『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

文字の大きさ
上 下
384 / 386
「翠清山死闘演義」編

384話 「野心の女性 その5『これは大金星よ!』」

しおりを挟む
 エミリアの乗った馬車は、御者のマルコが馬を巧みに操り、父方の祖父であるグランツ・オロロージオの工房に急いでいる。
 エミリアは左手首の内側の腕着け時計をチラッと見た。


「急げばカンタラリア方面行の乗合馬車の時間には間に合いそう……」

 エミリアの腕着け時計は、一見すると手首に金糸の刺繍入りの、白いリボンを巻きつけているようにしか見えない。
 リボンはもちろん色を変えられるし、夜のパーティーとなるとリボンの部分を宝石のついたブレスレットに取り替えたりもできる。

 実はこの腕着け時計は、世界でただ一人、エミリアだけが持っている時計だ。
 なぜなら、エミリアが最初で最後に完成させたものだからだ。成長した今のエミリアには普通の時計は作れても、この小ささの腕着け時計はもう作れない代物である。

「エミリア様? オロロージオ様のお店で無くて、工房でよろしいんですね?」
「ええ、工房の方にお願い。おじい様もそこにいらっしゃると思うしね」

 エミリアの言うおじい様、正確には父方の祖父は、グランツ・オロロージオ男爵。リンデネート王国の一代限りの名誉貴族。
 元は平民の時計職人だった。

 建築物の大時計や柱時計、懐中時計しかなかった世の中で、初めて腕着け時計を発明し、実用化・製造した男。
 それだけでは王家から爵位をたまわる程ではないが、グランツの功績は腕着け時計の応用でもある。
 貴族男子となれば、懐中時計を持っているが、こと戦場において、いちいち懐中時計を取り出して確認することなどできなかった。

「エミリア様、もう間もなく到着しますよ」
「ええ、ありがとう。私が降りたら、都内をうろうろしてから帰ってちょうだい」
「へ、へぇ」

 グランツの功績は、騎士が身につける籠手や手鎧に時計を組み込む工夫と言うか、発明をしたこと。
 これによって、本陣にいるような指揮官・幕僚以外にも、現場の指揮官級の騎士も容易に時間が把握でき、時間を元に作戦の立案・実行をするという、戦争の仕方さえ変え得る実績を残したことで、国王陛下から名誉爵位をたまわったのだ。
 実際、この発明以降リンデネート王国は、戦争では負け知らずだ。

 ガラガラガラ、ガラッ。

「エミリア様、到着致しました」
「ありがとうマルコ。さっき言ったように色々回ってから帰ってね。私が何処で降りたかも内緒よ?」
「はい。お任せを」

 エミリアは馬車が動き出すのを確認して、王都郊外にあるグランツの工房に入っていく。

 コンッ! コンコロ!

 木製のドアチャイムが鳴ると、グランツも職人達もエミリアに気づいた。
 グランツは、男爵位を賜り貴族街に時計店の出店を許された後も、店ではなく工房にいて職人達と時計を作っている。

「エミリア! そんな恰好でどうしたんだい? 今日はパーティーのはずじゃ」

 グランツが作業台を離れ、エミリアの元へ進みかける。

「――ごめんなさい! ご挨拶したいのだけど……急いでいるの!」

(淑女のマナー違反だけれど、ご挨拶は無しでアレを先に持ち出さないと!)と、祖父に申し訳ないと思いつつも、駆け足で工房の奥に向った。

 ビリリッ! ツーーー!

(ああっ! ドレスが引っかかってしまったわ)

 慌てて走るエミリアのドレスが、工房のテーブルに引っかかって裂けてしまった。

(でもいいの、このドレスはアデリーナのドレスを仕立て直したもの。いわばお下がりだし……)

「ああエミリア! 綺麗なドレスが裂けてしまって!」
「おじい様、いいのです! ちょっとお待ちになってね」

 工房の奥の小部屋には、エミリアが小さい時から使っているエミリア専用の作業机がある。
 彼女はそこに向かい、椅子を引き出して机の下を見た。
 エミリアは、そこに旅支度のされた小さなトランクと、着替えの入った麻袋を隠しておいたのだ。
 それを引っ張りだして作業机に乗せると、孫娘を心配して追ってきたグランツに声をかける。

「おじい様! 私、ここで着替えるので見てはダメよ?」

 グランツは小部屋の入り口まで来ていたが、くるりと向きを変えてエミリアに背を向けた。

「えっ!? あ、ああ! 着替えながらでも話してくれるかい?」

(……話して大丈夫かしら? お母様に何も言えないお父様を怒ったりしないかしら?)

 エミリアは、できるだけ穏便に聞こえるように話をしなければと思った。

「実はね……お家を出――急に留学することになって! お隣のカンタラリアに!」
「そんな急な事あるのかい?」

 グランツは元々平民で、小さい頃から時計職人の徒弟とていに入ったので、学校――それも貴族の学校制度には詳しくない。

(騙すような真似をしてごめんなさい! おじい様……でも、リンデネート王国とカンタラリア帝国は仲はいいので、おじい様もそこは安心でしょう)

「そう! こんなに急なのは珍しいけれど、荷物は後からマルコが運んでくれるの!」

 エミリアはそう言いながら、どちらかと言えば平民に見える洋服に着替えている。
 ついでに、裂けたドレスを更に裂いて、自分の金髪をポニーテールにまとめるリボンにした。
 ここで、エミリアが忘れ物に気づいてしまった。

(あっ! いけない! 靴を忘れちゃったぁ。……仕方ない! このヒールで行くしかないわ!)

 今まで着ていたドレスを作業机の下に押し込めて、空になった麻袋に、トランクを入れる。
 平民の恰好をしたエミリアが、綺麗なトランクを持っているのもおかしいかなと思ってのことである。

 エミリアは、これで靴はともかく動きやすい服装にはなった。

(でも靴……いいえ、ここでお金は無駄にできないわ! 逃げおおせてからでいいわ)

「エミリア、本当に大丈夫かい? 私に何かできることはあるかい?」

 グランツは一八〇センチメートルと家族の中で一番の長身で、シャツを腕まくりして出しているがっしりとした腕でエミリアの肩を包み、優しい碧眼で見つめて聞いた。

(おじい様……いけないっ! おじい様と目を合わせていると、涙が溢れてきてしまう)

 グランツと父・リンクスとエミリア、この三人は揃って金髪碧眼で、連綿とグランツの血が流れている事が分かる。
 兄・クリスは瞳の色が母のマリアンやアデリーナと同じヒスイ色だが、顔や髪のクセはグランツに似ている。将来ダンディーになるだろう。

「大丈夫ですよ! 留学するだけですよ? もう、心配性なんだから~」

 エミリアはグランツに心配をかけてはいけないと、心に言い聞かせて気丈に振舞う。 

(それに……おじい様からは、もう十分すぎるモノを頂いているわ……。時計作りの基礎は完璧よっ!)

「いけない! もう時間だわ。おじい様、落ち着いたらお手紙を送りますね? どうかお元気で」
「ああ、エミリアも元気でな。おじいちゃんはエミリアの味方だからな!」

(ありがとう……おじい様)

 エミリアは心の中で、グランツに今までの礼を言い、グランツの目を見て、しっかり頷いた。

 コンコロッコン!

 グランツの工房を出ると、エミリアは「よしっ!」と気合を入れて、乗合馬車の停留所に向かった。

(でも……トランクを入れた麻袋を抱えて歩くのって窮屈だわ。靴もヒールだし……)



「カンタラリア方面はこっちだよー。もうすぐ出発だよー!」
「な、何とか間に合ったようです。はぁっ、はぁっ」

 幸い乗合馬車にはエミリアの乗るスペースは残ってるようだった。
 カンタラリア行きと言っても、距離的に直通というわけにはいかない。
 まずは今日の目的地の宿場町までの運賃を支払って……着いてから明日の宿場町からカンタラリアまでの分を予約する形だ。

(これで、今までの運命から抜け出せるっ!)

 客車は木のベンチで座り心地が悪いが、気にしてはいられない。
 エミリアは、洋服に似合わない靴をジロジロ見られてはいないか、気が気でなかった。

(えーい! 気にしてはいられないわ! 堂々としていれば誰も気にしないわ! 頑張れ私)

「じゃあ出発だよー。忘れ物はないかー?」

 エミリアはこの掛け声に、大事な事を思い出した。

(はっ! ルノワ!)

 そして、心の中でルノワに呼びかける。

(ルノワ? ついて来てる?)
(シャー!)

 エミリアは、ルノワがベンチの下、エミリアの麻袋と他の客の荷物の間にいるのを確認した。

(忘れていたわけではないの! ちょっと自分のことで精一杯だったの……ごめんね。さっ! 私のお膝においで~)
(ニャオ)

 ルノワがエミリアの膝にピョンっと乗って来て丸くなる。
 この子は猫のルノワ。エミリアにだけ見える尻尾が二本の黒ネコである。
しおりを挟む
ツギクルバナー

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...