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「翠清山死闘演義」編
324話 「人間の戦い その1『情報分析力』」
しおりを挟むこのメンバーで布陣を組むと、トップバッターは再びこの男。
アンシュラオンが飛び出し、卍蛍で前衛の鬼美姫に斬りかかる。
対する鬼美姫は、空間術式を使って二本の刀を取り出して、前側の両手に持って迎撃。
アンシュラオンの強烈な一撃を、二刀をクロスさせて防御する。
全力の一撃であったが、鬼美姫も圧されることなくしっかりと受け止めていた。
腕だけならば四本でガードしないといけないところを、刀を使うことで二本でガードできることは大きなメリットとなる。
そして、この衝突によって相手の特性が理解できた。
(魔獣の状態よりも圧力が強い。力がより凝縮された感じか。条件付きとはいえ防御も『SSS』のままみたいだし、相変わらず面倒な相手だな)
いまだ『情報公開』は一部しか見えないが、ステータス自体は魔獣の時と変わっていない。
このことから魔獣形態は『集団戦特化』あるいは『広域破壊用』であり、現在の人型は単体の強敵との戦いに特化したスタイルと思われる。
アンシュラオンと鬼美姫が打ち合うたびに、両者の刀から独特の色合いの火花がこぼれることからも、使っている武器のレベルも同等以上なのだろう。
(こいつが使っているのも術式武具のようだが…卍蛍とは趣が違うな。もっと古い感じがする。どっちかといえばスザクの武器に近い)
鬼美姫がアンシュラオンと打ち合えているのは、殲滅級魔獣並みの腕力があることと、刀が術式武具である点だ。
アズ・アクス製とはだいぶ装飾が異なっており、見た目は完全に煤けていて骨董品に近い色合いをしていることから、かなり古いもののように見受けられる。
しかし、込められている能力は、それ以上。
「魔人と戦えるとは面白い! わが魔神の力と、どちらが上か試してやろう!」
鬼美姫の刀が緑の輝きを帯びると、新たに二つ刀身が根本から増えて三又となった。
両手の二刀とも増えたので、合計で六つの刃が襲いかかる。
アンシュラオンは刀でガード。敵の攻撃を受け止める。
しかし、増えた二つの刃はそのまま伸び、陽炎のように刀をすり抜けてアンシュラオンの腕を切り裂く。
軽く掠った程度ではあるが、防御の戦気を貫いて服が裂け、赤い血が流れ出た。
(刃に毒や他の追加効果は無い…かな? それより、なぜ防げない? 斬られたことからも刃には実体はあるはずだ。もしかして迎撃だけすり抜けるのか? まずは情報収集だ。いろいろと試してみよう)
アンシュラオンは意図的に増えたほうの刀身を刀で斬ってみるが、今回もすり抜けてしまった。こちらが迎撃した際も同じ結果になる。
一方で、身体に当たると実物の刃のように切り裂かれてしまう。
(ふむ、やはりこちらの攻撃や防御を貫くようだな。ただ、剣気はすり抜けているが、戦気での防御は問題ないようだ。血が出たのは、単純にオレの防御を上回っただけにすぎない。となると、あれは術式で作った刃で、何かしらの条件下でのみ発動する特殊能力だと思ったほうがいいな。たとえば生物だけに当たるようにできているのかもしれない)
アンシュラオンが推測した通り、鬼美姫が使っている武具は『一陽二炎三又刀』と呼ばれるもので、術式の刀身を新たに二つ生み出すことができる術式武具だ。
この術式刀に込められた能力は、『武器防御不可』。
敵の武器による防御の類をすべて無効化してすり抜ける能力だ。
この場合、剣気を発していたとしても剣を媒介していることから、能力の発動条件に引っかかってしまうので防御ができない。
ただし、防具のカテゴリーに入る盾や鎧での防御は可能かつ、相手もこちらの攻撃を増えた刃では防御できないデメリットがある。
使い慣れていないと防御を見誤ってしまいそうな、扱いが難しい武器といえる。
「どうした魔人! もっとこい!」
だが、鬼美姫は持ち前の攻防力をもって、この点をカバーしていた。
攻撃方法は非常に強引なパワースタイルかつ、乱雑に刀を振るって力ずくで叩きのめす手段を好むらしい。
その分だけ防御が甘くなるが、液体金属で出来ている強固な肉体で攻撃を受け止めて、ひたすら刀を振るってくる。
(一見すると防御型に見えて、実は完全なる『攻撃型』だ。タイプとしては剣士のおっさんに似ているな)
マキも前に出る攻撃型だが、素早い身のこなしと連撃を主体とするスピードタイプに属する。
一方でガンプドルフや鬼美姫は、頑強な鎧や強固な肉体をまとい、攻撃一辺倒で敵を圧倒するパワータイプだ。
(唯一異なるのは、おっさんが一撃の攻撃力を極めているのに対して、この鬼は変化系の攻撃で相手を翻弄することだ。それによって攻撃の質の悪さをカバーしているんだろう。剣を使っていても剣術のレベルが違いすぎる。剣士のおっさんと比べれば天地の差だ)
鬼美姫の一撃は人間にとって脅威ではあるものの、技術的にはサナと大差ないレベルである。
それゆえに、このような変則的な攻撃手段を選んでいるのだろう。
つまりは、攻撃型なのに攻撃はあまり得意ではない、というあべこべな状態にあるわけだ。
そんな不完全な技術では、アンシュラオンに当てるのは夢のまた夢である。
(だいたいの特徴は理解した。戦気でガードできるのならば、べつに刀にこだわる必要はないよな)
アンシュラオンは左手に戦刃を生み出して、二刀流になる。
卍蛍を持った右手では、間合いを伸ばした剣硬気を使うことで、増えた刃の干渉を受けずに本物の刀身を切り払う。
そして、左手側の戦刃は武器のカテゴリーに入らず、すり抜けないため戦硬気で頑強に強化して、術式の刃ごと受け止める。
ただし、それで終わらない。
アンシュラオンの左手の戦刃が、突如間合いを変えて―――伸びる
「むっ!」
この変化に回避が間に合わず、鬼美姫の顔を戦刃が直撃。
防御力が高いため大きなダメージはないが、石を削ったような跡が銀の皮膚に残った。アルがやった『戦硬刃』である。
(物理攻撃はどうかな?)
続いてアンシュラオンは、相手の二刀攻撃を切り払いつつ懐に入り込んで、顔面を蹴り上げる。
ガゴンと岩を蹴ったような重い感触が足に残り、鬼美姫の顎が真上に跳ね上がった。
「軽いな、魔人!」
鬼美姫はすぐに顔を戻すと、直後に背中側に生えている二本の腕から反撃。アンシュラオンに掴みかかる。
がしかし、すでにアンシュラオンは鬼美姫の身体を蹴って跳躍しており、手は残像をすり抜けただけにとどまる。
(術式はどうだろう?)
アンシュラオンは回避運動を取りながら術符を取り出すと、水刃砲を発動。
魔力Sから放たれた水の刃が鬼美姫の肩口に命中し、ゴリゴリと体表を削るものの致命傷とはいえない。
(うーん、物理防御に比べると術式防御のほうが脆いけど、オレの魔力Sで削ってこれか。どうやら魔獣の時の弱点は、ある程度カバーしているようだな)
魔獣の時に使った『銀宝彩壁』は、人間形態になっても維持されているが、より密度が高まったせいで境目の見分けがつかなくなっている。
強力な物理攻撃を叩き込めば隙はできるだろうが、そこをいかに突くかが問題だ。
(とりあえず魔獣の時と同じ攻略法でいいかな? 物理攻撃を集中させて隙を作って、露見した弱い部分に術式による高火力の一撃を叩き込む。ダメージを与えれば能力の維持も難しくなるだろう)
「うおおおおおおおお!」
アンシュラオンが、膨大な剣気を生み出して鬼美姫に叩きつける。
これにはさすがの鬼美姫も、刀だけではなく残りの腕も使ってガードするしかない。
「グランハム!」
「わかっている!」
意図を汲んだグランハムがすでに動いており、すかさず術符を三枚同時起動。
アンシュラオンはさらに左手で戦硬刃を操り、身動きが取れないように相手を押さえ込む。
(これは当たる。あとはどれくらいダメージを与えられるかだな)
アンシュラオンの攻撃によって、わずかに生まれた色の境目にグランハムの雷貫惇が迫る。
グランハムは人を超えた力は持たないが、確実で堅実かつ、周囲に合わせる能力が極めて高い。アンシュラオンとの相性も抜群で、サナに近いレベルで攻撃を合わせることができる。
何よりも術符の扱いに関してはアンシュラオンよりも上。威力こそ劣るものの、より精密な攻撃を繰り出すことができる。
タイミング的には完璧。これは当たる。
と思ったが、敵側も一人ではない。
ふわりと舞った『金色の鱗』が、鬼美姫の死角をカバー。
雷撃の前に立ち塞がると―――反射!
「な―――にっ!」
まさに光の反射のごとく、そのまま雷撃がグランハムに跳ね返ってきた。
グランハムは咄嗟に回避するが、なまじ自身の魔力が高いことが災いし、大きくなった雷撃が脇を掠めてしまう。
革鎧が焼け焦げ、その下のインナーシャツまで露出。
もし彼のインナーが『反靭強装の術衣』という各種耐性を持った術式防具でなければ、今頃は肉まで焼け焦げていたことだろう。
「ちっ、『術反射』か。一番相性が悪い相手だ」
グランハムが苦々しく金色の鱗を睨む。
この鱗には『術反射』の能力があり、文字通りに術を反射するスキルだ。
こうした反射系のスキルは特殊な進化系スキルでない限りは、基本的に『自身の術式防御力と同じ値までの術式を反射』することができる。これは『物理反射』や『銃反射』スキルでも同じ条件となっている。
今の結果を考慮すると、グランハムの「魔力値B×2(雷貫惇の倍率)」では、鱗の術式防御力を上回ることはできなかったようだ。
術符を併用する剣士にとって、術を封じられると戦闘力は一気に減少する。苦々しい表情を浮かべるのも当然だろう。
が、彼も熟練の武人だ。ただでやられはしない。
回避しつつも大納魔射津を、金色の鱗を放った当人の足元に投げ込んでいた。
しかし、鱗も一枚ではない。鱗は空中に何十枚もふわふわと浮いており、それらがすぐに大納魔射津の周囲に集まることで爆発を防ぐ。
大納魔射津はあくまで術式による攻撃であり、無効にするのは物理防御だけだ。
こうやって『術反射』スキルを持っている鱗で覆い尽くせば、自らの力を受けてあっという間に自壊してしまう。
「これが今世の人間が使っている術具ですか。なんとも矮小な玩具ですね」
この鱗を操作しているのは、もちろん竜美姫である。
鱗にも彼女自身にもダメージはない。完全に封殺されたようだ。
「グランハム、一度引くぞ」
「了解した」
敵を牽制しつつ一度後退して、アルたちと情報の共有を行う。
「実際に戦った感じは、どうアル?」
「まあまあかな。多少能力に変化はあるけど、総合力自体は魔獣の時と大差はない。三メートル大の殲滅級魔獣が二体いると思えばいいよ」
「簡単に言ってくれるヨ。殲滅級を倒すのは、けっこう大変アル。でも、ユーには許容範囲みたいネ」
「こっちも相手も、まだ様子見段階だからね。どれだけ力を隠し持っているかによるかな。あの鬼女の増えた刃は、武器をすり抜けるみたいだから戦刃で対処してね。竜女の鱗は見た通り、術式を反射するらしい。竜の時の攻撃も術式だったから術者タイプかもしれない。たぶん遠隔操作もできるから、そっちも注意だね」
「二人で弱点を補い合うタイプヨ。コンビネーションを崩す必要があるネ」
「相手は二人だけだ。オレとアル先生がいれば、それほど打開は難しくないだろう?」
「ふっ、まあネ。ミーの全力に軽々ついてこられるのは、ユーくらいヨ。遠慮なくやらせてもらうアル」
「グランハムはどっちをやる?」
「どっちも許せぬな。あの鬼には部下を殺されたが、今しがた竜にも借りができた。両方潰したいのが本音だ。連中の余裕の態度も気に食わん」
「じゃあ、流動的でよろしく。ソブカたちには基本的に竜の対処を任せる。鬼のほうじゃ攻撃が通らないだろうからね」
「そのようですね。こちらはこちらで策を弄してみます」
「あ、あの、わたくしは?」
「ベルロアナはひとまず待機。管理と扱いはファテロナさんに任せるよ」
「お嬢様のことはお任せください! ビシッ!」
久々にファテロナのエア眼鏡が炸裂だ。
これは期待できる!
「作戦は即興で。まずは敵を分断するぞ」
アンシュラオンは殲滅級魔獣レベルの敵が二体いても、まったく動じていない。むしろ強い相手がいて生き生きとしているようだ。
しかも素性不明の『魔神』なる存在である。
グランハムやアルでさえ、アンシュラオンがいなければ相手の強さに呑まれてしまっていただろう。
だが、英雄が英雄足りうるのは、人々に勇気を与えるからだ。
アンシュラオンがいれば、彼がいれば、この男がいれば大丈夫。そんな安心感によって味方も萎縮することなく力を発揮できる。
まずは最初と同じく、飛び出したアンシュラオンが鬼美姫と対峙。
しかし、今度は卍蛍を持っておらず、両手ともに無手である。
アンシュラオンは『無限抱擁』を展開して完全戦闘態勢に移行。
最小限の動きと両手に生み出した戦刃で、鬼美姫の刀を受け止め流しつつ、一瞬で懐に入り込む。
(速い! 動きと速度がまったく違う!?)
これには鬼美姫も舌を巻く。
さきほどは剣士の間合いで戦っていたため、攻撃も防御も一つ一つに溜めが生じていたのだ。その分だけワンテンポ動きが遅れてしまう弱点があった。
そもそも剣士とは、この溜めを使って強烈な一撃を打ち込むので、致し方のない隙ともいえる。
だが、今は戦士の間合いであり、超近接戦闘こそ本領だ。
数度打ち合ったことで相手の刀の間合いは把握済み。完璧に安全を確保しながら近づくことが可能であった。
そのうえ鬼美姫には、致命的な弱点がある。
(このルカって魔神は攻防力に優れるけど、その能力に自信を持ちすぎているから【初手の対応が甘い】。好戦的な性格も悪影響を及ぼしているんだろう。でも、このレベルの戦いでは、それが命取りになる。考えなしに勝てるほど闘争は甘くないぞ)
魔獣の時もそうだったが、頭自体は良くて行動を読む力はあるものの、相手を甘く見ているのですべての対応が緩慢で雑である。
人間サイズになったので多少は改善されたとはいえ、力ずくで戦うスタイルは変わっておらず、相手に合わせる柔軟性もない。
敵が無手で近寄ってきた段階で警戒すべきだったのに、前回と同じように対応した。そのあたりに強い雑味を感じるのである。
一方のアンシュラオンは、数度の打ち合いで相手の特徴と弱点を見抜いた。そこに差が生まれる。
(こういう相手は搦め手に弱い。一気に連携を瓦解させてやろう)
アンシュラオンが狙ったのは『地面』。
どんなに防御が硬くとも、その身体を支えるのは大地である。
高速発動による『覇王土倒撃』で地盤を破壊。
土石流を発生させることで鬼美姫を流そうとする。
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