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「翠清山死闘演義」編

304話 「ハイザク軍の動向 その1『行軍』」

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 日にちは大きく遡り、侵攻初日。

 約一万の軍勢が、南西部から森林地帯に侵攻を開始。

 今回の作戦における主力部隊である『第二海軍』だ。

 彼らの陣容は他の軍とは大きく異なり、多くが筋骨隆々の精兵で構成されていた。

 武器も派手で大きなものばかりで、甲冑も重く頑丈なものを採用している。これを扱えるだけの屈強な肉体を持たねば、そもそも第二海軍には入れない。

 なぜならば第二海軍の役割は、都市防衛を担当する第一海軍や機動力とバランスを重視する第三海軍とは違い、敵を殲滅することだからだ。

 彼らはひとたび戦闘に入れば敵を滅するまで戦いをやめない。犠牲を覚悟で勝つまで戦い続ける。

 そんな戦場で生き抜くためには、単純な強さ以上に心の強さが求められる。自己を律する強さ、すなわち『筋トレを続ける意思』が重要視されていた。

 身体を鍛えると不思議と気分が高揚していき、自分と向き合って心の弱さを克服することができる。その継続により、もっとも規律ある海兵が作られるのだ。

 第二海軍にマッチョが多いことには、こうしたちゃんとした理由があるわけだ。けっして趣味だけでやっているわけではない。

 その第二海軍の指揮官は、領主ガイゾックの次男にしてスザクの兄であるハイザク・クジュネである。

 がたいのよいマッチョばかりの集団の中でも頭一つ、いや、二つは抜きん出ている三メートル近い巨漢で、威圧感を放つ黒い鎧と長い矛を身に付けている姿は、歴戦の武将を彷彿させる。

 どう見ても五十歳以上だが、ライザックの弟であるため、これでもまだ二十五歳の青年であることを忘れてはいけない。

 久々の登場なので容姿を今一度書くと、顔立ちはごつくて、目や鼻といった顔のパーツも大きく、豊かな髭をたくわえていることから『ダルマ』を想像するとわかりやすいかもしれない。

 清潔感のある好青年のスザクや、筋骨隆々だがイケメンのライザックとはまた違った面立ちといえるだろう。どちらかといえば身体の大きさも含めて、やはり父親に似ている。

 そして、彼が第二海軍の司令官に任じられたのは、『武勇』が誰よりも突出しているからだ。

 現在はまだ経験の差を含めてガイゾックのほうが強いが、潜在能力では彼のほうが上回るともいわれている逸材であった。


「ハイザク様、此度はなかなかに厄介な相手と存じます。幾ばくか下がってはいかがですかな?」


 隣にいた白髪を後ろで結わいた老人が話しかける。

 ハイザクは全体のやや前、先頭に近い場所を歩いていた。

 通常、総大将は真ん中か少し後ろにいるものだが、ハイザクにとってはここがいつものポジションなのだ。


「…ん」

「これは出過ぎた真似でしたな。歳を取ると臆病になってしまうものです。お許しください」


 だが、ハイザクは老人の言葉を軽く受け流す。

 命がけの突撃が任務の第二海軍で、後ろからただ見ているだけの大将に支持が集まるわけがない。

 老人もハイザクが断ることを知っていて、あえて話しかけていた。それを伝え聞いた者たちを鼓舞するためだ。

 第二海軍参謀、ナカトミ・ギンロ。

 第二海軍で副官を長年勤め、齢七十五歳になっても現役を貫く立派な精兵の一人である。

 目を細める柔和な顔つきは、縁側で囲碁や将棋をしていても違和感がないが、彼もまた大柄でマッチョかつ大きな甲冑を着ていた。

 肉体的には衰えが見られるため、彼自身が積極的に戦闘に参加することは稀であるも、その知識と経験が若いハイザクをしっかりと支えている。

 特にハイザクが「ん」としか言わずとも内容を汲み取れ、なおかつ意見もできる稀少な人材だった。


「じいちゃん、ハイザク様が後ろに下がるわけないだろう。俺らの大将なんだからよ」

「そうそう、どんと構えてこその大将だからな」

「じいちゃんのほうこそ大丈夫? ぎっくり腰にならないでよ」


 ハイザクの後ろに、他の海兵とは少し毛色が違う三人組がいた。

 明らかに凄腕の武人であることは見た瞬間にわかるが、何よりも三人とも顔がどことなく似ている。

 それもそのはずで、三人ともギンロの孫なのだ。

 長男のジンロは、見るからに大きな身体をした戦士で、腕の太さが小さな丸太ほどあるマッチョオブマッチョだ。

 ハイザクに次いで大きな鎧を着込み、両腕には鋭利な刃が付いたバトルガントレットを装備している。彼にとっては肉体そのものが最大の武器である。

 次男のサンロは、マッチョで大きいが剣士でもあるため、長身の細マッチョといった身体付きをしている。

 その分だけ手足も長く、それに見合うだけの長槍を持っていた。あまりに槍が長すぎて、木々の枝に引っ掛かっている光景がよく見られる。

 三男のカンロは、両者の中間くらいの大きさと高さで童顔のイケメンだが、その背には六本の剣を持つ異様ないでたちをしている。

 当然、それらは単なる飾りではない。すべて使い込まれた武具であることは、鞘の傷からも容易に想像することができるだろう。

 その三人の背後に続く者たちも全員がマッチョかつ、顔や鎧にもたくさんの傷が見られることから、何度も実戦を生き延びてきた猛者であることがわかる。

 この前衛にいる集団、『ナカトミ三兄弟』を含めた二千の兵こそ、ハイザク親衛隊の『イスヒロミース〈勇ましく進む筋力〉』である。

 全員が優れた武人で構成されており、彼ら二千だけで第三海軍と同等の力を持つともいわれる第二海軍の主力部隊であった。


「孫に心配されるほど老いてはおらぬ。お前たちもハイザク様の足手まといにならぬよう励めよ」

「それ、もう何年言っているんだよ。耳タコだぜ」

「そうそう、とっくの昔に俺らは立派な精兵になっているんだけどな」

「じいちゃん、半分ボケてるからね」

「うるさいわい。それだけ元気があるのならば、遠慮なく前線に立てるな。今後は休みはないと思えよ」

「そりゃねぇよ。無理無理」

「そうそう、健康な肉体は健全な休息によって培われるんだぜ」

「じいちゃん、考えが古いからなぁ」

「ふん、口の減らぬやつらよ」


 と言いつつも、祖父の口元は笑みを浮かべていた。


(この大きな戦を前にしても緊張はしておらぬようじゃな。さすがわしの孫よ。だが、それも当然。この時のために鍛え続けてきたのだ。これから始まる戦いこそ、わが人生の集大成となるじゃろう)


 彼らが混成軍と異なる点は、集団として修羅場をいくつも潜っていることだろう。

 混成軍は指揮系統も確立されていない出来立ての軍であり、誰もが自己の目的のために集った雇われの者たちだ。

 一方で海軍はハピ・クジュネの兵士であり、いつも顔を突き合わせる住人同士でもあるので、もともとのモチベーションが高い。

 彼らにとってこの戦いは単なる資源確保ではなく、自らの家族を守るための『聖戦』でもあるわけだ。

 そのためにギンロはハイザクが司令官に就任してから、およそ十年をかけて海兵を鍛えてきた。ギンロの孫たちも同様に、この日に合わせて鍛えている。

 つまりは十年以上前からこの作戦は立案されており、たびたびチャンスをうかがってきたことになる。その頃からライザックの頭の中には、この戦いが描かれていたのだ。


「進め! 邪魔する魔獣がいれば排除せよ!」


 第二海軍は、侵攻初日から真っ直ぐに目的地に向かう。

 出会う魔獣もたいしたことはなく、ほとんど威圧するだけで逃げ帰るほどの低級魔獣ばかりだ。

 傭兵らと違って金銭目的ではないので逃げる魔獣を無理に狩る必要もない。伐採もマッチョの集団ならばお手の物。簡単に森を切り開いてガンガン進んでいく。

 途中で拠点を作ったこともあって多少時間は使ったものの、約十日で森林を抜けることに成功した。


「あっけないものだな。まるで無抵抗とは」


 完成した第三拠点を眺めながら、ギンロが訝しむ。


「俺らの標的は猿どもだろう? 森なんてどうだっていいじゃねえか。つーか、退屈すぎだろう。これじゃ運動不足になるぜ」


 長男のジンロが、手持無沙汰に戦斧をくるくる回す。

 彼らもやる気満々でやってきたので、いまだまともな戦いがないことに拍子抜けしているようだった。


「馬鹿者。わしが猿であったら、すでに奇襲を仕掛けておるぞ。出鼻を挫くのがもっとも効率的じゃからな」

「そうは言っても来なかっただろう。所詮猿なんて、そんなもんじゃないのか?」

「そうそう、猿なんてそんなもんさ」


 次男のサンロも、磨きすぎて新品同様にピカピカになってしまった槍を振り回すが、そこに獲物の感触はない。

 棒高跳びの要領で木の上に登って周囲を見回しても、やはり猿どころかまともな魔獣の姿もなかった。


「気を緩めるでない。お前たちの言うこともわかるが、やつらは街を襲撃したほどの大胆さを持っておるのだ。もっと激しく抵抗してくると思っておったがの…」

「まっ、敵が出てきたら戦えばいいよ。いつもと同じでしょ?」


 三男のカンロが、剣を木の幹に投げて遊ぶ。

 彼らに緊張感がないように見えるのは、やることがはっきり定まっているからだ。

 敵が出たら戦う。命令が出たら動く。それだけのことだ。

 海兵と傭兵の違いは、命令に対する従順度と実行速度である。いつも気を張っていたら疲れてしまうので、軍人としてはこれでよいのだろう。

 ならば、考えるのは参謀のギンロの仕事だ。


(やはり魔獣の動きには違和感がある。わざわざ街を襲っておきながら、この対応はおかしい。もしや山に引きずり込むのが目的か? むぅ…本来ならば様子を見たいところじゃが、ハイザク様は真っ直ぐで真面目な御方。前に向かってこそ力を発揮なされる。待ちは性に合わぬか。せめて最大限の警戒をわしがするしかあるまい)


「よいか、お前ら。ハイザク様のお傍を離れるでないぞ。万一の時は死んでもお守りするのだ。優先順位はハイザク様の警護だ。わかったな」

「警護といっても俺らより強いけどな」

「いくら強かろうと相手も数を出してくる。戦場に絶対はないと戒めよ」

「わかったよ。大将の近くにいればいいんだろう? それもいつも通りさ」


 ギンロの違和感は、アンシュラオンが抱くものと同じ類のものだ。

 それは森林を越えて山岳地帯に入った時から、さらに強くなっていく。

 山脈は他の軍が通った道と同様に険しく、混成軍の崖での戦いのように、いくらでも奇襲を仕掛けるのに適した地形が山ほどある。

 それにもかかわらず、進めど進めど敵が出てこないのだ。

 その結果、ハイザク軍はハイペースで『進んでしまう』。


(妙じゃ。混成軍は森で足止めを受けており、スザク様の軍も今朝方の報告で三大ボスの一角と遭遇したと聞いておる。それに対し、こちらはまったく敵と遭遇しないとは…もはや意図的としか思えぬ)


 今のところハイザク軍の最大の難敵は、山道ゆえの足場の悪さと一万人という大移動のほうにあった。

 他の軍とは違って雪は降っておらず、それだけは非常に助かるが、これだけの大所帯となると移動にも時間がかかり、物資の消費や補充にも気を配らねばならない。

 拠点との距離が生まれるたびに、補給の難しさが顕著になっていくからだ。


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