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「翠清山死闘演義」編
362話 「琴礼泉の生活 その3『火乃呼の鍛冶』」
しおりを挟む「で、お前はわざわざ、こんな場所まで文句を言いに来たのか?」
杷地火が火乃呼に問いかける。
そもそも彼女が、若手のグラヌマに剣を打ってやること自体が稀なことなのだ。
「それだけじゃねえよ。なんか『あいつ』が話があるっていうからさ」
「話?」
「ああ、来たようだぜ」
火乃呼が空を見上げると、一羽の鳥がやってきて枝に止まる。
それは翼をたたむと五十センチ程度の大きさになる『フクロウ』だった。
しかし、普通のフクロウと決定的に違うのは―――
「よぉ、来てやったぜ」
フクロウが、しゃべった。
完全に見た目は鳥なのだが、そこからは人とまったく同じ声が発せられたのだ。
鳥自体が話すのはインコがいるので珍しくはない。彼らは鳴管と呼ばれる器官を使って音を共鳴させて、人の言葉を真似ている。
ただし、このフクロウの場合は魔獣なので、単なるそういった『スキル』を使って言葉を紡いでいた。
「来てやったじゃねえよ。お前がおれを呼んだんだろうが」
「まあ、そうとも言うな。…ん? 何かトラブルか?」
「キーキィ…キキッ…」
「あー、火乃呼に頼んだのか? そりゃ人選ミスってやつだ」
「キー…キキ」
「なんとかしてやるから、お前は持ち場に戻れよ。ちゃんと火乃呼以外のやつに頼むからさ」
「ああ!? んだとコラ! そこのフクロウ、もう一度言ってみやがれ!」
「どうせまた、好き勝手作った剣を押し付けたんだろう? ほんといい迷惑だぞ。他の猿も返すに返せなくて困っているって言ってたしな」
「てめー! 焼き鳥にしてやる!! 降りてこい!」
「そんなことを言われて降りる馬鹿がいるか。ばーかばーか」
「マジぶっ殺す!!」
「うわっ! 剣を投げるな! もし私に何かあったら、誰が『猿との仲介役』を務めるんだ!」
「ほかにもフクロウはいるだろう! てめぇがいなくても代わりはいるんだよ!」
「やれやれ、私がどれだけお前たちを守ってやっているのかも知らずに、呑気なものだな。こっちも好きでやっているわけじゃないんだぞ。もう少し労われよ」
この段階ですでにわかったと思うが、このフクロウは【人間と魔獣両方と会話ができる】。
彼は古くから翠清山にいる『フーパオウル〈言流梟〉』というフクロウ型の魔獣であり、今に限らず以前からディムレガンと猿神との橋渡しをしていた馴染み深い存在なのだ。
もちろん彼以外に何羽もフーパオウルはいるのだが、彼が一番の古株でディムレガンとも旧知の仲である。
「ケウシュ、我々に何か用か?」
杷地火がフクロウに訊ねる。
ケウシュとはこのフクロウの個体名だが、フーパオウル自体には名前で呼び分ける風習はない。もともと個人で動く習性が強いこともあり、『お前』や『あいつ』、あるいはそれ以外の特徴で十分間に合うのだ。
ただしそれだと不便だということで、昔のディムレガンが『ケウシュ』と名付けたところ大いに喜び、それからずっとこの名を好んで使っているようだ。
その意味でも、なかなかの変わり者といえる。
「お前たちというか火乃呼にだな。頼んであった武器を早く仕上げろって催促に来たのさ」
「その話は聞いている。今仕上げているところだ」
「それとは違うやつだ。ボス用の武器の話さ」
「破邪猿将の武具は、かつての筆頭鍛冶師が打ったものだ。文句なしの名剣だろう」
「あれは壊れたようだぞ。だから代わりが必要らしい」
「…そこまでの激闘だったのか?」
「あんまりお前たちには話せないけど、ハピ・クジュネの第二海軍ってやつと全面衝突したのさ。それで大将同士の戦いで武器が壊れたらしい」
「結果はどうなった?」
「人間の負けだな。残ったやつも追撃されて、ほとんど死んだんじゃないのか? まだ少しは残っているようだが、長くはないな」
「…そうか」
あまり教えられないと言いつつ、がっつりと話してしまうケウシュ。
そもそもの名が『言葉が流れる梟』と書くので、おしゃべりで有名な魔獣なのである。
他人事ということもあって口は極めて軽く、そのおかげで杷地火たちは外の情報を得ることができていた。
「お前たちも諦めて山側についたほうが利口だぞ。こりゃもう人間に勝ち目なんてないな」
「なぜそう思う? まだハピ・クジュネに軍隊は残っているぞ」
「人間の怖いところは頭が良いことだ。それでいろいろな武器を作ったり戦略を練ったりする。今まではそれで有利になっていたが、猿たちにもブレーンがついた。人間以上の戦略を駆使できるなら、もう人間側に勝ち目なんてないさ。三大ボスの連中も、そいつには頭が上がらないみたいだぞ」
「それが新しいボスなのか? 何者だ?」
「さあね。西から来たみたいだけど、あれはやばい。私みたいに逆らわないで従ったほうが身のためさ」
「よそから来た魔獣など信用できるのか?」
「あいつは支配すること自体が楽しいようで、搾取したり喰ったりするわけじゃないから、私としては三大ボスより好意的に思えるね。河馬は頑固で閉鎖的だし、猿は粗暴で傲慢だし、熊は馬鹿で乱暴だ。あれをまとめてくれるなら、むしろ大助かりといえるさ」
「…魔獣も大変だな。人間側の戦力はどれくらい残っている? 援軍は来ないのか?」
「ヒポタングルの話を盗み聞きした限りじゃ、援軍はあまりいないみたいだな。山の外に陣取っている連中は来る気がないみたいだし、都市のほうからも少ししか来ていないらしい。あとは銀鈴峰側の山と森に二万近くの人間がいるようだが、強さとしては劣るようだ」
「二万もいるのならば、挽回のチャンスはあるように思えるが?」
「無理だね。それもどうせ潰されて終わりさ。こっちは十万以上の『統率された軍勢』が集結しているからな」
「十万…か。森が騒がしかったのはそのせいか」
「おっと、長話をしていたら私の身も危うい。火乃呼、さっさとボスたちの武器を仕上げてくれ」
「どうしようかな。そのムカつく顔を見たらやる気がなくなったぜ」
「お前の武器を使えるのは魔獣のボスしかいない。せっかく評価してくれる相手を失望させるのか? 人間の世界には、お前を理解してくれるやつなんていなかったんだろう?」
「…魔獣たちはライザックも倒すのか?」
「ん? ライザック? ああ、たしかお前たちを追い出したハピ・クジュネの支配者だったか?」
「あくまで街の管理者にすぎない小さな男だよ」
「よくわからないが、このままじゃ終わらないだろう。人間の街をまた襲うようなことも言っていたぞ」
「わかった。それなら力を貸してやる!」
「おい、火乃呼」
「なんだよ親父。文句はないだろう? おれたちは魔獣に武器を提供する代わりに好き勝手やらせてもらっているんだ。つまりは協力者ってことだろう? 魔獣側の勝利を願ったっていいじゃないか」
「街には里火子と炬乃未もいるんだぞ」
「だったら何? 自分の意思で残ったなら自己責任だろ」
「火乃呼」
「…危なくなったら逃げるでしょ。それより街が滅茶苦茶になったらライザックだって困るはずだ。あいつが負け犬になるなんて、スカッとするね!」
「それじゃ、やってくれるんだな?」
「任せておけって! おれの工場に来いよ」
「ああ、頼むぞ」
「………」
火乃呼はケウシュに向かって親指を立てると、一人と一羽は行ってしまう。
その様子に杷地火は、首を横に振って見送ることしかできなかった。
∞†∞†∞
火乃呼はケウシュと一緒に自身の工場に向かう。
琴礼泉には三つの工場が存在し、一つは若手に作らせている人間用の武器専用の工場、もう一つはさきほど杷地火がいた魔獣用の武器を作っている工場、そして最後に火乃呼専用の工場がある。
彼女の工場も川の近くにあったが、他の工場と違って真っ赤な壁をしているので、遠くからでもかなり目立っていた。
工場に入ると、ケウシュが机の上に座る。
「早く仕上げてくれよな。今のところお前しか作れないからさ」
火乃呼は杷地火が検分した剣のように、たまに一般魔獣用の武器も作るが、それは気まぐれであって主体はボス用の武具を担当している。
作る武器が強すぎて、魔獣のボスクラスでしか扱えないからである。
それでも使いこなせずにお蔵入りになった武器が大半なのだが、人間側にとっては実に幸運な話だろう。もし彼女が相手に合わせて作っていれば、もっと厄介になっていたはずだ。
「杷地火にも頼んでいるが、あいつは仕事が遅いからな」
「親父は仕事が遅いわけじゃない。乗り気じゃないからだ」
「なんでだ?」
「さっきも言ってたけど、街にはおふくろと炬乃未がいるからだよ。魔獣が勝ちすぎるのは嫌なんだ」
「お前はいいのか? 同じ家族だろう?」
「おれは少しくらい痛い目に遭ってもいいと思うぜ。というか、一緒に来なかった段階でムカつくじゃねえか。あれじゃライザックに負けたと同じだ」
「人間ってのは面倒なんだな。私は気楽なフクロウでよかったよ。で、武器はどれくらいでできるんだ?」
「実はだいたい終わっているんだ。あとは調整だけだ」
「それだったらあんな猿に剣を打たないで、こっちをさっさと仕上げたらよかったじゃないか」
「…べつにおれの自由だろう。命令するなよ」
「お前は父親とは似てないんだな」
「あ? どこがだ!」
「おいおい、キレるなよ。杷地火とは反りが合わないんじゃないのか?」
「誰もそんなことは言ってないだろう。親父には親父のやり方があるだけだ。男の中じゃ相当優れているほうなんだぜ。今までの筆頭鍛冶師は全員女だったからな。男で鍛冶長になれるなんてすごいことなんだ」
「ふーん、そうなんだな」
「もっと興味を持てよな、フクロウ!」
「私は魔獣だぞ? これでも持っているほうだと思うけどな」
「…まあいい。そこでおとなしくしていろよ」
そう言うと火乃呼は、奥から大きな二本の刀身を持ってきた。破邪猿将用の大剣である。
それを鍛冶台に置いて準備を終えると、息を大きく吸って―――火を吐く!
凄まじい火焔が剣を包み込み、一瞬にして刀身が真っ赤に染まった。
父親の杷地火は、火のジュエルを噛み砕いてエネルギーを補充していたが、女の力あるディムレガンの彼女は素の状態で強力な火を吐ける。
それ単体でも普通に攻撃手段として強力だが、当然ながらこれは鍛冶に関係する能力である。
火乃呼のユニークスキル、『焔紅の息』。
この火で熱された鉱物は、どんな硬度でも柔らかくなって自由に形を変えることができるようになる。
素材自体にも力を与えて性能が向上したり、他の力をより組み込みやすくすることで、あらゆる鍛冶をする際の下地になる作業といえる。
「あつつつ! 火力抑えろよ!」
「黙ってろ。焼き鳥になるぞ」
「黙っていたら焼き鳥になるから言ってんだけどな!」
そんなケウシュは無視して、火乃呼は自身の手を強く握り込む。
爪を立てたので掌から血がこぼれた瞬間、爆炎が噴出。
ディムレガンの血液そのものが炎で出来ていることは、こちらも杷地火の鍛冶で見ているが、彼女のものは次元が異なる。
爆炎が凝縮して神々しい輝きを放つハンマーとなる!
こちらもユニークスキルである『焔紅の槌』。
炎の血を固めて専用の槌を生み出すという世界で唯一、火乃呼しか使えない能力だ。
それを振り上げ―――叩く!!
一撃叩くごとに刀身からも炎が噴き上がり、空中で踊り狂って火花と芸術的な赤い紋様を描き出す。
彼女の鍛冶を祝福するかのごとく、周囲に火の精霊が集まって力を貸しているのだ。
挙がる、揚がる、火力が上がっていく!
それに伴って室内の温度も急上昇!
もしこの工場が特別な煉瓦によって造られていなければ、一瞬で燃え尽きるほどの温度に到達する。
ケウシュもすでに身の危険を感じて、入口まで避難しているほどだ。
「今日もいい感じだ!! 景気よくいくぜええええ!」
火乃呼の鍛冶は、慎重で堅実な杷地火や、奥ゆかしさと気品のある炬乃未とはまったく異なり、激しく豪快で勢いと盛り上がりがあった。
炎は際限なく上昇し続け、次々と放り込まれる魔石を糧として、焔紅によって一つの集合体に進化していく!
なんてダイナミック!
なんて華のある叩き!
火乃呼が躍動するたびに工場自体が揺れ、煙突からは大量の煙が上がる。
「あははははは!! いけいけ! もっといけぇええええええ! 燃えろ! もっと燃えろ!!」
祭りだ、祭りだ!!
とことん踊り狂え!
もっともっと血を求める凶悪な武器になってしまえ!
炬乃未が『護る武具』を信条としているのに対して、火乃呼が求めるのは徹底的な『破壊』の力だ。
『焔紅の槌』には鍛気も含まれているので、彼女の気質をこれでもかと剣に叩き込む。
そして、六時間という鍛錬を経て二本の刀身が完成。
その間、火乃呼は一切の休憩も取らずに、ただひたすら剣と向かい合っていた。その目は真剣で迷いもなく、一心不乱に燃え盛る炎のようだった。
(魔獣の私でもわかる。何人ものディムレガンを見てきたが、こいつほど華のある鍛冶師はいなかった。間違いなく歴代最高の鍛冶師だ!)
ケウシュも長生きする種族なので、多くのディムレガンを見てきたが、火乃呼は文句なしにナンバーワンの実力者といえる。
むしろ彼女が他の個体の力を吸ってしまったのではないかと思えるほど、その力は突出していて凄まじい。
しかしそれと同時に、どこか危うさがあるのも事実だ。
強すぎる火は自身さえ燃やしてしまう。自身の大切なものさえ燃やしてしまう。
実際に火乃呼の鍛冶には『狂乱や狂気』といったものが見られ、どうにでもなってしまえという無責任さが垣間見える。
もともとあった彼女の気質が、今の苦々しい現状と重なった結果として悪いほうに向いているのだが、鍛冶師にとっては狂気もまた力。
彼女が叩き上げた剣は、文句なしに今までで最強と呼べるものになる。
「よし、出来た。これで両手で同時に攻撃できるぜ」
「両方とも攻撃型なのか? 前は片方が防御型だったぞ?」
「んなもん知るかよ。俺は守りなんて気にしないんだ。嫌だったら親父にでも頼みな」
「わかったわかった。ありがたく受け取るよ。仕事の遅さ以外にも杷地火のやつはちょっと怪しいからな」
「怪しい? 何が?」
「人間用の武器も作っているだろう? こんな場所で作る理由はないはずだ」
「あれは下手くそなやつらの練習用だぞ。全部低ランクのクズじゃねえか」
「まあ、お前から見ればそんなもんなんだろうけどな。…いや、どうせ私には関係のないことだ。関わらないでおくさ。他のボスのも頼むぞ」
「わかってるって」
それから三日かけて、火乃呼はすべてのボス用の武具を作り終える。
杷地火も乗り気ではなかったが、魔獣の要求には逆らえず、防具や盾を提供。
それらは後日、グラヌマの輸送部隊によって運ばれていくのであった。
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