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「翠清山死闘演義」編

328話 「人間の戦い その5『自己有用感』」

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(相変わらず力の制御ができていないな。だが、ベルロアナくらいしか太刀打ちできないなら、今はあのままやらせておこう)


 少し離れた場所では、ベルロアナが暴れ回っていた。

 二回目の覚醒(崖での戦いは半覚醒)ということもあって最初の一回目より発動時間は伸びているようだが、どうせそのうち体力の限界がやってくるだろう。それまで自由にやらせればいい。

 その間にアンシュラオンは、魔神たちの倒し方を模索する。


(こいつらは人間と比べて耐久力が圧倒的に高い。数値以上のタフさがあるから、ちまちまやっていても時間の無駄になる。オレはいいけど他メンバーが消耗するし、できれば早めに決めたいのが本音だな)


 両者には『自己修復』スキルがあり、魔獣の側面も持っているので肉体的には武人を上回る。

 単体でもしぶというえに、それが二体いることで互いをカバーし合ってしまうのが厄介だ。

 山の戦いはまだ途中。こんな連中に長々付き合うのは得策ではないだろう。

 そこで考えたのが―――【二体同時に倒す】策


(また中途半端にダメージを与えると何かしてくるかもしれない。二体同時に高火力かつ高密度の攻撃を加えて、一気に打ち倒す。これが一番だな。ただ、大技を使うには場所が狭く、周りを巻き込む可能性が高い。それにベルロアナだけでは戦力不足だろうから、竜女を向こうだけで仕留めるのは難しそうだ)


 ベルロアナは、まだまだ発展途上だ。ファテロナの援護があっても単独では難しい。

 そうなるとこちら側が援護する必要が生まれるが、下手に近寄って分断できなくなれば、魔神二体で連携攻撃を仕掛けてくる可能性があった。竜美姫の言葉や態度からも、それがうかがえる。

 さすがに二体が合体、とまではいかないだろうが、できるだけリスクは減らしておくべきだ。


(あとは倒し方だが、大技以外だと『流れの中で倒す』しかない。すべての攻撃をリンクさせて場を制するんだ。そして、それができるのは【一瞬】。文字通り、瞬き一回分の間にこいつらを撃破する)


 戦いには『勝機』というものが存在する。

 これはまさに一瞬の刹那に発生するもので、実力が近しい者同士でも一撃で勝負が決まってしまうほど重要な『間』である。

 普通はまぐれや偶然でたまたまそうなるのだが、達人を超えたレベルに至ると、それを人為的に引き起こすことが可能であった。


(よし、これでいこう。力を温存しながら確実に相手を倒す。パワーではなく武の練度でそれを成すんだ)


 視線の主がまだ控えている可能性がある以上、余力は残しておきたい。

 アンシュラオンは、あくまで人の武で戦うことを決める。

 だが、それを見透かしたように鬼美姫はアンシュラオンを攻め立てる。


「話に聞く魔人と魔神の力、どちらが上か試してみたいと思わないか! 貴様も早く『魔人になれ』! 私と力比べをしろ!」

「意外とつまらないプライドを持っているんだな。それに何の意味がある?」

「意味はある! より生物として優れている者だけが生き残る! 単純な話だ! それ自体が存在意義だ!」

「生存競争に関しては同意だけど、なんとも味気ない話だ。お前は空を見たことがあるのか? 花を見て美しいと思い、地面を見て偉大だと感じることはないのか?」

「何の話をしている!」

「愛の話だよ」

「愛…だと?」

「はっきり言おう。お前がこだわっていることに意味などない。自分が愛するものを守るだけの力があれば十分だ。力は大事だけど、それだけじゃ長くは続かないのさ。いつか滅びる力比べに何の価値がある?」

「貴様、それでも破壊の権化たる魔人か!」

「だから言っているじゃないか。オレは人間だ。それも比較的温和な、ね」


 鬼美姫の攻撃をいなし、アンシュラオンが掌底を繰り出す。

 ただなんてことはない一撃。技でもない攻撃。

 しかし―――ドゴンッ!

 鬼美姫の腹に凄まじい衝撃を与えて、思わずのけぞらせる。


「ぬうっ…! なぜ、その状態でここまで…!」

「武術ってのは弱い人間が、生まれながらに強い存在に勝つために生み出されたものだからだよ。オレはそれが気に入っているんだ」

「小手先の力を使うとは!」

「小手先かどうか、その身で味わうといいさ。技術の真髄は微細の中にあることを知れ」


 鬼美姫はこちらを挑発するように強引な力技を放ち続ける。

 対するアンシュラオンは『武術』を使い、それらの攻撃を華麗にかわしてカウンターを入れていく。

 丹念に緻密に練り上げられた力を叩き込むことで、徐々に圧力が蓄積。

 そして最後に、身体を思いきり伸ばした一撃を叩き込む。

 すべての関節が鞭のようにしなって完全に伸びきったとき、そこに閃光が発生。

 アンシュラオンそのものが溢れ出たような莫大なエネルギーが、鬼美姫の背後を突き抜けて―――破砕!!


「―――ゴバッ!?」


 腹を砕き、中にあった疑似臓器を破壊し、背中側まで貫通してぽっかりと大きな穴が生まれた。

 その穴から大量の血液が混じった液体金属が流出。

 あまりの威力に再生は叶わず、吹き飛んだ部分は霧となって消滅していく。

 覇王技、『十六万偏真陀掌じゅうろくまんへんしんだしょう』。

 因子レベル4の掌底技である『真陀しんだ』を続けて同じ個所に打ち続けることで力を凝縮し、一気に解き放つことで相手の防御を完全に破壊する、因子レベル7の奥義である。

 これを生み出した当時の覇王は、文字通り十六万回の掌打を一点に繰り出し続け、ようやく最後に満足のいく一撃を放てたことが名前の由来になっている。

 後日、その話を聞きつけた旅人が修練所を見に行ったところ、手の平の大きさをした黒ずんだ跡が残っているだけだったという。

 しかしそのまた後日、違う旅人が反対側の山脈で同じような手の平の形をした黒ずんだ跡を見つけた。それこそ、ただただ一点を叩き続けた攻撃の威力が、何十キロも突き抜けたことを示しているのだ。


「これが武だ。だが、これでもまだ頂点じゃない。この上はまだまだ続いている。人間は弱いが、積み重ねることで力を得るのさ」


 雫の一滴が岩をも穿つ如く、武とは人の闘争の歴史そのものなのである。

 そんな一撃の前には、鬼美姫の防御ですら無意味!

 積み重ねられた武が、生まれ持って強大な存在を破壊する。


「ぐうううっ…まだだ! まだ倒れぬ!!」


 鬼美姫が血を撒き散らしながらも液体金属を集めて傷を埋める。

 ただし、『自己修復』スキル自体は今の攻撃で破壊しているため、強引に隙間を埋めただけの応急処置にすぎない。

 それでも鬼美姫は戦いをやめない。


「魔人、魔人、魔人! 我らが人間の技などで負けるものかぁああああああああああああああ!」


 液体金属の中にあった血が徐々に外に這い出てくると、混じり合って斑模様の皮膚になっていく。

 かつて彼女が創造された際、原料の一つになったのは幾万もの【鬼の血】であった。

 そこに人の魂が宿ることで生まれたのが、銀宝鬼美姫という魔神だ。


「私は戦うために生まれた! 造られた! だからこそ負けぬ!! さぁ、魔人の力を出せ! 武などでは私は死なぬぞ!」


 般若の顔で鬼気迫る表情とは、これほど怖ろしいものなのだろうか。

 だが、見た目とは裏腹に、表情の奥に宿る感情は『焦燥感』でしかなかった。


(どうしてもオレの『魔人の力』とやらを引き出させたいらしいな。なるほど、それが【やつらの目的】か)


 鬼美姫の言動から、なぜかアンシュラオンが【魔人化】することを望んでいるようである。

 ここまで固執するからには、それがわざわざやってきた目的だと推察された。

 が、それならば天邪鬼。


「お前相手にそんな必要はない。オレに大ダメージを与えられたら考えてやるよ」


 相手がそうしてほしいのならば、絶対にやってやるものか。

 当然ながらそう思うのが、アンシュラオンという男だ。


(まあ、やり方なんて知らないしな。そもそもどうやるんだ?)


「その言葉、違えるなよ、魔人!」


 ただ、相手はその言葉を真に受けたようで、後先考えない攻撃を繰り出してきた。

 鬼美姫が刀を振るごとに、従来の分裂した刃とともに『赤い液体金属』が飛び散るようになった。

 これは彼女の血そのものであり、触れた地面が『喰われて』金属になって固まってしまう。


(これはマキさんと同じ能力? 奇遇にも同じ力を持っていたのか? …いや、仮にも相手は魔神とかいう変なやつだ。そんな偶然が起こる可能性は限りなく低い。もしありうるとすれば能力の系統が近いことと、おそらくは『技を真似た』んだ)


 鬼美姫はもともと液体金属が本体という、若干ながら鉄を内包したマキと似た状態にあった。

 それがマキの技を受けて、そういう使い方もあるのだと知って真似た。そんなところが真相だろう。

 ただし、これは捨て身の技。

 力を使うごとに鬼美姫の体力は減り続けていく。


(この忠誠度の高さと必死さはなんだろう? ただの部下が、これほどまでに懸命になるものか? なんだか見捨てられないようにがんばる子供みたいな健気さを感じるんだが…)


 誰かを支配下に収めるやり方はいくつかあり、武力で縛るのが一番楽で早いのだが、その分だけ嫌悪感や恐怖心が出てやる気がなくなるものだ。

 これは何百年も前の地球の奴隷制度でも証明されていて、奴隷が解放された真実は、『少量の賃金を与えたほうがよく働くから』といわれている。

 一方の鬼美姫からは、どうしても役に立ちたいという自発的な想いが感じられる。これは普通の奴隷や部下からは発せられない感情だ。


(こいつらの裏側にいるのは誰なんだ? ソブカにはああ言ったけど、情報が手に入らなければ、ただの骨折り損のくたびれ儲けだぞ。またそのうち同じような連中をけしかけられるだけだ。なんとか背景を知りたいが……ん? サナ?)


 アンシュラオンが思案していると、視界の隅にサナが映り込む。

 彼女は低い体勢から走り抜け、黒千代で背中側から鬼美姫に斬りかかる。

 しかし、鬼美姫の腕から金属散弾が発射されて、簡単に迎撃されて吹き飛ばされる。


「なんだこいつは? わずかな魔人の気配…眷属か? 雑魚は引っ込んでいろ!」


 鬼美姫はサナを一瞥しただけで、すぐにアンシュラオンに向き直る。サナのことなど眼中にないのだ。

 だが、サナは体勢を立て直すと攻撃を再開。

 術符を交えながら敵を牽制して、再度接近して攻撃しようと試みる。


「引っ込んでいろと言ったぞ!」


 鬼美姫がまとわりつくサナを追い払うのだが、彼女は何度迎撃されても戦いを挑み続ける。

 これにはアンシュラオン当人も状況が理解できない。


(サナ? 急にどうしたんだ?)


 正直サナのレベルと力では鬼美姫には勝てないだろう。ダメージを負わせることも難しいに違いない。

 これはユキネが役に立たなかったのと同じ理由で、並の攻撃では物理防御を突破できないからだ。だからこそ、前には出ずに後ろに下がっていたのだ。

 それがなぜか、急に勢い盛んに鬼美姫に戦いを挑み出す。


「サナ、危ないから下がっていろ」

「…ふるふる」

「今のお前には手に負える相手じゃないぞ。戦いたいならグランハムと一緒にソブカのほうを手伝えばいい」

「…ふるふる」


 サナは忠告にも応じずに、けっして退かない構え。

 それにますます困惑する。


「いったいどうしたんだ、サナは…」

「サナ様は、ご主人様と一緒に戦いたいのです」

「え?」


 その時、ホロロがサナの『意思』を映す鏡になる。


「ご自分を心の底から愛してくれる御方に報いたいと思うのは、人間ならば自然なことではないでしょうか?」


 サナがアンシュラオンの言葉に逆らうのは、べつに反抗心があるからではない。100%ギアスが効果を発揮しているのだから、それはありえない。

 なればこそ―――『せいの想い』


「サナ様は、マキ様にも負けたくないと思っておられます。ご自分が一番愛されていると信じているからです。一番の愛をもらいたいからです。だから役に立って認められたいと願うのです」

「―――っ!!」


 アンシュラオンに雷が走る。

 どんな攻撃を受けても軽々防ぎ、どんな怪我を負っても治してしまう身体が、じんわりとした熱に溢れ、痺れて痺れて動かなくなる。


「サナ、オレと戦いたい…のか?」

「…こくり」

「そうか…そうか。そうだよな。お兄ちゃんと一緒にいたいよな!」

「…こくり!」


(なにこれ可愛い!! サナちゃん、マジ天使!!! 天使じゃんかよおおおおおお! うおおおお! ごろごろごろっ! 可愛いよぉおおおお!)


 実際に転がるわけにはいかないので、心の中で悶えまくる馬鹿兄がいた。あまりの可愛さに呼吸困難になりそうだ。

 愛とは与えれば与えるほど増え続け、やる気と勇気を生み出して充足感を与えるものだ。

 アンシュラオンがどんな言葉にも惑わされずにサナを選んだ結果、サナもまたアンシュラオンを選ぶのである。


「わかったよ、サナ。お兄ちゃんと一緒に戦おう!」

「…こくり!」


(オレも反省だな。もっとも近しい存在であるにもかかわらず、サナの心を汲むことができなかった。そもそもサナのためにこんな山奥で戦っているんだ。サナを育てる資金稼ぎと、この子が成長するための経験にちょうどいいからだ。初心を忘れちゃいけないな)


 サナが発する波動は『兄妹の想い』。

 子供が親の役に立ちたいという純粋な願いであった。

 なぜサナがこんな感情を抱いたかといえば、グランハムやベルロアナを含めて大勢の他人と接する機会を与えたからだ。

 人の役に立ちたい、という『自己有用感』を育てることは、子供の成長において重要な要素の一つである。

 そこに若干の『嫉妬』と『独占欲』が交ったことで、サナの中に熱い感情が生まれつつあった。


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