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「翠清山死闘演義」編

312話 「五重防塞攻略戦 その5『ドラゴンスレイヤー』」

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 アッカランたちはさっそく、倒した烈鬼の武具を値踏みする。


「でかいハンマーだな。使えるか?」

「まあ、使えるんじゃねぇの? 材質も悪くなさそうだしよ。売ってもそこそこになるだろう」

「決まりだな。俺らの獲物はでかぶつだ! 武器は全部奪え!」


 どうやらブイダイオーガが使っていた大型ハンマーを気に入ったようで、意気揚々と突撃を仕掛けては次々と仕留めていく。

 その中で一番目立つのが、やはり団長のアッカランだ。

 彼はハローワークでの緊急招集の際、アンシュラオンの目にも留まっていた人物の一人で、『人殺しが好きそうな顔』と称されていたものだ。

 実際に彼は人殺しが好きなので間違いではないが、あの男に注目されるくらいなので実力も飛び抜けており、メッターボルンに匹敵する実力者といえた。

 ただし、長年悪党を狩り続けたことで自身の人相も変わり、当人が一番悪人面になってしまったのは皮肉である。

 今ではその容貌から『悪漢傭兵団』とも揶揄され、他の傭兵団からも怖れられるようになっていた。

 これはハンターQと同じく、特定の何かを取り憑かれたように殺していると、自身がその相手と同じになっていく不思議な現象である。

 悪漢傭兵団の登場によって傭兵隊は息を吹き返し、防塞前の中央エリアで一進一退の攻防が続けられることになった。


(これで傭兵隊のほうは大丈夫そうだな。ザ・ハン警備商隊がいないから心配したけど、あの悪人面の傭兵たちが上手くやっている。さすがに主力部隊を務めるだけはあるね。どの傭兵団も強いよ)


 こうした熟練の傭兵団と比べると、個人でやっているサリータたちが厳しい環境にいることがよくわかる。少人数のゲイル隊でさえ霞んでしまうだろう。

 ただし、信頼できる相手と組むことが一番重要なので、彼女たちを隊に入れた選択に後悔はない。


(さて、そろそろこっちも仕留めるかな。あの竜を倒せば指揮系統は完全に崩壊するはずだ。サナたちも楽になるだろう)


 この間、アンシュラオンは何をしていたかといえば、もちろん金竜美姫を相手にしていたのだ。

 いくら傭兵隊ががんばっていても、真上から大きな竜に襲われれば一巻の終わりである。

 それを防ぐため、金竜美姫が何かアクションを起こそうとするたびに戦弾を発射して牽制。少しでも隙を作れば、また大技をぶち込むぞと脅していた。

 覇王彗星掌のインパクトが大きかったこともあって、竜もこちらから目が離せない。

 その結果、眷属の竜に軽い指示を出すことしかできず、鬼たちも集団行動をしているものの、要塞側とまったく連携が取れていない状況に陥っていた。

 傭兵隊が鬼たちと互角に戦えていること自体、アンシュラオンのおかげなのである。

 そして、ここで指揮官の金竜美姫を倒せば、完全に要塞側は終わりだ。

 あとは『どう倒すか』だけである。


(オレはやっぱり戦士だし、もっと接近して攻撃するのが一番だが、そうすると下の傭兵たちも巻き込んじゃうな。竜が暴れたら防塞が壊れる可能性もある。せっかくソブカが奪うと決めたんだから、その目標はクリアしたい。…よし、この距離で倒そう)


 アンシュラオンは、あえてこの距離で勝負することを決めていた。

 その理由はマキとの会話にある。


(あんな雑魚魔獣程度、姉ちゃんならこの距離からでも一瞬で殺せるはずだ。みんなを守るために、オレは少しでもあの人に近づかないといけない。この距離でやってやるさ)


 もし姉ならば。パミエルキならば。

 そう思うだけで彼女との差を痛感するが、そこで諦めてしまったら即座に試合終了だ。

 アンシュラオンが戦弾を撃ちながら爆発集気。

 両手に水気をまとわせると、手刀とともに解き放った。

 水気は限りなく薄くなりながらも、飛び跳ねるように突き進む。

 覇王技、『水覇・奄翔水漣波えんしょうすいれんは』。

 水覇系でもっとも射程距離が長い因子レベル6の技で、両手で放った水気が振動しつつ互いにぶつかり合うことで波を生み出し、その反動を利用して距離を伸ばす技である。

 通常使用した際は二千メートルまでが射程内といわれるが、それをさらにカスタマイズ。

 圧力を軽減させる代わりに振動を強くして反動を増やし、より細く、より薄くすることで距離を倍増させる。

 その姿は、まるで空中を跳ね続ける水魚のようで美麗だが、見た目に反して威力は凶悪。

 極限にまで研ぎ澄まされた水の刃は、何の抵抗もなく金竜美姫の鱗に入り込むと、あっさりと切断。


「―――ッ!?」


 違和感を感じた竜が飛び上がるが、そうしないほうがよかった。

 切れた竜鱗から、どばばっと真っ赤な血がこぼれ落ちる。

 たとえば指を鋭利な刃物で切ってしまった時、あまりに切れ味が鋭いと皮膚の細胞がくっついて上手く止血してくれるが、慌てて動かすと傷口が開いてしまうのだ。

 金竜美姫はショックを受けたのか、少し動揺したそぶりを見せた。


「どうした? この距離からじゃ大技しか手がないとでも思ったか? 残念ながら甘い認識だな。だが、本番はこれからだ!」


 アンシュラオンが目にも留まらぬ速度で、水覇・奄翔水漣波えんしょうすいれんはを放ち続ける。

 一撃放つだけでも「人知を超えた!」と称される技だが、超人にとっては一般技のカテゴリーに入る。

 百、二百、三百と連続して放たれる水流が次々と飛んでいく光景は美しいが、受ける側からすれば悪夢でしかないだろう。

 金竜美姫はすぐさま上空に逃げようとするも、間に合わない。

 竜鱗が淡く光って防御機能が発動したにもかかわらず、すぱっと切り裂かれ続ける。

 この鱗が光る現象は、たいていの大型竜種が持っている『竜鱗』系統の防御スキルによるものだ。

 その中でも金竜美姫のものは『金泡竜鱗きんほうりゅうりん』というスキルで、鱗の表面から泡状の金色の膜を生み出すことでシールドを展開する。

 このシールドは、あらゆるダメージを二割ほどカットしつつ、500以下のダメージならば完全に相殺できるかなり強力なものである。

 が、アンシュラオンの技は、この距離からその防御スキルを貫く。


「ピィーーピィィイイ!」


 金竜美姫は切り裂かれながらも、高音の鳴き声を発して必死に上空に退避。

 『水覇・奄翔水漣波えんしょうすいれんは』の弱点は、長所の反対。つまりは距離を延長した分だけ攻撃力が低い点だ。

 今見たように切れ味自体は凄まじいが、刀のように骨まで断ち切るものではなく、あくまで肉を少し切る程度の威力しかない。

 それでもこれだけの数を浴びせれば、もう身体は血まみれ。ぼたぼたと大量の竜の血液が地上に流れ落ちる。


(これだけ当てて死なないってことは、どうやら『自己修復』スキルも持っているようだな。まあいい。要塞から引き剥がせれば十分だ)


「ピィイイイッ!」


 ここでようやくやる気を出したのか、金竜美姫の反撃。

 口を開けると灼熱の炎が集まり、爆炎を吐き出す。

 さすがに大きな竜かつレベルも違うので、バルザインドラゴとは比べ物にならない規模と威力だ。

 まるでゲームの召喚獣を彷彿させるレーザー状になった真っ赤な炎が向かってくる。

 ただし、これは普通の炎ではない。


(ブレスじゃないな。『術式』だ)


 アンシュラオンの術士因子が、即座に敵の攻撃の種類を特定。

 これはブレスのように見えるが、実はマスカリオンと同じく高位術式を展開しているのだ。

 魔王技、『灼熱業連球』。

 因子レベル5で扱える『灼熱業球』を連続して放つことで、レーザー状にする因子レベル6の術だ。

 人間の術士が扱っても高威力なのだが、竜の大きさで使うと山一つくらいは貫通しかねない威力がある。

 しかし、アンシュラオンは微動だにせずに攻撃を受ける。

 炎のレーザーは予想された通り、山に激突し、周囲を焼き尽くしながら貫通。

 山の反対側まで焼け焦げたので、もしここに傭兵隊が残っていたら、軽く五百人以上は死んでいたことだろう。

 アンシュラオンとて、無防備で直撃すれば無事では済まないが―――


「こんなものか。魔力値通りの結果だな」


 白い少年は、その場に平然と立っていた。

 両手には沸騰した水気がまとわりついていたが、さっと振り払って捨て去る。

 何をしたのかといえば


 術式を―――くり抜いた


 のである。

 たしかに炎のレーザーはその場を通り過ぎたが、アンシュラオンの身長分だけ中がくり抜かれた状態、筒状になって過ぎ去ったにすぎない。

 ブレスだろうが術式だろうが、その『三倍の水気』で対抗すれば何ら問題はない。

 その証拠に焼け焦げた穴の中には、綺麗に丸い棒状の地盤が残されていた。


「ッ!? ―――ッ!?!」


 当然、金竜美姫は驚愕。

 どうやら怒りに任せた全力の一撃だったようで、あまりに動揺して浮遊が不安定になるほどだ。


「何を驚いている? 魔獣が術を使うことだってよくあることだ。火怨山にいる龍種のブレスはこんなものじゃないぞ。そもそも姉ちゃんの火の術式は、この三倍以上の火力だしな。お前のなんてライターの火にすら及ばないぞ」


 スザクたちはマスカリオンが術式を使ったことに戸惑っていたが、殲滅級以上になれば術を使うことも珍しくもない。

 魔獣の能力そのものが術式と大差ないので、常識を超えた火力で身体を焼かれるなど往々にしてあることだ。

 油断している時ならばいざ知らず、アンシュラオンは最初から【姉を想定】して戦っているのだから、金竜美姫にとっては最悪も最悪。相手が悪すぎる。


「余所見をしている暇はないぞ! もうお前を狩り取る準備は整った!」


 反撃を受けきったのならば、今度はこちらが攻撃する番だ。

 金竜美姫の頭上に『巨大な水塊』が出現。

 それが破裂すると同時に、圧倒的な濁流が金竜美姫を呑み込む。

 覇王技、『水覇・天惨滝てんさんろう』。

 ア・バンド戦でも使った因子レベル5の『水覇・天惨雨てんさんう』の対になる技で、こちらは広域に展開せずに直流で相手に叩き込む技だ。

 天惨雨の雨粒一つだけでもシダラの盾を削る威力だ。それが一点に集まって注がれるのだから、いくら殲滅級魔獣とて耐えられるものではない。

 頭と翼を焼かれ、悶えながら水圧に負けて落下していく。


「おっと、そのままだと防塞に落ちるからな! こっちに落ちろ!」


 アンシュラオンの追撃。

 防塞の近くの斜面から大量の水が噴き出すと、金竜美姫に突き刺さって凍結。

 何本もの巨大な氷の柱に串刺しにされた姿は、まるではりつけのようだった。

 覇王技、『水覇・対空氷柱突たいくうひょうちゅうとつ』。

 人喰い熊に使った因子レベル4の『氷苑地垂突ひょうえんちすいとつ』の上位版の因子レベル6の技である。

 氷苑地垂突が、あくまで地上の敵を標的にしたものに対して、こちらは完全に対空戦を想定した技となっており、種族に『飛行』がある場合には【特効】効果が発生する。

 ただでさえ強烈な技なのに、特効によって―――大打撃!

 内部に入り込んだ氷の柱が爆発して筋肉や臓器を破壊し、一気にHPの半分を削り取る。

 さらに氷柱を途中で折って倒すことで、そのまま棒倒しのごとく遠くの山肌に叩きつけた。

 大ダメージを負った金竜美姫は、よろよろと這いずって逃げようとするが、それを許すほど甘くはない。


「逃げられると思うなよ! このまま決める!」


 上空からは依然として『水覇・天惨滝てんさんろう』による攻撃が続いており、地上と空からの同時攻撃によって追い詰める。

 アンシュラオンがあえて敵の攻撃を受けたのは、それを目くらましにして技の準備をするためだ。

 水覇・天惨滝は攻撃を受けている間に、相手から見えないように山の内部に水気を放ち、遠隔操作で死角から上空に展開。

 それと同時に、地面にはすでに停滞反応発動による『水覇・対空氷柱突たいくうひょうちゅうとつ』の追撃の準備もしていた。

 これらは同時に技を使っているのではなく、別々に時間差で発動させているので、すべては計算された『武』によるものだ。


「連綿と続いてきた『水覇の武』が、たかが空を飛ぶだけしか能がない竜に劣るものか。基礎能力だけで勝てると思うなよ!」


 空を飛ぶ敵は人間にとって非常に厄介ではあるものの、だからこそ歴代覇王たちは常に対策を講じてきた。

 これらのコンボはアンシュラオンが考えたのではなく、偉大なる先人が生み出した対空攻撃なのだ。

 特に『水覇』と呼ばれたかつての覇王は、水系の技だけでどんな相手も屠ってきた絶対強者の一角だ。その流れを受け継ぐアンシュラオンが、たかが竜に負けることはない。


「モグマウス! 食い散らかせ!」


 アンシュラオンは、さらに追撃。

 同じく地中を潜って移動させていたモグマウス二百体が、一斉に地面から飛び出して襲いかかる。

 弱った虫に群がる蟻のごとく、容赦なく噛みつき、切り裂き、少しずつ解体していく。


「チュキ! チュキッ!(解体順調! 解体順調!)」


 モグマウスも久々の大物に大歓喜。

 悪漢傭兵団の連中と同じく夢中で獲物を貪る。


「ピィイーー! ピキィイイッ!」

「苦しいか? 待っていろ。すぐに行って首を撥ねてやる! その角は良い素材になりそうだ! 心臓もよこせ! 綺麗な目玉も抉り取ってやるぞ!」

「ッ!」


 アンシュラオンの狩人の意思が伝わったのか、金竜美姫が恐れおののく。

 直後、金竜美姫が白く発光すると―――急速に縮小

 百メートルの巨体から三メートル程度にまでなると、光り輝いたまま第五防塞の中に逃げ込んだ。


「ん? どうなった? 倒した…のか?」


 アンシュラオンも初めて見る現象に困惑。

 その場には金竜美姫であった残骸、角や鱗、翼の一部が残っているものの、臓器を含んだ肝心の中身が見当たらない。

 だが、周囲には戦いの痕跡が残っているので、けっして幻ではなかったはずだ。


(いったい何が起きたんだ? …よくわからないが、素材類はモグマウスに回収させておくか。なんだか怪しい感じがするし、まずはサナたちと合流したほうがよさそうだな)


 謎の決着を遂げたが、勝負を制したのはアンシュラオンであった。

 文句なしの完勝で、姉を想定した当人にとっては当たり前の勝利だが、竜退治は古来より英雄の証明といわれる。

 アンシュラオンの伝説に、また新たな『ドラゴンスレイヤー』の称号が加わることになるだろう。



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