上 下
376 / 386
「翠清山死闘演義」編

376話 「魔に魅入られし者 その1『襲撃』」

しおりを挟む

 ロクゼイ隊をやり過ごした杷地火たちは、ひとまず隠れて様子をうかがっていた。

 今のところ猿神たちとの乱戦は続いているようで、追撃はない。


「親父、これからどうする?」


 火乃呼が、少しワクワクしたような顔で訊ねる。

 彼女の属性は『火』だ。退屈さより刺激を求める傾向にあることと、父親が自分が望む決断をしたことに興奮しているのだろう。

 そんな娘に少しだけ苦笑しつつ、父は現実的な対応を考えていた。


「まずは避難場所に向かって爐燕たちと合流だ。熾織が戻ってくれば、これで女は全員集まったことになる。そうすれば琴礼泉から移動する選択肢も選べるだろう」

「あいつらに反撃はしないのか? 捕まった連中はどうするんだ?」

「悪いが、助けるだけの余裕はない。ロクゼイもあえて人質にすることはないはずだ。意味がないからな」


 ディムレガンが女性の生存を第一に考えていることは、少し付き合えば誰でもわかることだ。

 男は見捨てると宣言した杷地火の言葉は、嘘偽りのない真実である。

 それは火乃呼も理解しているが、一つだけ心配なことがあった。


「あいつらはしょうがないけど、おふくろたちは大丈夫か? 街にいるんだからヤバいよな。それこそ人質にされないか?」

「気になるか?」

「…そりゃまあ……こうまで全面的に逆らうとな。おれたちと違って逃げ場がないしさ」

「里火子たちはライザックに逆らっているわけではない。むしろ受け入れて恭順する姿勢を示している。お前はそれが気に入らないだろうが、こういうときのために残ってもらったのだ」

「ん? どういうこと?」

「仮に我々がハピ・クジュネを見限っても、里火子たちがいる限りは思いきった行動には出られんのだ。一応、あそこがアズ・アクスの本店だからな」

「おれたちがいないのにか?」

「中身はなくても形式的には本店だ。何よりも都市の政策をそのまま受け入れた結果でもある。それに対してライザックは何もできぬ。自らの政策を否定することにもなるからな」

「嫌がらせをするかもしれないぞ。拘束したり尋問したりさ」

「もしそのようなことをすれば、ますます人が離れていってハピ・クジュネが力を失うだけだ。そんな自殺行為をあの男がするとは思えん。せいぜい監視が付く程度だろう」


 長年都市に恩恵をもたらしていたアズ・アクスを処罰すれば、他の店も危機感を覚えるだろう。次は我が身かもしれない、と。

 また、それによって鍛冶師とのトラブルが公になれば、クジュネ家に離反を止めるだけの力が無かったと思われ、さらに人は離れていく。

 ハピ・クジュネがああも繁栄しているのは、強い防衛力に加えて、自由に商売をやらせているからである。

 今後さらに都市側の締め付けが厳しくなれば、おのずと人は自由を求めて旅立っていくのが自然の理というものだ。


「我々が不用意に近寄らなければ何も起きんさ。向こうは大丈夫だ」

「でも、そうなるともう会えないってことなのか?」

「最悪は一生会えないこともある。決別を選んだ以上、我々は自立の道を歩まねばならない」

「………」

「そこまでは考えていなかったか? すまん」

「謝るなよ。…おれが考えなしだったんだ。そっか。そういうことなんだよな…」


 元来は家族想いの心根の優しい娘だ。

 同族意識も強いディムレガンなので、もし一生会えないとなれば寂しいに決まっている。

 となると、やはりこの結論に至る。


「やっぱりライザックが全部悪い!」

「それも過去のものになる。お前もあの男から脱却する必要があるな」

「そうは言われても、ムカつくもんはムカつくんだよ!」

「ひとまずその件は後回しだ。今は安全な場所に避難することを考えるぞ。その前に一度、俺の家に寄る」

「親父の家? なんでだ?」

「武器を回収しなくてはならぬからな。作った武器を海軍に奪われるのは癪だろう?」

「ああ、そうだな。そのことをすっかり忘れてたぜ。じゃあ、おれの家にも寄ろうぜ」

「余裕があればな。そろそろ行くぞ。周囲の警戒を怠るなよ」


 杷地火たちは移動を再開。

 まず立ち寄ったのは杷地火の家だ。

 彼自体はほとんど工場に住んでいるようなものだが、保管庫として利用している小屋がある。

 そこでアズ・アクスから持ち込んだ武器の回収をしようと思っていたのだが、調べてみると約半数がなくなっていた。


「武具が足りないな」

「盗まれたのか? 海軍の連中か?」

「かもしれんが、可能性は低い。やつらの目的は俺たち自身だ。武器を漁る前に人を捜すだろう」

「ってことは、村の誰かってことか?」

「うむ…床下の隠し倉庫のことは誰にも言っていなかったはずだが、もとより盗まれるとは思っていなかった。不用心であったことは否めないが…」


 琴礼泉で物を盗んだとしても、外に持ち出せなければ意味がない。魔獣が使うにしてもサイズが合わないので、まさに宝の持ち腐れとなる。

 さらに海軍の来訪を予期していたのは杷地火くらいだ。他の者たちは、捕まった青年のように無警戒だったはずである。

 そうなると最初から逃げることを想定していなければ、まずこんなことはしないし、そもそもできないのだ。


(もしや俺のほかにも、ライザックの息がかかった者がいるのか? …やつのことだ。そのほうが現実的だな。しかし、まさか同族の財産を盗む者がいるとは…いや、まだ保管しているだけかもしれん。仲間を疑うのはやめておこう)


 というのが通常のディムレガンの思考なので、炸加がいかに駄目なやつかがわかるだろう。その意味においては、ライザックの目は確かといえる。

 ただし、隠し倉庫は念のために『二重底』。

 ただでさえ床下に隠しているのだから、さらに下があるとはなかなか思わない。そのおかげで半数は無事だった。

 上には主に買い手の希望があった品を置き、下には買い手がつかなかったものを置いていた。何かあった際に需要があるものをいち早く回収して逃げるためだ。

 これは商売のことを考えていたのではなく、いくら基準を満たしていなかったとはいえ、購入希望者に悪いと思っていたからである。そのあたりに炸加との人間性の違いを感じてしまう。

 杷地火たちは武具を回収し、滝の避難所に向かって動き出す。

 火乃呼の工場にも行きたいが地理的に避難所が近いので、一度爐燕と情報交換するために合流を優先した結果だ。

 あちらの工場の武具は特徴的なものばかりで、使い手がいない昨今の現状を考えると、最悪は捨ててきても問題はないという判断もある。


(武具はまた作ればいい。火乃呼がいれば何度でもやり直せる)


 貴重な品々を失った杷地火に、まったく落胆の色は見られない。

 彼自身も優秀ではあるが、火乃呼の存在は別格だ。彼女を無事保護できたことだけでも大きな収穫といえる。

 火乃呼こそ、ディムレガンの宝であり希望。

 歴代筆頭鍛冶師を超える逸材なのだ。

 しかし、その道中のことであった。

 何かが飛んできて、先頭を走っていた男性の足にぶつかる。


「ぐっ…これは!」


 男性は立ち止まってうずくまる。

 その足には、一本の『矢』が突き刺さっていた。

 彼もまた重鎧に身を包んでおり、足も金属でガードされているのだが、いとも簡単に矢は貫通していた。


「敵か!?」

「気をつけろ! 狙われているぞ!」


 そうしている間も次々と矢が放たれて、ディムレガンの男性たちに突き刺さる。

 矢は的確に足を射貫いているので、どうやら意図的に機動力を削ぎにきていることがわかる。


「木々を盾にして隠れろ!」


 杷地火の号令で各人が木や岩に隠れるものの、矢は障害物すら貫いて襲ってくる。

 ただし、それによってわずかに威力が軽減されたことで、かろうじて鎧でも防げるようになっていたのは救いだろうか。

 が、状況は悪いままだ。


「本当に矢なのか!? 威力が桁違いだぞ!」


 足に突き刺さった矢尻を切り落としながら、男性が呻く。

 矢は簡素な造りで、木材が豊富な山では現地調達しやすい長所があるが、その分だけ銃と比べると威力が弱い。

 そんな矢を使って、手加減していたとはいえ海兵の剣気すら弾くほどの鎧を貫くのだ。凄まじい威力といえる。


「相手が人間であるのは間違いない。おそらくは戦気か剣気で補強しているのだろう。急所に直撃すれば命も危ういぞ」

「命中率もすごい。この霧の中で、ここまで正確に我々の足を射貫けるのだ。相当な使い手のはずだ」

「このようなところで足止めを受けるとはな。だが、ずっと隠れているわけにもいかんぞ。敵がすでにここまで来ているとなると、避難場所も安全とは言えない。残った者たちが心配だ」

「仕方がない。我々が囮になり、杷地火と火乃呼だけでも先に離脱させる」

「それが賢明か。少なくとも女は離脱させることができるからな。杷地火、頼むぞ。最悪の場合は、皆を連れて逃げてくれ」

「わかった」


 見捨てるのは若い男ばかりではない。彼らのような中核メンバーでさえ、女性とリーダーのためならば自ら犠牲になる。

 これがディムレガン全体の共通理解であり、杷地火もそれを受け入れて、すんなりと結論が出た。


「いくぞ!」


 タイミングを見計らい、全員が一斉に飛び出す。

 それと同時に敵側も矢を放つ。

 すでに足を射貫かれている者が一番外側に配置されているため、まずは彼らが矢を受けることになる。

 一斉に動いたせいか、今度は足ではなく胴体を狙ってきた。

 それでも相変わらず命中精度は極めて高く、心臓は避けて致命傷にならない箇所に突き刺さる。

 男性陣も何発かは耐えるものの、脇腹や太ももに当たると、たまらずに崩れ落ちていった。

 防具は優れていても中身は普通のディムレガンの男性だ。内部にまでダメージが通れば肉体の耐久性は高くない。


「ちっ!! 遠くから好き勝手やりやがってよ!」

「火乃呼、今は耐えろ!」

「くそっ…!」


 この場にいる者たちは、火乃呼にとっても親戚のおじさんのようなものだ。

 いくらディムレガンが女性優位社会とはいえ、親類がやられている光景を見て悔しくないわけがない。歯軋りをしながら見えない敵を必死に睨みつける。

 このことからも、敵が火乃呼の視野外から攻撃していることがわかるだろう。遠距離から攻撃してこの威力であることが一番怖ろしい。


「うぐっ…! あとは頼む…!」

「はぁはぁ、ここまで…か」


 そして、どんどん壁が減っていき、ついに最後の一人も腹に矢を受けて倒れることになった。

 残ったのは、杷地火と火乃呼の二人となる。

 ここまでやられれば、さすがの火乃呼も事態を察する。


「こいつ! わざと他の連中を狙ってやがるんだ!」


 多人数の状況ならばピンポイントで狙うことは難しいが、五人以下になれば狙い撃ちも比較的容易だ。

 しかし、火乃呼と杷地火はいまだに無傷のままである。ならば、あえてそうしていると考えるべきだろう。


(わざわざ恐怖を与えるようなやり方をする。手慣れていることから、やはりプロの仕業だな)


 獲物をなぶり殺しにするようにじわじわと追い詰める姿は、まさに熟練の狩人といった印象を受ける。

 しかも敵は、こちらが滝に向かっていることを知っている。だからこそ的確に狙いをつけることができるのだろう。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

転移した場所が【ふしぎな果実】で溢れていた件

月風レイ
ファンタジー
 普通の高校2年生の竹中春人は突如、異世界転移を果たした。    そして、異世界転移をした先は、入ることが禁断とされている場所、神の園というところだった。  そんな慣習も知りもしない、春人は神の園を生活圏として、必死に生きていく。  そこでしか成らない『ふしぎな果実』を空腹のあまり口にしてしまう。  そして、それは世界では幻と言われている祝福の果実であった。  食料がない春人はそんなことは知らず、ふしぎな果実を米のように常食として喰らう。  不思議な果実の恩恵によって、規格外に強くなっていくハルトの、異世界冒険大ファンタジー。  大修正中!今週中に修正終え更新していきます!

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

異世界でぺったんこさん!〜無限収納5段階活用で無双する〜

KeyBow
ファンタジー
 間もなく50歳になる銀行マンのおっさんは、高校生達の異世界召喚に巻き込まれた。  何故か若返り、他の召喚者と同じ高校生位の年齢になっていた。  召喚したのは、魔王を討ち滅ぼす為だと伝えられる。自分で2つのスキルを選ぶ事が出来ると言われ、おっさんが選んだのは無限収納と飛翔!  しかし召喚した者達はスキルを制御する為の装飾品と偽り、隷属の首輪を装着しようとしていた・・・  いち早くその嘘に気が付いたおっさんが1人の少女を連れて逃亡を図る。  その後おっさんは無限収納の5段階活用で無双する!・・・はずだ。  上空に飛び、そこから大きな岩を落として押しつぶす。やがて救った少女は口癖のように言う。  またぺったんこですか?・・・

Switch jobs ~転移先で自由気ままな転職生活~

天秤兎
ファンタジー
突然、何故か異世界でチート能力と不老不死を手に入れてしまったアラフォー38歳独身ライフ満喫中だったサラリーマン 主人公 神代 紫(かみしろ ゆかり)。 現実世界と同様、異世界でも仕事をしなければ生きて行けないのは変わりなく、突然身に付いた自分の能力や異世界文化に戸惑いながら自由きままに転職しながら生活する行き当たりばったりの異世界放浪記です。

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
空想の中で自由を謳歌していた少年、晴人は、ある日突然現実と夢の境界を越えたような事態に巻き込まれる。 目覚めると彼は真っ白な空間にいた。 動揺するクラスメイト達、状況を掴めない彼の前に現れたのは「神」を名乗る怪しげな存在。彼はいままさにこのクラス全員が異世界へと送り込まれていると告げる。 神は異世界で生き抜く力を身に付けるため、自分に合った能力を自らの手で選び取れと告げる。クラスメイトが興奮と恐怖の狭間で動き出す中、自分の能力欄に違和感を覚えた晴人は手が進むままに動かすと他の者にはない力が自分の能力獲得欄にある事に気がついた。 龍神、邪神、魔神、妖精神、鍛治神、盗神。 六つの神の称号を手に入れ有頂天になる晴人だったが、クラスメイト達が続々と異世界に向かう中ただ一人取り残される。 神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。 気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

処理中です...