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「翠清山死闘演義」編
310話 「五重防塞攻略戦 その3『先手必勝』」
しおりを挟む「編成を急ぎましょう。できれば夜までに防塞内部に入らねば不利になりますからねぇ」
「熊退治に来たのに、竜退治と鬼退治が先になっちゃったか。なかなか上手くいかないもんだね」
「まったくだ。こちらは割に合わない仕事ばかりだ」
文句を言いながらも戦術が決まれば、行動は早い。
すぐさま準備が開始されて昼過ぎには攻撃態勢が整った。
日が落ちるまで、およそ四時間半。
通常の要塞攻略に費やす時間としては、あまりに短い。グランハムたちだけならばまず不可能だろう。
しかし、この男がいれば話は変わる。
アンシュラオンが再び要塞側の斜面に姿を見せると、要塞の砲台がこちらに向く。
(あんなものは脅威じゃない。問題はあの竜のほうだな。その竜にしても強さが問題なんじゃない。本当の問題は―――)
―――――――――――――――――――――――
名前 :オーデインドラゴン〈金竜美姫〉
レベル:130/130
HP :34500/34500
BP :5500/5500
統率:A 体力:SS
知力:A 精神:S
魔力:S 攻撃:S
魅力:A 防御:S
工作:B 命中:S
隠密:E 回避:A
☆総合:???
異名:金竜美姫
種族:???
属性:???
異能:???
―――――――――――――――――――――――
(『情報公開』でデータが表示されない。全部じゃないが、一部しか見えないのは初めてだな)
アンシュラオンの『情報公開』は、自身が視認した相手の能力を調べるものだ。
今までこれで見えなかった相手はいない。姉やゼブラエスでさえも見えていた。
それがここに来てついに、見えない相手と出会ってしまったのである。
ただし、アンシュラオンは思った以上に落ち着いていた。
(やっぱりこういうこともあるんだよな。オレ自身の一時的な能力の停止か不具合、あるいは相手が何かしらの手段で妨害しているのか。どんな状況にせよ、こうした事態はすでに想定済みだ。だから剣士のおっさんの時も、あえて見ないで戦ったんだ)
実は火怨山にいる頃から、この状況は想定していた。
幸か不幸か姉たちのとんでもない強さを目の当たりにしていたため、ステータスだけを鵜呑みにしない習慣がついたのだ。
そもそも姉の「SSS」表示にしても、ほぼ測定不能という意味なので具体的な数値は何一つわからない始末である。『情報公開』は便利だが、所詮は参考程度のものにすぎない。
それは山を出て多様な人々を見てからさらに顕著になり、重要人物の身元調査以外ではあまり使わないことにしていた。
その『訓練』が今に生きている。
(レベルは若干低いが、能力値だけを見ればデアンカ・ギース以上の殲滅級魔獣って感じだな。竜種だから基礎ステータスが高いんだろう。スキルが見えないのが少し怖いから、一応は警戒してクシャマーベを待機させておこう。あとは通常通りにやるだけだ)
強敵との戦いにおいて、まずは防御が重要になる。
デアンカ・ギースの時も防御から入り、相手の特徴を見定めてから力を削いでいった。今回もやることは同じだ。
アンシュラオンが背後にクシャマーベを生み出して警戒モードに入らせる。何かあれば自動的に絶対防御によって迎撃してくれる手筈である。
そして、戦気を解放してからの爆発集気。
凄まじいエネルギーが体内を駆け巡り、赤白い閃光として顕現する。
それに驚いたのか敵からの砲撃が始まるが、もちろん当たらない。照準の無い射撃が、いかに大雑把かがよくわかる。
そもそも強力な武人を前にして、そんな武器は無意味だ。大型の術式弾でも使わない限り、直撃してもダメージを受けないだろう。
アンシュラオンは砲撃を無視して目の前の竜だけに集中。
(本当ならば接近して動きながら相手の意識を散らすんだが、今はサナたちが作戦行動中だ。あっちが動きやすいように敵の注意を引きつつ、竜からの反撃を想定して最小限のモーションで最速で放つ! 先手必勝だ!)
アンシュラオンの両手に膨大な戦気が集まる。
それだけで地面が揺れ、山がわずかに振動している。
対面の山にいる竜は、まだ動かない。ただじっと見つめている。
こちらも常時クシャマーベが竜を監視し、いつでも車輪盾を展開する準備を整えていた。
(技の打ち終わりを狙われてもクシャマーベがいれば即死はない。周囲に敵もいない。空も地面の中も大丈夫だ。あとは刹那の瞬間を制すれば、いける!)
アンシュラオンは、こうした極限の緊迫感の中でも必要な措置を怠らない。
膨大な戦気を集めながらも波動円を展開し、周囲一キロの様子を探り、伏兵がいないかをチェックしていた。
もし竜があの位置から攻撃したとしても防ぎ、仮に他の場所に伏兵がいて一キロ以上先から攻撃されても大丈夫なように、三百六十度あらゆる方向からの攻撃をシミュレート。
そのうえで竜と睨み合い、技を放つタイミングを計っている。
一瞬、世界が止まったように静寂が訪れた。
高度な武人だけが見る世界。
刹那の世界、一秒先の世界、数秒先に訪れる世界の中で、幾千もの光の粒子が絡み合い、未来を観測する。
そして、すべての光の粒子が集まり、何兆という過程と推論を超えて未来が確定。
祝福を受けたのは―――アンシュラオン
幾万と積み上げた戦闘経験が空間を制し、これ以上ない完璧なタイミングで技を放つ。
天に放たれた強大な戦気が雪雲を吹き飛ばすと、空一面を光が覆った。
薄暗かったせいか、その光は太陽の如き強い眩きと化し、直後に輝く光となって落ちてきた。
それはまるで―――【彗星】
空を滑る輝く星の美しさに、人も魔獣も誰もが息を呑む。
覇王技、『覇王彗星掌』。
デアンカ・ギースを葬り去った『覇王流星掌』の対になる因子レベル8の技で、流星が周囲にばらけるのに対し、彗星は一つの大きな塊になって防塞に向かっていく。
これら二つの技が直線で相手に放たれないのは、上昇している間にも戦気が周囲の神の粒子を吸収して膨張を続け、最高潮まで肥大化した瞬間に、さらに加速しながら落下することで威力を高めるからだ。
膨大な戦気の制御の難しさに加えて、発動の遅さがネックとなる技だが、人を超えた者にしか扱えない超大奥義の一つである。
しかもこれで終わらない。
(思った以上に因子への負荷が軽い! これならば『遠隔操作』で、あいつを巻き込める!)
今までのアンシュラオンならば、因子レベル8の技を使っている最中は余裕があまりなく、細かい制御まではできなかった。
だが、今は戦士因子が9であり、この1上昇した結果は思った以上の恩恵を与えてくれる。
そこで一工夫。
彗星の『操作を開始』する。
遠隔操作された彗星は、まるでドライブ回転がかかったように弧を描いて落下。
最上部の第五防塞にいた『金竜美姫』を巻き込みつつ、標的の砲台に向かおうとする。
「―――ッ!」
アンシュラオンの殺気に気づいた金竜美姫が、慌てて緊急回避。
体表に光の膜を張りながら銀鈴峰の山肌を抉って、急上昇。
一目見た瞬間、それがどれだけ強力なものかがわかったのだろう。身体を強引に岩肌にぶつけながらも必死に回避している。
その姿は、隕石の落下に怯える地上の生物のようだった。
流星は第五防塞の防壁を掠めながら―――地を裁く!
迫り来る彗星になすすべもなく、砲台が設置されていた第三防塞に直撃!
凄まじい質量が何重もの石壁を破壊し、叩き潰し、一瞬で銀鈴峰中腹の台地に入り込むと、大地を揺るがす強大な衝撃破が発生。
中心地にいた魔獣はもちろん、その場にあったすべてを吹き飛ばし、第三防塞が文字通りに消え失せた。
その余波は突撃準備をしていた傭兵たちの髪を揺らすほどで、天の裁きによって大地が揺れていることを強烈に体感させる。
圧倒的な力。圧倒的な技。圧倒的な意思。
三つの領域において完全に場を制した男が、悠然と彗星が落ちた要塞を眺めていた。
しかし、技を放った当人は舌打ち。
(ちっ、迎撃せずによけたか。勘が良いやつだ。まあ、『半分程度の出力』だったし、どうせ倒しきれなかっただろうけど、もう少し技自体の発動が早ければな。惜しかったよ)
今回放った覇王彗星掌は、相手のカウンターを警戒しての高速発動だったため、威力も大幅に減少していた。
もし後先を考えない全力の一撃だったならば、おそらく銀鈴峰そのものを貫いていた可能性がある。
それはそれで錦熊の巣も吹っ飛ぶので良いのかもしれないが、倒しきれずに散り散りになったら困るので、何事も加減は必要であろう。
アンシュラオンは、逃げた金竜美姫を観察。
(こちらに攻撃する気配がまったくなかった。様子見のつもりだったのか? だったらなめられたものだが、これで少しは目が覚めただろう。オレのほうが格上だと知れ!)
アンシュラオンが竜を威圧。
魔獣との戦いで重要なのが、どちらが上かをはっきりさせることだ。この序列を示すことで大半の魔獣は自発的に去っていく。
金竜美姫は逃げはしないものの、明らかにこちらの能力の高さに驚いているようだった。これで簡単にアンシュラオンから目が離せなくなったはずだ。
こうして第三防塞は完全に消失。
すぐ下の第二防塞も上部が大きく破損しており、上の第四防塞にも多少ながらの被害が出ていたが、これでよい。
重要な点は、中央を破壊したことで敵を上下に分断できたことである。
魔獣たちは当然ながら蜂の巣をつついたような大パニック。
右往左往して混乱している様子が、ここからでもはっきりと見えた。
「今だ! 傭兵隊、突撃ぃいいいいいいいいいいい!」
「…っ!?」
「中央突破だ! 行けぇえええええ!」
「ううっ…うおおおおおおおおおおおおお!」
「ちんたらするな! 近そうに見えても、ここから十数分はかかるぞ! 必死に走れ! 転げ落ちてでも最短で到着しろ!」
アンシュラオンの怒号で我に返った傭兵隊四千が、一斉に山を駆け下りる。
敵の要塞を前にして、雪に覆われた斜面を懸命に走り抜ける一番危険な任務なので、まさに命がけだ。
されど、そんな緊張感のある戦いを前にしても、少しだけにやけていたり、嬉々とした表情を浮かべている者ばかりが目立つ。
なぜならば、ドキドキするから。
なぜならば、ワクワクするから。
「すげぇええええ! すげぇえええ!」
「あの野郎、やればできるじゃねえかよ! やれるなら最初からやれってんだ!」
「やるぞ! 俺たちの背後にはとんでもないやつがいる! 絶対に負けはないぞ! 勝ち戦だ!」
「見てろよ! 俺が一番多く魔獣をぶっ殺してやるぜええええ!」
アンシュラオンが後ろにいる。
英雄がいる。覇の旗を立てた男がいる。
あの化け物と比べたら、目の前にいる竜など小動物にしか感じない。
覇の風に導かれて傭兵隊が猛烈な速度で突っ走る。
走る、転がる、滑る。
どんな不格好でも気にしない。
我こそが一番槍の名誉を勝ち取ると意気込んでいる。
「いけいけいけぇええ! さっさと張り付いて、連中を血祭りにあげろぉおおおおお!」
「うおおおおおおおおおおお!」」
アンシュラオンが叫ぶごとに、彼らは加速。
敵の拠点を前にして異常な士気の高さで突っ込んでいく。
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