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「翠清山死闘演義」編

333話 「影として影あるべきもの」

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「小百合さん、最後の詰めをお願い!」

「承知いたしました!」


 倒れた魔神に対して、慎重を期して小百合が能力を発動。

 魔石獣『クイーンサユルケイプ〈架け跳ぶ夢虹の女王兎〉』が出現し、敵の精神体を掴み取る。

 そして、そのまま強引に引きずり出して捕縛。異空間の中に閉じ込める。


「成功したの?」

「はい、捕まえました! 大成功です!」


 アンシュラオンが近寄ると、小百合が満面の笑顔でガッツポーズ。

 やはりまだ生きていたようだ。さすがの生命力である。


(小百合さんの能力って怖いよな。弱らせればどんな相手だって捕縛できるのは強みだ)


 敵はどれが本体かわかりにくい魔神なる存在だ。

 すべてを叩き潰してもよいが、その間に再生されると手間なので、精神体を捕まえてしまうのが確実な対処方法となる。

 鬼美姫が小百合の能力を嫌がったことからも、これが最適解だろう。

 ただ、ここで新たな情報がもたらされる。


「捕らえた精神体は卵状であることは同じでしたが、どうやら【本質は魔石】みたいですね」

「え? あいつらって『魔石獣』なの?」

「そのたとえは的確ですね。魔石に意思を封じたという意味では、ほとんど似たようなものなのかもしれません」

「なるほど、だからサナが魔石を使った時も驚かなかったのか。じゃあ、身体の中に魔石があるのかな? でも、技を打ち込んだ時には何もなかった気がするんだよね」

「ええと、待ってくださいね。一度完全に切り離してみます。それで反応を見てみましょう」

「大丈夫? 死んじゃうんじゃない?」

「感覚的には大丈夫そうですけど…どうします?」

「うーん、魔石なら人間と違うから大丈夫かな? どうせこのままじゃどうしようもないし、試しにやってみようか」

「わかりました。慎重にやってみます」


 生物の死は、肉体と霊体を繋いでいるシルバーコード(玉の緒)を切ることで初めて成立する。

 普通の人間や魔獣の場合は、心臓の破壊等で身体機能を停止することで切れてしまうが、魔神の場合は魔石が本体のようだ。

 魔石自体が破壊されなければ死なないと予想し、小百合がゆっくりと精神体と魔石との間の通信を―――遮断

 すると、残っていた身体が液体になり、それらが集まって凝固することでダチョウの卵くらいの大きな魔石が出現。

 それは石と呼ぶにはあまりに柔らかく、ぶにぶにしているが、どんなに強く引っ張っても押しつけても破損しない強度を誇っていた。


「でかっ。原石じゃなくてこれが完成形なんだよね? みんなの魔石と比べると相当大きいな」

「これ、普通の魔石じゃないヨ。たぶん『錬成』されているネ」


 アルも魔石を覗き込む。

 彼も『テンペランター〈魔石調整者〉』として興味があるのだろう。


「錬成? 錬金術師が作ったってこと?」

「だろうネ。複数の素材を組み合わせて一つにした特別製ヨ。この世に一つしかないオリジナルの鉱物ともいえるアル。ただ、これだけのものを錬成するのは、そこらの錬金術師には無理ネ。超を超えた、超超一流の仕事ヨ」

「魔神はかなり昔に造られたとか言っていたね。技術体系が今と違うのかも。調整とかはできそう?」

「それも無理ネ。レベルが違いすぎるアル。解析すら難しいヨ」

「そっか。残念だなぁ」


 ここで魔神の原理の一つが判明。

 魔石獣という存在もいまだよくわかってはいないものの、特殊なジュエルの中に魔獣の意思、言い換えれば『変質した魂』を宿したものであることは間違いない。

 魔神も同様にその中心部分は魔石であり、そこに彼女たちの『人間の魂』の全データが入っている一種の記録媒体といえる。

 問題は、それが溶けて肉体としても機能する点だろう。

 液体と固体、両方の特性を持っていることから、まさに錬金術によって生み出された傑作だ。


(やつらの言い分を信じるのならば、人間の魂を魔石にコピーして、そのうえで身体の材料となるもの、鬼ならば血と金属を使って身体を作っていたのか。あるいは魔石自体にその材料を組み込んだのかもしれない。…これって滅茶苦茶すごい技術じゃないか?)


 竜美姫が言っていたように、遺伝子改良すら上回る超技術である。

 そもそも現代の技術では魂すら解析できていないのだ。それを考えると地球の科学技術すら足元にも及ばない。


(スザクの武器みたいな遺物が転がっているくらいだ。昔のほうが技術が上なのは間違いないんだけど、普通はありえないんだよなぁ。何か特殊な事情があると考えるべきだろう)


 地球ではアトランティスやムー大陸が有名だが、実際のところ科学技術でそれらが現代を上回っていたことは常識的にはありえない。

 やはり物的技術に関しては、年代が進めば進むほど成長するものだ。それが基本原則である。

 ただし、精神的、霊的な意味合いで上回っていたことは十分あるので、それが誇張や想像を介して肥大化する現象は起きる。

 それを踏まえたうえで、あれこれ妄想して楽しむのが業界の礼節なのだろう。あくまでロマンである。

 がしかし、この世界においては確実に過去のほうが技術が優れている。魔神だけではなく神機も過去の文明によって造られていることが、その証拠だ。


「興味深いな。もっと調べてみたくなるよ」

「我々は考古学者ではない。そういった考察はあとでよかろう。随分手間取ったが、これで撃破でよいのだな?」


 グランハムはかなり疲労が溜まったようで、くたびれた顔をしていた。

 彼の場合は隊全体にも被害が出たこともあり、さらに精神的に参っているはずだ。


「ひとまずはね。倒してから言うのもなんだけど、裏事情は訊けないままだったよ」

「そこまで欲張られても周りが困る。倒せただけで十分だ」

「まあ、連中の言葉が本当かどうかなんて立証できないしね。倒すのが確実かな。で、この石はどうしよう?」

「お前が倒したようなものだ。好きにしろ」

「使えないなら持っていても仕方ないんだけど…放っておいたら復活しそうだよね。売るわけにもいかないし、どうしたものかなぁ」

「ならば壊しておけばいい。リスクを負うことはあるまい」

「それももったいない気がするんだよ。かわいそうじゃないか」

「まさか魔神の女まで欲しいと言うつもりか? 物好きも度を超えれば変態だな」

「誉め言葉として受け取っておくさ。小百合さん、そっちは大丈夫?」

「はい。かなり弱っているので抵抗はまったくありません。このまま支配することも可能かもしれませんね」

「許容量は問題ない? ゴンタたちもいるよね?」

「このままならば、ギリギリ維持はできそうです」


(魔神を洗脳して味方にできたら面白いけど、グランハムの言うように悪趣味かもしれないなぁ。壊すのはいつでもできるし、ひとまず確保しておくか)


「じゃあ、他の隊と合流して制圧を完了させ―――」


 と、アンシュラオンが、ふと視線を横に向けた時であった。

 そこに、『何か』がいた。

 ぱっと見るとなんだかよくわからないが、目を凝らすと形があるような気がしないでもない。

 そんなあやふやで不明確で不明瞭で、霧や煙のように揺らいでいる存在。


―――【影】


 小さな人の形をした影である。


(…影? だが、誰とも繋がっていないぞ?)


 普通の影は足元から繋がっているものだ。当たり前だが、誰かがいなければ影自体は存在しえない。

 しかし、それはやはり影だ。

 どこから見ても黒であり、光沢もなければてかりもない、夕焼けの光すら吸収するほどに黒いものであった。

 そして、決定的に異なる点は、その影に『意思』があったことだ。


―――〈申し訳ないけど、それを持っていかれるわけにはいかないんだ。返してもらうよ〉


 影の手には、いつの間にか二つの石が握られていた。

 それは今しがた、アンシュラオンが持っていたものだ。

 慌てて自分の手を見ると、やはり魔石がない。


(なっ…奪っただと! いつだ? いつ奪った!? まったく見えなかったぞ!? というかこいつ、生きているのか!?)


 アンシュラオンは影が放つ異様な気配に、全身の毛が一気に逆立つのを感じた。

 これは変だ。これは危ない。近寄るべきではない。

 火怨山にいた時でも、ごくごく稀にしか起こらない警戒反応が身体を突き動かし、思わず構える。

 アンシュラオンがここまで過敏に対応するのは、下山してから初めてであった。

 そんな彼の反応とは対照的に、『影』は穏やかで落ち着いた行動を取る。


―――〈魂のデータも回収させてもらうよ〉


 空間に亀裂が入ったと思ったら―――バリン!


「きゃっ!」

「小百合さん!」

「だ、大丈夫です! いきなり衝撃が来たので、びっくりして」

「何かやられた!? 異常はない!?」

「異常…? 身体は大丈夫ですけど……あっ! 精神体がありません! あ、あれ? どうして? 能力は解除していないのに…!」


―――〈へー、魔獣経由の空間系術式か。なかなか変わった数式だね。…よし、完了。これで元通りだ〉


 影の手にあった魔石に魂が戻り、本来の美しい色彩が蘇る。

 金竜美姫の石は、金色に緑が混じったような色合い。銀宝鬼美姫は、銀色に赤が混じったような色合いだ。

 と、呑気に魔石を鑑賞する暇はない。

 アンシュラオンは、謎の影に食ってかかる。


「おい、お前! お前がやったんだな! 返せ!」


―――〈返せって言われても、これはもともとボクのものだ。キミのものじゃないよね?〉


「オレが倒して手に入れたものだろうが! 勝手に奪うな! オレは自分のものが奪われるのが死ぬほど嫌いなんだよ!」


―――〈所有権って知ってる? 滅茶苦茶な理論も嫌いじゃないけど、これはあげないよ〉


「いいからよこせ!」


―――〈おっと、危ない。いきなり襲いかかるのは野蛮だなぁ〉


「お前が言えた台詞か!」

「アンシュラオン、誰としゃべっているのだ?」

「なにって…あいつだよ! あの黒いやつ! すごいムカつくやつだ!」

「黒い…? 何もいないぞ?」

「えっ?」


 アンシュラオンが叫んだ方向をグランハムも見つめているが、彼はきょとんとした反応を示している。

 他の者もこちらに視線を向けるものの、誰もが同じような反応だ。


「ちょ、ちょっと、何を言っているんだよ。そこにいるじゃん! 今手に入れた魔石も奪われたし!」

「魔石を? そういえば、どこにやった? ポケット倉庫に入れたのか?」

「違うって! あいつが持っているだろう!? 見えないの!?」

「…?」

「小百合さんは見えるよね!?」

「…ど、どれでしょう?」

「えええ!? ホロロさんは!?」

「申し訳ありません。私には何も見えませんが…」

「…うそ…だろう? じょ、冗談だよね? これじゃオレが馬鹿みたいじゃないか。またまたー! 実は見えているんでしょ?」


 この言葉で、さらに困惑を深めた表情を浮かべる一同。

 アンシュラオンの意図をはかりかねているようだ。


―――〈あははは、どうやらボクの姿を見えるのはキミだけみたいだね。これだとキミが、彼らをからかっているように見えるのかな?〉


 影は、面白そうに笑う。

 まったく表情は見えないが、たしかに笑ったことだけはわかるのが不快である。


「ふざけるのもいい加減にしろよ! お前は誰だ!」


―――〈あれ? 気づかないの? ずっとボクを捜していたのに?〉


「―――っ! この視線は…お前がそうなのか」


―――〈そうだよ。ボクがキミを『視ていた者』であり、彼女たちをけしかけた『張本人』さ。ずっとキミの影の中にいたんだけど…気づいてくれなくてちょっと寂しかったよ〉


「影だと…? んなもん気づくか! 堂々と出てくるとは、いい度胸だ。おちょくってくれた覚悟はできているんだろうな?」


―――〈ボクを殴りたいの? いいよ、やってみれば?〉


「その前に教えろ。なぜ、お前の姿が他の人間には見えない? もしかして術式か? 術士因子が関係しているのか?」


―――〈意外と冷静なんだね。もっといきなり突っかかるかと思っていたよ〉


「さっさと答えろ」


―――〈まあ、秘密にする必要もないから教えてあげるよ。半分正解で半分不正解。彼らもボクを見ているよ。でも【認識はしていない】んだ〉


「認識? 脳が認識していないという意味か?」


―――〈それも半分だけ正解。彼らの意識がボクという存在を知らないんだ。知らないものは認識できないだろう? たとえばガスが充満していても無味無臭ならば誰も気がつかない。知っていないとわからない。でも、知った時には、それもあるかもしれないと思える。それと同じだよ〉


「知らないものを認識できないのは当然だ。最初のきっかけがない」


―――〈そのきっかけが、いつできるかは問題じゃないんだ。いつか誰かが気づけば、それがボクを視認することに繋がる。知識とは、そういうものじゃないかな?〉


(なんだこいつ? 自分を概念みたいに言いやがって)


―――〈それだよ。ボクは概念みたいなものさ〉


(っ…心を読んだ?)


―――〈心を読むとは何だろうね。それは意識を共有することじゃないかな? キミとボクはこんなにも近しく、互いに振動しているのだから自然と想いは伝わる。ああ、そうだよ。【相思相愛】ってこういうことを言うのさ〉


「はぁ?」


―――〈その味気ない対応はショックだな。でも、このまま他の誰にも認識されないのもつまらないか。じゃあ、キミの『観測』を借りるとしよう〉


 突然、それは出現した。

 何の音も立てず、何の変わりようもなく、当たり前のようにそこにいた。


「なっ…」

「へ…?」


 物がいきなり見えるようになるとは、こんなにも驚くものだろうか。

 無かったものが『有る』。

 最初からあったのかもしれないし、なかったのかもしれないが、なぜかそこにある不思議。

 それは『そういうもの』なのだ。

 そして、その影はこう語った。


「キミがアンシュラオンだよね? やぁ、久しぶり」


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