りの富の塔、アピュラトリスがそびえている。このような上空から狙撃をもらえば、いくらルシア軍でもひとたまりもない。

 これは地形がいかに戦闘に影響を及ぼすかを示す、絶好の教訓である。いかに敵が優れた射手であっても、有利な位置取りを行えば、結果は見ての通りに圧勝できる。

 この勝利は、すべて地の利にある。

 ただし、それを可能にしたのは、リヒトラッシュが唸るほどのガンマンが乗っているからである。ある程度角度が緩いのならば狙うのは簡単であるが、真上からの狙撃には高度なテクニックが必要である。

 たとえば上空からサッカーボールを落として、それを蹴るという企画がたまにあるが、これがまた難しい。あるいは的に当てるということも、なかなか上手くいかないものである。風や重力など、さまざまな環境条件の影響を受けるからだ。

 サカトマーク・フィールドが展開されているので、その強力な磁場の影響も受ける。まっすぐに撃った弾でさえ揺れ動き、そのときの条件次第でどこにでも曲がっていってしまう。少しでもフィールドに触れれば、弾は一瞬で蒸発である。

 しかも、的は避ける。防御もするし、隠れようとする。その相手を正確に狙い撃つのに、いったいどれだけの技量が必要なのか、もはや想像を絶する。

 しかしながら、それを正確に実行できるだけの存在がラーバーンにはいる。

 それがこの男。
 ルヴァナットではない、もう一人の男。

「一方的に攻撃できるなんて、こいつはすごいぜ。なぁ、あにぃ?」
「一方的とは限らない。あと十三センチずれていたら、敵の反撃は当たっていた。そうなれば、こちらの場所が割れていたぞ」
「ちぇっ、あにぃは細かいよ。当たらなかったんだから、いいじゃないか」
「一瞬で勝負は決まる。それが我らガンマンの掟だ。油断するな。敵をよく見ろ。見て間合いを感じろ」
「うーん、見ろって言われてもな…」

 ルヴァナットは、兄であるビシュナットの言葉に耳を疑う。

 現在、MGの周囲は煙で覆われている。これは単なる煙幕であるが、濃厚な煙は完全に視界を消し去っている。それは彼ら【ナット兄弟】も例外ではなく、ルシア軍の様子を目視することはできないのだ。

 この状態で敵を狙撃するのは、もはや神業に近い。仮に的の場所がわかっていても、人間は視覚に頼る生き物なので、いつもと違う環境に戸惑って簡単に当てることができなくなる。目隠しをすると、いつもは簡単な片足立ちすら困難になるのと同じである。

 だが、ビシュナットならばそれができる。彼らはこの戦いにおける重要な【楔】となる能力を持っていた。それゆえにゼッカーも、最初から投入を決めていたほどに重要な駒の一つであった。

 そして、彼らに与えられた機体も特別製であるのは、いうまでもない。

「弟よ、このリヴァイアードは気に入ったか?」
「ああ、すごいよ、この魔人機は! 今まで乗った、どんなMGよりもイケてる!!」

 ルヴァナットは、興奮冷めやらぬ様子で何度も機体を動かしていた。反応速度、感受性、どれも一級品のオーバーギアと遜色ない出来である。彼らが今まで乗っていたMGもそれなりのものであったが、これと比べると前世紀の骨董品に思えてくる。

 リヴァイアードに搭載されているカノン・システムは、オブザバーンに搭載されているものと比べると簡易版で、若干性能は落ちる。神機と同じシンクロシステムを導入するためには、それに相応しいAIを組み込まねばならず、それに伴う相性の問題も生まれてくる。

 やはりそれは、専用の特機ならではのものなのだ。リヴァイアードは優れた機体であるが、オブザバーンと比べることはできない。どれほどナット兄弟が優れた武人であっても、さすがに剣王と比べるのは酷であろう。

 ただ、それでも十二分の効果を発揮している。あらゆる動作は、従来のMGを遥かに凌駕し、ナイトシリーズと同等の感受性を得るに至った。それは十分、ナット兄弟の実力を引き出すものである。

 そして、その最大の違いは【武装】にある。

 まず最初に注目するのが、ルシアのMGを一撃で落とすほどの高威力のビーム砲、簡易式イレイザーカノンである【スキミカミ・カノン〈天業の裁き〉】。

 これは出力を上げれば、数機まとめて薙ぎ払って破壊できるほどに強力な光学兵装である。この時代では光学兵器は研究中の段階であり、実戦に投入された例は少ない。ルシア帝国でも実装しておらず、最高の技術を持つグレート・ガーデンでさえ実用化はまだしていない領域の技術である。

 が、実例が少ないだけであって、ないわけではない。単純に効率の問題で実弾兵器に劣るが、実験的にいくつかの兵器が投入された記録がある。まだ時代が追いついていないにすぎず、そのうち主力兵器になってもおかしくはない性能を秘めている。

 もともとイレイザーカノンは、一部の神機に搭載されていた兵器であり、それをハイテッシモのようなネーパシリーズがコピーする形となっている。この簡易式イレイザーカノンも、ハイテッシモのメイン武装の一つである、フォルテッシモを参考に造られているといえば、その威力も納得がいくだろう。

 ハイテッシモは拡散させ、敵の隊列や気勢を崩すことに使っていたが、それを収束させて放てば強力な一撃となる。これらの使い方は、狙撃用MGと、あくまで接近戦がメインのハイテッシモとの違いであって、質そのものは同等である。

 ネーパシリーズが有している武装を、準特機であるリヴァイアードが保有している。これが持つ意味は非常に大きい。もしこの機体が量産されれば、一斉にイレイザーカノンをぶっ放すことができるようになるのだ。その光景は、時代の変革を意味する壮大なものとなるだろう。

「一撃だ! 一撃だぜ! こいつは面白い! あのルシアを一撃だ!」
「想定通りの結果だ」
「そりゃそうだけどさ、あのルシア軍のMGだぜ! 最近は、俺たちだって苦戦していたじゃないか。やっぱり武器は最新に限るよ」

 いまだ少量とはいえ、MGが量産されてからのルシア軍の強さは異常であった。最新鋭のMGの前には、戦車では太刀打ちできない。そのためルシアの勢いは増すばかりなのだ。

 しかし、このMGはルシアを一蹴できる。
 その快感は相当なものである。

「だがな、弟よ。このジュエル一個でどれだけの人民が救えるのか、それを忘れるな」
「なんだよ。せっかくの祭りだろう。景気よくいこうよ」
「そうはいかぬ。常にその痛みを味わうべきだ。ゆえに、一撃一撃に命をかけろ」

 スキミカミ・カノンを使うためには、一発につきAランクジュエルを一個を使用する。このジュエルは、術式燃料石と呼ばれるものの中でも光の性質を持つもので、とりわけ値が張るものである。

 すでに二十発以上は撃ったので、当然ながら同じ数のジュエルを消費している。力を完全に失ったジュエルは、自動的には回復しない。これを空瓶と考え、新しく力を注入することもできなくはないが、それには特殊な工程が必要になるので、現状ではすべて使い捨てである。

 これ一個、現在の相場で、およそ三百万円は下らない。

 ジュエルそのものが採掘によってしか得られないうえに、特定の性質を持ったジュエルだけを意図的に集めるのは困難である。それができるのも、ラーバーンが保有する無尽蔵の資産のおかげである。つまりは買い漁ったにすぎない。

 これによってジュエル市場は高騰し、他のジュエルも値段が上がっていく。そうなれば結果的に、一般市民に影響が出るのは必至である。娯楽で集めているような者ならばいざ知らず、生活に必要なジュエルまで高騰するのは意図するものではない。

 この資金が、恵まれない人間に分け与えられていれば、どれだけの人間が助かることだろう。それを思うとビシュナットの心は痛むのだ。

「でもよ、あにぃ。それって、今のシステムがあればってことだろう? ゼッカーは、そいつを壊すって話だ。なら、気にすることはないさ」
「それは壊してからの話だ。今はまだ変わっていない。まだ何もな」

 今はまだ、システムが混乱している状態にすぎない。世界の強固さを考えれば、簡単な破壊ではすぐに復旧してしまうだろう。

「この塔を見よ。人の妄執が作り上げた、出来損ないの塔を! なんと美しくないのだ!」

 ビシュナットは、侮蔑の眼差しで塔を見る。

 なんと美しくないのだろう。窓一つなく、人工的な力で組み上げたこの塔からは生命力というものを感じない。あるのは、瓦礫で作られた権威にしがみつく死者の群れである。

 このアピュラトリスこそが【堕落の象徴】なのだ。

 まるで成金が金に物を言わせ、あらゆる宝石を集めて着飾るようなもの。あまりの醜悪さに見るも耐えない。

「この塔が破壊されて初めて、世界は変わるのだ」
「俺にはまだよくわからないよ、あにぃ。ゼッカーの話は小難しすぎる。もっと簡単にできないものかな」
「彼の考えは複雑だ。我らでは理解に及ばぬもの。だが、我ら兄弟、あの御仁に忠誠を誓った身。それが【契約】だ」
「契約。たしかに契約は大事だ」

 すべてのバーンは、ゼッカーと契約を行っている。
 その効果は、彼らバーンが死ぬまで継続される。

 だが、その代わりに与えられるのは【力】。

 彼らの願望を満たすための本物の力。それは死すら安く思えるほどに魅力的である。このリヴァイアードも、その中の一つ。ただ、その力はまだ完全ではない。

「やはり処女機というのは難しいものだ。感覚がまだ合わない」
「あれで? 十分じゃないの?」
「駄目だ。このレベルの戦いでは命取りになる。タオ殿が目指した理想値には、まだまだ届いていない」
「理想は理想だろう? 実戦は違うさ」
「それを実現させるのが、我らの役目だ。ホウサンオー殿の戦いを見ていただろう?」
「ああ、あれは…やばかったよ。隙がない」
「そうだ。真なる強者こそ、わずかな調整すら怠らない。感動した。本当に」

 処女機には独特な硬さがあるので、そうした違和感を取り除かないと実戦では命取りになる。ホウサンオーがナイト・オブ・ザ・バーンの調整をじっくり行ったのもそのためなのだ。その効果は雪騎将との戦いに生かされたので、重要性は立証済みであるといえる。

 リヴァイアードは優れたMGとはいえ、実戦投入はこれが初めてである。本来ならば何度か野良戦に混じって調整をするが、完成したのが最近かつ、秘匿性の高い機体ゆえにそれも難しい。

 なにせガネリア動乱から、一年程度しか経っていない。オブザバーンシリーズの開発は、タオとシッポリート博士によってゼッカー合流以前からも行われていたが、このリヴァイアードはガネリア動乱のデータを使って造られている、ラーバーンの【第二世代型MG】である。

 同じ第二世代MGには、ジンクイーザの後継機であるクイーザシリーズや、バボーラの特化発展型であるデリクミスがあり、これらはもうすぐ完成予定である。そのどれもが旧来のスペックを凌駕する超高性能MGとなるだろう。

 このようにラーバーンの機体は強力であるが、オブザバーンシリーズのように稼働してから日が浅いものが多く、すべてが時間との闘いとなっている。それでも急造された組織とMGでこれだけ戦えるのは、ひとえにゼッカーという最高の個があってこそである。

 そして、悪魔の手足として集まった、バーンという個の強さゆえである。

「これだけのMGをもらったのだ。文句は言わぬ。合わせるだけのことだ」
「MGは最高なんだけどさ、この【足場】は何とかならないのか」

 兄とは違って、面倒なことは性に合わない弟のルヴァナットは、機体の状態よりも足場のほうが気になっていた。

 とても不安定である。たしかに乗れることは乗れるが、まるで少し硬めの【綿飴】に乗っているようなもの。動けば揺れるので、ルヴァナットとしては、いつ崩れるか気が気がではない。

「申し訳ありません。これも急造なものでして」

 その不満に対応したのはマレンである。しかしこのマレン、各バーンやメラキとの連絡が重要なのはわかるが、いつも損な役回りである。まるでクレーマー専属のオペレーターのようだ。

 事実、マレン以外にこういった役目は任せられない。基本的に個性と我が強い面子ばかりなので、他の人間では軋轢が増すばかりなのだ。よって、マレンは何でも屋として重宝される存在となっていた。真面目で良い人ほど苦労する。これは万物の法則なのである。

「ああ、ごめんな。マレンに文句を言ったわけじゃないんだよ。ゼッカーが悪いんだよな、これさ」

 ナット兄弟が散々待たされた挙句にこんな現状になっているのも、ゼッカーがこの点だけは後手に回ったからである。

 さすがのゼッカーも、ハブシェンメッツの狙いには気づけなかった。それによってナット兄弟は、より高所からの狙撃を強いられているのだ。これは想定外、苦肉の策。いわば応急措置なのである。

 彼らが宙に浮いているのは、なんとアルザリ・ナムが予想した通りの単純な仕組みである。いくら高性能な機体とはいえ、神機でもない限りは宙に浮くことは至難の業である。ジャンプならばいざ知らず、浮揚するのは不可能である。

 となれば、土台を作るのが一番早い。

 ただし、これは煙が固まったものではない。煙幕と同時に凝固材を転移し、即席の足場を作ったのである。凝固材は透明なので、煙幕と同時に展開すればまず目視では見破れない。煙幕はあくまで目隠し。この土台を隠すためのものである。

 ただし、予定よりもかなり高い場所であるため、足場は相当不安定である。リヴァイアードの反動抑制機能とナット兄弟の腕がなければ、間違いなく足場が崩壊、転落しているだろう。

 正直、消耗戦になれば圧倒的に不利である。ルシア軍が早々に撤退してくれて助かったのは、ナット兄弟のほうかもしれない。同時に、これも奇襲の効果である。

 正体不明の相手に加え、未知の兵器での攻撃をくらえば、どうしても相手は警戒する。そこを狙った賭けでもあったわけだ。それによってルシア軍を撃退できたので、賭けには勝ったとはいえるが。

「計算上は、あと三十分は保持可能です。しかし、徐々に崩れていくので、少しずつ降下していただくことになります」
「こえー。高いところは苦手なんだ」
「弟よ、少しだが、もう星が見えてきた。我らは天に近づいたのだ。この幸運に感謝しよう。仮に我らが星になったとしても、それは天運というものだ」

 不吉な発言をするビシュナットであるが、特に深い意味があるわけではない。単純にこういう性格なのである。

(あにぃの言うことは、相変わらずよくわからん…)

 昔から兄のビシュナットは変わっていた。言っていることは真面目なのだが、何かが人とずれている。弟のルヴァナットにしても、いまだによくわからないことが多いのだ。

 しかし、ビシュナットが間違ったことはない。【その目】は、間違いなく世界を見抜いている。自己がやるべきことを的確に見抜くのだ。

「あなたが英雄ならば、天を獲ればいい。もし神ならば、人を愛すればいい。だが悪魔ならば、世界は嘆くだろう。それでもあなたは、人の血涙で染まった大地を歩む覚悟があるのか?」

 ビシュナットが、ゼッカーと初めて出会った時に放った言葉である。まだお互いに一言もしゃべっていない段階で、彼はこの言葉を発した。それに対するゼッカーの答えは、ただ笑うのみであった。

 それで会話が終了したのか、ビシュナットはゼッカーにハグをして、かしずいた。

 本当ならば、もっと詰めるべき内容があるにもかかわらず、それだけで彼はバーンになったのだ。ルヴァナットは、ただただ呆気に取られて事の成り行きを見守るしかなかった。

 兄のビシュナットは普通ではない。
 おそらく普通という生活とは無縁である。

 しかし、【天才】である。

 その感性も、その技量も、もはや普通ではない。天賦という言葉すらも陳腐に思えるほど、究極にぶっ飛んだ人間なのである。

(あにぃは正しい。いつだって正しかった。だから、あにぃが認めた男を俺も信じる)

 一方のルヴァナットは【凡人】である。少なくとも兄と一緒でなければ、あらゆる面で真価を発揮できないだろう。その意味でも兄を全面的に信頼しており、もはや陶酔にも似た感情を持っている。

 そんな彼は、ゼッカーからも兄と同じ匂いを感じていた。天才は天才を知るのであろう。そして、何よりも凡人は、天才を深く知ることができる。その優れた才に恐れおののくことができるので、より正しく価値を理解できる。

 ルヴァナットは、ゼッカーが怖い。

 今もそれは変わらず、彼の圧力、気配を感じるたびに生きた心地がしないのである。されど、それこそが悪魔たるゆえん。怖いものが味方になるほど安心できることはないだろう。そうしたときこそ、自分が凡人であってよかったと心から思えるのだ。


「ルシア軍が動きました。ご注意ください」

 撤退してから二十五分、マレンよりルシア軍が再度始動したという一報を受ける。

「おとなしく退いていればいいものを。ゼッカーに逆らっても死ぬだけなんだけどな…」

 ルヴァナットは、コックピットの画面を確認。そこには展開しているリフレクターから送られてくる周囲の状況が、シンボル状に映っていた。

 リヴァイアードは、簡易イレイザーカノンにばかり目がいくが、この機体の最大の特徴は【周囲の環境を正確にモニタリング】できるところである。コウモリのように超音波の反射を感知することによって、周囲の状況を知ることができるのだ。

 その機能を完全に使用するには、リフレクター(反射板)を広域に展開する必要があるが、そうなると煙の範囲を超えてしまうために、すべての機能を使っているわけではない。しかし、この状態でも大まかな位置は把握できる。

 それに加えてビシュナットの天才的射撃センスがあれば、この悪条件の中でも的確に攻撃ができる。そのアドバンテージは圧倒的である。いかにルシア軍が強力とて、こちらが一方的に射撃できるのならば勝ち目はない。

「あにぃ、敵の位置は丸見えだ。またやっちまうか」
「…待て。何か持ってきている」

 ビシュナットもルシア軍を【視認】。そこに、今までと違う何かを見いだす。


「一斑から五班は、牽制射撃を」

 ハブシェンメッツは、素早く展開したロー・アンギャルに指示を出す。それと同時に上空に向かって射撃が行われる。ここまでは最初と同じ。しかし、その傍らには、最初の戦いにはなかったものがある。

 四角い人工物。
 八連装の小型ミサイルランチャー、ML-S8。

 ルシア軍が用意したのは、ML-S8を十二基。それが最初の交戦とは違う重要な要素である。牽制射撃が行われた直後、ミサイルがどんどん発射される。

 ML-S8の特徴は、射程の短さを補うほどの連射性能である。主に対人戦闘による制圧戦や殲滅戦、艦隊戦の弾幕用に使われる兵器で、小型なので取り回しも良いことからよく戦場で見ることができる。

 ただし、狙いは上空ではなく足元。地表面。

 ミサイルは、最初に敵からの射撃があった地点の、およそ真下を狙って発射されていく。そこはアピュラトリスの地表なので、パージされた外壁の瓦礫がいくつかはあっても、本来は何もない場所である。

 しかし、それに慌てたのは、ルヴァナットである。

「やっこさん、気がついたか!?」

 ルシア軍の戦い方の変化に、ルヴァナットは足場のことを見抜かれたと悟る。そうでなければ、わざわざ地表に攻撃などしないだろう。

 そして、ミサイルの一発が足場を形成している凝固材に命中。大きな振動がリヴァイアードにまで伝わってきた。これは根元が細いが、先端はもっさりしている植物を想像してみるとわかりやすい。軽い風でも大きく幹が揺れるのだ。

「移動するぞ。デコイの射出を忘れるな」

 ビシュナットの指示で、リヴァイアードは即座に移動を開始。隣にある足場に飛び退く。直後、凝固材の根元は破壊され、今いた足場が地上に向かって落ちていく。そのままいれば転落していただろう。

 また、デコイの射出によって、相手に的を絞らせないようにする。簡易デコイは、ヘビ・ラテのマゴラテを参考にしており、それ単体に牽制射撃能力もあるため、こちらの居場所を誤魔化すためには最適である。

 このままならば優位性は保たれていた。まだしばらくナット兄弟が優勢であっただろう。だが、この神経戦に耐えられない者がいた。

「邪魔臭いんだよ!」

 転落した足場を見て肝を冷やしたルヴァナットは、リヴァイアードが手に持っているビームガトリングガンを発射。凝縮された光の粒子が、ミサイルランチャー数基を破壊。搭載されていたミサイルが爆発して、周囲のML-S8も薙ぎ倒す。

 こちらも光の燃料石を使った武装の一つである。当然、 スキミカミ・カノンより威力は小さく、消費量も軽微だ。

 光学武装の最大のメリットは、威力をそのつど調節できる点である。最大光度にまで上げれば、同じガトリングガンでも二倍以上の差が出るし、牽制ならば威力を抑えたほうが効率的である。そうした微妙で繊細な戦い方ができる武人にとってみれば、光学兵器は実弾よりも使いやすいのである。

「どうだ!!」

 ルヴァナットは、ミサイルランチャーを破壊して得意げである。しかし、ビシュナットの表情は曇る。

「弟よ、今の行動は過ちだったな」
「なんでだよ、あにぃ?」
「相手の気勢が満ちた。誘われたのだ」

 ビシュナットの目には、ルシア軍の雰囲気が変わったことがはっきり見えた。その証拠にハブシェンメッツも笑顔である。

「ミサイルを攻撃したね。こちらの推論は当たっていた、ということだ」

 もし本当に浮いているのならば、地表を攻撃されても気にしないはずである。しかし、相手は真っ先にML-S8を狙ってきた。これは足場を使っていることを示す何よりの証拠である。

 そして、もう一つの根拠。

「敵の焦燥を感じる攻撃だ。やはり当たりだね」

 光学兵器はその性質上、扱う者の心情が強く出てしまうという弱点もある。ルヴァナットの攻撃は、かなり強めの一撃である。倒すために威力を上げたのだから当然だが、それによって攻撃の意図を相手に知らせてしまったのだ。

 これが心理戦に長けている者ならば、無視するか、あるいは弱い力で周囲に掃射する程度で済ますのだが、ルヴァナットは直情的すぎた。その気質は、戦場の空気を知る者ならば、容易に読み取ってしまえるのだ。

 やる気が減退しているハブシェンメッツであるが、まだ激戦の余韻は残っている。これくらいのことは簡単にわかる程度の力は残っていた。

「ほら、君の予想通りだっただろう?」
「まさか、本当に固まっているとは…」

 アルザリ・ナムも相当訝しんでいたが、相手の反応を見て上司と同じ見解を示す。それが事実だと相手が教えてくれたのだから、信じるしかない。

「まあ、細かい話は化学の専門家に任せればいいさ。それよりミサイルは使いきってかまわないから、どんどん投入してくれ」

 連盟側は、面子があるので物資を惜しまない。仮にダマスカスの兵器庫を空にしても、お咎めはなしであろう。それゆえに少なくとも物的な観点からは、簡単に消耗戦を展開することができる。

 これはナット兄弟からしてみれば、非常にまずい事態である。

「すまない、あにぃ! 俺がとちっちまった!」
「気にするな。どのみち放ってはおけないものだ。それより迎撃だ。位置を調整するまで時間を稼げ」
「ああ、任せてくれ!」

 ルヴァナットは、ビームガトリングガンを連射。そのいくつかはML-S8やブルーゲリュオンにヒットするが、足場が不安定になったことと、敵からの牽制射撃によって狙いがずれていく。

 どれほど優れたガンマンでも、追われながらでは狙いも定まらない。しかも多勢に無勢である。物量で押されると、一時後退するしかなくなる。

 そして、この状況を見逃さない男が、ルシア軍にはいた。

「射抜く!」

 リヒトラッシュの目が、煙のわずかな揺れを視認。それは煙の奥の奥、常人では到底見通せない場所にある、かすかな揺れであるが、閃眼を持つ彼の目は誤魔化せない。

 十分な間合いを見極めて、ライフルを発射。

 ブルーケノシリス〈青き狩馬〉から放たれた銃弾が、重厚な煙を貫きながら、まっすぐにリヴァイアードに向かっていく。空気を切り裂き、煙を蹴散らしながら、獲物に向かって閃光が伸びていく。

(まずい! これはかわせない!)

 ルヴァナットは、弾丸が命中することを覚悟した。一流の武人になれば、当たる前からわかるものである。ならばその間に被害の予測をし、次の行動を取れるようにならねばならない。

 ただ、ここは場所が悪い。次の行動を取るにも選択肢は限られる。その前に、この銃弾が致命傷にならないことを祈るしかない。

 と、ここまでが自らを凡人と称するルヴァナットの見識。
 彼が思い描いた視野の限界である。

 しかし次の瞬間、ルヴァナットが見たのは、リヴァイアードの左腕が吹っ飛ぶ光景。

 これは銃弾が当たって壊れたのではない。【自ら放した】のだ。リヴァイアードの腕は着脱式のワイヤーで繋がれており、搭乗者の意思で自在に操ることができる【有線アーム】なのである。

 その左腕の有線アームは銃弾を捉えると、掌の穴から戦気で生み出した弾丸を発射。ここには加速式の小型ジュエル・モーターがあり、放出した戦気の威力を押し上げる効果があった。

 ビシュナットの【指弾】である。

 彼はガンマンであるが、銃火器を使わない。使うのは弾丸のみで、指で弾いて撃ち出すことを得意とする。この指弾の特徴は、弾丸のみならず、あらゆるものを代用できるうえに、核となるものがなくても自らの戦気を圧縮して撃ち出すことが可能な便利な技である。

 ビシュナットのタイプとしては、放出型の戦士に分類される武人である。指弾も原理としては、ゾバークが使った空点衝と同じもの。単純に戦気を撃ち出す技である。しかし、戦気の放出が得意な武人が使えば、その威力は段違いとなる。

 発射された【戦弾】の威力は、普通のライフル用の弾丸と大差ない威力となり、ブルーケノシリスの発射した弾丸と衝突。弾丸の威力としては、高いレベルの戦気を有しながらも、実弾を使っているブルーケノシリスのほうが上。この両者が衝突すれば、リヒトラッシュのほうが勝つだろう。

 だが、目的は相殺ではない。

 ライフルの弾丸の斜め横から指弾が当たったため、威力が殺され弾道がずれた弾丸は、リヴァイアードの五十センチあまり左に逸れていく。すべて計算通りの結果である。

「あにぃ!」
「この間合いなら問題ない。射撃を続けろ」
「お、おう!」

 この神業のような芸当をやってのけた兄のビシュナットは、最初からそうするつもりだったといわんばかりに涼しい顔をしている。だが、凡人のルヴァナットは痺れた。

(すげええええええ! あにぃ、すげえええ!!!)

 ルヴァナットの全身が火照っていく。こんな神業は、自分には一生できない。まぐれでもできない。それを意図的に、さも簡単そうにやってのける天才の兄に興奮していく!!

 ここで重要なのは、これがMG戦闘であるということ。いくらジュエル・モーターで強化されているとはいえ、使っているのは自らの戦気なのである。それをMG戦闘でも使えるレベルにまで昇華しているのだ。

 放出技のみに絞れば、そのキレはホウサンオーやガガーランドにも匹敵するものである。しかもビシュナットは、自らをガンマンと称する。戦士と名乗ったほうが箔がつくにもかかわらず、銃者であると言ってのける気概がある。

「うおおおお! 俺もやるよ!!」

 ルヴァナットの戦気が燃えていく。それがリヴァイアードの全身を包み込み、巨大な戦気の膜を生み出す。その力を受けて、外装に取り付けられた小型リフレクターが展開。

 機体の周囲を回転し、全方位シールドを生み出す。距離もあるので、ブルーゲリュオンの牽制射撃など、このシールドの前では無力と化す。

「良い戦気だ」

 弟の戦気に、ビシュナットも満足する。

 優れた兄を持ったルヴァナットは自らを低く見る傾向にあるが、ビシュナットだけでは、これだけの質量の戦気を維持することはできない。このリフレクターシールドも、動力に多大な戦気を使用するので、ビシュナットだけでは消耗が激しすぎて使えないのだ。

 兄は優れた技を。弟は頑強な身体と戦気を。
 この二つが合わさった時、リヴァイアードは真の力を発揮するのである。

「よし、これから砲撃に移る。タイミングを合わせろ」
「了解だ、あにぃ!」

 リヴァイアードは再び砲撃態勢に入り、スキミカミ・カノンを放つ。ビシュナットが担当した射撃は、ルヴァナットの雑な一撃とは違い、まさに芸術品。美しい軌道を描いてミサイルとルシア軍を蹂躙していく。

 圧倒的な砲戦能力と、反撃の砲撃すら防ぐリフレクターシールド。視界の妨げられた戦場でも相手の位置を把握する索敵能力。撃たれても撃ち勝つ。見えなくても撃ち貫く。それこそが、リヴァイアードという機体の真骨頂である。

 それ単体でも強力な機体だが、乗り手が超一流ならば、それはまさに悪魔の兵器と呼ぶに相応しい戦果を生み出すだろう。

(………………)

 この光景に、リヒトラッシュは沈黙していた。相手は予想以上の敵であり、生半可な反撃では太刀打ちできない強者であった。こうしている今も、味方はどんどん傷ついていく。

 自信を失ったのか?
 また仲間がやられたことに怒っているのか?

 否。

 否否!!!

 否なのだ!!!


―――(天才だ)


 リヒトラッシュは、その射撃が自らの魂の琴線に触れたことを悟った。

 魂が打ち震える。
 身体が痺れる。

 背筋が凍る。
 頬が茹る。

 そのすべてが、目の前の【天才】に向けられていた。

 田舎で一番の猟師だった男が都会に出た時、多くの失望を覚えた。すべてが【緩い】社会に何の興奮も覚えなかった。雪の社会は厳しい側面もあるが、今のルシアは豊かすぎた。豊かな世界に蔓延していたのは、なんとも緩い空気。

 殺すか殺されるかという狩りの世界で生きてきた男には、豊かで便利な社会には何の魅力も感じなかった。唯一天帝と、自分と同じ匂いを醸し出す雪の騎士たちだけが、彼を踏みとどまらせていた要素である。

 しかし、彼らの多くは、生粋の剣士や戦士たちである。銃を扱う人間にとって、しかもそれが生粋のスナイパーという稀有な人種にとっては、やはり疎外感を感じてしまうもの。

 「やはり違う」。リヒトラッシュは、そう思い続けていた。自分はやはり特殊で、別の世界に住んでいるのだと思っていた。それをずっと背負い続けていくのだと。ずっと独りの世界で暮らすのだと。

 そんな時である。

 目の前で行われた神業は、まさにリヒトラッシュが求めていたものなのだ。その技には気品すら漂い、何よりいっさいの劣等感がない。銃を使っていることがあまりに自然なのだ。

 それはまさに孤高の天才の姿。
 稀代の鬼才が降臨した瞬間である。

 いつの社会も、天才を敵視するのは凡人のみ。奇才を認めようとしないのが常である。されど、天才は誰も気にしない。そもそも見ている世界が違うのである。

 自由に、何にも縛られず、己を表現している。その生き生きとした射撃に、リヒトラッシュの目は釘付けになっていたのだ。

「地上に降りるぞ」
「いよいよ、お披露目か」
「もう隠れる必要はない。我ら兄弟、堂々と正面から敵を撃ち砕く」

 足場が不安定になったことを契機に、リヴァイアードは少しずつ低い足場に移動しつつ、一番高いビルの屋上に降り立つと、ついにその姿を現した。

 でかい。

 機体を見た人間が最初に思うことがそれ。ドラグ・オブ・ザ・バーンには及ばないが、同じ大型に属するヘビ・ラテに高さを加えたような、非常にがっしりとした機体である。

 それはMGと呼ぶよりも、移動砲台と呼んだほうがよいかもしれない。その意味でどことなくリビアルに似ているが、そう思うのも当然である。この機体はガネリア動乱で取得した、リビアルとガヴァルのデータを基にして生まれた機体なのだ。

 コンセプトは、ガヴァルの機動性を維持しつつ、リビアルの砲撃を可能とする高速砲撃戦闘が可能な機体である。

 両肩にはスキミカミ・カノンを装備し、右腕にビームガトリングガン、左腕は装備換装用に空いているが、さきほどやったように有線アームで自在に動かすことができる戦弾発射機能を持ち、当然ながら機動性も高い。

 すべての機体の、いいとこ取りのような性能である。

 ただし、誰もが望むいいとこ取りには、それ相応のデメリットもある。まず、燃料の消費が馬鹿にならないこと。スキミカミ・カノンだけでもジュエル消費量は半端なく、あらゆる動作に多大なエネルギー消費を必要とする。

 それに伴って機体は大型化。さらに高速移動のために、パイロットにかかる圧力は通常のMGの数倍。タオの造るMGに共通して、乗り手のことを完全無視した設計である。

 何より、【二人乗り】にする必要があった。

 これだけ繊細かつ、多くの武装を同時に使うには、AIの補助が必須である。が、この機体に使えるAIの開発が間に合っていない。そのための二人乗りであり、兄のビシュナットが砲撃、火器管制を担当し、弟のルヴァナットがジュエル・モーターや駆動系のシステムを担当している。

 二人で扱う機体というのは難しいものである。やはり独りで扱ったほうが、自由に機体を動かせる。されど、両者の長所を生かして戦うナット兄弟にとっては、誰もが扱いにくい機体こそが最高のMGとなるのだ。

 そのリヴァイアードは屋上に降り立つや否や、周囲に向かって宣言する。

「我、天下てんが泰平のために、大地に降り立つ者なり。不平等を正し、不正を糾弾し、悪を討つ者なり。正義を恐れぬ者たちよ、その身に悪あれば、遠慮なくかかってくるがいい! お前たちに正義の裁きを下してくれる!!」

 ビシュナットが、一般回線で堂々と言い放つ。
 それはまさに、ホウサンオーがやったような余裕なのか。

「あにぃいい!! 宣言しなくていいよ!!! 俺たち、もうバーンなんだからさ!」

 と思ったが違うらしい。ルヴァナットは慌てて止めるも、すでに言い放ったあとである。もうどうにもできない。それに加えて、彼らの場合はホウサンオーとはまた違った意味での問題があった。

「おい、あの台詞…、もしかして【糾弾のナット兄弟】じゃないか?」

 彼らの名が、ルシアのスナイパー部隊の騎士たちから次々と挙がってくる。それだけインパクトがあり、なおかつ有名な台詞であったからだ。

 糾弾のナット兄弟。

 凄腕の傭兵二人組として、業界ではかなり有名な存在である。幾多の一流傭兵団や騎士団からの勧誘を断り、兄弟二人だけでやっている流れの傭兵だ。

 常に実戦で戦っているので、世の中には腕が立つ傭兵は多い。身内だけで固まる傭兵団も多いため、兄弟でやっている者もいる。が、普通ならばここまで有名にならない。

 その理由の一つに、彼らには普通の傭兵にはない【流儀】があった。

 一番有名なのが【主殺し】である。

 傭兵の中には、さまざまな流儀を持つ者がいる。多くの者は金銭や物で動くが、それ以外の者でしか動かない堅物たちも多い。

 ある者は名で動き、ある者は縁で動き、ある者は志で動く。糾弾のナット兄弟も後者であり、その二つ名の通り、不平等と不正、悪を糾弾し、世のため人のために成敗することを流儀としている。

 そのため、いくら雇い主であっても彼らの流儀に反すれば、容赦なく排除する。それが戦いの最中であっても契約満了後でも変わらない。下賎な企みで彼らを操ろうとしても、必ず明るみになって排除されてしまう。

 そのうえ明らかに怪しい雇い主からでも、彼らは依頼を受けていた。何度も騙され、何十人、何百人といった敵に囲まれたこともある。それでも最後には必ず悪を成敗するのである。むしろ、自らを餌として、悪を集めるかのように。

 悪行を働いた人間は、必ず殺す。
 自分たちを騙した人間も、必ず殺す。

 そこにいっさいの躊躇はない。

 そんな危険な彼らであるが、雇う者は非常に多い。それだけ腕が良いのである。交渉の段階で嘘をつかず、彼らの流儀に反しないことを契約の中に盛り込めば、これほど頼りになる傭兵もいない。彼らはけっして、自身からは裏切らないからだ。

 彼らの一番多い雇い主は【弱者】である。不正に苦しむ民を傲慢な為政者から守り、町の治安を乱す盗賊団を排除し、幼い子供たちの願いを叶えるために地上げ屋と戦う。彼らを味方にすれば、いかなる不平等も正されるのであるから、人気も出ようというものである。

 そう、彼らは【正義のヒーロー】なのである。

 少なくとも、不正に苦しむ者たちからすれば、間違いなく正義の味方である。

 ただでさえ有名である彼らだが、ルシア兵にとっても因縁深い相手である。弱者救済を掲げるナット兄弟は、植民地解放戦線でルシア辺境艦隊とも戦ったことがあるのだ。

 その際はルシア兵の強さを実感しつつも、恐るべき戦果を叩き出していた。撃破された戦車は軽く二百に至り、千に近い歩兵を打ち倒している。これはすべて、生身での戦果である。

 その強さは、ルシア軍の中でも語り草になっており、ルシアの査定では、数の上では二人組でありながらも、一級傭兵団に認定されているほどだ。

 だが、そんな彼らも、二年ほど前から活動を休止していた。

 その理由は明らかにされていないが、世間一般の噂では、各国がMGを導入し始めた結果、今までのように弱者救済が難しくなったのではないかといわれていた。

 MGに生身で対抗するのは、非常に難しい。一番の対抗策は、操者が乗る前に潰すことといわれるほど優秀な兵器である。ナット兄弟も、普及当初はMGを使っていたこともあったが、傭兵が手に入れられるものには限界がある。

 結果、徐々に活動が難しくなった側面はあるだろう。彼らが引き起こす逸話は話題性があったので、傭兵界隈では残念がられていたものである。

 だが、彼らは帰ってきた。
 バーンとして戻ってきた。

 彼らは傭兵として働くのを辞め、金髪の悪魔と最初で最後の大型契約を結んだのである。

 その目的はただ一つ。

「天下泰平のため、この世の不平等をすべて排するため、我らは一歩も退かぬ!! 悪魔の裁きを恐れぬ者よ、まとめてかかってこい! 我ら兄弟が、この世界を正す!」

 ナット兄弟は、ゼッカーという悪魔が目指す世界を受け入れた。

 そのために、すべてを捨てると決めたのだ。
 世の不平等すべてを排除すると決めたのだ。

 大商家として暴利をむさぼる両親を殺したその時から、彼らの宿命の螺旋は廻っていた。


 バーン序列五十二位、ナット兄弟


 その名を刻め!


 今、彼らは世界を糾弾する!!

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