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「翠清山死闘演義」編
354話 「敗軍の将 その5『遭遇』」
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他愛もない話ではあったが、そのおかげでギンロも少しは考える力が湧いてきた。
(あのような者たちがいることまではよい。この広い荒野では、それもありうるじゃろう。だが、翠清山に何の用があって現れた? わしらを助けたことから敵ではないと思うが、味方とも限るまい)
黄装束の集団が味方ならば、最初から翠清山の戦いに参加していただろう。それならば魔獣の戦略も妨害できて、第二海軍の壊滅も防げたかもしれない。
が、あのように顔と素性を隠して隠密行動をしている以上、他の目的があってしかるべきだ。
それもこんな危険な場所にいるのだから、かなりの理由があると考えるのが妥当である。
(翠清山に資源以外の利益があるのか? わしらを利用すると言っていたが、どういうことじゃ? 素性すら明かさぬ者たちに海軍を助けるメリットがあるのか? …ううむ、わからぬことが多すぎる。根本的な情報が足りぬのだ)
少年たちだけではなく魔獣に関しても情報不足は否めない。
そもそも誰が魔獣たちに知恵を与えていたのか、という最大の謎が残る。
翠清山の魔獣はたしかに強力で危険ではあったが、いがみ合っていた種が協力することは、地球の動物たちを見てもわかるように、まずありえない。
虎とライオン、河馬が共に戦うなどありえるだろうか?
多少の知恵があっても通常では不可能だ。個体同士で仲良くなることはあれど、種そのもので協力はできない。
これこそ翠清山制圧作戦における最大の謎であり、最大の致命傷になった出来事である。
ただし、その点に関しては、軍内部でも最低限の情報を入手していた。
(街への襲撃以前、魔獣たちが明確な敵意をこちらに向け始めた時から、ライザック様は『新たな魔獣の統括者』が現れたのではないかと予想されていた。魔獣は自分たちより弱い者には従わない。三大ボスより強い『王』が現れたのではないかと)
グラヌマが廃墟に出現した際も、スザクたちは『新たな魔獣のボス』に関する情報を持っていた。
それは街への進撃という結果を受けて、より明確となり、より確信に近いものになっていった。
当然ギンロも参謀として同様の情報を得ていたものの、結局それが何者であるのかは不明のまま、作戦が開始されることになった。
これも街への襲撃があったことで作戦行動が早まった結果だ。
(逆に考えれば、その正体を隠すために早めに仕掛けたともいえる。じゃが、三袁峰の本拠地に乗り込んでも、そういった存在の影は見えなかった。現状では、あくまで魔獣たちが共闘しているだけにも見える。本当におるのならば、どうやって連中を動かしておるのだ? もしくは、やはりそんなものはいないのか…)
情報が足りない状態でいくら考えたとしても憶測にしかならない。不穏な動きと確信は抱いていても真実は闇の中であった。
ギンロが結論が出ない思考に埋没する中、一行は黙々と悪路を進む。
そして再び夜になり、敵に見つからぬように深い森で休息を取っていた時であった。
「何か近づいてくる」
カンロが遠くで茂みが揺れる音に気づき、剣を取る。
それは、ゆっくりゆっくり、こちらに近づいてきていた。
「猿か? 熊か?」
ギンロも警戒するが、身体がまだ十全に動かないので視線だけを向ける。
「じいちゃんはここにいてよ。俺らが見てくる」
「待て。離れるのは危険じゃ。ハイザク様と一緒にいたほうがリスクは減る。ここまできた以上、もはや一蓮托生であろう」
「…そうだね。そのほうが生き残る確率は高いかな」
「数はわかるか?」
「今のところ単独みたいだけど…」
音と気配からすると半径五十メートル以内には、その存在しかいない。
ただし、カンロたちは探知系の能力者ではないので、範囲外に敵がいてもわからないのが難しいところだ。
ハイザクたちは、武器を持って警戒しながら待機。
数が一つであったことも相まって、この場で待ち受けることにする。
それが猿であれ熊であれ、単独の相手にハイザクが負けることはないとの計算があってのことだ。
そして、【ソレ】が姿を見せる。
夜に染まった暗緑色の葉を掻き分けて、一人の『人物』が出てきた。
羽織った真っ黒な外套はボロボロで、切り裂かれたコウモリの羽のようで不気味。
左足が不自由なのか安定感がなく、がくんがくんと大きく身体を揺らしながら歩いている姿も、なんとも奇妙に映る。
外套の隙間から見える身体は裸だが、妙な光沢があり、こちらも衣服同様に所々にかなり大きな傷がついていた。
血こそ流れていないものの、すでに歩くのが精一杯といった『怪我人』の様相である。
一番気になる顔は、なんともいえない『普通の男』のものであり、そこらの街の道路ですれ違いそうなモブ顔だった。活力のない冴えない顔、といえば想像できるだろうか。
その顔に至っても、所々の皮膚が破れていたり、あるいは火傷のように真っ黒に変色している部分もある。
ここが戦場であることからも、そういった状態は珍しくないのだが、異様な服装もあってか、あまりに場違いな存在に思えてくる。
そのせいで誰もが動けないまま男を注視していた。
(なんじゃ…こいつは? 外套を着ているのならば、先日の者たちの仲間か? いや、外套など誰が着ていてもおかしくはない。そもそも妙に『古ぼけて』おる)
先日の黄装束の集団は、しっかりと整備されていて清潔感があった。装備に気を配っている証拠だろう。
だが、目の前の男は、数十年さすらっていたと言われても信じてしまいそうなほどボロボロだ。荒野には浮浪者や放浪者も多いが、ここまで傷んだ者はそう多くはない。
「………」
男は立ち止まり、両者がしばし見つめ合う。
最初に沈黙を破ったのは相手側のほうだった。
「…へイカ……に。ケンジョウ…せよ」
「は?」
「すべて……ヘイカに……ささげよ」
「…あんた、何言ってんの?」
カンロがますます困惑した表情で前に立つが、そんなこともおかまいなしに、男はブツブツと訳がわからないことを呟き続けていた。
目は虚ろで焦点が合っておらず、安定しない身体のせいか常にブルブル震えている。
なるほど、誰がどう見ても【頭が危ないやつ】である。
かといって魔獣ではない。街で見かけたら即拘束して尋問は確定だが、この山では人間自体が稀な存在だ。
だからこそどうしてよいのかわからず、カンロがギンロに視線を向ける。
「じいちゃん、どうする?」
「わしが尋問する。警戒は怠るな」
「了解」
カンロはいつでも剣を繰り出せる間合いに陣取り、カンロ隊の二人も同様に両脇を固める。
これでいきなりハイザクに危害を加えることはできないはずだ。
それを確認してから、ギンロが男に話しかける。
「お前は何者じゃ? わしらに何の用だ?」
「………」
「その怪我はどうした? 何があった?」
「………」
「どうしてこの山にいる? 一般人は立ち入り禁止のはずじゃぞ」
「………」
男はギンロの問いには答えない。
否。
そもそも彼の意識は、ギンロには向いていない。
男が見ているのは―――ハイザク
「ヘイカに……ささげよ」
「…?」
「力ある…者…すべてヘイカに……ささげよ。力無き…もの…ヘイカに…くっぷく……せよ」
「…???」
男はハイザクに向かって話しかけているようだが、ハイザク当人も意味がわからずに首を傾げる。
しかし、それとは対照的に男の語気はさらに強まる。
「ちから……ツカイカタ…知らぬ…か。ナラバ、教えて…やろう」
男がガクガクと痙攣すると、外套を破って背中から『六枚の翼』が出現。
それは深い紫色をしているが、わずかに発光しており、その輪郭が闇の中にはっきりと映し出された。
まるで『堕天使の翼』。
知恵を身に付け、楽園から追放された者の【堕落の波動】を放つ異様なものであった。
強烈な危険信号に、ギンロが弾けたように叫ぶ!
「敵じゃ! カンロ、潰せ!」
「おう!」
すでに準備が整っていたカンロが、二本の剣を投げつけると男に命中。胸にずっぷりと突き刺さる。
直後、他の二人の海兵も剣で男を切り裂いた。
男は無抵抗で攻撃を受けるが、斬られた箇所から出血はなく、倒れることもなかった。
何度切り裂いても結果は同じ。
身体は傷つくが、それに対してのリアクションはない。
「この感触…こいつ、死んでいる!?」
魔獣や人間等々、生物を数多く斬ってきたカンロには、それが『死人』と同じように感じられた。
生きている者が持つ弾力や活力、細胞の息遣いといったものがないのだ。
まるで時間が経過して乾燥した死体。干からびたミイラを斬ったような乾いた感触であった。
「ひれ…フセ」
男の背中の翼から無数の『羽根』が宙に放たれる。
羽根は空中で何かに操作されたように急激に角度を変えると、カンロたちに突き刺さった。
「羽根? こんなもので…!」
羽根が刺さったとしても傷口は小さいので、ほとんどダメージはない。鍛え抜かれた海兵にとってはかすり傷だ。
再びカンロたちが攻撃を仕掛けようとするが―――ピタ
「っ……身体が…!?」
カンロたちの動きが止まってしまう。
そして、そのまま大地に身体を投げ打つように倒れ込んだ。
「ぐううっ…」
「カンロ! どうしたんじゃ!」
「わ、わから…ない……うごけな………」
「くっ、何をしおった!? あの羽根…もしや毒か!?」
ギンロも剣を構えるが、カンロが敵わなかった相手に勝てるとは思えない。
だが、その前にハイザクが動き、男の顔面をぶん殴る。
彼のパワーはやはり凄まじく、頭部が完全に吹き飛んでしまった。
「…ん!」
さらに真上から両手で―――叩き潰す!!
肩が砕け、背骨と腰が折れ、足もへし折れてぺったんこ。
人間がスクラッププレスに巻き込まれたら、きっとこうなってしまうのだろうな、という無残な姿になってしまった。
さすがの男も、これで動かなくなる。
「やったの…ですか?」
「…ん」
「いったい何者だったのか…。ここも危険です。早く移動しましょう」
と、ギンロが老体に鞭打って、カンロを引っ張り上げようとした時だ。
ふと視界に入った男の亡骸から『翼が消えている』ことに気づいた。
(翼が…無い? どこにいった?)
もげたのか、中にまた入ったのか、ともかく翼がない。
だが、それもそのはずだ。
これはもういらない『依代』であり、ここで捨てるつもりだったのだから。
バサバサっという音が響き、夜の闇に六枚の翼が浮き上がっていた。
それはさきほどよりも薄く半透明で、背後の景色が透けて見えるほどだ。
宙に翼だけが浮いている光景は、なんとも奇妙で現実感がない。
されど確実に存在しており、こちらに対して強い興味を向けている。
「なっ…これは魔獣なのか!?」
驚くギンロの視線の先で、翼から再び羽根が放出される。
『標的』は、やはりハイザク。
「っ…ハイザク様!! うぐっ!」
咄嗟に庇ったギンロの背中に、いくつも羽根が突き刺さる。
カンロ同様に痛みはないが、それによって身体が痺れて動けなくなってしまった。
まるで麻酔のように感覚がなくなり、意識も朦朧としてくる。
「ハイザク…さま……お逃げ…ください。何か…おかしい……のです。…これは…何か……」
(そう、おかしいのだ。どうして敵の追撃がなかった? この山は魔獣のテリトリーよ。猿一頭、熊一頭出ないほうがおかしいのだ!)
ギンロたちは、熊神から逃げてから一度も魔獣と遭遇していない。
たしかに黄装束の集団による邪魔は入ったが、それでも熊以外にも魔獣は山ほどいる。
彼らが組織で動いているのならば、なおさらこちらを追撃することも可能だったはずだ。
ならば、あえてそれをしなかった。
ギンロは、ここでついに魔獣たちの【真なる目的】に気づく。
(そうか。違ったのだ。標的は第二海軍ではないのだ。やつらの真なる狙いは、最初から―――)
ギンロの思考と意識は、そこで潰えた。
頭から考える力が消え失せ、意思そのものが消えていく。
それとは正反対に身体は勝手に動き出し、むくっと起き上がると剣をハイザクに向けた。
ギンロだけではない。カンロたちも起き上がると武器をハイザクに向ける。
「…っ」
ハイザクも異様な気配に、顔を強張らせる。
彼らが裏切るはずがない。ここまで忠義を尽くした将に、剣を向ける理由も道理もない。
であれば、答えは一つ。
ハイザクは咄嗟に踵を返してダッシュ。全力で逃げ出す。
―――〈追え〉
翼から思念が発せられると、ギンロたちも走り出す。
それは今までの疲労が嘘のように、恐るべき速さでハイザクを追いかけていく。
(あのような者たちがいることまではよい。この広い荒野では、それもありうるじゃろう。だが、翠清山に何の用があって現れた? わしらを助けたことから敵ではないと思うが、味方とも限るまい)
黄装束の集団が味方ならば、最初から翠清山の戦いに参加していただろう。それならば魔獣の戦略も妨害できて、第二海軍の壊滅も防げたかもしれない。
が、あのように顔と素性を隠して隠密行動をしている以上、他の目的があってしかるべきだ。
それもこんな危険な場所にいるのだから、かなりの理由があると考えるのが妥当である。
(翠清山に資源以外の利益があるのか? わしらを利用すると言っていたが、どういうことじゃ? 素性すら明かさぬ者たちに海軍を助けるメリットがあるのか? …ううむ、わからぬことが多すぎる。根本的な情報が足りぬのだ)
少年たちだけではなく魔獣に関しても情報不足は否めない。
そもそも誰が魔獣たちに知恵を与えていたのか、という最大の謎が残る。
翠清山の魔獣はたしかに強力で危険ではあったが、いがみ合っていた種が協力することは、地球の動物たちを見てもわかるように、まずありえない。
虎とライオン、河馬が共に戦うなどありえるだろうか?
多少の知恵があっても通常では不可能だ。個体同士で仲良くなることはあれど、種そのもので協力はできない。
これこそ翠清山制圧作戦における最大の謎であり、最大の致命傷になった出来事である。
ただし、その点に関しては、軍内部でも最低限の情報を入手していた。
(街への襲撃以前、魔獣たちが明確な敵意をこちらに向け始めた時から、ライザック様は『新たな魔獣の統括者』が現れたのではないかと予想されていた。魔獣は自分たちより弱い者には従わない。三大ボスより強い『王』が現れたのではないかと)
グラヌマが廃墟に出現した際も、スザクたちは『新たな魔獣のボス』に関する情報を持っていた。
それは街への進撃という結果を受けて、より明確となり、より確信に近いものになっていった。
当然ギンロも参謀として同様の情報を得ていたものの、結局それが何者であるのかは不明のまま、作戦が開始されることになった。
これも街への襲撃があったことで作戦行動が早まった結果だ。
(逆に考えれば、その正体を隠すために早めに仕掛けたともいえる。じゃが、三袁峰の本拠地に乗り込んでも、そういった存在の影は見えなかった。現状では、あくまで魔獣たちが共闘しているだけにも見える。本当におるのならば、どうやって連中を動かしておるのだ? もしくは、やはりそんなものはいないのか…)
情報が足りない状態でいくら考えたとしても憶測にしかならない。不穏な動きと確信は抱いていても真実は闇の中であった。
ギンロが結論が出ない思考に埋没する中、一行は黙々と悪路を進む。
そして再び夜になり、敵に見つからぬように深い森で休息を取っていた時であった。
「何か近づいてくる」
カンロが遠くで茂みが揺れる音に気づき、剣を取る。
それは、ゆっくりゆっくり、こちらに近づいてきていた。
「猿か? 熊か?」
ギンロも警戒するが、身体がまだ十全に動かないので視線だけを向ける。
「じいちゃんはここにいてよ。俺らが見てくる」
「待て。離れるのは危険じゃ。ハイザク様と一緒にいたほうがリスクは減る。ここまできた以上、もはや一蓮托生であろう」
「…そうだね。そのほうが生き残る確率は高いかな」
「数はわかるか?」
「今のところ単独みたいだけど…」
音と気配からすると半径五十メートル以内には、その存在しかいない。
ただし、カンロたちは探知系の能力者ではないので、範囲外に敵がいてもわからないのが難しいところだ。
ハイザクたちは、武器を持って警戒しながら待機。
数が一つであったことも相まって、この場で待ち受けることにする。
それが猿であれ熊であれ、単独の相手にハイザクが負けることはないとの計算があってのことだ。
そして、【ソレ】が姿を見せる。
夜に染まった暗緑色の葉を掻き分けて、一人の『人物』が出てきた。
羽織った真っ黒な外套はボロボロで、切り裂かれたコウモリの羽のようで不気味。
左足が不自由なのか安定感がなく、がくんがくんと大きく身体を揺らしながら歩いている姿も、なんとも奇妙に映る。
外套の隙間から見える身体は裸だが、妙な光沢があり、こちらも衣服同様に所々にかなり大きな傷がついていた。
血こそ流れていないものの、すでに歩くのが精一杯といった『怪我人』の様相である。
一番気になる顔は、なんともいえない『普通の男』のものであり、そこらの街の道路ですれ違いそうなモブ顔だった。活力のない冴えない顔、といえば想像できるだろうか。
その顔に至っても、所々の皮膚が破れていたり、あるいは火傷のように真っ黒に変色している部分もある。
ここが戦場であることからも、そういった状態は珍しくないのだが、異様な服装もあってか、あまりに場違いな存在に思えてくる。
そのせいで誰もが動けないまま男を注視していた。
(なんじゃ…こいつは? 外套を着ているのならば、先日の者たちの仲間か? いや、外套など誰が着ていてもおかしくはない。そもそも妙に『古ぼけて』おる)
先日の黄装束の集団は、しっかりと整備されていて清潔感があった。装備に気を配っている証拠だろう。
だが、目の前の男は、数十年さすらっていたと言われても信じてしまいそうなほどボロボロだ。荒野には浮浪者や放浪者も多いが、ここまで傷んだ者はそう多くはない。
「………」
男は立ち止まり、両者がしばし見つめ合う。
最初に沈黙を破ったのは相手側のほうだった。
「…へイカ……に。ケンジョウ…せよ」
「は?」
「すべて……ヘイカに……ささげよ」
「…あんた、何言ってんの?」
カンロがますます困惑した表情で前に立つが、そんなこともおかまいなしに、男はブツブツと訳がわからないことを呟き続けていた。
目は虚ろで焦点が合っておらず、安定しない身体のせいか常にブルブル震えている。
なるほど、誰がどう見ても【頭が危ないやつ】である。
かといって魔獣ではない。街で見かけたら即拘束して尋問は確定だが、この山では人間自体が稀な存在だ。
だからこそどうしてよいのかわからず、カンロがギンロに視線を向ける。
「じいちゃん、どうする?」
「わしが尋問する。警戒は怠るな」
「了解」
カンロはいつでも剣を繰り出せる間合いに陣取り、カンロ隊の二人も同様に両脇を固める。
これでいきなりハイザクに危害を加えることはできないはずだ。
それを確認してから、ギンロが男に話しかける。
「お前は何者じゃ? わしらに何の用だ?」
「………」
「その怪我はどうした? 何があった?」
「………」
「どうしてこの山にいる? 一般人は立ち入り禁止のはずじゃぞ」
「………」
男はギンロの問いには答えない。
否。
そもそも彼の意識は、ギンロには向いていない。
男が見ているのは―――ハイザク
「ヘイカに……ささげよ」
「…?」
「力ある…者…すべてヘイカに……ささげよ。力無き…もの…ヘイカに…くっぷく……せよ」
「…???」
男はハイザクに向かって話しかけているようだが、ハイザク当人も意味がわからずに首を傾げる。
しかし、それとは対照的に男の語気はさらに強まる。
「ちから……ツカイカタ…知らぬ…か。ナラバ、教えて…やろう」
男がガクガクと痙攣すると、外套を破って背中から『六枚の翼』が出現。
それは深い紫色をしているが、わずかに発光しており、その輪郭が闇の中にはっきりと映し出された。
まるで『堕天使の翼』。
知恵を身に付け、楽園から追放された者の【堕落の波動】を放つ異様なものであった。
強烈な危険信号に、ギンロが弾けたように叫ぶ!
「敵じゃ! カンロ、潰せ!」
「おう!」
すでに準備が整っていたカンロが、二本の剣を投げつけると男に命中。胸にずっぷりと突き刺さる。
直後、他の二人の海兵も剣で男を切り裂いた。
男は無抵抗で攻撃を受けるが、斬られた箇所から出血はなく、倒れることもなかった。
何度切り裂いても結果は同じ。
身体は傷つくが、それに対してのリアクションはない。
「この感触…こいつ、死んでいる!?」
魔獣や人間等々、生物を数多く斬ってきたカンロには、それが『死人』と同じように感じられた。
生きている者が持つ弾力や活力、細胞の息遣いといったものがないのだ。
まるで時間が経過して乾燥した死体。干からびたミイラを斬ったような乾いた感触であった。
「ひれ…フセ」
男の背中の翼から無数の『羽根』が宙に放たれる。
羽根は空中で何かに操作されたように急激に角度を変えると、カンロたちに突き刺さった。
「羽根? こんなもので…!」
羽根が刺さったとしても傷口は小さいので、ほとんどダメージはない。鍛え抜かれた海兵にとってはかすり傷だ。
再びカンロたちが攻撃を仕掛けようとするが―――ピタ
「っ……身体が…!?」
カンロたちの動きが止まってしまう。
そして、そのまま大地に身体を投げ打つように倒れ込んだ。
「ぐううっ…」
「カンロ! どうしたんじゃ!」
「わ、わから…ない……うごけな………」
「くっ、何をしおった!? あの羽根…もしや毒か!?」
ギンロも剣を構えるが、カンロが敵わなかった相手に勝てるとは思えない。
だが、その前にハイザクが動き、男の顔面をぶん殴る。
彼のパワーはやはり凄まじく、頭部が完全に吹き飛んでしまった。
「…ん!」
さらに真上から両手で―――叩き潰す!!
肩が砕け、背骨と腰が折れ、足もへし折れてぺったんこ。
人間がスクラッププレスに巻き込まれたら、きっとこうなってしまうのだろうな、という無残な姿になってしまった。
さすがの男も、これで動かなくなる。
「やったの…ですか?」
「…ん」
「いったい何者だったのか…。ここも危険です。早く移動しましょう」
と、ギンロが老体に鞭打って、カンロを引っ張り上げようとした時だ。
ふと視界に入った男の亡骸から『翼が消えている』ことに気づいた。
(翼が…無い? どこにいった?)
もげたのか、中にまた入ったのか、ともかく翼がない。
だが、それもそのはずだ。
これはもういらない『依代』であり、ここで捨てるつもりだったのだから。
バサバサっという音が響き、夜の闇に六枚の翼が浮き上がっていた。
それはさきほどよりも薄く半透明で、背後の景色が透けて見えるほどだ。
宙に翼だけが浮いている光景は、なんとも奇妙で現実感がない。
されど確実に存在しており、こちらに対して強い興味を向けている。
「なっ…これは魔獣なのか!?」
驚くギンロの視線の先で、翼から再び羽根が放出される。
『標的』は、やはりハイザク。
「っ…ハイザク様!! うぐっ!」
咄嗟に庇ったギンロの背中に、いくつも羽根が突き刺さる。
カンロ同様に痛みはないが、それによって身体が痺れて動けなくなってしまった。
まるで麻酔のように感覚がなくなり、意識も朦朧としてくる。
「ハイザク…さま……お逃げ…ください。何か…おかしい……のです。…これは…何か……」
(そう、おかしいのだ。どうして敵の追撃がなかった? この山は魔獣のテリトリーよ。猿一頭、熊一頭出ないほうがおかしいのだ!)
ギンロたちは、熊神から逃げてから一度も魔獣と遭遇していない。
たしかに黄装束の集団による邪魔は入ったが、それでも熊以外にも魔獣は山ほどいる。
彼らが組織で動いているのならば、なおさらこちらを追撃することも可能だったはずだ。
ならば、あえてそれをしなかった。
ギンロは、ここでついに魔獣たちの【真なる目的】に気づく。
(そうか。違ったのだ。標的は第二海軍ではないのだ。やつらの真なる狙いは、最初から―――)
ギンロの思考と意識は、そこで潰えた。
頭から考える力が消え失せ、意思そのものが消えていく。
それとは正反対に身体は勝手に動き出し、むくっと起き上がると剣をハイザクに向けた。
ギンロだけではない。カンロたちも起き上がると武器をハイザクに向ける。
「…っ」
ハイザクも異様な気配に、顔を強張らせる。
彼らが裏切るはずがない。ここまで忠義を尽くした将に、剣を向ける理由も道理もない。
であれば、答えは一つ。
ハイザクは咄嗟に踵を返してダッシュ。全力で逃げ出す。
―――〈追え〉
翼から思念が発せられると、ギンロたちも走り出す。
それは今までの疲労が嘘のように、恐るべき速さでハイザクを追いかけていく。
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神と二人っきりでなんとも言えない感覚を味わっていると、突如として鳴り響いた警告音と共に異世界に転生するという不穏な言葉を耳にする。
気が付けばクラスメイト達が転移してくる10年前の世界に転生した彼は、名前をエルピスに変え異世界で生きていくことになる──これは、夢見る少年が家族と運命の為に戦う物語。
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