『覇王アンシュラオンの異世界スレイブサーガ』 (旧名:欠番覇王の異世界スレイブサーガ)

園島義船(ぷるっと企画)

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「翠清山死闘演義」編

339話 「要塞戦の事後処理」

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「…いない…ようですね」


 ホロロが周囲を見回すと、そこに影の姿はなかった。

 それと同時に魔神二人も消えている。


「どうやら敵は撤退したと考えてよさそうです」


 ソブカも注意深く周囲を見回し、影たちがいないことを確認する。

 そこで小百合の頬から血が出ていることに気づいた。


「ミナミノさん、血が出ておりますが大丈夫ですか?」

「あれ? どこで切ったのでしょう?」

「切れたくらいで済んだのならばよかったな。こっちは刺されたようだ」

「グランハムさんも災難でしたねぇ。何か攻撃を仕掛けられたということなのでしょうか?」

「知らん。アンシュラオンに訊け。まったく、訳がわからぬことばかりだ」


 グランハムは武人なので、ナイフで刺されたくらいでは死なない。

 これくらいの怪我も慣れたものであり、さっさと肉体操作で血液を止めてしまったが、攻撃されて喜ぶ者は少ないだろう。ずっと不満そうな表情を浮かべていた。


「アンシュラオンさんが退けてくれたのですか?」


 ソブカが、腕組みをして考え事をしていたアンシュラオンに話しかける。

 服は破れているが、その肉体は人間のものに戻っていた。

 周りの人間は魔人化したことすらも知らないので、単に戦いで破けたとしか思っていないだろう。


「ああ、まあな」

「その表情を見ると、どうやら訳ありのようですね」

「あいつがオレ絡みであることは間違いない。迷惑をかけたな」

「まさか謝罪されるとは思いませんでした。それだけ近しい知り合いだったと考えるのが妥当ですか」

「あいつには関わるな。オレでもまともにやりあったら面倒な相手だ。熟練の武人でも話にならない。力のレベルが違いすぎる」

「それほどの相手でしたか。たしかに魔神を操る存在など常軌を逸していますねぇ」

「ところで、ジ・オウンという名前を知っているか?」

「いえ、初耳です」

「小百合さんは知ってる?」

「私も知りませんね。ハローワークのデータベースで調べますか?」

「…いや、いいよ。きっと調べても出てこないし、調べたことで無駄に警戒されるかもしれない。こんなことでリスクを負うべきじゃないだろうね」

「そうですね…。かなり危ない感じがしましたもんね」


(うーん、あまり有名じゃないのか? まあ、あんな影で活動しているくらいだ。公的な組織から名前が出てくるとも思えないな)


 元は諜報機関出身なので、その名前も本当かどうか不明だ。

 しかし、同じ大日本帝国に暮していた者として、そこまで不快感を抱かないから不思議なものである。

 そもそも戦いは騙し合いと化かし合いが基本であり、本質を見抜く目がなければ生きていくことすら難しい。

 そんな駆け引きができる相手がいることに、少しだけ心が高揚していた。


(まったくもって世話の焼ける不器用な女だよ。面倒くさくて普通なら誰も相手にしないだろう。だが、オレは女を見捨てない。来るなら拒むことはしないさ。ただ、オレはお前ほど人間が嫌いじゃない。たしかに頭の悪いやつは嫌いだが、それもまた人間だ。人は愚かさを乗り越えて前に向かって歩み続ける。オレはその可能性を信じているんだ)


 アンシュラオンが魔人化しても半分は人間のままだった。

 だからこそ、人を愛せるのだ。


(それにしても、どうやらオレも魔人であることは確定らしいな。うーん、姉ちゃんの弟だから当然だけど、問題は力を使いこなせないことだよな)


 一定の段階を超えたあたりから完全に制御ができなくなってしまった。

 今のアンシュラオンでは半分覚醒させるのが精一杯といったところだろう。これ以上やると暴走してしまうので、この点はサナの魔石獣と大差はない。


(今回は力ずくで破ったけど、まだまだ刻葉との間には差がありそうだ。特に術式面ではあいつのほうが何枚も上手だ。それはすなわち姉ちゃんとの差でもある。オレもちゃんとした修行が必要になるかもしれないなぁ)


「それより頬の怪我を治すよ。サナも大丈夫か? 首とか痛くないか?」

「…さわさわ、こくり」


 サナの首に絞められた跡は残っていないようだ。

 目的はあくまでアンシュラオンへの焚き付けであり、本気で殺すつもりはなかったのかもしれない。

 ただし、彼女がボロボロであることには変わりがない。


「サナの場合は、あの鬼との戦いで負った怪我が酷いな。それも含めて一度休憩が必要だ」

「グランハムさんも疲れておりますし、制圧の指揮は私が執っておきます。アンシュラオンさんたちは休んでいてください」

「ソブカ、お前も腕がいかれているはずだぞ」

「これくらいは正当な代償ですよ。私もこれでドラゴンスレイヤーの仲間入りでしょうか?」

「じゃあ、今日からお前もホワイトハンターだな」

「それは遠慮しておきましょう。ハローワークにこき使われるのは性に合いません」


 ソブカは竜美姫への攻撃で腕の靭帯が裂けていて骨も折れていた。

 衝撃の強さから細剣も曲がってしまっているので、こちらはもう使い物にはならないだろう。

 その後、ソブカの指示の下、制圧は無事完了。

 五重防塞戦は人間側の勝利で終わる。


 翌日。

 主力として戦っていた傭兵隊とハンターたちが休む中、後方支援を担当していた隊が砦内部の調査と片付けを行う。

 ソブカの案で、この砦を人間側が再利用するためだ。

 夕方頃になり、すべての砦の簡単な状況が判明したことで、アンシュラオンたち主要人物が砦内部の一角に集められた。

 いつも通り、グランハム主導で会議が行われる。


「昨日はご苦労だった。諸君らの奮闘により、この防塞を手にすることができた。これは非常に大きな一歩といえる」

「だが、想定外だったことは間違いないねぇ。どこの隊も酷いもんだぜ」


 ここでの戦いは想定されていないものだった。竜や鬼がいるなど誰も想像できなかったのだから当然だろう。

 そして、大規模な戦闘が行われた結果、各隊にかなりの損害が出てしまっていた。


「怪我人もそうだが、武具の損耗が激しい。やつら、意図的にこっちの装備を破壊してきたからな」

「あの鬼どもだろう? いったいなんなんだ、あいつらは」

「そのことだが、生き残りを捕まえて尋問はした」

「尋問? あいつらをか?」

「そういや、なんか魔獣どもに話しかけていたのを見たな」

「その通りだ。連中は他の魔獣と意思疎通ができるらしい。だからこそ尋問によって敵側の情報を得たかったのだが…」

「その口ぶりだと失敗したのか?」

「それに関してはアンシュラオンに一任している。そちらから訊いてくれ」


 グランハムに促されて、アンシュラオンが渋々前に出る。

 表情が暗いので失敗したことはわかるが、問題はその理由であった。


「いや…まあさ。最初は話せるとは思ったんだけど、あいつらって『人間の言葉がわからない』んだよな」

「あ? どういうことだ?」

「猿語があるのかは知らないが、猿や熊と話すことはできても『大陸語』が理解できないんだ。だから会話はできなかったってことだ」

「なんだそりゃ? そんなの当たり前じゃねえか。気づかなかったのかよ」

「うるせえな! オレの期待を返せーー!!」

「逆ギレかよ!?」


(くっそー、盲点だったな。考えてみればこいつの言う通り、魔獣が人間の言葉を理解するほうが珍しいに決まっている。マスカリオンの事例があったから、ついついできると思っちゃったじゃないか!)


 なまじマスカリオンの情報があったからこそ、アンシュラオンも鬼と会話できると思い込んでいた。

 が、彼らが操れるのは『魔獣語』のみであり、人間が使う大陸語には対応していなかったのだ。

 よって、何の価値もなく新たな情報も手に入らなかった。まさに骨折り損のくたびれ儲けである。

 また、魔神の情報は伏せられていることもあり、結局は「なぜかここにいた」ということに収まる。

 傭兵たちにとって重要なことは敵を倒すことであり、どうしてここにいるかは問題にされない。

 予想通り、それ以上の質問はなく議題は流れた。


「で、今後はどうするんだ?」

「防塞はこのまま敵のものを改良して使う。本来は建造に三日程度を予定していたため、その分を休息にあててもらいたい」

「そいつは助かるが、武器の補充はどうする? こんな厳しい山道だ。かなり補給も遅れているって話じゃねえか」

「鬼の武器は手に入れたのだろう? あれは使えぬのか?」

「全部がハンマーだぜ? さすがに全員がそれで戦うわけにはいかねえよ。剣や槍、重鎧と盾もないとな」

「不満を言っても仕方あるまい。現状で乗り切るしかない。が、当てがないわけではない」

「その『当て』ってのは?」

「今はまだ言えぬ。下手に期待させて裏切るほうがつらいだろう」

「ちっ、どう転ぶかわからねぇってか。なら、期待しないほうがいいぜ」

「そうしてくれ。補給はハピ・クジュネに催促しておく。我々はできることをするしかない」

「熊神なのですが、もうかなり近い距離に来ているはずです。敵からの奇襲も想定すべきではないでしょうか? この地形上、上から襲われるとかなり厳しいと思われます」

「当然、その可能性も十分ある。今は常時見張りをつけており、ハンターたちによって罠も仕掛けているところだ。もし襲ってきた場合は、砦にまで引きずり込んで対処する。やつらは空を飛べるわけではない。対応は可能だろう」


 こうして話は徐々に対熊神戦へと移っていく。

 アンシュラオンも彼らの話を聞きながら敵の特徴を把握する。


(『ローム・グレイズリー〈銀盾錦熊〉』。その名の通り『銀の盾』を生み出す防御タイプの討滅級魔獣で、聞いている限りは人喰い熊の上位種といったところか。その銀の盾が何を指すのかはわからないが、武器が不足している現状では厄介そうな相手だ)


 同じ熊型魔獣なので、最低でも素の戦闘力は人喰い熊に匹敵するだろう。それが防御まで固めたら人間にとってはやりにくい相手となる。

 生息数は、推定で三千頭。

 力の強い種は産まれる子供の数も多くはないので、総数が少ない傾向にあることだけが救いだろうか。


(問題は、どれだけ眷属を連れてくるかだな。最悪はここで籠城か。しかし、あいつは本当に敵か味方かわからないやつだよ。この砦の存在はありがたいからな)


 制圧に苦労はしたものの、これだけの防塞が手に入ったのは大きい。もし改めてこれだけのものを作ろうと思えば二週間はかかるだろう。

 ここを拠点にして持久戦を仕掛ける手もあるし、その間にハイザク軍が猿神を討伐すれば、ほぼ勝負は決まったようなものだ。

 ジ・オウンたちによって被害を受けたことも、それによって無理に行軍しないという判断を下せたため、一概にすべてが悪いともいえない。

 まさに彼女当人が言ったように、敵でも味方でもない、というのが一番しっくりくる。

 そして、現状確認を終えて会議は終了。

 各傭兵団のリーダーたちが休息のために散っていく。

 残ったアンシュラオンは、グランハムといつもの密会だ。


「さっきの当てってやつは、もしかして『例のやつ』か?」

「そうだ。なぜライザックが翠清山に連中を送り込んだのか。一つは鉱脈の調査だが、もう一つは『武器庫』としての役割だ」

「武器が足りなくなることを想定していたか。そういえば貴重な武具類も持っていったという話だったな。それもこのことを考慮してかな?」

「かもしれん。店に置いていたら買われる可能性があるからな。買うのは作戦に参加する傭兵たちだけではない。他の都市の商人も来るはずだ」

「なるほどね。全部計画済みか。ただ、猿たちがそれを黙って見ているかどうかはわからない。没収されていたらどうするの?」

「その場合は諦めて本来の目的を優先する」

「了解だ。じゃあ、オレは予定通り、彼らの場所に向かうってことでいい?」

「正直、戦力には不安が残る。この状況下で熊神と戦えるかどうかはわからぬ。お前たちが抜けると心配だ」

「弱気じゃないか。いつもの調子はどうした?」

「私は常に合理的に判断を下すだけだ。あんな化け物どもが出てきた以上、油断はできん」

「そうなると、グランハムはここに残ったほうがよさそうだね。ディムレガンとの合流はオレたちだけでやるしかないか。離れた際の連絡手段はどうする? 伝書鳩は使えないんでしょ?」

「闘人は使えるか? 待機させておくこともできるのだろう?」

「合図を出して反応させるくらいはできるけど、詳しい状況が伝えられないかも」

「…そうか。私の代わりにモズを連れていけ。やつと腕利きの小隊を回そう。それならば細かい事情もわかるはずだ」

「いいの? たしか商隊長の一人だよね?」

「熊神を倒すまで物資運搬の必要はない。やつの手が空くよりはいいだろう。無口な男だが腕は保証する」

「わかった。ディムレガンを確保しつつ、情報がライザックに渡る前に入手して、真っ先に現地の確保でいいかな? 武器の運送はモズって人に任せていいの?」

「ああ、そうしてくれ。…アンシュラオン、この戦いの結末はどうなると思う?」

「強いほうが勝つ。それだけだろう?」

「そうだな。どんなに想いや期待を寄せようが現実は厳しい。単純な結果が訪れるだけだ」

「不安なの?」

「かもしれん。嫌な予感がするだけだ」

「それでも戦うしかないよ。殺したなら殺される側にもなりえる。それがオレたちの『宿命』さ」

「お前は清々しいほどに武人だな」

「何が起こるかわからない。さらに用心したほうがいいよ。こっちも対応策は練っておくから」

「わかった。引き続き頼む」


(グランハムも漠然とした不安を感じているのか。刻葉たちのせいだけじゃないな。まだ戦いは終わっていないんだから当然だ)


 ここまでは中盤戦。

 ようやくボスの前にたどり着いたにすぎないのであって、本番はこれからなのだ。




  ∞†∞†∞




 翌日。

 侵攻開始、五十日目。


「アル先生、ここは頼むよ」

「任せるアル。暴走の心配は今のところなさそうネ。ミーがいなくても大丈夫そうヨ」

「マキさんも気をつけてね」

「ええ、ワガママを言ってごめんなさい。どうしてもベルロアナ様が気になるから…。まだ目覚めてもいないみたいだし」

「かまわないさ。あいつは不安定だから心配になる気持ちもわかるよ。でも、オレにとってはマキさん自身が一番大切だから、本当に危ない時は自分の身を第一にして動いてね。絶対だよ」

「ありがとう、アンシュラオン君」


 防塞側の戦力にやや不安が残るため、達人のアルとマキが残ることになった。

 この二人は白の二十七番隊の中でも主力であり、魔獣形態の鬼美姫を撃破したことを考えても戦力としては十分だ。

 ちなみにベルロアナは、あの戦いの直後に力を使い果たして眠ったままだ。フルパワーであれだけ撃てば限界を超えても仕方がないだろう。


(本当は心配だから一緒にいたいけど、マキさんなら大丈夫だ。信じよう。それにベルロアナにも不安は残る。安定した力が出せる武人がいればサポートもできるはずだ。そもそもマキさんはグラス・ギースにいたから違和感はないし、アル先生もハピ・クジュネにいたんだから混成軍にいても不思議じゃない。これでなんとかなるだろう)


「ソブカも準備はいいか?」

「はい。準備万端です」

「かなりボロボロだけど…大丈夫か?」

「仕方ありません。こちらも決死の覚悟で戦っていますからね。これくらいは想定内です」


 赤鳳隊の面々は魔神との戦いでボロボロだ。

 雀仙がいるのでだいぶ回復はしているようだが、今度はその雀仙が疲労困憊に陥ってしまっている。このあたりが彼女の限界らしい。


「雀仙さんだけなら、うちの風呂に入れてあげてもいいよ。だいぶ回復するはずだ」

「お言葉に甘えさせていただきます。彼女はうちの要ですからねぇ」

「その代わり武器の運搬を手伝えよ」

「問題ありません。我々も武器を手に入れるのが目的です。ようやく『火聯ひれん』が手に入ると思うと心がときめきますよ」

「無事に残っていればいいけどな」

「猿には使えないものです。少なくとも敵に使われることはないでしょう」


 今ソブカが身に付けている細剣は予備のもので、質としては先日までのものより数段下になっている。

 が、彼も当初の目的は準魔剣である『火聯』と『水聯』であるため、ディムレガンと合流するのを待ち遠しく思っているようだ。


「ロクゼイのおっさんも、ようやく仕事ができるね」

「うむ、制圧戦に参加できなかったのは心苦しかったが、我々には与えられた任務を遂行する責任がある。すまぬな」

「べつにいいさ。それが軍人ってものだからね。で、ここからのルートはわかるの?」

「おおよそはな。しかし、猿の警戒網がどこにあるのかわからぬ以上、慎重に進まねばならない」

「それならオレが先導するよ。探知能力は、たぶんこの中で一番だからね」

「…了解した。頼むとしよう」


 ロクゼイは一瞬だけ思案したが、この状況下ではそのほうが安全だと判断したようだ。

 ただし、その際にちらっとソブカを見たことからも、こちらを警戒していることがうかがえる。

 アンシュラオンがどちらの陣営についたのかを見定めているのだ。


(オレは両方美味しいところをいただくけどね。ディムレガンも確保したうえで採掘場もいただく。それくらいしないと利益が出ないからな。サナたちを養うためにがんばるぞ!)


「よし、出発だ!」


 こうしてディムレガンとの合流のために、アンシュラオンたちは移動を開始。

 メンバーは、アルとマキを除いた白の二十七番隊と、赤鳳隊全員とロクゼイの救出部隊。

 そして、グランハムとの連絡要員として、第三警備商隊長のモズと、その部下の小隊が二つ。

 およそ百人での移動となる。

 一見すれば多いように見えるが、この大きな山脈の中では非常に心もとない人数といえるだろう。


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