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「翠清山死闘演義」編
311話 「五重防塞攻略戦 その4『中央激戦』」
しおりを挟む中央の傭兵隊四千の指揮官は、そのままアンシュラオンが担当。
当然、この男から余計な指示はない。
「走れ! 殴れ! ぶっ殺せ!」
発するとしても、昭和の根性論丸出しの簡潔な言葉だけだ。
されど、このシンプルさがアンシュラオンの持ち味。
統率『F』のマイナス補正など吹き飛ばすほどの、燃え滾る熱い闘争心が傭兵隊に注がれる。
「急げ急げ! 敵が混乱している間に取り付くぞ!」
「ちんたら走っていられるか! 飛び降りる!」
このあたりの山の傾斜は緩いとはいえ、それでも人間からすれば険しい山道だ。途中で崩れていることも珍しくはない。
そんな荒れた傾斜を、ほとんど飛び降りる形でどんどん下っていく。
中には雪で滑って怪我をする者もいるが、そんなことは関係ない。
彼らの目に映っているのは、敵の要塞のみ。
最短距離で最短時間でたどり着くために一直線で進んでいく。
その結果、四千もの人間が、なんと三分という短時間で山を駆け下りることに成功する。(半分は転げ落ちているが)
「もう少しだ! いくぞおおおお!」
そして、傭兵隊が相手側の山に駆け上がろうとした時に、ようやく相手も混乱から復帰。
反撃を開始する。
「ピュィイイイイ!」
一番警戒していた金竜美姫が一声鳴いた。
その声は非常に高音かつ繊細で、女性的な響きが感じられるものだった。名前や見た目の雰囲気からして、どうやら雌の個体のようだ。
それに呼応して第二防塞から十体の竜が出てくる。
金竜美姫と比べると遥かに小さく、せいぜい十数メートル程度の大きさしかないが、竜種らしく高い攻防力に加えて、長距離からのブレスを得意にする『バルザインドラゴ〈轟腱火竜〉』という魔獣である。
見た目は全体的に丸っこく、翼はあっても長距離飛行はできない地上型の竜種といえるだろう。
バルザインドラゴは、横一列に並ぶと口から炎球を吐き出し、山の傾斜を駆け上がっている無防備な傭兵隊に攻撃を仕掛ける。
(やはり戦艦の主砲は囮で、他の迎撃方法を準備していたか)
アンシュラオンは山の上からその様子を見つめていた。
敵側が人間の武器をあえて使ったことには、ソブカが言ったように心理的な圧力のほかに、こちらを間合いに引き込むための囮の意味があった。
主砲の命中率が悪いとわかれば、人間側は強引に接近を試みるだろう。そこを火竜のブレスで焼き尽くす予定だったのだ。
その証拠に、火球は威力こそ戦艦の主砲に劣るものの優れた命中精度を誇っていた。このままだと傭兵隊のいくつかは消し炭になるだろう。
すでに傾斜の上という絶対的な地の利がある以上、これを続けるだけで人間側は圧倒的に不利な状況に追い込まれるわけだ。
(あの小さい竜どもが統率された動きをしているから、命令を出した金竜美姫こそが、この魔獣要塞の指揮官であることは間違いない。だが、お前の予定通りにはいかないぞ。機先を制したのはこちらだ)
火球が傭兵隊にたどり着く前に、すでに展開していた闘人クシャマーベの車輪盾によって防がれる。
広範囲には対応できなかったので、上から凍気を振り撒くことで事前に膜を張って対処。火球のいくつかは傭兵隊に命中したものの、威力を大幅に軽減させていた。
凍気は攻撃的な気質であることから傭兵も多少のダメージを負うが、そのまま焼け死ぬよりはいいだろう。
「ぐずぐずするな! オレが防いでいる間に走れ!」
アンシュラオンが、さらに凍気を振り撒いて山の上から発破をかける。
「つべてー! あの野郎、雑すぎんだよ! わざとやってるだろう!?」
「だが、悔しいほどに強いぜ! あいつに比べたら、あの火を吐く竜もたいしたことないな!」
今の傭兵隊には勢いがある。強者によって鼓舞された者たちは、この程度で止まるような弱兵ではない。
何よりもアンシュラオンが、大技で先手必勝の一撃を叩き込んだことが大きい。
いまだ要塞側は完全に立ち直っておらず、火竜のブレス以外の追撃がない状況だ。
もともと魔獣たちは各群れで動く性質が強く、他種族に統率されることに慣れていない。金竜美姫が命令を出しても猿や熊たちの動きは鈍かった。
必ず鬼たちが介入せねばならないこともあり、敵の迎撃能力は半減しているようだ。
「今だ! 追撃はないぞ! 死ぬ気で上がれぇええええええ!」
その間に傭兵隊は山を駆け上がって、真上にそびえる第一防塞に突撃を仕掛けていた。
防塞に肉薄した時にようやく相手側の準備が整い、今度は『ロッテアコダ〈素磨夫熊〉』たちが、用意してあった岩を転がしてきた。
落石は単純な攻撃ながら、この傾斜の厳しい地形では思った以上に効果がある。
雪が積もっているので足場も悪く、岩も雪だるまのように簡単に転がっていくからだ。
しかし、これも対応が遅すぎた。
「いまさら岩なんかにびびるかよ!」
「この距離ならもう銃弾が届くぜ! 応戦しろ!」
落石によって傭兵隊が下敷きになったり、激突して怪我を負うも、こちら側からも銃撃を開始して敵を牽制する。
しかも本当ならばもっと多くの岩を用意していたのだろうが、こちらもアンシュラオンの攻撃によって第三防塞が消し飛んだことで、思ったより早く打ち止めになる。
(単純に砲台があるから破壊しただけだが、あそこが弾薬庫になっていた可能性は高いな。ソブカの目論見通りか)
砲台があるからには、撃ち出すための砲弾がなくてはならない。
それ以外にも迎撃用の道具や岩を置いていた可能性も高く、そこを破壊したことで要塞がただの建物になりつつある。
傭兵隊が一気に乗り込もうと押し寄せると、敵も遠距離による迎撃を諦めて『ブイオーガ〈破槌小鬼〉』たちが防塞から飛び出し、近接戦を挑んできた。
正直、相手からすれば苦肉の策だ。本来はもっと遠距離から削りたかったに違いない。
ここから中央を担当とする傭兵隊と、防塞側との間で熾烈な戦いが始まった。
突撃した傭兵隊四千に対して小鬼の数は二千だったが、武装しているため互角以上の勝負を見せる。
「ちっ! けっこうパワーがあるぞ!」
「武器にも慣れてやがるな! なんだこいつら!?」
ブイオーガは思った以上に戦慣れしており、一般的な傭兵と比べると一体一体の能力もかなり高い。
集団行動も得意としているので『魔獣側の傭兵隊』と呼んで差し支えないだろう。それだけ汎用性に優れた魔獣なのだ。
彼らの主な武装は、『破槌小鬼』の名前通りに『槌』だ。
このハンマーは比較的頭が小さく振りやすいタイプで、単発の攻撃力よりも速度を重視しているようだ。
そして、小さいとはいえハンマーは重鎧に対して強い。
傭兵隊の主力は頑強な鎧を着ている者が多く、何度も競り合っていると、気づいたら鎧がボコボコになっていることも珍しくはない。
普通の傭兵にとって鎧は、頑強な爪や牙を持つ対魔獣戦には必須であるため、ここで損耗することは避けたいのが本音だ。
(あの小鬼も『武具破壊』のために意図的に配置しているな。こんな山奥じゃ武具の補充は難しい。予備の予備まで壊れたら、オレみたいな生身で戦う戦士以外は戦力ががた落ちになる)
小鬼の正体は不明であるが、対人用に用意された戦力であることはわかる。相手も戦術を練っているのは間違いなかった。
しかし、人間側の戦力も熟練した傭兵団である。
「相性が悪い! 重装隊は後ろと交代しろ!」
武装の相性が悪いと判断するや否や重装隊を下がらせて、後列に待機していた準装隊とメンバーを入れ替える。
この準装隊はサナと同じく機動力を重視しながらも、そこそこの攻防力を持った武装をした者たちで、武器も取り回しが良いものが多い。
敵が槌を振り回すよりも早く攻撃できるため、彼らの投入によってブイオーガを逆に押し込んでいく。
熟練の傭兵団は幾多の戦場を経験していることもあり、全体の練度もザ・ハン警備商隊に劣っていない。
必ず敵の倍の人数で応戦して数の有利を保ち、時には下がって相手を釣り出す動きも見せる。
彼らの役割は、あくまで囮。
強い傭兵はプライドも高いが、役割をしっかりこなす習慣が身に付いており、ひたすら敵を防塞から引き剥がすことに注力していた。
(グランハムたちは文句なしで一級品の傭兵団だが、あいつらもかなりのやり手だ。戦力を温存していた甲斐があったな)
こちらもグランハムの目論見通り、主力を休ませた案が奏功していた。
今起きていることは短期的なものではなく、今までの長い積み重ねの結果なのである。
だが、魔獣側もこちらの戦力を想定して待ち構えていたのだ。次々と増援を送って対抗してくる。
そして、ついに上位種がやってきた。
「でかぶつだぞ! 数が多い!」
ブイオーガよりも二回りは大きな『ブイダイオーガ〈破槌烈鬼〉』が登場し、より大きな槌を振り回して傭兵隊を蹴散らす。
その数は、およそ百。
二千体いるブイオーガに対して百体なので、およそニ十体に一体いる計算になる。
その戦闘力もブイオーガニ十体分であり、相手側が傾斜の上を取っていることもあり、なかなか対応が難しくて傭兵隊は苦戦。勢いが止まってしまう。
このまま押し返されるかと誰もが危惧した時である。
「でかいのは俺らがやる。あんたらは雑魚をやってな」
大きな身体をした悪人面の傭兵がやってきた。
その背後にも同様に、世紀末に出てきそうな悪人面をした集団が付き従う。
「あ、あんたらは『悪漢傭兵団』…」
「あ? 悪漢じゃねえ。アッカランだろうが! なめてんのか!」
「あっ…いや、すまねえ! 聞き違いだって!」
「ふん、さっさとどけ! 野郎ども、いくぞ! ようやく俺らに相応しい敵が出てきたってことだ! ここで稼ぐ!」
「おうよ! かちこみだぜ!」
「楽しくなってきたなぁ!」
アッカランと呼ばれた男は、手下を引き連れてブイダイオーガに殴り込みをかける。
彼らの突進を怖れたのは、むしろ味方の傭兵団のほうだ。巻き添えにならないように慌てて隊列に穴をあける。
威勢の良い言葉は紛れもなく真実だった。
烈鬼と激突してもパワー負けせず、互角の打ち合いを演じていく。
彼の得物は刃渡り二メートルもある巨大な両刃の戦斧で、それはもはや斧というよりは、大きな鎌が前後に付いているといった様相だ。
その大きな戦斧を器用に振り回し、ブイダイオーガの攻撃に合わせて的確な箇所にタイミング良く叩き込んでいく。
単純なパワーだけでは烈鬼のほうが上だが、武器の扱いという点では人間側に一日の長がある。
「なぁおい、でけぇ鬼さんよ! 武器ってのは、ただ振り回せばいいってもんじゃねえんだぜ!」
アッカランは、ブイダイオーガの槌を戦斧で上手く防いで刃の間に絡め取ると、より密着して強烈な裏拳を顔面に叩き込む。
そして、敵の視界が潰れた隙に後ろに回り込み、戦斧で足を切り裂き、返す刃で脊椎を破壊。
「こいつは俺らの獲物だぜ!!」
「ひゃっはーー! 殺せ殺せぇええ!」
がくがくと痙攣する烈鬼に部下たちが襲いかかり、次々と重武器を叩き込んで絶命させる。
見た目と言動に反して、彼らの戦い方は極めてスマートだった。
アッカランも単独だけでは戦わず、ある程度削ったら部下に任せて消耗を防いでいる。敵が複数同時に来た場合も、しっかりと数をそろえて対応する。
そこに迷いはなく、手際も見事。
まるでアンシュラオンが冷徹な戦闘マシーンになるように、『生物を破壊するために最適な動き』を淡々と続けているのだ。
それを見ていた傭兵団が怖れおののく。
「つ、強ぇ! あ、相変わらずやべぇやつらだよ、悪漢傭兵団はよ」
「おい、名前を間違えるなって。また絡まれるぞ!」
「お、おう、そうだったな。あいつら、数はそんなに多くないけど全員が凄腕だからな」
「たしか『対武人専門の傭兵団』だろう? 賞金首とか重犯罪者とか、そういった危険な連中を相手にしていると、ああなっちまうのかね」
アッカラン傭兵団は、およそ五十人で構成される『C級傭兵団』である。
彼らの特徴は、第二海軍の親衛隊のように誰もが身体が大きく、扱う得物も重くて大型の武器が多い点だろう。
B級とC級の分類上の条件が厳しいためC級に甘んじているものの、その実力は見ての通り、一人ひとりがブラックハンターに迫る強者である。
そんな彼らは常日頃から強い相手、たとえば大きな盗賊団や厄介な賞金首を好んで狙う習性がある。
なぜならばそこにはたいてい強い武人がおり、それに見合った貴重な武具を持っていることが多いからだ。
ア・バンド一つ取っても、たしかにいろいろな武器を持っていたものだ。それらが気に入れば奪った彼らがそのまま使ってもいいし、不要ならば売ればいい。依頼料とは別口なので、それを含めての収益となるのだ。
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